ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~ 作:八月森
「え!? ステラのお母さんの一人が、《プロテクション・アーツ》の使い手!?」
パルティール王国オーベルジュ領ドゥヴァンの街。
デュエッサの遺体の処理や、攫われた女性たちの護送などを終えたあたしたちは、この街の宿に帰り着いてから泥のように眠りについた。疲労でクタクタだった。
その翌朝、ステラと二人で街を少し見回っていたところ、彼女からそんな発言が飛び出したのだ。
「はい。しかも、あの〈聖拳〉に直接教えを授かっていた直弟子です」
「え、何それ凄すぎる」
「もっとも、だからと言ってティアさんを助けた神官とは限りません。数が少ないとはいえ、他にも使い手がいないわけではありませんからね。それに、今、王都に留まっている保証もありませんが……会いに行ってみますか?」
その提案にはもの凄く心惹かれる。あたしはそのために旅に出たかったのだから。でも……
「……ううん。やめとく」
「いいんですか? 以前お約束した通り、パルティール国内ならある程度案内することもできますよ?」
ステラはあの時の世間話を約束だと受け取っているようだ。真面目というか、律儀でかわいいなぁ。それはそれとして。
「うん、いい。今は、流星の魔女をなんとかしなきゃいけないからね。街もほら、大騒ぎだし」
そう。街は今、騒めきに満ちていた。あの流星雨を目撃した人が、他にもいたのだろう。
一つ落ちただけでも不吉な流れ星が、雨のように降り注いだのだから。人々が不安に駆られるのも無理はない。おそらくは、昨日まで施されていたデュエッサの認識阻害が解けたのも、混乱に拍車をかけていた。
「……そうですね。おそらく、世界中の人が同じような不安に襲われて……そしてもう、実際に魔女の被害に遭っているかもしれない」
「うん。もちろん人類だってただやられるわけじゃないだろうけど、魔女の脅威を知らない人たちじゃ、どうしても後手に回らされちゃう。でも、ステラなら――」
「はい。魔女がどこにいるか、それが魔女かどうか、見極めることができます」
ちなみに、ステラの現状について。意識が以前の穏やかなものに戻ったのはもちろんだが、それは身体のほうも同様で、今はほぼ人間と変わらないものになっていた。魔女の気配を感じ取る力もそのままだ。
以前との違いは、唇を介して体力を奪う能力が残ったことだけ。そしてあたしには、『無尽蔵の体力を得る』加護がある。だからいざという時はあたしが体力を提供することも可能、なんだけど……あの方法は、やっぱりまだ少し恥ずかしい。本当にいざという時だけにしてもらおう。
「そして、そんなステラにあたしはついてくって決めた。これは、あたしたちにしかできないこと。それも、できるだけ急がなきゃいけない。でもこのパルティールは――」
「結界のおかげで、魔女が直接乗り込むことはできません。確かに、優先するなら他の地域です。ですが……」
本当にいいのか? ステラは言外にそう尋ねてくる。
実際、本音を言えば今すぐにでも会いにいきたいけど、それでも……
「いいんだ。魔女を放っておけないのは本当だし、一回ホルツ村に戻らないとユーニさんから報酬貰えないしね。それに何より……もし、ステラのお母さんが『あの人』だとしたら……もっとちゃんと《プロテクション・アーツ》を使えるようになってから会いたいな、って、そう思うから」
それも、偽りのない本音だ。今はまだ未熟すぎるあたしだけど、いつかは、あなたが助けてくれた子供はこんなに立派に成長できたのだと、そう報告したいから。
「……分かりました。では、なるべく早く魔女を狩り尽くして、この国に戻ってこなければなりませんね」
さらっと怖いこと言ってる。魔女に対して過激になるのは相変わらずだ。そんなギャップも彼女に興味を惹かれる理由だったのだけど。
「ティアー! ステラー! そろそろ出発するわよー!」
「はーい!」
クレアからの呼びかけに応え、あたしたちは宿に荷物を取りに戻った。
あたしたちはドゥヴァンの街を発ち、来た道を逆に辿っていった。
