ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~   作:八月森

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4話 旅物語

「《星の(またた)き――シャイン! シャイン! シャイン!》」

 

 

 空に逃げた魔女を狙って、あたしは攻撃用の法術を撃ち続ける。祈りを省略した簡易の術でも、使い慣れた光弾は十分な威力を発揮してくれている。が……

 

 

(当たら、ない……!)

 

 

 光弾は尾を引いて夜闇を切り裂いていくばかりで、肝心の魔女に対しては大きく狙いが逸れてしまう。

いや、仮に狙い通りに撃てたとしても、自由に空を飛び回る魔女には悠々と避けられてしまうだろう。

 

 

「あはっ♪ まるで当たらないじゃない。ほらほらどうしたの? こっちよぉ?」

 

「ぐぬ、ぬぬぬ……!」

 

 

 光弾は当たる気配が見えない。そのうえ、こちらが跳んでも掴めない高さを保たれている。このままじゃ、打つ手がない。悔しさに歯噛みしたその時――

 

 

「……《我が手に集え、風の精――》」

 

 

 閉塞感を打ち破るような詠唱の声が、夜の森に朗々と響いた。

 

 あたしがその声に気づくのと、魔女が魔力に反応するのは、ほとんど同時だった。揃って同じ方向へ目を向ける。そこには――

 

 

「ステラ……!?」

 

 

 そこにあったのは、設置した光の盾の外側で、黒剣を構えて静かに立つ少女の姿。思わず彼女の名を叫ぶ。

 

 彼女は全身傷だらけだ。まだ立つこともつらいはず。だから巻き込まないよう、彼女を護る形で盾を置いたのだ。なのにその範囲から出て、戦う姿勢を見せるなんて……!

 

 しかしあたしの心配をよそに、そしてその心配を吹き消すように、ステラは静かに、けれど力強く詠唱を続け、手にした黒剣を高く上段に構えていく。魔力が黒剣に収束し、風が集まっていく。

 

 

「……《天地流るる神の息吹。吹き荒れ、収束し、万物切り裂く刃となれ……風刃一閃――ストームブレイド!》」

 

 

 叫びと共に、彼女は掲げた黒剣を袈裟切りに振るう。剣の軌跡を追うように、激しく唸る風の刃が撃ち出され、空が斜めに両断される。

 

 魔女の右半身を削り取るように飛来した巨大な風の刃。彼女は咄嗟にその軌跡の内側に逃れるが――

 

 

「《ローク風刃一刀流二の太刀、返し(やいば)双風刃(そうふうじん)!》」

 

 

 内側に逃れた標的を追い、その首をかき切ろうとするような横薙ぎの一閃、二つ目の風の刃が、逃れようとする魔女を再度襲う! が……

 

 

「く……!」

 

 

 魔女はそれすらも潜り抜け、ギリギリで避けてしまう。しかも高度は少し下がったけれど、それはまだあたしの手が届かない高さで――

 

 

「ティアさん!」

 

 

 そこで、ステラがあたしの名を強く叫ぶ。続けて放たれたのは、短い一言。

 

 

「盾を、足場に!」

 

 

 たてを、あしばに……?

 

 一瞬何を言ってるのか分からなかったが……。……! そっか!

 

 

「《プロテクション!》」

 

 

 直感にピンときて、()()()()()()光の盾を生み出したあたしは、それに手をかけて一足飛びによじ登り、そこから――空に、跳んだ。

 

 そう。こうして高さを稼げば、空を飛べないあたしでも魔女に手が届く!

 

 

「!?」

 

 

 驚きに眼を見開く魔女の顔がグングン近づいてくる。その顔目掛けて高く突き出したあたしの右拳は――

 

 ブンっ――

 

 ――しかし標的を見失い、(くう)を切った。魔女は顔を逸らしてかろうじて拳をかわしたのだ。跳躍したあたしと魔女の高さが並ぶ。目の端で魔女が笑みを浮かべるのが見えた。が――

 

 

「せいああああ!」

 

 

 かわされるのも想定していたあたしは、空中で身体を(ひね)り回転し、全力を込めて右の回し蹴りを繰り出す!

