青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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六十七話

三月六日。

誰か一人を確実に学校から追放する悪魔の儀式、特別試験『クラス内投票』の当日。 

 

投票を終えた、一年Dクラスの教室は、息の詰まるような重苦しい空気に支配されていた。

 

だが、そんな最悪の空気の中で。

ただ一人、異様なまでのハイテンションで、不気味な笑い声を上げている男がいた。

 

「あはっ、あはははははっ!!」

 

山内春樹だった。

彼は、昨日の帰りのホームルームで堀北鈴音から明確な『死刑宣告』を受け、クラス全員のヘイトを一身に集めたはずの男だ。

 

本来なら絶望に打ちひしがれているはずの彼が、担任の茶柱が入ってくる直前の教室で、突如として狂ったような高笑いを響かせたのだ。

 

「お前ら、どうせ俺に批判票を入れたんだろう!? 堀北に言われた通りにな!」

 

山内は、教室の中心で両手を広げ、クラスメイトたちを嘲笑うように見回した。

 

「でもなぁ……残念でしたぁ!! 退学になるのは、俺じゃないんだよ!!」

 

「……は? なに言ってんのよ、あんた」

 

軽井沢恵が、心底気味悪そうに眉をひそめる。

 

「ははっ、教えてやるよ! 俺はな、Aクラスの坂柳ちゃんから、Aクラス全員分の『賞賛票』をもらう約束をしてるんだよ! つまり、お前らがどれだけ俺に批判票を入れようが、Aクラスの票で全部相殺される! 俺はAクラスに守られてるんだよ!!」

 

山内は、自分がこのクラスの誰よりも賢く、強大な権力者に守られた特別な存在であると信じて疑わない、狂気に満ちた顔で叫んだ。

 

クラスの情報をAクラスに売り渡し、綾小路を退学に追い込もうとしたその見返り。それが、坂柳有栖からの『絶対の庇護』だというのだ。

 

「春樹、お前……マジで言ってんのか……?」

 

「クラスを裏切って、平気な顔して……」 

 

かつての親友であった池寛治や須藤健が、山内のそのあまりにも浅ましく、醜悪な姿に、言葉を失って後ずさった。

 

「山内くん。あなた……そこまで堕ちたのね」

 

堀北鈴音が、氷のように冷たい、静かな怒りを込めた目で山内を睨みつける。

 

だが、山内は「うるせえよ! 勝つためなら何だってする、それがこの学校のルールだろ!」と得意げに言い返した。

その、度し難い愚かさの極みとも言える光景に。

 

「――フッ、フハハハハハハハハハッ!!」

 

教室の最後列から、黄金のように美しく、そしてどこまでも傲慢な高笑いが響き渡った。

 

高円寺六助だ。

彼は、机の上に足を乗せたまま、腹を抱えて笑い転げていた。

 

「朝から極上の喜劇を見せてもらったよ、山内ボーイ」

 

「な、なんだよ高円寺! 何がおかしいんだよ!」

 

高円寺は、手鏡で前髪を整えながら、面白くてたまらないといった様子で山内に問いかけた。

 

「君はその、Aクラスのリトルガールと……『正式な契約』を結んだのかね?」

 

「……は? せ、正式な契約?」

 

山内が、間抜けな声で聞き返す。

 

「そうよ」

 

高円寺の言葉を引き継ぐように、堀北が冷酷に事実を突きつけた。

 

「学校を介した正式なポイントの譲渡や、明確な証拠の残る契約を交わしていないのなら。……あなたが彼女に守られる保証なんて、どこにもないわ」

 

「そ、そんなわけないだろ! 坂柳ちゃんと俺は、ちゃんと約束したんだ! 彼女は俺に惚れてるんだから、裏切るわけ……」

 

「フッ。君のような路傍の石ころの言葉を、あのリトルガールが本気で聞いているとでも思ったのかね?」

 

高円寺が、山内の言葉を鼻で笑い飛ばした。

 

