ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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18話 残り香

 あたし、クレア、セシリアの三人は、『虚偽』の魔女デュエッサの行方を追って捜索を開始した。

 

 ステラのように『魔女の気配を感じ取る』ことなどできないあたしたちは、地道に聞き込みをする必要がある。幸い、デュエッサがあの砦跡から南に飛んで行ったのは分かっていたため、ルーナ王国を南下しながら情報を集めることにした。

 

 訪れた街や村、道行く人々などから噂を集めたところ、月明かりに照らされた夜空を、南に向かって飛行する人影のようなものを見た、と複数の人から聞き出すことができた。

 

 ここでも、行き先は南だ。何か理由があるのだろうか。

 

 そうして魔女を追う旅を続けたあたしたちはそのままルーナ王国を縦断し……やがて、その国に辿り着く。

 

 

「まさか、こんな形で来ることになるなんて思わなかったなぁ……」

 

 

 昼日中、陽光に照らされた街並みを、あたしは感慨深く眺める。

 

 そこは、アスタリア教の総本山がそびえ立つ地であり、また〝アスタリア自身が眠る地〟でもある。世界最古の、そして最大の王国。

 

 

「ここが、パルティール王国……! ~~!」

 

 

 あたしが憧れたアスタリア教本場の国。そして、あたしを助けてくれたあの人がいるかもしれない国だ。まぁ、後半はただの希望的観測なのだけど。

 

 

「あんた、それどういう表情?」

 

「いや、その。嬉しいんだけど、そんな場合じゃないのも分かってるから、素直に喜べなくて」

 

「まぁ、そうよね。それにしても、そんなに嬉しいもの? ここはまだ、パルティールの国土にギリギリ入ったくらいの街なんだけど」

 

「ずっと来たかった国だから、端っこでも嬉しいんだよ。えーと、それで。なんて言ったっけ、ここ」

 

「――オーベルジュ領、ドゥヴァンの街。三年前の魔王討伐の旅で、勇者一行が最初の功績を上げた地だと言われています」

 

 

 そう答えるセシリアに、あたしは聞き返す。

 

 

「功績?」

 

「人間の姿に化けた魔族がこの街に侵入し、領主に成り代わり、大勢の魔物を引き入れて侵攻を画策していたそうです。その目論見を看破し、百を超える魔物の軍勢と、問題の魔族を討ち取ったのが、当時の勇者一行。ここから彼女らは、栄光への輝かしい一歩を踏み出し始めた、と」

 

「へぇ~……! そんな由緒ある場所なんだ……!」

 

 

 あたしの感嘆の声と対照的に、クレアがあまり面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

 

「うちは眉唾ものだと思ってるけどね。だっておかしくない? 結界に護られてるって言われるこの国に、魔族が入り込んでたなんて」

 

 

 そう言われてみれば確かに……?

 

 

「百を超える魔物ってのも怪しいものよ。駆け出しの勇者が、そんな数の魔物を倒せると思う? 大方、勇者の評判広めるためのでまかせだったんでしょ。それか、ほんとはもっと小さい事件だったとか。噂に尾ひれがついたのよ」

 

 

 いつもつんけんしてるクレアだけど、今はそれに輪をかけて当たりがきつい気がする。ふと、その理由を、あたしが一時的にパーティーに所属していた時の様子を思い出す。

 

 

「そういえばクレア、というかヴィルヘルムもゴルドーも、勇者にもパルティールにもいい印象持ってないんだっけ」

 

 

 あたしがそう呟くと、クレアは「当然でしょ」、とばかりに口を開く。

 

 

「うちらハイラントの住人が魔物の被害に遭って貧しい暮らしをしてる時でも、この国は安全な場所で贅沢な生活を送ってるのよ。好意的に見れないのは当たり前よ」

 

 

 その主張は、あたしが加入してた時にも聞いてたので知っている。言い分を理解できないこともない。でも……

 

 

「でも、本当にこの国が安全なら、城壁だって造らないんじゃない?」

 

「う」

 

 

 図星を刺されたのかクレアが呻く。他の大きな街と同様この街にも、魔物や野盗からの被害を防ぐ城壁が築かれていた。

 

 

「それにパルティールも昔、もっと南にある王都が魔物に襲われる事件があったんじゃなかった? あの、なんて言ったっけ……」

 

「王都グランディールが魔物や魔族の襲撃に遭い、大きな損害を受けた事件。通称『パルティールの惨劇』、ですね。この事件があったため、『パルティール大結界』が本当に存在するのかどうか、疑う人も多いのだとか」

 

「そう、それ! だからこの国だって、ただ安全に暮らしてるわけじゃないよ、きっと。それにこの街を見た感じパルティールの人たちも、ハイラントより贅沢してるようには見えないよ?」

 

 

 国土の端だからかもしれないが、少なくとも噂で聞いていたほどみんな裕福、というようには見えない。ここまでに訪れたハイラント帝国やルーナ王国と、人々の生活はそう変わらないと思える。ステラも言っていた。貧富の差はどこにでもあると。

