ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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19話 湧き上がる怒り

「ここが……」

 

 

 あたしたちは集めた情報にあった場所、街外れの廃屋を、塀の陰から観察していた。……いや、元廃屋というべきか。

 

 それは噂通り、つい最近建てられたように真新しい外観の、豪勢な屋敷に変わっていた。事前に知っていなければ、元が廃屋だったなどと誰も信じないだろう。

 

 

「廃屋がいきなりこんな真新しくなってるのに騒ぎになってないなんて、ぞっとするわね」

 

 

 屋敷は夕日の赤に染め上げられていた。情報収集に時間をかけたからだろう。いずれ夜闇に包まれれば、魔に属するものは活発化し、夜目の利かないあたしたちには不利になる。

 

 それでもこれは時間との勝負だ。(さら)われたと思しき女性たちも、そしてステラも。デュエッサの毒牙にかかって魔女にされていくとしたら、元に戻すためにも対処は急がなければならない。そして戦力を整えさせる前に叩かなければ、こちらの勝ち目がどんどん薄くなってしまう。

 

 見張りはいない。あたしたちは玄関扉の前に近づく。念のため、唯一接近戦のできるあたしが罠を警戒しながら扉に手をかける。……鍵はかかっておらず、罠もない。ゆっくりと扉を開ける。

 

 

「見張りはいない。罠もない。鍵も開いてる。……ほんとに誘い込まれてるのかしらね」

 

「そうだとしても、行くしかないよね。……あたしが先行するよ」

 

「お願いします、ティアさん。不意打ちには気をつけて」

 

 

 あたしを先頭に警戒しながら扉を潜り、全員が内部に侵入する。すると、入り口の扉がバタン!と音を立てて、独りでに閉じられてしまう。それに驚くのと同時に――

 

 ボッ、ボッ、ボボボボボ……

 

 と、屋敷の各所に妖しい紫色の炎が灯り、それまで真っ暗だった屋敷内が照らされてゆく。

 

 

「……ずいぶん気が利いてるじゃない」

 

 

 こんな状況でも強がってか、クレアがそんな台詞を吐く。けれど、その頬には一筋の汗が滴っていた。

 

 

「私たちが情報を得ていたように、向こうも私たちの存在に気づいていたのかもしれませんね」

 

「歓迎されてるってわけだね。それなら、正面から堂々と行こうか」

 

 

 不意を突くつもりならとっくにそうしているだろう。それをしないってことは、あたしたちが来るのを待ってるってことだ。あたしたちは玄関を抜け、奥にある扉を開いた。

 

 

「――ふふ。こうして待ち構えるのは、二回目ねぇ。ようこそ、ティア。クレアとセシリアも一緒とは思わなかったけど」

 

「デュエッサ……」

 

 

 そこは、広い空間になっていた。人間社会には詳しくないけど、昔に話でだけ聞いた、パーティーをするためのホールのように思えた。

 

 そのホールの奥のほうに不自然に(しつら)えられた玉座、そこにあの魔女――デュエッサは腰を下ろしていた。

 

 この場にいたのは魔女だけじゃない。ホールの左右に三人ずつ、計六人の、使用人の制服を着た見知らぬ若い女性が、(うやうや)しく立ち並んでいた。その顔には笑みが張り付き、瞳は赤紫に輝いている。察するに失踪したと思しき女性たちだろう。

 

 そして、この場にはもう一人、輝く銀の髪を頭の後ろでまとめ、青いドレスを纏った少女が、魔女デュエッサの傍に控えていた。それはあたしが捜し求めていた、助けると決めた彼女の姿……

 

 ようやく、ここまで辿り着くことができた。

 

 元から魔女だというステラが今どういう状態なのか、クレアやセシリアのようにデュエッサの眷属と化しているのか、詳しいことは分からないが、もし間に合っているなら、彼女はあたしの声に応えてくれるはず。けれど、間に合っていなければ……

 

 

「……ステラ……!」

 

 

 そうして、不安を抱きながら絞り出した声に返ってきたのは、けれどどちらの予想からも外れていて……

 

 

「……」

 

「……ステ、ラ?」

 

 

 彼女はこちらの声に反応を示し、視線を向けたものの、その瞳にも表情にも、感情らしいものは見当たらなくて……

 

 

「ふふふ、あなたたち、本当にいいタイミングでここに来たわねぇ。正直わたしはどれでもよかったのよ? この子がわたしの眷属になるのでも、魔女としての本能を取り戻すのでも、あなたの助けが間に合うのでも。どう転んだとしても、わたしは楽しめるはずだった。でも……今のこの子は、そのどれでもない。肉体も精神も穢れに侵されて変容してるはずなのに、まだ意識は抵抗していて、魔女になり切れてない」

 

 

 だけど――と魔女は言う。そして一言、呟く。

 

 

「ステラ。――(ひざまず)きなさい」

 

 

 その唐突な、憎き魔女からの命令に――

 

 

「――はい」

 

 

 ――ステラは躊躇する様子も見せずに従い、床に膝をついた。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 そうして驚くあたしの様子に、デュエッサはおかしそうに笑う。

 

 

「あはっ、あははは! いい顔よぉ、ティアぁ。今のステラはね、穢れを与えたわたしを主人と認識して、命令にはなんでも従ってくれるの。本人の意識は、湧き上がる悪意を抑えるので手一杯なのかしらね。空っぽみたい。まぁ、理屈はなんでもいいんだけど……ねぇ、面白い状況だと思わない?」

 

 

 心底楽しそうに尋ねてくる魔女に、怒りが込み上げる。

 

 あんなに魔女に怒りを、憎しみを抱いていたステラが、当の魔女の命令に従わされているなんて……どれだけ悔しいだろう。どれだけ屈辱だろう。

 

 そして何より、彼女の意思を踏み躙る行為を、あたしが許せない――!

