ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~ 作:八月森
魔女アルプは力を失い地面に落下し、力なく身を投げ出していた。その胸には大きな風穴が空いている。どう見ても致命傷だ。
けれど私は油断なく剣を握りながら、彼女に近づいた。魔女の生命力は、魔力の総量で決まる。まだ肉体を再生できる可能性、死に際に何か仕掛けてくる可能性まで考えなければ……
「ふ、ふふ……そんなに警戒しなくても、もう何かできるほどの魔力は残っていないよ……」
自嘲気味なアルプの言葉。確かに、魔覚に感じる彼女の魔力は弱々しいものだった。だからといって警戒は解けない。魔女は偽る者なのだから。
「用心深いことだね……最期の嫌がらせも、できそうにない……あぁ……生まれたばかりで、もう死んでしまうなんて、ね……」
それについては同情する部分がなくもない。『私』自身、死への恐怖から抜け出すためにもがき、私と入れ替わって生き延びたのだから。けれど……
「貴女に殺された村人も、死にたくないと思っていたはずです。その気持ちを理解できるなら、殺すべきではなかった」
「ふふ、ふ……さっきも言ったけど、それは無理だね……それに、おもちゃがいくら死のうと、僕の知ったことじゃない……」
「……そう、ですか。本当に、相容れることはできなかったようですね」
ダメだ。根本の価値観が違いすぎる。これ以上彼女の言葉を聞いていたら、怒りでどうにかなってしまいそうだ。あるいはそれこそが彼女の狙いなのかもしれない。もうおしまいにしよう。私はとどめを刺すべく、黒剣を構え――
「――もうこれでおしまいだと、そう、思っているかい……?」
耳に滑り込んできた魔女の言葉に、身体を縫い止められる。
「残念、だったね……
「……」
「じきに、新たな魔女がこの地上に流れ落ちるだろう……それが、どこに現れるかも分からない……今回のように、たまたま君のような人間が近くにいるとも限らない……君一人であてもなく、世界中を探し回るかい? ふ、ふふふ……」
私がそうする様を想像したのか、わずかに愉快げにアルプが笑みを浮かべる。が――
「――ご心配なく。
「な、に……?」
その表情が訝しげなものに変わる。
「そして、邪悪な魔女は全て私が殺します。一人残らず貴女の後を追わせてみせます。地獄で仲間を待っていなさい」
「待て……まさか、君は――」
「――さようなら」
私は魔女アルプの首に刃を振り下ろした。
――――
元凶である魔女を討ち取ったことで、配下の魔物も風に散る煙のように消えていった。私はすぐに踵を返し、リィナさんの元に向かう。
「ステラ……おかーさんが……おかーさんが……!」
「分かっています、リィナさん。――イレーネさん、お願いできますか?」
「任せて。この傷なら、まだ助けられる……! 《これを、第四の
ヨランダさんはかろうじて一命を取り留めていた。しかし巨大な牙に喰らいつかれたその傷は深く、今にも事切れておかしくない。イレーネさんの治癒術がなければ確実に助からなかっただろう。
「……」
私は無言で周囲を見る。
辺りにはアルプ配下の魔物に襲われた人々。負傷者だけではなく、何人かはそれこそ命を落としてしまった。家族、友人たちの悲しみは計り知れない。
人的被害だけではなく、物的被害も大きい。家屋や柵が破壊され、田畑も一部荒らされているようだった。復元には時間を要する。
何より、リィナさん。彼女はヨランダさんに
この被害の全てを、あの一人の魔女がもたらしたのだ。しかも、自身の
「……」
知らず、拳を強く握り締めていた。
じきに新たな魔女がこの地上に流れ落ちる。アルプはそう言った。おそらくは、彼女と同様に邪悪な魔女が。放っておけばこの村と同じか、あるいはそれ以上の被害が、ここではないどこかで起きてしまう。
そして……私だ。
もし私が、再び『私』になるようなことがあれば……目の前に見えるこの惨状を、今度は自分の手で引き起こしてしまうかもしれない。リィナさんがアルプに向けていた目が、次は私に向けられるかもしれない。それが、恐ろしい。だから……
(……邪悪な魔女は、この地に存在してはいけない)