道中、悪事を働いていた魔女を二人ほど発見したため、速やかに討伐しておいた。やっぱりあの流星雨のせいで、世界的に魔女が出没するようになっているみたいだ。
やがてあたしたちは、エルモ村の入り口まで辿り着く。ヴィルヘルムとゴルドーを預けていた村だ。つまり……
「あんたたちとは、ここでお別れね」
村に入る前に、クレアがこちらを振り向きながら口を開く。
そう、彼女の言葉を借りれば、二人はあくまで『暇潰し』であたしに協力してくれただけなのだ。無事にステラを助け出した今、彼女たちをいつまでも拘束しておくわけにもいかない。
「ほんとに、ありがとね、クレア」
「そんな改まって言われることじゃないわよ。貸し借りなしって言ったでしょ」
「それでも、ありがと。クレアの言葉がなかったら、あたしはあの時、前に進めなかったと思う。だから……」
「あーもー、そういうのはいいってば。柄じゃないんだから……」
つんけんしながらも頬を赤くするクレア。根はいい人を地で行ってるというか、ほんとにかわいいなぁ。
「セシリアも。ありがとね、ここまで付き合ってくれて」
「それこそ、お礼を言われるようなことではありませんよ。受けた恩を返しただけです」
セシリアは静かにそう告げたあと、ステラに顔を向ける。
「ステラさん。ここまで見てきた限り、貴女から明確な悪意は感じられませんでした。貴女が邪悪な存在かどうか見極めるのは、ひとまず保留にしようと思います。ですが……もし、貴女が再び悪意に呑まれるようなことがあれば、その時は……」
「すみません、もしそうなっても、貴女に討たれるわけにはいきません。だって――」
そこでステラは、あたしの肩をグイっと寄せる。?
「――もうその役は、ティアさんが予約済みですから」
「ほわ?」
流されるままに抱かれて間抜けな声を漏らしてしまう。
うん、確かにあたしはステラとそういう約束をした。けどなんでクレアとセシリアはちょっと顔を赤らめているんだろう。
「……そういうことでしたら、私が口を出すのは野暮というものですね。ですがティアさん。ステラさんのことで何かお困りになられたら、その時は遠慮なく相談してくださいね」
「? うん、よく分かんないけど、分かった。その時は頼るね」
「はい」
そうして二人はこの場で別れ、ヴィルヘルムたちを預かってくれている神殿に向かっていった。
あたしとステラはエルモ村を出立する。行きでお世話になった商人のおじさんとアンネたち護衛の冒険者と再会し、ちょうどまたホルツ村に向かうところだというので、同乗させてもらうことにした。
馬車に揺られること半日ほどで、目当てのホルツ村に辿り着く。商人のおじさんたちにお礼を述べ、馬車を降りたあたしたちは、真っ先に村唯一の冒険者の宿、〈森の恵み亭〉に向かい、その扉を開く。
「ただいま! ユーニさ――」
「ティア!」
最後まで言い終わる前に、飛び出してきたユーニさんに抱き締められる。
「よかった、無事に帰ってきて……」
「ユーニさん……」
あたしを強く抱く手は、けれど同時に少し震えていた。出発の際はあたしの気持ちを尊重して送り出してくれてはいたけど、やっぱり心配もしてたみたいで……
「……うん。無事に帰ってきたよ。だから大丈夫」
言いながら、安心させるようにポンポンと背中を叩くと、徐々に震えは治まっていった。けれどしばらく離してはくれなくて……あたしにしがみつくようにしたまま、顔だけを上げて、彼女は口を開く。
「ステラさんも。無事で何よりよ。……約束、守ってくれたみたいね」
「ええ。それが依頼の条件でしたからね」
二人でなにやら笑い合っている様子なのだけど、なにぶん抱き締められたままなので二人の顔を見ることができない。そろそろ解放してもらいたくて、ちょっと強引にユーニさんを引きはがす。少し残念そうにしながらも、大人しく一歩引いた彼女は、静かにあたしに問いかける。
「捜してた人は、見つかった?」
「……ううん、見つからなかった。目星をつけてたパルティールの王都も、行くのはやめた。それどころじゃなくなって……ユーニさん、こっちは大丈夫? あの雨みたいに降った流れ星は……」
