ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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23話 風を背に受けて

「お返しに見せてあげる――……()()()()()()()

 

 

 目の前の魔女は今なんと言った? まさか――?

 

 私が放った風の刃は、前方の空間を切り裂くように進んでいく。このままいけば『虚偽』の魔女デュエッサを上下に両断し、その命を奪うことさえ叶うだろう。あるいは先ほどのように素早く空中に浮遊されれば避けられていたかもしれない。

 

 が、デュエッサはそれをする様子がない。なぜかその場に留まり、失った左腕を前方にかざし……次の瞬間、なんの前触れもなく、何枚もの鋼鉄の盾が中空に現れ、風の刃を受け止める。

 

 

「!?」

 

 

『離反の指先』の力を乗せた風の刃が、最前の盾を穿(うが)つ。呆気なく破壊し、二枚目の盾へと向かいさらに破壊。三枚目、四枚目と続けて壊していくが、盾に直撃する度に徐々に威力が弱まり、五枚目の盾を破ったところで完全に勢いを失い……魔女に届くことなく、消滅してしまう。

 

 

「ふふ、あは、はっ! やっぱりね。確かに痛かったけど、思ったほどの傷じゃないと思ったのよねぇ。あなたの加護、あまり遠くまでは飛ばせないんじゃないかしらぁ?」

 

「……!」

 

 

 デュエッサの指摘に歯噛みする。自覚はなかったが、おそらく彼女の言う通りだ。元々右手の周囲に力を及ぼす加護を、〈ローク〉の能力で無理やり制御して飛ばしているのだから。障害物が増えれば、いや、おそらくは距離が伸びるだけでも、力は減衰するのだろう。それについては納得できる。

 

 不可解なのは……

 

 

「ふ、ふふ!」

 

 

 デュエッサが失った左腕を頭上に掲げる。私は彼女を注視しながら警戒するが……

 

 

「! ステラ! 上!」

 

 

 ティアさんの焦る声。釣られて見上げれば、剣や槍、斧などの無数の武器が、私たちの頭上高くを埋め尽くしていて――

 

 

「――《守の章、第一節。護りの盾――プロテクション!》」

 

 

 彼女がそう叫び、私たちの頭上に光の盾を展開したのと、数多の武器が降り注ぐのは、ほとんど同時だった。

 

 ドドドドドドド――!

 

 

「ぐ、うううう……!」

 

 

 周囲に武器の雨が降り注ぎ、盾の傘を襲う。尋常じゃない魔力量を誇るティアさんの盾は大きく、頑丈だったが、それでもさすがに物量に耐え切れず、次第にひびが入っていき……

 

 

「《風よ!》」

 

 

 私は盾が壊れてしまう前に、頭上を撫で切るように黒剣を振るい、『離反の指先』の力を乗せて風を放つ。宙に浮かび上がっていた無数の武器が暴風に飛ばされ、まとめて一掃される。が――

 

 

「な――!?」

 

 

 風が通り過ぎた後、そこに、何事もなかったかのように新たな無数の刃が現れ、私たちを狙っていて――

 

 

「うううう、ぬうう……!」

 

 

 再び降り注ぐ刃の雨を、ティアさんが盾で受け止める。度重なる衝撃にひびが広がっていく。いよいよ保たない。そう思い、再度黒剣を構えたところで……やがて武器の雨が尽き、静寂が訪れる。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 

 盾の維持に力を割いたせいだろう。ティアさんが荒い息をつく。加護のおかげですぐに体力が回復する彼女でも、短時間で大きく消耗させられればさすがに一時的に枯渇する。疲弊する彼女の代わりに周囲を警戒する私の目に映ったのは、周りに突き立った武器がフっ、とその場から消える姿だった。

 

 やはり不可解だ。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。破片の一つも、残さずに。

 

 デュエッサを睨みつける。彼女は再び余裕を取り戻し、その顔に笑みさえ浮かべていた。それを苦々しく思いながら、私は思考を巡らす。

 

 

(……推測は、できる。これが、デュエッサの加護によるものだと。彼女も私と同じ魔女。それも、今までに出会ったことのない強力な魔女なのですから。加護を授かっていたとしても、それ自体はおかしくありません。でも……)

 

 

 その正体が分からない。何もないところに武器や盾を無限に生み出せる力? それは加護だとしても都合よく、強力すぎないだろうか? しかも使ったあとは、まるで……

 

 

「な、何、なんなの、これ? 幻みたいに消えちゃった……?」

 

(幻……? ――そう、幻だ)

 

 

 ティアさんのその言葉に心中で頷く。それは数日前にもとある場所で抱いた感覚だったからだ。そこにないはずの物が、ある現象。

 

 

「……まさか……」

 

「あはっ♪ 気づいたみたいね。そうよ。あの砦も、この屋敷も、どうやって用意したと思っていたの?」

 

 

 魔女があっさりと肯定する。そう、『虚偽』の魔女デュエッサが。つまり――

 

 

「つまり、全てが偽物、幻――幻覚だった……ただし――」

 

「ええ。現実に影響を与えられる、物質的な幻覚。――『偽りの夢』。それが、わたしの授かった悪神(あくしん)の加護」

 

