ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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24話 第四の選択肢

 標的まであと十歩分ほどまで近づいたところで、あたしはそれを見た。

 

 劣勢から一転、目では負えないほどの速さで振り切られた黒剣の一閃によって、ステラが『虚偽』の魔女デュエッサを切り裂いた、その瞬間を。

 

 

「――……」

 

 

 その一つの技に込められた力、技術の粋。文句のつけようもないほど凄まじく、何より綺麗だった。ステラのことがまた一つ知れた気がした。余韻に浸っていたあたしの目に、斬られたデュエッサの身体から鮮血が吹き上がるのが見えた。その右手に握られていた黄金の杯がこぼれ落ちる。

 

 ――瞬間、嫌な予感がした。止まりかけていた足でもう一度地を蹴り、あたしは駆け出す。

 

 デュエッサは噴水のように血を噴き出させながらも、その顔には薄く笑みを浮かべていた。剣を振り切った体勢のステラはそれに気が付いていない。広範囲にまき散らされた血が中空で不自然に止まり……次の瞬間、多数の鋭利な刃物と化す。

 

 

「……!」

 

 

 周囲の時間が泥のように遅くなり、思考が加速する。考えるのが苦手なあたしにしては珍しく、頭が高速回転する。

 

 デュエッサとの距離はあと三歩ほど。このままなら届くのは伸ばした手くらい。

 

 ステラを横から突き飛ばす? いや、間に合わない。あたしとステラが仲良く串刺しにされるだけだ。

 

《シャイン》で焼き払う? いや、範囲が足りない。上手く当てられたとしても撃ち落とせるのは一部だけで、残った血の刃がステラに降り注いでしまう。

 

《プロテクション》は? 伸ばした手の先から、両者を遮るように盾を置くことができれば……問題は、あたしが自身の目の前にしか術を発動できないこと。二人の横から接近している今の状況では、かなり無理のある体勢になってしまう。そして上手く盾を置けたとしても、全ては防げない公算が高い。それでも、これが現状では一番――……

 

 そこまで考えたところで唐突に、脳裏に第四の選択肢が閃く。

 

《プロテクション・アーツ》――……拳を起点に光の盾を纏わせ、攻防一体の武具とする、あたしの憧れの流派。それとあたしが使う巨大な盾を組み合わせれば……ステラに傷を負わせることなく、護り切れるかもしれない。

 

 何度も練習はしていたけど、できなかった。それを今この場で成功させられるのか、不安はもちろんある。でも……

 

 

 ――『身体の延長上に置けばいいだけ――』

 

 ――『あんたはきっと、直感に従って感情で動くくらいがちょうどいいのよ』

 

 

 クレアの言葉に勇気を貰った。だから直感は、この方法をあたしに指し示してきたのかもしれない。今なら、できそうな気がする。何より……

 

 

(ステラを、護る……! もうこれ以上、傷つけさせない……!)

 

 

 それが、あたしの今の一番強い感情。その感情に従って、最後の三歩を走り切る!

 

 

「《プロテクション!》」

 

 

 意識を右手に集中させ、ギュっと握り込む。その握った拳の延長上に、法術の光の盾を生み出す。あたしの胴体ほどもある円形の光の盾。それが、右拳と連動して同じ動きを見せて――……成功した!? あたしは内心で歓声を上げつつ、大きく右拳を振りかぶった。

 

 

「ぅおりゃあぁぁぁー!!」

 

 

 そして、打ち抜く。

 

 拳と共に打ち出された巨大な光の盾は、宙に浮かぶ血の刃たちを横合いから打ち壊していく。両者の間で止まったあたしは、その場で時計回りに旋回。裏拳のように右腕を振るって残りの血も叩き落とす。最後に――

 

 

「おぉぉぉ!」

 

「ぶ――!?」

 

 

 ――デュエッサの顔面、というかその下の身体ごと、光の盾で殴り飛ばす。魔女は大きく吹き飛び、床に血の跡をまき散らしながら、やがて仰向けに倒れて動かなくなる。

 

