ヴェスペリアに転生したのは最強のTS女騎士!?   作:ぶち猫

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第二話 皆でBBQするぞ!

 帝都ザーフィアスを囲む巨大な結界、結界魔導器(シルトブラスティア)の淡い光を背に受けて、あたしは大きく伸びをした。

 今日は下町の皆の為に肉を調達しようと結界の外に出ている。

 本当は野生の獣の肉が良いんだが、ここら辺に生息している獣は大体魔物に食われてしまっているから、魔物で代替する他ないんだ。

 と言っても、魔物の肉も別に美味しいんだけどね。貴族達は気味悪がって食べないけど。

 

 一歩結界の外に出れば、そこは弱肉強食の野生の世界だ。エアルの濃度が上がり空気にはどこか土と獣の匂いが混じる。

 

「さて……今日の獲物はどいつだ?」

 

 あたしは背中に背負った身の丈ほどもある大剣――ストームハート家に伝わる大剣の柄を叩く。

 隣では、キャナリが手慣れた様子で弓の調子を確かめ、ダミュロンが「あー、外は空気が重くて嫌だねぇ」なんて軽口を叩きながら弓を構えていた。

 

「いいですかイザベラさん。今日の目的はあくまで『下町の皆への配給』です。あんまりズタズタに引き裂いちゃダメですよ。食べるところがなくなっちゃうので」

「わかってるって、キャナリ。あたしはこれでもスマートにやれるよ。ほら、来たよ」

 

 地響きと共に森の奥から木々をなぎ倒して現れたのは巨大なイノシシ型の魔物、ワイルドボアの群れだ。

 中でも中央に鎮座する個体は通常の三倍はあろうかという巨体。二本の牙は城門をも貫きそうなほど鋭くその瞳は血走っている。

 

「デカいね……姐さん、あれを一人でやるつもりかよ?」

「当たり前だろダミュロン。あれ一体で下町のガキ共が何人腹一杯になれると思ってんだ」

 

 あたしは地を蹴った。

 高身長の体を活かして爆発的な加速で肉弾戦を挑む。

 ワイルドボアが咆哮し、重戦車のような突進を仕掛けてくる。普通の騎士ならこの一撃を盾で受ければ腕の骨が粉砕され体が挽肉になるだろう。だが、あたしは避けない。

 

「真っ向勝負だ。逃げたら肉がマズくなるだろ!」

 

 あたしは大剣を振るわず、左手を前に出した。

 突進してくる巨大な牙を素手で掴む。

 

 ドォォォォォン!!

 

 凄まじい衝撃波が周囲の土を跳ね飛ばす。キャナリたちが驚愕の表情でそれを見守るなか、あたしはニヤリと笑った。

 足元の砂利……いや地面がめり込み、あたしのブーツが土に沈む。だが止めた。数百キロあるいは数トン近い質量と速度をあたしは腕一本で静止させたのだ。

 

「……っし。捕まえたぜ、お前」

 

 魔物が悲鳴を上げる暇も与えず、右手の大剣を逆手に持ち替える。

 振りかぶる動作。それは洗練された剣技というより圧倒的な質量による暴力だ。

 

「はあああぁぁぁっ!!」

 

 一閃。

 大剣が魔物の分厚い皮を筋肉をそして骨を豆腐のように断ち切った。

 ワイルドボアの巨体が、断末魔すら上げずに横倒しになる。急所を一撃。肉を傷めず苦しませず。それがあたしなりの獲物への敬意だ。

 

「……ふぅ。いい肉質じゃねぇか」

 

 血を払うあたしの背後で、キャナリ小隊の面々が呆然と立ち尽くしていた。

 ダミュロンにいたっては番えていた矢を地面に落としている。

 

「……ねぇキャナリ。俺たち何しに来たんだっけ?」

「……うーん。強いて言うなら、彼女の凄まじいパフォーマンスの観客かしら?」

 

 キャナリが苦笑しながら手近な雑魚の魔物を片付けていく。あたしはと言えば倒した巨体をひょいと持ち上げ、その太い足の一本を肩に担ぎ上げた。

 

「おし、帰るぞ! 新鮮な内に下町に届けてやらねぇとな!」

 

 重さ数トンの巨獣を背負い、軽やかな足取りで帝都へ向かう。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーー

 

 平民で構成された騎士団、キャナリ小隊とイザベラが帰還したと同時に、下町には地を揺らすような驚愕の喚声が上がった。

 