 

 

「デュエッサぁぁぁ!」

 

 

 湧き上がる怒りと共に、駆け出す。

 

 

「ちょっとティア! 一人で飛び出すんじゃ――」

 

 

 クレアの制止の声も耳に入らなかった。身体が勝手に動いている。元凶である魔女に向けて、あたしは一直線に突き進む。

 

 

「あはっ♪ 相手をしてあげてもいいけど、その前にあなたたち二人が傷つけ合う姿が見たいかな。――行きなさい、ステラ。あの子を無力化して、ここまで連れてくるのよ」

 

「了解しました」

 

 

 返事と共に、ステラの身体から黒い魔力――穢れが発される。と同時に彼女は腰の鞘から黒剣を引き抜き――

 

 ギィン!

 

 ――躊躇なく、あたしに横薙ぎの刃を振り抜いた。

 

 かろうじて両手の手甲で斬撃を防ぐ。こうなるのはデュエッサの台詞から予測していたことでもあった。

 

 それでも実際に目にし、この身で受けた衝撃は大きかった。ステラが、本当に魔女の言葉に――あたしたちを傷つけるような命令に従い、斬りかかってきた事実は。

 

 

「ぐっ……やめて、ステラ!」

 

 

 しかしステラの耳には届かないのか、二撃、三撃と剣を振るってくる。なんとかかわし、あるいは防いでいるが……

 

 

(……隙が、ない……!)

 

 

 後衛のクレアやセシリアと違い、ステラはれっきとした剣士だ。その剣術の冴えは今の虚ろな状態でも発揮されており、攻め込む隙がなかなか見出せない。

 

 

(それでも、これは、チャンスだ!)

 

 

 感情に任せて考えなしに飛び出してしまったが、この状況――あたしがステラと一対一で対峙してる今は、ある意味理想的な状況だ。デュエッサが手を出す様子もない。クレアやセシリアの魔女化も《火の章》で元に戻せたのだから、ステラを元に戻すことだって……

 

 心配なのは、ステラはあの二人よりも時間が――与えられたであろう穢れが、多いだろうということ。そしてステラ自身が、そもそも魔女だということ。同じように《火の章》の炎を打ち込んだ時に、同様の効果が出るのかは未知数だ。

 

 そしてさっきも言ったように、剣術に秀でたステラには打ち込む隙を見つけるのが難しい。かといって距離を空けて遠間から撃っても、狙いをつけられないあたしでは当てられる気がしない。

 

 それでもあたしは諦めない。ステラの剣撃を(さば)きながら、少しずつ少しずつ間合いを詰めていき……

 

 そこで、魔女が口を開いた。

 

 

「ふふ、見てるだけじゃ退屈でしょう? あなたたちも動いていいわ。後ろの二人の相手をしてあげなさい」

 

「「「はい、ご主人さま」」」

 

 

 あたしがステラの相手に手一杯と見るや、デュエッサは控えていた他の女性たちに命令を下す。本当に、この魔女の底意地の悪さときたら……!

 

 

「クレア! セシリア!」

 

 

 あたしは焦りから彼女たちにちらりと視線を向け、名を呼ぶが……

 

 

「よそ見すんな!」

 

「!」

 

 

 クレアの一喝に、ハっとする。

 

 

「うちらは大丈夫! こっちは勇者を超えることを目標にしてるパーティーの一員よ! この程度の相手にやられたりしないっての!」

 

「そうです! こちらは任せてください! 貴女はステラさんを助けることだけを考えてください!」

 

「……っ! ありがと、二人とも!」

 

 

 その激励を背中に受けて、あたしは前を見る。そこには、よそ見したあたしの様子を隙と見て、先刻までよりわずかに大きく振りかぶるステラの姿があった。あたしはそこで、あえて前方に詰める。

 

 ガギ――!

 

 ステラが袈裟懸けに振るう黒剣の根本――リカッソの部分に手甲を押し当てて、斬撃を防ぐ。刃がなく、力も入りにくいこの部分なら、斬られることはない。そのままあたしはもう片方の手で、黒剣を持つステラの手に一撃を加えようとし――

 

 

「……!?」

 

 

 ――その手が、空を切る。

 

 いつの間にか、ステラは剣の柄から手を放していたのだ。黒剣がガランと音を立てて床に落ちる。なら、ステラの手はどこに……? そう思った次の瞬間――

 

 ステラの両手があたしの頬に添えられ、顔が近づく。そして――唇と唇が、重ね合わされた。

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