 

 

「な……!?」

 

 

 伸ばした右足は魔女の胴体に吸い込まれるように叩き込まれ、彼女を地に叩き落す――……そう期待していたが、そうはならず。寸前で空中を移動し、わずかに距離を取られたのだろう。あたしの蹴りは、魔女の胴体を(かす)めるだけに留まってしまう。

 

 一瞬とはいえ、確かに標的には届いた。しかし無情にもあたしの足先は魔女を通り過ぎ、やがては振り切られてしまう……

 

 

「ふ、ふふ、残ねn――」

 

 

 窮地を逃れた魔女が勝ち誇った笑みを浮かべようとし、あたしの足が魔女を通り過ぎる……寸前の、その刹那――

 

 

「《――シャイン!》」

 

 

 ドウ――!

 

 ――あたしの()()()()ゼロ距離で放たれた攻撃用法術が、魔女の胴体の右半分を、大きく抉り取った。

 

 

「……え? ……ごぷ」

 

 

 魔女は小さく疑問の声を上げ、その直後にごぼりと血を吐く。一瞬の交錯で、何が起こったのか分からなかったのかもしれない。彼女はやがて力を失ったようにふらりと身体を傾け、ゆっくりと地上に落下していった。

 

 

(やっ、た……!)

 

 

 湧き上がる安堵と達成感。それと同時に気づいたことがある。跳躍の到達点に達したあたしも、あとは彼女と同じように地面に落ちていくわけだけど、改めて下を見ると思ったよりも高あああああぁぁぁ!

 

 

「ぁぁぁあああああ!?」

 

 

 ダン――!

 

 と、強く地面を踏みしめ、返ってきた衝撃を身体で受け止める。じーんと痺れが全身を駆け抜けていった。昔、今よりやんちゃだった頃、里の自宅の二階の窓から飛び降りた時のことを思い出した。いや、改めて思い返すと何してんだあたし。

 

 

「……あ、は……♪」

 

 

 前方から聞こえてきた力ない笑いに、即座に警戒する。昔を懐かしんでる場合じゃない。まだ目の前の相手は――魔女は、生きている。

 

 彼女は重力に逆らうように(事実そうなのだろうが)不自然に上体を起き上がらせ、その場で立ち上がると、こちらを見ずにぶつぶつと呟く。

 

 

「……再生が、遅い……星の光で、()かれたせい、かしら……ふふ、この痛みも、初めて……痛い……熱い……」

 

 

 見れば魔女が流す血は口から吐いたものだけで、あたしがつけた傷口からは細い煙のようなものが立ち昇るだけだった。法術の聖なる光が魔女の肉体の表面を灼き焦がしたため、出血を抑えているのだろう。

 

 左腕と腹部の半分を失ってなお、魔女は立ち上がり、笑みまで浮かべている。普通の人間なら遠からず命を落としている負傷のはずだが、魔女の肉体を同列に考えるのは間違っているのだろう。この不気味な生命力も、魔女の証と言えるかもしれない。

 

 

(でも、重傷には違いないはず。ステラの言う通り、彼女が邪悪な魔女だというなら――)

 

 

 魔物や魔族は、見つけ次第滅ぼすようにと神殿では教わる。なぜなら彼らは、アスタリアと対立する悪神の王――〈黒の邪神〉アスティマが生み出した純粋な悪。それを滅ぼすことは、善の世界が増大する善行なのだ、と。

 

 つまり、同じくアスティマに生み出されたとされる魔女も一緒だ。彼女を滅ぼすことが、神殿の教えに適う善行になる。ただ、人とほぼ変わらない姿の存在に手をかけることに、あたしはまだ若干の抵抗があって……

 

 そう考えたところで、魔女の視線がこちらを捉えた。

 

 

「ごほっ……! ふ、ふふ……ねぇ、お嬢さん。あなた、ティアって言ったかしらぁ」

 

「え? うん、そうだけど」

 

 

 反射的に頷いてしまった。

 

 

「そっちの魔女狩りの女の子は、確かステラって呼ばれてたわね。ステラとティア。ええ。あなたたちのことは覚えたわぁ」

 

 

 いまや吹けば飛びそうなほど弱々しい姿なのに、その身体から漏れだす魔力はいまだ不気味に蠢いている。身体が警戒を解いてくれない。

 

 

「わたしは、デュエッサ。『虚偽』の魔女、デュエッサよ。あなたたちに敬意を表して、この名を教えてあげる」

 

 

 デュエッサ――『虚偽』の魔女。それが彼女の、流星の魔女の名……

 

 