「私も見たわ。やっぱり、あれ全部が魔女なのね?」
あたしとステラはコクリと頷く。
「この辺りは一応まだ大丈夫だけど、各地で被害が出てるのは聞いているわ。どこも大騒ぎよ」
「やっぱり……。……ねぇ、ユーニさん。あたし――」
「魔女を討伐しに行く……そう言いたいんでしょ?」
「「……」」
なぜ分かったのか? ステラと二人、視線でそう尋ねると……
「あの流れ星の雨を見た時に、なんとなく思っちゃったのよ。ティアなら――ううん、貴女たち二人なら、無事に帰ってくればそう言いだすだろうな、って」
出発の際もそうだったけど、ユーニさんはとにかく察しがいい。代理とはいえ、店主として宿を切り盛りするうちに、自然と鍛えられた気遣いなのかもしれない。
「今、ギルドは大急ぎで対応をまとめてる。近々、冒険者たちへの依頼に魔女の討伐が加わるでしょうね。この状況で一番重宝されるのは、魔女の気配を感じ取れるステラさん、貴女よ。それは同時に、最も危険に近づく役でもある。ティアは、そんな危険な旅に同行したいって言うのね?」
「うん……あたしは、実際に邪悪な魔女を見てきた。放っておけないって思ったよ。だから、ステラに協力したいの。あたしは、ウィッチスレイヤーになる」
その宣言に、ユーニさんは困ったように眉を下げた。
「……本音を言えば、心配よ。せっかく無事に帰ってきたんだから、村に留まってほしい。貴女が自分から危険に足を踏み入れなくても……そう思う気持ちもある。でも、魔女を放っておいたら……」
「そうですね……今は近くにいませんが、いずれこの村が襲われる可能性もあります。そして襲われるのを待つよりは、こちらから打って出て数を減らしていったほうが、結果的に被害を抑えられるでしょう」
ステラの言葉に、ユーニさんは諦めたような表情を見せる。
「理屈では、分かってるんだけどね。ご両親から託されてるから、つい過保護になっちゃって。でも、ティアももう、一人前の冒険者だものね。それに、ステラさんは……」
「うん、信頼できるよ。大丈夫、あたしの直感は、よく当たるんだから」
あたしの言葉にユーニさんは、少し寂しそうな笑顔で応えた。
「絶対に、無事にこの店に戻ってきてね、ティア。……ステラさん。ティアのこと、くれぐれもお願いね」
「うん!」
「はい。全力を尽くしてお護りします」
ちょっと不安だったけど、無事に許可を貰えてホっとした。あとは魔女を討伐して無事に帰ってくるだけだ。
「改めてよろしくね、ステラ。魔女についても色々教えてね。ていうか宣言したはいいものの、ウィッチスレイヤーってどうすればなれるのかな。なんか資格とか必要?」
「いえ、特に資格などは必要ありませんよ」
「そうなの?」
「ええ。だって、私が勝手に、そう名乗ってるだけですから」
「……へ?」
「私が勝手にそう名乗ってるだけですから」
いや、聞こえなかったとかじゃなくてね。
「……なんで?」
「えっと、その……カッコよくないですか? ウィッチスレイヤー」
少し頬を赤らめながら、ステラは呟く。
カッコいいかと問われればそれは分からなくもないんだけど……なんか、そういう職業とか組織とかがあるわけじゃないの……?
「……えええぇぇぇえ!?」
〈森の恵み亭〉に、あたしの叫び声が響いた。
これが、魔女狩りの魔女ステラ・フェルムリエスと、エルフの神官であるあたしラエティティア・フルウィオルスの、出会いの顛末。
いずれ〈魔女殺しのステラティア〉と呼ばれる二人の、その始まりの物語だ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。本作はここでひとまず幕引きとなります。
続きの構想はぼんやりとだけ浮かんでいる状態ですが、いつか書くかもしれないのでまだ完結にはしないでおこうと思います。期待せずにお待ちいただけるとありがたいです。
面白かったと思っていただけたなら、評価やお気に入りなどいただけると作者が喜びます。よろしくお願いします。
また、本作の元になった過去作、『勇者の旅の裏側で』のほうにも興味を持っていただけたなら幸いです。
またどこかでお会いできればと思います。それでは。