ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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25話 最初の一歩

「もし……もしも、ステラみたいに魔女の悪意を捨てられていたら……あなたは、こんな生き方をしなくて済んだのかな……?」

 

 

 そんなことを問いかけたのは、ステラが正気を取り戻した際に、取り乱すデュエッサの姿を見ていたからかもしれない。

 

 もし、自分に魔女としての悪意がなければ……そんな思いがどこかにあったから、あんなに動揺していたんじゃないだろうか……?

 

 そうして、探るような心地で控えめに視線を向けると……魔女は一瞬きょとんとした顔を見せ、そして――

 

 

「――ぷ。あは、あはは、はは……! げほ、けふ……!」

 

 

 ――なぜか、思い切り噴き出してみせた。

 

 

「もー……あんまり、笑わせないで、くれないかしら……あなたたちの、価値観で語るのも、やめてよね……わたしは、魔女としての自分に、なんの不満も、ないわ……短い間、だったけど、好きなようにも、生きられた……(おおむ)ね、満足して……あ、でも……」

 

「な、何?」

 

「あなたの――ティアの血を味わえなかった、ことだけは、心残り、ね……神官の……しかも、エルフの血……さぞや、美味しかった、でしょうに…………が……!?」

 

「!? ――ステラ!?」

 

 

 台詞の最後で、デュエッサが血を吐く。いつの間にか近づいていたステラが、魔女の心臓に黒剣を突き立てていた。

 

 

「――私の前でそんな台詞を吐く意味が、分からないわけではありませんよね?」

 

 

 ステラ……なんか怒ってる……?

 

 彼女は黒剣を引き抜き、デュエッサに鋭い視線を向けた。けれど、それを向けられ、あまつさえ刃を突き刺された当の本人は、相変わらず薄く微笑むだけだった。

 

 

「ふ、ふふ……そんなに、怒るなんて、妬けちゃう、わね……ごほ……! ふぅ……あぁ、もう限界……まぁ、いいか……そこそこ、面白かったし、ね……わたしは、ここで、おしまい……でも、これでめでたしめでたし、とは、ならないのよねぇ……」

 

「? それ、どういう意味――」

 

 

 あたしの問いに、デュエッサは笑みを浮かべながら力なく天井を指さす。

 

 ――その時。

 

 屋根のない、開け放たれた天井に映る夜空から……星が、流れ落ちた。

 

 

「!? この、気配……!」

 

「――! ステラ、上! 上見て!」

 

 

 それは、美しくもおぞましい光景。

 

 なぜならそれは、暗闇を切り裂いて生まれる光の芸術のようであり、同時に、創造の女神の光がこの世界から失われたことを示す、不吉の兆しに他ならない。

 

 ――流れ星。

 

 その、形をなした災厄が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 こちらに接近してきたいくつかは、中空で絡め取られ燃え尽きて――おそらく『パルティール大結界』に反発されたのだ――いたが、それ以外は世界中に散らばっていて……

 

 

「……まさか……これ、全部が……魔女……?」

 

「……おそらくは……」

 

 

 呆然と、その流星の雨を見るあたしたち。身体から力が抜けるような心地だった。その様子を満足そうに眺め、デュエッサは口を開く。

 

 

「あはっ……♪ それじゃー、ね、ティア……そして、ステラ……魔女狩りの、魔女……これから世界は、魔女による災禍に、見舞われる……あなたたちが、それにどこまで抗える、のか……地獄で、見てて、あげ、る……――」

 

 

 そうして、この恐るべき難敵。『虚偽』の魔女デュエッサは、最後まで笑みを浮かべながら、その息を引き取ったのだった。

 

 

「「……」」

 

 

 二人で、再び空を見る。流星雨は止み、夜空は星と月明かりが静かに照らしていた。あの美しくも悪夢のような光景が、嘘のようだ。

 

 顔を下ろす。ステラも同じタイミングで下げていて、ピタリと目が合う。それがなんだか嬉しかった。

 

 

「ステラ」

 

「はい」

 

 

 彼女は黒剣を鞘に仕舞いながら、声を返す。

 

 

「ステラは、今流れ落ちていった魔女たちを、全員見つけて討伐するつもりなの?」

 

「……はい。私は、邪悪な魔女を全て殺すと、誓いを立てました。それが、どれだけ途方もない道のりだとしても、生涯を懸けて遂行してみせます」

 

 

 あれだけ魔女に敵意を示していた彼女だ。今の光景を見ても決意は変わらないだろうと予想はしていた。だったら――

 

 

「だったらさ。――その旅、あたしにも付き合わせてよ」

 

「ティ、ティアさん? 何を言って……魔女の脅威は、十分すぎるほどに味わったはずです! 貴女がまた危険な目に遭う必要なんて――」

 