「わたしにはやらなきゃいけないことがある。だから今日はここまでにしてあげるわ。傷も癒さなきゃいけないしね」

 

「……逃がすと思いますか?」

 

 

 いつの間にかあたしの傍まで寄ってきていたステラが、剣を構えながら鋭く問う。が……

 

 

「逃げる……そうね、逃げることになるんでしょうね。少し腹立たしいけど、ここで殺されてあげるわけにはいかないもの。だから――ごぷ」

 

 

 魔女が新たに吐いた血。すでに地に落ちていた血溜まり。それらは引き合い、宙で合流し、頭一つ分ほどの大きな血の球体と化していく。そして……前触れもなく、あたしを目掛け、高速で飛来する。

 

 

「え――」

 

「ティアさん!」

 

 

 先に気づいたステラが駆け寄り、手にした黒剣で血球を迎撃し――

 

 ガギィ――!

 

 

「う、ぐ……!」

 

 

 硬質な音を響かせ、血球は勢いを殺される。しかし受け止めたステラは全身傷だらけで、力んだことで各所から血が滲み、苦痛に声を上げる。そのうえ……

 

 ブク――ブクブク――

 

 その場で静止した血の球体は、次には泡立つような音と共に見る間に膨れ上がっていき……

 

 

「《プ、プロテクション!》」

 

 

 とてつもなく嫌な予感がしたあたしは、咄嗟にステラと血球の間に光の盾を顕現(けんげん)させ――次の瞬間。

 

 大きく音を響かせながら、血の球体が激しく()()()()。盾に強い衝撃が走り、ぴしぴしとひび割れていく。

 

 

「うおおぉぉぉおお!?」

 

 

 悲鳴と気合が入り混じったような叫びを上げながら、あたしは盾の維持に全力を振り絞る。やがて衝撃が収まると……

 

 先刻まで魔女――デュエッサがいたはずの場所には、誰の姿もなかった。あるのは目の前で破裂した血の痕跡と思われる血溜まりと……

 

 

「――あなたたち二人には、いずれ今日のお礼をしてあげる。楽しみにしててねぇ――」

 

 

 どこからか響く魔女の声だけ。それもいつしか風に消え、何も聞こえなくなった。

 

 それでも数秒の間、あたしたちは背中合わせに警戒していたが、やがてなんの気配も感じられないことを悟り……互いにゆっくりと、武器を下ろす。

 

 

「もういない? ……いない、よね?」

 

「そう、ですね……気配は、遠ざかったようです」

 

 

 魔女の気配を感じ取れるというステラがそう言うのなら、信じていいのだろう。

 

 まだ互いの背はぴったりとくっついたまま。ステラの体温と鼓動が背中越しにほんのり伝わってくる。戦闘の名残りか、鼓動はまだ少し速い。きっとあたしも同じくらいの速さで鳴っている。それが、この大変な夜を共に過ごした、あたしたち二人の絆のように思えた。あたしは彼女に背を預けたまま、思いつくままに口を開く。

 

 

「ね、ステラ」

 

「? なんでしょう?」

 

「下の名前も、教えてくれないかな」

 

 

 それは、律儀に名乗っていったあの魔女にあてられて、だろうか。いや、そうでなくとも、待ち望んでいた外への扉になるかもしれないこの少女を、あたしを護るために命がけで戦ってくれた彼女のことを、少しでも知っておきたかったのかもしれない。

 

 こんな状況で名前を聞くあたしを(いぶか)ってか、わずかに沈黙するステラ。けれどすぐに、彼女は背中越しに声を届けてくれる。

 

 

「……そういえば、自己紹介の途中でしたものね。――私は、ステラ・フェルムリエス。冒険者で、そして、悪しき魔女を狩るウィッチスレイヤーです。……命を助け合った後に名乗るのも、おかしな気がしますね」

 

 

 背中の温もりを感じながら、あたしは彼女の名前を舌の上で転がし、語感を確かめる。うん、綺麗な響き。

 

 

「いい名前だね!」

 

 

 これが、ウィッチスレイヤーを名乗る謎めいた少女、ステラ・フェルムリエスとの出会い。そして、おとぎ話でしかなかったはずの、魔女との遭遇。

 

 これは、あたしの念願だった旅の物語。

 ステラと共に、流星の魔女を巡る旅に身を投じることになるあたしの、その始まりの夜だった。

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