ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~ 作:八月森
「もし……もしも、ステラみたいに魔女の悪意を捨てられていたら……あなたは、こんな生き方をしなくて済んだのかな……?」
そんなことを問いかけたのは、ステラが正気を取り戻した際に、取り乱すデュエッサの姿を見ていたからかもしれない。
もし、自分に魔女としての悪意がなければ……そんな思いがどこかにあったから、あんなに動揺していたんじゃないだろうか……?
そうして、探るような心地で控えめに視線を向けると……魔女は一瞬きょとんとした顔を見せ、そして――
「――ぷ。あは、あはは、はは……! げほ、けふ……!」
――なぜか、思い切り噴き出してみせた。
「もー……あんまり、笑わせないで、くれないかしら……あなたたちの、価値観で語るのも、やめてよね……わたしは、魔女としての自分に、なんの不満も、ないわ……短い間、だったけど、好きなようにも、生きられた……
「な、何?」
「あなたの――ティアの血を味わえなかった、ことだけは、心残り、ね……神官の……しかも、エルフの血……さぞや、美味しかった、でしょうに…………が……!?」
「!? ――ステラ!?」
台詞の最後で、デュエッサが血を吐く。いつの間にか近づいていたステラが、魔女の心臓に黒剣を突き立てていた。
「――私の前でそんな台詞を吐く意味が、分からないわけではありませんよね?」
ステラ……なんか怒ってる……?
彼女は黒剣を引き抜き、デュエッサに鋭い視線を向けた。けれど、それを向けられ、あまつさえ刃を突き刺された当の本人は、相変わらず薄く微笑むだけだった。
「ふ、ふふ……そんなに、怒るなんて、妬けちゃう、わね……ごほ……! ふぅ……あぁ、もう限界……まぁ、いいか……そこそこ、面白かったし、ね……わたしは、ここで、おしまい……でも、これでめでたしめでたし、とは、ならないのよねぇ……」
「? それ、どういう意味――」
あたしの問いに、デュエッサは笑みを浮かべながら力なく天井を指さす。
――その時。
屋根のない、開け放たれた天井に映る夜空から……星が、流れ落ちた。
「!? この、気配……!」
「――! ステラ、上! 上見て!」
それは、美しくもおぞましい光景。
なぜならそれは、暗闇を切り裂いて生まれる光の芸術のようであり、同時に、創造の女神の光がこの世界から失われたことを示す、不吉の兆しに他ならない。
――流れ星。
その、形をなした災厄が……
こちらに接近してきたいくつかは、中空で絡め取られ燃え尽きて――おそらく『パルティール大結界』に反発されたのだ――いたが、それ以外は世界中に散らばっていて……
「……まさか……これ、全部が……魔女……?」
「……おそらくは……」
呆然と、その流星の雨を見るあたしたち。身体から力が抜けるような心地だった。その様子を満足そうに眺め、デュエッサは口を開く。
「あはっ……♪ それじゃー、ね、ティア……そして、ステラ……魔女狩りの、魔女……これから世界は、魔女による災禍に、見舞われる……あなたたちが、それにどこまで抗える、のか……地獄で、見てて、あげ、る……――」
そうして、この恐るべき難敵。『虚偽』の魔女デュエッサは、最後まで笑みを浮かべながら、その息を引き取ったのだった。
「「……」」
二人で、再び空を見る。流星雨は止み、夜空は星と月明かりが静かに照らしていた。あの美しくも悪夢のような光景が、嘘のようだ。
顔を下ろす。ステラも同じタイミングで下げていて、ピタリと目が合う。それがなんだか嬉しかった。
「ステラ」
「はい」
彼女は黒剣を鞘に仕舞いながら、声を返す。
「ステラは、今流れ落ちていった魔女たちを、全員見つけて討伐するつもりなの?」
「……はい。私は、邪悪な魔女を全て殺すと、誓いを立てました。それが、どれだけ途方もない道のりだとしても、生涯を懸けて遂行してみせます」
あれだけ魔女に敵意を示していた彼女だ。今の光景を見ても決意は変わらないだろうと予想はしていた。だったら――
「だったらさ。――その旅、あたしにも付き合わせてよ」