「そんな危険な旅を、ステラはまた一人でするつもりなんでしょ? あたしなら事情も知ってるし、戦闘になっても手伝えるし、傷の治療も穢れの浄化もできるよ?」

 

 

 いつかと同じような売り込みの言葉に、ステラがぐっ、と呻くのが聞こえた。それでも彼女は退かず、こっちの説得を試みる。

 

 

「……それに、あの流れ星の数を見たでしょう? あの全てが魔女だとしたら、全て狩るまでにどれだけの年月がかかるか……ティアさんに、そんな旅に付き合わせるわけには……」

 

「それも大丈夫。だってあたし、エルフだし。人間にとっては長い年月でも、あたしにとっては誤差みたいなものだよ」

 

 

 と言いながら、あたしもまだ十五歳の若いエルフだから、半分想像で語ってるのだけど。

 

 

「……何より、私、魔女、なんですよ……? もしまた、私の悪意が目を覚まして、ティアさんを傷つけるようなことがあれば……」

 

「言ったでしょ。その時は、あたしが何度だって正気に戻してみせるって」

 

「……でも……」

 

「――あたしは、難しいことは分からない」

 

 

 彼女の言葉を遮るように――彼女がこれ以上自分を傷つけないように、あたしは声を上げる。

 

 

「だから、直感を信じる。〝ステラなら信じられる〟っていうあたしの直感を。――あたしは、ステラと一緒にいたい。もっとステラのこと知って、近づいていきたいよ。だから――」

 

 

 言いながら、彼女に右手を差し出す。

 

 

「――だから、あたしと友達になってよ、ステラ」

 

「……!」

 

 

 そう。あたしたちはまだ出会ったばかりで、こんな最初の一歩すら踏み出していなかった。

 

 だから、ここからだ。ここから始めていきたい。その意思を、右手に込める。

 

 夜風が二人の髪を揺らす。ステラの目に涙が浮かぶ。彼女はそれを手で拭うと、わずかに笑みを浮かべながら、あたしの手を握り返してくれた。

 

 答えは、それで十分だった。二人で、笑みを交わし合う。

 

 

「……口づけを交わした後に友達になるというのも、少しおかしな感じがしますね」

 

「わー!? 忘れてたのに思い出させないで!?」

 

 

 途端に顔を真っ赤に染めるあたしの手を、けれど彼女は離してくれない。そんな少し意地悪な一面も含めて、もっと彼女を知っていきたい。あたしにとっての、星の光を……

 

 

「……一つだけ、約束してもらえますか、ティアさん」

 

「? 何を?」

 

 

 ステラはあたしの手を握ったまま静かに息を吸い込むと、決意を込めた様子で口を開く。

 

 

「もしもこの先、私が悪意に呑まれて、そしてどうしても元に戻せないとなった時……その時は、ティアさんに私の命を預けます」

 

「――!」

 

「共に旅をするというなら、ここは譲れません。……こんな面倒を背負わせてしまって、すみません。引き受けて、くれますか?」

 

 

 あたしは俯き、一瞬悩んだが、すぐに顔を上げて力強く返答する。

 

 

「……分かった。その時は、あたしが責任を持つ。誰にも譲らない。でも――」

 

「ティア!」

 

「ティアさん!」

 

 

 そこで、背後からあたしを呼ぶ声。

 

 

「クレア! セシリア! 二人とも無事!?」

 

「ええ。言ったでしょ。大丈夫だ、って。魔女の眷属にされた人たちも、セシリアが穢れを浄化してくれたわ。しばらくすれば目を覚ますでしょ」

 

「それより、ステラさんは助けられたのですか? それに、あの魔女は……」

 

「うん、ステラはこの通り」

 

 

 握ったままだった彼女の手を軽く上げて応えてみせる。

 

 

「ご迷惑をおかけしました。……貴女たちも、ティアさんに手を貸してくださったのですね。本当に、ありがとうございました」

 

「うちらだって助けられたんだから、おあいこよ。これで貸し借りなしだからね」

 

「はい。あの魔女デュエッサも、おかげで討ち取ることができました。重ねてお礼を」

 

「それより二人とも、さっきの見た? 流れ星が雨みたいに――」

 

 

 夜の廃屋に、あたしたちの声だけが響く。浮かぶ夜空は静かで、さっきまでの激闘が嘘のようだ。それはもしかしたら、これから始まる魔女狩りの旅の前の、最後の平穏なのかもしれない。

 

 相変わらず考えるの苦手なあたしは、先のことなんて見通せない。でも、きっと大丈夫。だって、あたしの直感は、よく当たるんだから!

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