ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~ 作:八月森
「――なぜ、
その疑問は、クレアたちの懸念とも重なる。デュエッサがこの街で何かしようとしているのは間違いないと。でも、どうしてこの街なのか? それは分からずじまいだった。
ステラの問いに、デュエッサは薄く微笑む。
「答えは簡単よ。この街が、アスタリアの結界の境界線だから」
「やはり……」
魔女は本当に簡潔に答える。ステラも半ば予想がついていたような反応だ。でも、あたしはすぐには理解できなかった。
「結界……? それって、『パルティール大結界』のこと……?」
「あぁ、あなたたちはそう呼んでいるのね。そう。南から広がるその結界は、ちょうどこの街を横切る形で途切れている。ここが、ギリギリ結界の外なの。結界の効力は知っているかしら?」
「効力……魔物や魔族は近づけないって……」
「少し違うわね。あの結界は、
そっか……だからパルティールには強い魔族や魔物は侵入できなくて、その数も多くないんだ……。……あれ? でも、じゃあ、大昔に王都が襲撃されたっていう、『パルティールの惨劇』は……?
「その様子だと、結界がどういう条件で効力を発揮しているかも知らないわよね? いいわ、教えてあげる。アスタリアの結界は土地に根差している。彼女が眠るこの土地が清浄に保たれている限り、半永久的に機能し続けるの。――それなら、例えば死体をたくさん生み出して、その穢れで土地を汚染したりすれば……ふふ、どうなると思う?」
その説明を聞いて、ぞっとする。そんなことをしたら……
「……結界が、なくなっちゃう……?」
過去にもそれが行われて……だから、『パルティールの惨劇』は起きた……?
「あるいは、縮小していくか……どちらにしても、魔女にとっては都合のいい事態となるでしょう。……その状況を生み出すことが、貴女の目的ですか? その手段として、私たちを配下に加えることが必要だったと……?」
「必要か、って言われると、少し違うわね。これはね、ただの趣味よ」
は?
「わたしは女の子の血を吸って眷属にするのが好き。善良な子がわたしの悪意に染め上げられて、人々を傷つける姿を見るのも堪らないわ。どうせ目的を果たすなら、その過程も楽しみたいでしょう?」
絶句するあたしを愉快そうに眺めながら、魔女はさらに口を開く。
「加えて言えば、この街って、勇者が初めて功績を立てた場所なんですってね? その輝かしい記憶を惨劇で塗り替えてしまったら……あはっ♪ あなたたちは、どんな顔を見せてくれるのかしらぁ?」
「……!」
あぁ……分かっていたことだけど、本当にダメだ。こんな邪悪な存在を、このまま野放しにしていいはずがない。ステラも同じ気持ちなのだろう。厳しい表情を浮かべ、わずかに腰を落としている。――すぐに動けるように。
「ふふ、もうずいぶんやる気になってくれたみたいだけど……もう一つだけ、訂正するわ。結界を排除するのは、ただの前段階。わたしの目的は、その先にある」
「先……? それって――」
「ふふふ、答えはわたしに勝てたら教えてあげる。さあ、始めようかしら?」
言いながら、デュエッサは玉座から立ち上がる。と同時に、その玉座がフっ……と姿を消した。
それに驚く暇もなく、デュエッサが動きを見せる。右手に持った黄金の杯から血の短剣が形作られ、その刃で――自身の左手首を、切り裂く。本来ではあり得ない勢いで、激しく吹き上がる赤い液体。それは空中で集合し、やがて二つの赤黒い球体が生まれる。
「ステラ!」
「はい!」
あたしはデュエッサの挙動を警戒しつつステラに呼びかける。彼女は床に落ちた黒剣に向かって飛び込み、それを掴み取ると、素早く立ち上がって魔女を見据える。そこへ――
「――行きなさい」
デュエッサの命令を受けて、二つの球体があたしとステラそれぞれを狙い、飛来する。それは瞬時に、剣に、斧に、槍に、鎌に、様々な武器に自在に形を変え、連続してあたしたちを攻撃する。あの夜、ステラが傷を負ったのと同じもの、いや、それ以上の力と速さが――
「ぐっ……! ぬ……!」
ブシュ――
かろうじて致命傷は避けたものの、全てを防ぎ切ることはできなかった。身体の各所を浅く切り裂かれ、血が流れる。
見れば、ステラも似たような有り様だった。攻撃の種類、威力、その動きや速さ、どれも人が振るうものと比べて乱雑なもの。けれど、だからこそ防ぐのが難しい。致命傷を避けただけでもステラの技の冴えが分かるというものだ。あたしが防げたのは、直感による偶然の部分も大きい。
「《星の瞬き――シャイン!》」
あたしは祈りながら拳を突き出し、球体に戻った血の塊に光弾を撃ち放った。魔女の肉体も焼き焦がせる星の光だ。この血の魔術だってなんとかできると期待した。けれど……
血の球体は瞬時に盾に形を変え、至近距離からの法術を難なく防いでみせる。
「なっ!?」
ただ血が盾の形を取っただけなら破壊することもできたし、星の光で蒸発させられたかもしれない。けれどこの盾はなんらかの魔術的な防御も施されているのか、少しも削れた様子がない。ひびすら入らない。
「く……! それなら……!」
ならばと血の球体を避け、あたしは術者本人を狙うべく素早く駆け出す。が……
「――っ!」
背後の球体から赤い槍が伸び、あたしを背中から刺し貫こうと高速で迫る。咄嗟に横っ飛びでかわすが……血の武器は続けて形を変え、行く手を阻み、術者である魔女には近づかせないよう攻撃し続けてくる。堪らず後退し、同じく攻撃から退避してきたであろうステラと背中を合わせる。お互いに、激しい鼓動と呼吸を感じ合う。
「あはっ♪ どう? あの夜とは違うでしょう? ここに来るまでに何人もの血を吸って、たっぷりと力を蓄えられたもの」
魔女は得意げに笑みを浮かべる。二つの血球は遠巻きにゆっくりと円を描いて、あたしたちの周囲を浮遊している。隙を窺うというより、それはこちらを
(どうする……!? どうすれば、あの血をなんとかできる……!?)
『考えるの苦手なあんたが、無理に考え込んだってしょうがないでしょ。あんたはきっと、直感に従って感情で動くくらいがちょうどいいのよ』
(そう言われても、今はなんの直感も湧かないんだよ、クレア……!)
直感ばかりか感情のほうも、今は焦りばかりが胸を焦がしている。なら、あとは苦手でも考えるしかない。あるいは――
「……ティアさん」
あるいは、ステラなら……この鼓動を分かち合う、彼女なら――
「一つだけ、この状況を打開できるかもしれない案がある、と言ったら……貴女は、信じてくれますか?」