「彼女は、退屈しのぎのゲームの駒として、君という最も扱いやすい『愚者』を選んだだけさ。……あのリトルガールは、君が思っているほど甘くはないよ」

 

「ち、違う! 俺は守られてるんだ! 絶対に退学になんて……!!」

 

ガラッ。

山内が必死に虚勢を張って喚いていた、その時。

教室のドアが開き、冷徹な表情を浮かべた担任の茶柱佐枝が姿を現した。

 

「……席につけ。これより、特別試験『クラス内投票』の結果を発表する」

 

その一言で、教室の空気は一瞬にして絶対零度まで冷え込んだ。

いよいよ、誰かがこのクラスから姿を消す運命の『クラス内投票』の結果発表が始まった。

 

全員が息を呑み、祈るように自分の机を見つめる。

茶柱は、教壇に立ち、手元のタブレットを操作しながら、淡々と結果を読み上げ始めた。

 

「まずは、このDクラスにおいて最も多くの賞賛票を集めた、上位の生徒から発表する」

 

ゴクリ、と。誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「……賞賛票、第三位。櫛田桔梗」

 

「あっ……ありがとう、みんな……」

 

櫛田が、胸に手を当ててホッとしたような表情を作る。

 

「第二位。平田洋介」

 

「…………」

 

平田は、昨日のような絶望した顔ではなく、静かに、重い事実を受け止めるように伏し目がちに頷いた。

 

そして。

 

「第一位。……綾小路清隆。お前だ」

 

「――――えっ?」

 

「あ、綾小路くんが……一位?」

 

クラス中が、ざわめきに包まれた。

平田や櫛田のような人気者が上位に入るのは予想通りだったが、普段は全く目立たない綾小路が、なぜ圧倒的なトップに立ったのか。誰もが不思議そうな顔をしている。

 

(……なるほどな。堀北にヘイトも弾かせた上で、さらに裏でお嬢さんと取引して、自分に賞賛票を集める盤面を構築していたのか)

 

俺は、頬杖をつきながら、その底知れない知略に改めて舌を巻いた。

俺に「問題ない」と言い切ったのは、山内がこうなることを完全に読んでいたのだ。

 

「ま、待ってくださいよ、先生!!」

 

その時。

信じられない結果にパニックを起こした山内が、立ち上がって叫んだ。

 

「あ、綾小路が一位……? 何かの間違いじゃないんですか!? そいつは、賞賛票じゃなくて、『批判票の第一位』の間違いじゃないんですか!?」

 

山内は、自分が扇動して綾小路に批判票を集めたのだから、彼が最下位になるはずだと信じ込んでいたのだ。

 

だが、茶柱の冷酷な瞳が、山内を真っ直ぐに射抜いた。

 

「間違ってなどいない。綾小路は間違いなく賞賛票の第一位だ。……そして」

 

茶柱は、一切の慈悲を含まない声で、クラスに最後の宣告を下した。

 

「批判票第一位の生徒は。……山内春樹。お前だ」

 

「――――――――」

 

山内の顔から、全ての血の気が失せた。

 

「結果は以上だ。山内、お前はこの学校から『退学』となる。荷物をまとめて、後で職員室へ来い」

 

茶柱はそれだけを告げ、タブレットを閉じた。

 

「あ、あ、ああ……っ」

 

山内は、膝から崩れ落ち、床にへたり込んだ。

 

「そ、そんなわけない……。そんなわけないだろぉっ!!」

 

山内は、頭を抱え、獣のような悲鳴を上げた。

 

「坂柳ちゃんが、俺にAクラスの賞賛票を入れるって約束してくれたんだ!! 俺は彼女に守られてるはずなんだよぉっ!!」

 

「フッ。だから言っただろう? 醜いねえ、山内ボーイ」

 

静まり返った教室に、高円寺の冷ややかな嘲笑が響いた。

 

「君は、見事にあのリトルガールに利用され、そして切り捨てられたんだよ。……君の存在は、すでにこの箱庭から『デリート』されている。見苦しい真似はせず、早く消えたまえ」

 

「――――ッ!!」

 