だから私は、魔女を狩る。邪悪な魔女は、全て私が殺す。他の誰かが、リィナさんのような目に遭わないために。狩って、狩って、狩り尽くす。そして、最後には……
私はこの日、誓いを立てた。そしてウィッチスレイヤーとしての道を歩み始めた。
***
それから私は、かすかに感じる魔女の気配を頼りに、世界を駆け巡り始めた。
ここまでに観測した魔女は、六人。うち二人は、パルティールの結界に衝突し、絡め取られ、そのまま浄化された。やはり『私』が私になったような奇跡はそう簡単には起こらないらしい。
あとの四人は、やはりアルプ同様邪悪な存在で、誰もが魔女として厄介な能力を備えていた。言葉を交わしても徒労に終わるばかりか、中には言葉巧みに人々を扇動し、私を追い詰めようとする者まで現れた。人々の敵意の目に晒されながら、改めて胸に刻む。魔女は邪悪で狡猾。決して共存はできず、そして分かり合えない。
そうして魔女の気配を追って次に辿り着いたのが、ハイラント帝国領ホルツ村。そこで私は、彼女と――ティアさんと出会う。
***
「――……」
わずかに意識が戻り、思考が現在の時間に帰ってくる。
ここは屋内で、辺りは薄暗く、物音はほとんどなく静かだ。大きな屋敷のホールだろうか……? 広い空間だった。
そこで、一人の女が背後から私の身体に絡みつき、首筋に牙を
痛みはない。どころか全身を甘く痺れるような快感が駆け巡っている。身体に力が入らず、なすがままにされ、取り戻した意識もまた
「んく……んく……」
デュエッサに血を吸われるのと同時に、彼女の穢れが私の体内に流し込まれていく。それは私の奥底に潜む穢れを刺激し、呼び起こそうとしている。『私』が引きずり出される。
心が徐々に塗り替えられていくような恐怖、同時に広がっていく解放感。他者を傷つけ
「い……い、や……」
それでも私は抵抗する。人々を踏みにじる悪しき魔女、あの日リィナさんを傷つけた存在と同じ者になるなんて……今の私には、耐えられない。
「んれろ……あはっ♪ もう正気を失っててもおかしくないくらい穢れを流し込んでるのに、粘るねぇ」
耳元で囁かれる魔女の声。高ぶった身体はそれだけで達してしまいそうになるくらい過敏になっている。それでも抵抗する。声を押し殺す。
「ふふ、まぁいいわ。時間の問題だもの。そう、時間の問題。あなたが身も心も魔女になってしまう前に、あの子はここに辿り着けるかしらぁ? あははは♪」
デュエッサがそう言いながら身体を離す。私は力なく膝をつき、地面に横たわった。
(あの子……ティアさん……)
デュエッサはティアさんがこの場所を見つけ出し、私を助けに来ると思っているのだろうか。私たち二人に復讐したいこの魔女にとっては、そのほうが面白いのかもしれない。
けれど……
(ティアさんは、私が魔女だと知った……)
魔女を全て殺すと宣言していた女が、同じ魔女だったなどと。彼女にとってはひどい裏切りだろう。悩み苦しめ、とデュエッサは彼女に告げた。その言葉通り苦しんでいるのではないだろうか? 不吉な流星の魔女と行動を共にしていた――その事実に。仮にも神官である彼女にとっては、それは耐え難いものなのではないか?
なのに、彼女が私を助けに来るなんてことが、果たして起こりうるだろうか? 魔女と関わっていた事実など、なかったことにしている可能性だって……
(それは、少し、悲しい、ですね……)
そう思いはするものの、一般的に考えればそのほうが自然だ。ただでさえまだ出会って間もなく、得体が知れない女が私なのだ。それが魔女だと知れれば、なおさら助けに来る理由など…………いや。
(彼女――ティアさんなら)
出会ったばかりの夜、魔女が甘言で惑わそうとしていたあの場面で、それでも直感で私を信じると断言してくれたティアさん。あの時の嬉しさは忘れようもない。もしかしたら彼女なら――
(こんな私を信じて、助けに来てくれるかもしれない。――
そうなった時、私は――……すでに私ではなく、『私』になっているかもしれない。彼女に、刃を向けてしまうかもしれない。――それが、怖い。
(ティアさん……来ないでください……)
薄れていくか細い意識の中、私はそれだけを小さく願った。
次回からティア視点に戻ります。