「『偽りの夢』……」

 

 

 思い返せばあの魔女が座っていた玉座も、今の武器や盾のようにいつの間にか消えていた。つまり彼女は、最初から加護を私たちに見せていたのだ。

 

 

「あくまで幻覚だからね。あまり長くは形を留めておけないけど……ここであなたたちを戦えない身体にするくらいは、簡単なことだわ!」

 

 

 言葉と共にデュエッサの周囲に無数の武器が現れ、私たちへ射出される。私は再び周囲を払うように風を吹かせ、向かってくる武器群を破壊する。しかしその奥には、やはり新たに生み出された武器の幻覚たちが並べられており……

 

《風刃一閃》ではまた盾に防がれる。《螺旋槍》なら貫けるかもしれないが、おそらくはかわされてしまうだろう。であれば――

 

 

(接近して、直接『離反の指先』を当てるしかない……!)

 

 

 私はティアさんのほうに視線を向け、目で語りかける。直感が働いたのか、彼女はコクリと頷く。飛来する武器群を左右に別れてかわした私たちは、的を絞らせないよう互いに半円を描く形で駆け出し、デュエッサとの距離を詰めていく。

 

 

「そうくるわよねぇ! でも!」

 

 

 その叫びと共に、魔女の背後に並ぶ武器たちが左右に向き直り、私とティアさんそれぞれに殺到する。

 

 

「《風よ!》」

 

 

 私は周囲に暴風を展開し、降り注ぐ幻の武器を破壊する。ティアさんは対処できただろうか? 心配だが、ここは信じるしかない。そうして、デュエッサが次の武器を射出してくる合間のタイミングで、私は強く地を蹴り、駆け出した。

 

 

「《旋風疾走――ワールウィンド!》」

 

 

 そして風の後押しを受けて加速し、瞬時にデュエッサに接近した私は、黒剣を横薙ぎに一閃。魔女の身体を上下に両断する。しかし……

 

 切り裂かれた魔女の身体からは血の一滴も流れず、その場でフっ、と消えてしまう。これは、幻……!?

 

 

「ステラ! 後ろ!」

 

 

 ティアさんの声に従い即座に振り向く。いつの間に入れ替わったのか、デュエッサの姿がそこにあった。彼女は右手に握る黄金の杯から血の刃を生み出し、高く振り上げていた。私は『離反の指先』の力を〈ローク〉に乗せ、迎撃する。

 

 ギィン――!

 

 剣と剣が衝突する音が響く。確実に当たった。幻との入れ替わりには驚いたが、この血の刃を破壊してしまえば、魔女を護るものは何もない。返す刃でとどめを刺す! が……

 

 

「!?」

 

 

 血の刃は、健在だった。『離反の指先』で確かに破壊したはずなのに、杯から伸びる刃は血の赤を保っている。どうして――?

 

 

「あはっ!」

 

 

 魔女がおかしそうに笑いながら、再び血剣を振るってくるのを、私は混乱しながらなんとか防ぐ。

 

 破壊した手応えはある。幻でもない。けれどやはり、血の刃はそこに残り続けて…………いや、あれは……血剣の周囲に、破壊された血の雫が舞っている……?

 

 

(もしかして……!)

 

 

 刃の奥に、さらに刃が隠れてる……!?

 

 

「今さら気づいても、もう遅いわよ!」

 

 

 デュエッサが振るう荒々しい剣を、かろうじて弾き返す。技術は私が上だが、力では上回られている。そして先刻一瞬動揺した分、わずかに後手に回らされてもいる。このままでは、押し切られる……!

 

 

「凝縮した血を何層にも重ね合わせた、特製の剣! 全て破壊される前には、あなたを仕留められるわ! さあ、これで終わり、よ!」

 

 

 ギィン――!

 

 と、強く剣を弾かれ、頭上に追いやられる。デュエッサの血剣も同様に弾いているが、おそらくこのままでは相手のほうがわずかに速く振り切られ、空いた私の胴体を切り裂く。

 

 デュエッサもそれが分かっているのだろう。勝利を確信し、笑みを浮かべ、瞳からは堪え切れない嗜虐心が滲んでいる。それは狙い通りに戦況を進め、この勝利の瞬間を待ち望んでいた表情だ。

 

 ――冗談じゃない。この瞬間を――両者が大きく武器を弾き合う機会を待ち望んでいたのは、私のほうだ。私は無詠唱で魔術を発動させ、自身が握る()()()()()風を集中させ――……一瞬後には、袈裟懸けに剣を振り切っていた。

 

 

「《ローク風刃一刀流奥義――……追い風の太刀》」

 

 

 魔術で生み出した風によって剣を後押しし、さらに全身の『気』を切っ先に乗せ、それらの力を制御したうえで、正確に刃筋を立てる。全ての条件を整えて初めて成立する流派の奥義。その難度の高さと引き換えに、速さと切れ味においては他の追随を許さない。

 

 

「あ……は……?」

 

 

 まだ剣を振りかぶった状態だった魔女が、声を漏らす。『離反の指先』の力を込めた斬撃で、広く深く切り裂いた。確実に致命傷だ。わずかに遅れて、斬られた魔女の胴体から、鮮血が噴き出した――

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