ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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2話 魔女との出会い

 この世界を生み出したという〈白の女神〉アスタリア。彼女が初めに創造したのは、天に浮かぶ数多(あまた)の星々だと言われている。

 

 それは彼女が司る力と権能の象徴。彼女自身が『アスタリア』=『星』の名を冠する女神であることからも、その重要性が窺い知れる。

 

 だから、流れ星――()()()()()という現象は、創造の女神の光がこの世界から失われることを示す、不吉の兆しに他ならない。

 

 夜空を覆いつくす邪悪な闇が、聖なる星の光を呑み込み地に叩き落とす……それが、流星。形を成した災厄なのだと、あたしは神殿で教わった。しかもそれは女神の権威に、そして大地に傷を残すばかりではなく……

 

 

「あれは――『魔女』です」

 

 

 森の樹々を薙ぎ倒した惨状の中心で、一人佇む女性。彼女に敵意のこもった視線を向けながら放ったステラの言葉に、あたしは幼い頃の記憶を手繰り寄せながら問い返す。

 

 

「魔女……? って、確か、流れ星に乗ってやって来るっていう、おとぎ話の……?」

 

 

 そう。流れ星には魔女が乗っている、あるいは、〝流れ星自体が魔女である〟とも言われている。そうしてやって来た魔女は、人々に様々な悪事を働く、と。それもあって流れ星は不吉の象徴なのだ。あたしも幼い頃によく聞かされたものだった。

 

 が、いずれにしろそれは、悪いことをすれば魔女がやって来る、魔女に遭えば不幸になるといった、子供に聞かせるおとぎ話や、神殿で教わる警句の一つに過ぎないはずで……

 

 

「いえ……おとぎ話ではありません。魔女は現実に存在し、人々に恐ろしい災厄をもたらします。彼女こそが、その一人――」

 

 

 星が流れ、落ちた先にあの女性がいた。状況だけ見れば、確かに魔女と結びつけてもおかしくはない。けど、それだけじゃ根拠には……

 

 戸惑うあたしを尻目に、すでに戦う意志を固めているのか、ステラは腰に提げていた黒い剣を迷いなく引き抜く。鞘や柄と同じ黒い剣身が、傍らに浮かぶ魔術の光を受けて鈍く光る。

 

 その黒剣の切っ先と、それを手にするステラを交互に見てから、あたしは件の女性に視線を移す。

 

 

(魔女……あの人が……?)

 

 

 その女性まではまだ十歩分以上距離が空いていたが、遠目からでも彼女が若く、美しい見た目をしているのは容易に見て取れた。あたしやステラより何歳か年上くらいだろうか。

 

 あちこちが跳ねた金のミディアム髪の上には、豪華な冠のようなものを被っている。瞳は赤紫色に妖しく輝き、右目の下には紋様のようなものが刻まれていた。抜群のスタイルを、金や宝石があしらわれた豪華な赤いドレスで飾り付けている。それは露出が多く、ともすれば煽情的な踊り子のようにも見えた。右手にはなぜか黄金に輝く杯を握っている。

 

 が、特徴的なその美貌と衣装を除けば、彼女の容姿は普通の人間と変わらないように見えた。今は周囲の惨状に目を留めるでもなく、ぼーっと宙を眺めている。何が起きているのか、彼女自身分かっていないのではないだろうか。

 

 その様子からは、魔女という恐ろしい存在にはいまだ結びつかない。現実感を抱けないあたしに、しかしステラは真剣な表情で鋭く警告する。

 

 

「とにかく、ティアさんは下がって! できるなら、村まで戻ってください!」

 

「え、あ――」

 

 

 その剣幕に押され、数歩下がらせられる。本気であたしの身を案じているのだろう。彼女は懇願するように口を開く。

 

 

「……貴女を、巻き込みたくないんです。あの魔女は、私が仕留めますから……! ……《我が手に集え、風の精。渦巻き、(ねじ)れ、研ぎ澄まし、全てを貫く刃と……》」

 

 

 状況を呑み込めないあたしを置き去りに、ステラは魔術の詠唱を開始する。それと共に、前方に突きつけられた黒剣の剣身が淡く光を放ち、その周囲を風と魔力が渦巻き、凝縮していく。小型の竜巻が黒剣を覆っているようだ。

 

 こんなものをその身に受ければ、たとえ彼女が本物の魔女だったとしてもただでは済まないはず。そう思った瞬間――

 

 件の女性が初めてピクリと反応し、こちらを――否、ステラのほうに顔を向け……笑った。

 

 

(――!?)