 と、同時に、周囲の光景が一変する。新築のようだった豪華な屋敷が、ボロボロの廃屋に姿を変えた。術者であるデュエッサが致命傷を受けたため、『偽りの夢』で構築していた偽の屋敷を維持できなくなったのだろう。屋根は崩れ落ちており、夜の闇と月明かりが頭上から降り注いでいる。いつの間にか夜になっていたらしい。

 

 

「……」

 

 

 念のため、しばらく魔女を注視していたが、今度こそ反撃はないようだ。あたしは盾を解除してすぐに振り向く。

 

 

「ステラ! 大丈夫!?」

 

「え? ええ、はい。少々驚きましたが……助かりました。……致命傷を受けてなお、最後まで私に刃を向けていたんですね。本当に、油断ならない相手でした。……それより、ティアさん。今の技は、まさか……」

 

「そうだ! 成功した! あたし初めて成功したんだよステラ! 憧れのあの人の技を!」

 

 

 ステラを護り切れて安心したからか、今さらのように喜びが(あふ)れてくる。って、いけないいけない。ステラにはなんのことかさっぱりだよね。

 

 そう思って反省したのだけど、彼女は何か神妙な表情をしていた。

 

 

「憧れの……ということは、例の、ティアさんを助けたというアスタリア神官が、《プロテクション・アーツ》の使い手……?」

 

「へ? うん、そうだけど」

 

 

 あれ?《プロテクション・アーツ》のことまでステラに話してたっけ? こないだクレアには言った憶えがあるけど。

 

 

「……あの、もしかしたらなんですけど――」

 

「がふっ……!」

 

 

 そこで、大きく咳き込む音が響いた。倒れたデュエッサのものだ。まだ息があるらしい。あたしとステラは顔を見合わせ、慎重に彼女に近づいていく。

 

 

「あ、は……♪ もう少しで、ステラは道連れにできてた、のに……惜しかった、わね……」

 

「……第一声が、それですか」

 

 

 ステラが呆れた声を出す。

 

 

「あーぁあ……あなたたちを、眷属にできていれば……計画も楽に、成功してた、のに……全部、台無しよ……」

 

 

 言葉とは裏腹に、魔女の表情に悔しさはあまり見当たらない。そもそも……

 

 

「そう言う割には、あんまり痕跡とか隠してなかった気がするけど……」

 

 

 だからこそ、あたしたちはこの魔女の居場所を難なく突き止めることができた。もし本気で潜伏されていたなら、その間にステラは身も心も魔女にされていたかもしれなくて……

 

 

「だって……助けられるか分からない、ギリギリのところでもがく姿を見るほうが、面白いかな、って思ったから……」

 

 

 ……そんな理由?

 

 

「貴女が悪趣味なのは理解しています。行動の大半が悪意による思いつきでしょう。ですが、それを踏まえたうえで、もう一つ聞きたいことがあります」

 

「あら……なぁーに……?」

 

「貴女は言っていました。『目的は、その先にある』と。それだけは、おそらく貴女の悪意から生まれたものではなく、悪神(あくしん)から授かった使命だったのではありませんか? だとしたら、その目的とは……」

 

「あぁ……簡単な、ことよ……結界が消え去るほどの、大量の穢れを触媒に、して……悪神たちの王、〈黒の邪神〉アスティマそのものを、この地に顕現させること……」

 

「な……!?」

 

 

 邪神を、顕現させる……!? そんなこと、できるの……!?

 

 

「そして、結界の中心で眠る〈白の女神〉アスタリアを、始末すること……だから、なるべく結界に近い場所で、計画を実行する、必要があった……あはっ……♪ まぁ、失敗、しちゃったんだけど、ね……」

 

「……」

 

 

 なんて恐ろしい計画を立てていたんだろう。創造の女神が失われるなんてことがあれば、どれだけの影響が世界に及んだか想像もつかない。……今さらながらに怖くなってきた。本当に、本当に間に合ってよかった……そう思うのと同時に――

 

 

「……ねえ、デュエッサ」

 

 

 生まれると共にそんな邪悪な使命と強い悪意に支配されていた目の前の魔女が、なんだか可哀そうにも思えてきて……

 

 

「もし……もしも、ステラみたいに魔女の悪意を捨てられていたら……あなたは、こんな生き方をしなくて済んだのかな……?」

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