その高円寺のあまりにも見下した煽り。

全てを失い、完全に理性のタガが外れた山内の脳内で、何かが弾け飛んだ。

 

「ふざけんなぁぁぁぁっ!! てめえら全員、俺を馬鹿にしやがってぇぇっ!!」

 

山内は、近くにあった自分の椅子を力任せに持ち上げると。

怒りと絶望に血走った目で、最後列に座る高円寺に向かって、一直線に殴りかかった。

 

「きゃああああっ!!」

 

「やめろ、春樹!!」

 

女子たちが悲鳴を上げ、池たちが止めに入ろうとするが間に合わない。

 

(……おいおい。いくらなんでも見苦しすぎるぞ)

 

俺は、席から立ち上がろうと身体の重心を動かした。いくら俺が事なかれ主義でも、狂った馬鹿がクラスで凶器を振り回すのを黙って見過ごすわけにはいかない。

 

だが。

俺が動くよりも早く、その『圧倒的な身体能力』は披露された。

 

ガシィッ!!

 

「……あ?」

 

山内が渾身の力で振り下ろした金属製の椅子。

それを、高円寺六助は、立ち上がりもせず、ただ座ったままの体勢で、片手でいとも容易く受け止めてみせたのだ。

 

「――――」

 

山内が、驚愕に目を見開く。

引き抜こうとしても、高円寺の指は万力のように椅子に食い込み、ビクともしない。

 

「フッ」

 

高円寺は、黄金の髪を揺らし、その美しい顔に『底冷えするような凄み』を浮かべた。

 

「……今、この私に『殺意』を向けたね?」

 

高円寺の声は、普段の軽薄なトーンから一変し、本物のプレッシャーを伴って教室の空気を震わせた。

 

「美しい私を傷つけようとしたのだ。……これから君が何をされても、文句は言えないだろう? 山内ボーイ」

 

「ひぃっ……!!」

 

その圧倒的な強者としてのオーラと、一切の抵抗を許さない物理的な力の差を前に。

 

山内の残りわずかな勇気は完全に粉砕され、彼は椅子を手放し、腰を抜かして床に転がった。

 

「そこまでだ、山内。これ以上の問題行動は許さん」

 

茶柱が駆けつけ、床にへたり込んだ山内の腕を冷酷に掴んだ。

 

「立て。いくぞ」

 

「い、いやだ……俺は、俺は退学になんて……!! 助けてくれ、寛治! 健! 頼むよぉぉっ!!」

 

かつての友人に泣き叫びながらすがりつこうとする山内。だが、誰も彼に救いの手を差し伸べる者はいなかった。

 

そのまま、彼は茶柱に引きずられるようにして、教室のドアの向こう側へと消えていった。

 

山内の絶叫が遠ざかり、教室には再び重苦しい静寂が訪れた。

 

(……なるほどな)

 

俺は、騒動が落ち着いた教室で、ゆっくりと手鏡で髪を直している高円寺の背中を見て、内心で感嘆の息を漏らしていた。

 

(高円寺のやつ、わざと山内を煽って、あいつの『怒りの矛先』を自分一人に向けさせたのか)

 

もしあのまま山内がパニックを起こして暴れ回っていれば、近くにいた女子生徒に危害が及んでいた可能性が高い。だが、高円寺が最も憎たらしい言葉で挑発したことで、山内の殺意は彼一人に集中した。そして、絶対的な力でそれを無力化してみせたのだ。

 

(完璧な『ヘイトコントロール』だ。ただ傍若無人に振る舞っているように見えて……実は誰よりも冷静に盤面を見下ろし、被害を最小限に抑え込んだってことか)

 

俺は、高円寺六助という男の持つ、底知れない実力と独自の美学に、純粋な称賛を送っていた。

 

視線を前に向けると、教室の前方では、平田洋介が連行されていく山内の背中を痛切な面持ちで見送っていた。

 

かつての彼なら、己の無力さに絶望して完全に心が壊れていたかもしれない。机に突っ伏し、涙を流して崩れ落ちていただろう。

 