 

 

 ゾクリと、背筋を嫌な予感が走る。同時に、女性から膨大な魔力が吹き荒れ、こちらの魔覚――魔力を感じる感覚器官を、激しく刺激する。

 

 ステラもそれを感じ取ったのかもしれない。焦りの表情を浮かべ、頬を汗が伝い、けれど決然と詠唱を続け……そして、魔術が完成する。

 

 

「《……螺旋槍(らせんそう)――スパイラルエア!》」

 

 

 彼女の叫びと共に、風の槍が轟音を上げながら射出される。触れればただでは済まないであろう、鋭く先端が研ぎ澄まされた横倒しの竜巻。それを、女性は――

 

 トン――

 

 と、軽やかな音を立ててその場を跳躍し、破壊的な魔術を軽々かわしてみせながら――……そのまま、宙で静止した。

 

 

「……!?」

 

 

 飛んでいる。

 鳥のような翼も持たぬのに、その女性はふわりと浮かび宙に留まっているのだ。

 

 あたしはその時初めて、彼女が魔女かもしれないと実感し始めていた。なぜなら――

 

 

「あはっ♪ ひどいわねぇ。何もしていないのに、いきなりそんな危ない魔術を撃ってくるなんてぇ」

 

 

 女性が、初めて口を開く。聞いた者の耳を蕩けさせる、甘い毒のような声音。開いた口元から牙が覗く。

 

 

「あなた、何者? どうしてわたしに刃を向けるの?」

 

 

 問われたステラは苦々しい表情を浮かべ、黒剣を構え直しながら敵意を隠さず口を開く。

 

 

「私は、ウィッチスレイヤー……貴女たち魔女を狩る者です」

 

「へぇ? 魔女を狩るだなんて面白いわねぇ。でも、わたしが魔女だって証拠はぁ?」

 

「誤魔化そうとしても無駄です。私は、貴女たち魔女の気配を感じ取ることができますから。そうでなくとも、そうして()()()()()()()()()()()()ことが、何よりの証拠ではありませんか」

 

 

 そう。人間は詠唱なしでは魔術を扱うことができない。そして空を飛ぶという行為は翼を持つものだけに許された特権であり、人々にとっては基本的に禁忌だ。なぜならアスタリアは重力で地に縛り付けることで、あたしたちがあの邪悪な夜空の闇に連れ去られないよう護っている(少なくとも神殿ではそう教えられる)のだから。そして魔女はその重力に逆らい、()()()()()()()()()()()のだから。空より舞い降りる災厄、流星の魔女……

 

 

「あはっ♪ あはははっ♪ そう。そうね。あなたたち人間は詠唱が必要だし、空も飛ばないんだったわねぇ。失敗したわぁ」

 

 

 大して気にした風もなく魔女が笑う。ステラはそれに目を細め、改めて宣言する。

 

 

「だから私は貴女を殺す。いいえ、貴女だけではありません。魔女は全て私が殺します。貴女たち邪悪な魔女は、この地に存在してはいけない……!」

 

(ステラ……?)

 

 

 離れたこの位置からでも、彼女が心底魔女に敵意を抱いているのは伝わってきた。宿で見た穏やかな印象とは対照的なその怒りに、なぜだか目を惹きつけられてしまう。

 

 

「ふふ、存在しちゃいけないなんてひどいわ。さっきの魔術だって、本当に危なかったのよ? だから……わたしも、お返ししてもいいわよねぇ?」

 

 

 魔女が言葉と共に左腕を掲げると、彼女の足元に散乱していた石がいくつも宙に浮かび上がる。そして――

 

 

「――いきなさい」

 

 

 号令と共に無数の石礫(いしつぶて)が、ステラのいる地上に降り注ぐ。

 

 

「――っ!」

 

 

 次々と地面に突き立つ小型の流星。その威力はすさまじく、地面を抉り、周囲に土煙を立ち昇らせる。ステラの姿を見失う。彼女は? 無事なのか?