 

 

「……そうね。偏見があったのは認める。少なくともこの街は、うちらと変わらない人たちの生活を感じられる」

 

 

 彼女の言う通り、街を行き交う人々の表情は明るく、活気を感じられた。勇者が打ち立てたという功績が、領主の醜聞を吹き消すほどの誇りになっているのかもしれない。ただ……

 

 

「どうかしたの、ティア?」

 

 

 目的の国に辿り着いたという高揚感が治まると同時に、気づいたことがある。

 

 

「……なんか、匂いがする」

 

「匂い? それは、これだけ人も物も集まればなんらかの匂いはするでしょうが……そこまで気になる匂いがしていますか?」

 

「二人ともほんとに気づいてない? ――こんなに、血の匂いがしてるのに」

 

「「……!?」」

 

 

 二人はそこでハっとした表情を見せる。そして数秒の間を置いた後に、口元を手で覆う。

 

 

「本当だわ……なんで今まで気づかなかったのかしら……」

 

「私も感じました……確かに血の匂いです……けれど……」

 

「うん……()()()()()()()()()()()()

 

 

 一度気づけば、違和感は膨れ上がるばかりだった。血の匂いはいたるところから、下手をすると街の全域を覆うほどに広がっている。なのに、それに顔をしかめるような人は誰もいない。活気のある人々の様子が、今は逆に不気味さを強調していた。

 

 

「うちらは、ティアに言われてようやく異変に気づけた。もしかしたら、意識することで解ける幻覚の魔術のようなものが、街全体にかけられてるのかも」

 

「幻覚……」

 

 

 そう言われて思い出すのは、あのアルマトゥラ(とりで)。近年建て直されたかのようなピカピカの建物は、デュエッサが姿を消すのに合わせたように荒れ果てた砦の跡地に変わった。その時と効果は違っているが……

 

 

「ってことは、あの砦の時みたいに、デュエッサがこの街に潜んでて、何かしてる?」

 

「可能性は高いと思います。それを隠蔽するためのこの幻覚なのではないでしょうか。……ティアさんは、よく気づきましたね」

 

「……なんでだろ? エルフは人間より敏感らしいから、そのせいかなぁ?」

 

「つまり、魔術的な隠蔽を感覚だけで突き破ったってこと? それはそれでとんでもないわね」

 

 

 そう言われても。

 

 

「とにかく、これ一つ取ってもこの街に何かあるのは間違いないわ。手分けして情報を集めるわよ」

 

 

 クレアの言葉に頷いたあたしたちは、情報収集を開始した。

 

 

  ――――

 

 

 街での聞き込みを終えて集められた情報は、(おおむ)ね次のようなものだった。

 

 ・空を飛ぶ人影を見た

 ・若い女性が何人か失踪している

 ・街外れの廃屋に人が出入りしているのを見た

 ・その廃屋がいつの間にか新築のように建て替えられていた

 

 なお、これらの情報を聞き出すのにしばしの労力を要した。例の幻覚?の効果なのか、街の人たちの認識や記憶がどうにもあやふやであり、それらが不思議なことだと思わなくさせられていたようなのだ。

 

 

「聞き出すのも一苦労だったけど……その街外れの廃屋、あからさまに怪しいわね」

 

 

 宿の一室に集まり荷物を置いたあたしたちは、クレアの言葉に賛同の意を示した。情報から推測するなら、あのアルマトゥラ砦同様、デュエッサがその廃屋に物質的な幻を被せ、拠点として使っているのだろう。

 

 

「空を飛ぶ人影も、廃屋に出入りしているのも、デュエッサだと見て間違いないでしょう。もしかしたら、若い女性が失踪しているというのも……」

 

「……二人がやられたみたいに、血を吸うために?」

 

「そして手下にするため、かしらね。……思い出したらまたムカついてきた」

 

 

 怒りの表情を浮かべるクレアを、セシリアが「まぁまぁ」となだめる。

 

 

「それらの行動が表に露見しないように認識を阻害する魔術、あるいは呪いのようなものが、この街全体にかけられているのでしょうね。……そう考えると、表に広がる血の匂いは術の名残り、でしょうか」

 

「そうかもしれないわね。……どうも、隠蔽しようとしてる割には逆に誘い込まれてるような気もして、なんていうか……気持ち悪いわね」

 

 

 それはあたしも思った。まるであたしたちに探せと言わんばかりに痕跡を残しているように感じられる。

 

 

「まぁいいわ。ここまでほぼまっすぐ移動していた魔女が、この街に着いてからは足を止めて拠点を築いてる。ここで何かしようとしてるのは間違いない。なら――」

 

「うん。考えても分からないし、何を企んでたとしてもその前に阻止すれば関係ない。絶対に止める。それで、ステラも助けてみせるよ」

 

 

 あたしたち三人は互いに頷き合う。そしてすぐに宿を出て、問題の廃屋へと向かった。

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