「ティ、ティアさん? 何を言って……魔女の脅威は、十分すぎるほどに味わったはずです! 貴女がまた危険な目に遭う必要なんて――」
「そんな危険な旅を、ステラはまた一人でするつもりなんでしょ? あたしなら事情も知ってるし、戦闘になっても手伝えるし、傷の治療も穢れの浄化もできるよ?」
いつかと同じような売り込みの言葉に、ステラがぐっ、と呻くのが聞こえた。それでも彼女は退かず、こっちの説得を試みる。
「……それに、あの流れ星の数を見たでしょう? あの全てが魔女だとしたら、全て狩るまでにどれだけの年月がかかるか……ティアさんに、そんな旅に付き合わせるわけには……」
「それも大丈夫。だってあたし、エルフだし。人間にとっては長い年月でも、あたしにとっては誤差みたいなものだよ」
と言いながら、あたしもまだ十五歳の若いエルフだから、半分想像で語ってるのだけど。
「……何より、私、魔女、なんですよ……? もしまた、私の悪意が目を覚まして、ティアさんを傷つけるようなことがあれば……」
「言ったでしょ。その時は、あたしが何度だって正気に戻してみせるって」
「……でも……」
「――あたしは、難しいことは分からない」
彼女の言葉を遮るように――彼女がこれ以上自分を傷つけないように、あたしは声を上げる。
「だから、直感を信じる。〝ステラなら信じられる〟っていうあたしの直感を。――あたしは、ステラと一緒にいたい。もっとステラのこと知って、近づいていきたいよ。だから――」
言いながら、彼女に右手を差し出す。
「――だから、あたしと友達になってよ、ステラ」
「……!」
そう。あたしたちはまだ出会ったばかりで、こんな最初の一歩すら踏み出していなかった。
だから、ここからだ。ここから始めていきたい。その意思を、右手に込める。
夜風が二人の髪を揺らす。ステラの目に涙が浮かぶ。彼女はそれを手で拭うと、わずかに笑みを浮かべながら、あたしの手を握り返してくれた。
答えは、それで十分だった。二人で、笑みを交わし合う。
「……口づけを交わした後に友達になるというのも、少しおかしな感じがしますね」
「わー!? 忘れてたのに思い出させないで!?」
途端に顔を真っ赤に染めるあたしの手を、けれど彼女は離してくれない。そんな少し意地悪な一面も含めて、もっと彼女を知っていきたい。あたしにとっての、星の光を……
「……一つだけ、約束してもらえますか、ティアさん」
「? 何を?」
ステラはあたしの手を握ったまま静かに息を吸い込むと、決意を込めた様子で口を開く。
「もしもこの先、私が悪意に呑まれて、そしてどうしても元に戻せないとなった時……その時は、ティアさんに私の命を預けます」
「――!」
「共に旅をするというなら、ここは譲れません。……こんな面倒を背負わせてしまって、すみません。引き受けて、くれますか?」
あたしは俯き、一瞬悩んだが、すぐに顔を上げて力強く返答する。
「……分かった。その時は、あたしが責任を持つ。誰にも譲らない。でも――」
「ティア!」
「ティアさん!」
そこで、背後からあたしを呼ぶ声。
「クレア! セシリア! 二人とも無事!?」
「ええ。言ったでしょ。大丈夫だ、って。魔女の眷属にされた人たちも、セシリアが穢れを浄化してくれたわ。しばらくすれば目を覚ますでしょ」
「それより、ステラさんは助けられたのですか? それに、あの魔女は……」
「うん、ステラはこの通り」
握ったままだった彼女の手を軽く上げて応えてみせる。
「ご迷惑をおかけしました。……貴女たちも、ティアさんに手を貸してくださったのですね。本当に、ありがとうございました」
「うちらだって助けられたんだから、おあいこよ。これで貸し借りなしだからね」
「はい。あの魔女デュエッサも、おかげで討ち取ることができました。重ねてお礼を」
「それより二人とも、さっきの見た? 流れ星が雨みたいに――」
夜の廃屋に、あたしたちの声だけが響く。浮かぶ夜空は静かで、さっきまでの激闘が嘘のようだ。それはもしかしたら、これから始まる魔女狩りの旅の前の、最後の平穏なのかもしれない。
相変わらず考えるの苦手なあたしは、先のことなんて見通せない。でも、きっと大丈夫。だって、あたしの直感は、よく当たるんだから!