 

 その答えは、視界が晴れる前に知ることができた。なぜならいまだ広がる土煙の向こう側から、ステラが唱える魔術の詠唱が聞こえてきたからだ。

 

 

「《……旋風疾走――ワールウィンド!》」

 

 

 煙をかき分けるように突風が吹き、それに押されるようにステラが猛然と突進する。おそらく、風を背に受けて移動を加速させる魔術なんだろう。彼女はその勢いのままに高く跳躍し、空に浮かぶ魔女目掛けて黒剣を振りかぶり――

 

 

「はああぁぁあ!」

 

 

 ――鋭く、振り下ろした。

 

 

「くぅ……!?」

 

 

 魔女が小さく呻く声と共に、そこから分かたれた何かが宙を舞う。腕だ。魔女の左腕。その肘から先が切り離され、クルクルと回転した後に力なく地に落ちる。アスタリアの創造物が宿す生命力――『精霊』。それを込めた斬撃が魔女の肉体を切り裂いたのだ。おそらくわずかに避けられたせいで、本体までは斬れなかったんだろう。

 

 けれど痛みで集中を削がれたのか、魔女は高度を失って地面に降り立つ。切断された左腕の付け根から、ぼとぼとと赤い血が流れ落ちた。辺りに広がる血の匂い。

 

 勢いよく空中で交差したため向こう側まで跳んでいたステラ、彼女も無事に着地すると、すぐさま反転して魔女に突進していく。おそらくは、今度こそとどめを刺すために。しかし――

 

 

「――あはっ♪」

 

 

 ギィン――!

 

 

「!?」

 

 

 接近したステラの黒剣の一撃。それが、いつの間にか現れた赤黒い剣によって受け止められていた。いや、あれは……ただの剣じゃ、ない……?

 

 それは、魔女の右手に握られた杯だった。その杯に、彼女の左腕からこぼれた血が不自然に浮かび流れ込んでおり……どういう仕組みなのか、その杯から、血で形作られた刃が伸びているのだ。

 

「痛い……これが痛み……ふふ、これはこれで新鮮で悪くないけどぉ……やっぱりわたしは、痛みを与えるほうが好きかなぁ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 黄金の杯を剣の柄のように握り、強引に血剣を振るって、魔女はステラを弾き飛ばす。見た目はあたしたちとそう変わらないのに、腕力は人間以上なのかもしれない。呻き、後ずさるステラ。そこへ――

 

 

「ふふ、さっきの『槍』の、お返し♪」

 

 

 失われた左腕を前方に掲げる魔女。そこから大量に湧き出した血液が、一本の大きな投げ槍となって、高速で射出されステラを襲う!

 

 

「く……!?」

 

 

 かろうじて黒剣で受けるステラ。だが血槍のすさまじい威力は、彼女をのけぞらせるのに十分だった。さらに――

 

 

「ほら♪ ほらぁ♪ 踊らせてあげる♪」

 

 

 血槍はステラの眼前で剣や大鎌などに形を変え、重力に縛られず変幻自在に彼女を切り刻む。剣と装甲を使って防ぐステラだったが、やがてそれは彼女の防御を潜り抜け、腹部を削り、手足を切り裂き、各所に手傷を負わせていく。じわりと、衣服に血が滲んでいく。

 

 

「く……! はぁ……はぁ……!」

 

 

 苦痛に顔を歪め、ガクリと片膝をつくステラ。それを見る魔女は対照的に笑顔だ。一見にこやかなその表情には、けれど嗜虐の喜びが隠し切れていなかった。

 

 彼女は落ちていた自分の左腕を拾い、何事もなかったようにくっつける(!)と、悠々と歩みを進め、ステラに近づいていく。先ほどとは真逆に、今度は彼女のほうがステラにとどめを刺そうと……

 

 

「……っ!」

 

 

 ――あたしはそこで、弾かれたように駆け出した。

 

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