だが、昨夜の俺との対話を経て『罪を背負う覚悟』を決めた今のあいつは、机に突っ伏すことなく、強く拳を握りしめ、その残酷な現実から逃げずにしっかりと前を見据えていた。

 

(……よく耐えたな、洋介)

 

友人の確かな成長に、俺は微かに口角を上げた。

 

そして、俺の頭の中はすでに、ある一人の少女の安否確認へと切り替わっていた。

 

俺は、ホームルームが終わるや否や教室を飛び出し、Cクラスの教室がある廊下へと向かった。

 

やがて、学校の掲示板や生徒たちの端末に、全クラスの『クラス内投票』の最終結果が通達された。

 

 

【特別試験・最終結果】

• Aクラス

• 賞賛票一位:坂柳 有栖(プロテクトポイント獲得)

• 批判票一位:戸塚 弥彦(退学)

 

• Bクラス

• 賞賛票一位:一之瀬 帆波(プロテクトポイント獲得)

• 退学者なし(※プライベートポイントによる救済)

 

• Cクラス

• 賞賛票一位:椎名 ひより(プロテクトポイント獲得)

• 批判票一位:真鍋 志保(退学)

 

• Dクラス

• 賞賛票一位:綾小路 清隆(プロテクトポイント獲得)

• 批判票一位:山内 春樹(退学)

 

 

「ひより!」

 

俺は、Cクラスの教室から出てきた銀色の髪の少女を見つけ、声をかけた。

 

「あ……刃叉羅くん」

 

ひよりは、俺の顔を見ると、小走りで駆け寄ってきた。

俺は周囲の目も気にせず、彼女の華奢な身体を軽く抱きしめた。

 

「良かった。本当に良かった……」

 

ひよりが見事、賞賛票一位を獲得し、今後一度だけ退学を免除されるプロテクトポイントを手に入れたことに、俺は心底安堵していた。

 

ひより自身のCクラスでの信頼と、龍園が彼女の存在をクラスに不可欠だと評価したからこそ勝ち取った、彼女自身の力だ。

 

「はい……。刃叉羅くんも、無事で良かったです」

 

ひよりは、俺の背中に手を回してくれたが、その声は少しだけ寂しそうだった。

 

「……どうした?」

 

俺が彼女の顔を覗き込むと、ひよりは小さく息を吐いた。

 

「私、プロテクトポイントを頂けたことは、素直に嬉しいです。これで、刃叉羅くんとずっと一緒にいられますから」

 

ひよりは、視線を廊下の窓の外へ向けた。

 

「でも……真鍋さんが、クラスからいなくなってしまいました。お話しする機会は少なかったですけれど……やっぱり、同じ教室で一年間過ごしてきた人がいなくなるのは、少し寂しいですね」

 

真鍋志保。

龍園にとって、過去にクラスを裏切った不要な手駒として、今回切り捨てられた少女。

 

だが、平和を愛する彼女にとって、誰かが傷つき、弾き出されていくこの学校のシステム自体が、胸を痛めるものであることに変わりはなかった。

 

「……そうだな」

 

俺は、これ以上ないほど優しく、ひよりの頭を撫でた。

 

「ひよりは優しいな。でも、これがこの学校のルールだ。お前は自分の力で、自分の居場所を勝ち取ったんだ。……何も悪いことなんてない」

 

「はい……分かっています」

 

ひよりは、寂しさを振り払うように、俺を見上げて柔らかく微笑んだ。

 

「この学校は残酷です。でも……だからこそ、刃叉羅くんとの時間が、私にとってどれだけ大切で愛おしいものなのか、改めて実感できました」

 

俺は、強くて、優しくて、美しい俺の天使に、どうしようもないほどの愛おしさを感じた。

 

自らの力で生き残る術を持ちながら、他者の痛みに寄り添える少女。

 

暗殺者の少年は、冷酷な箱庭のルールの中で気高く咲き誇る彼女の存在に絶対の安堵を覚えながら、その温もりをただ静かに、優しく抱きしめ返すのだった。

 

 

 

 

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