「お、おい! あれを見ろ!」

「イザベラの姐さんだ! 巨大イノシシを……担いでる!? マジかよ!」

 

 周囲の喧騒をどこ吹く風と受け流し、イザベラは下町の広場へと突き進む。その背には、山のような魔物の肉が積み上がっていた。広場の中央に到着すると、彼女は「よっこらしょ」と掛け声とともに獲物を下ろした。石畳がズンと震え、周囲に土埃が舞い上がる。

 

「よお、みんな! 今日の夕飯だ! 腕利きの解体屋を呼んでこい、パーティーの始まりだぜ!」

 

 その言葉を合図に下町が沸き立った。

 貴族達なら眉をひそめて避けるような魔物の肉だが、慢性的な飢えを抱える下町の人々にとっては、これ以上ないご馳走だ。大きな焚き火がいくつも焚かれ解体された肉が次々と串に刺されて焼かれていく。香ばしい脂の匂いが広場全体に充満し子供たちははしゃぎ回り大人たちは秘蔵の酒を持ち寄った。

 

「イザベラさん! これ、食べて!」

 

 熱気に包まれた広場の一角で、一人の少年が焼きたての大きな肉の塊を差し出した。

 まだ11歳のその少年――ユーリ・ローウェルは憧れを隠しきれない瞳でイザベラを見上げている。

 

「お、サンキュ、ユーリ! 悪いな、あたしばっかりもらっちまって」

 

 イザベラは豪快に笑い、ユーリが差し出した肉を口に運んだ。「あちあち」と零しながらも幸せそうに肉を食らうその姿は、およそ伯爵令嬢とは思えぬガサツさだったがユーリにとってはそれこそが理想の騎士の姿だった。

 

 ユーリには忘れられない記憶がある。

 かつて、貴族の馬車に轢かれそうになり、あまつさえ進路を妨害したという理不尽な理由で、子爵に鞭を打たれたことがあった。痛みに耐え、地面を這いずるしかなかった自分を救ったのが怒りに燃える赤髪をなびかせたイザベラだったのだ。

 目の前の貴族を完膚なきまでに叩きのめし、「子供に手を出すな」と叫んだ彼女の背中をユーリは今でも鮮明に覚えている。

 

「イザベラさん、今日は怪我してない?」

 

 ユーリの問いに、イザベラは自分の腕に刻まれた新しい擦り傷――魔物の突進を受け止めた際にできたもの――を隠すように笑った。

 

「あ? こんなの勲章みたいなもんだろ。痛くも痒くもねぇよ。それよりユーリお前もしっかり食えよ。もっとデカくならねぇと、あたしみたいに猪は担げねぇぞ?」

「……うん、いっぱい食べて、俺もいつかイザベラさんみたいになる!」

 

 ユーリが拳を握る様子を見て、傍らで酒を嗜んでいたキャナリがふっと目を細めた。

 

「元気があっていいですね、ユーリ君は……イザベラさん、あなたという人は本当に罪な人ですよ。彼のような少年を、こうも真っ直ぐに育ててしまうのですから」

 

 キャナリの瞳には友人としての深い情愛が宿っていた。

 あまりに純粋な眼差しにイザベラが恥ずかしがり、そっぽを向いて答える。

 

「あたしが育てたわけじゃねぇよ。こいつが勝手に育ってるだけだ」

「そうでしょうか。あなたの背中を見て育つ子供が、一人で済むとは思えないけれど」

 

 キャナリは手にした木杯をイザベラのカップに軽く当てた。

 

「あなたのおかげですね、イザベラさん。騎士団の規律やら貴族の体裁やらを全部ぶん投げて、こうして皆で笑い合えるのは」

「あたしはただ、美味いもんをみんなで食いたいだけなんだよ。キャナリ」

「それが一番難しいことなのですよ、この帝国では」

 

 キャナリの言葉には帝国の中枢を知る者としての実感がこもっていた。彼女はイザベラの腕に刻まれた無数の傷跡――新旧取り混ぜた自己犠牲の証――を見つめ、少しだけ声を低くした。

 

「……ですが、あまり無茶はしないでください。イザベラさんがボロボロになるのを見て、胸を痛めてる人達がいることを忘れてもらっては困ります。……アレクセイ閣下だって、そうですよ」

「アイツか? アイツは今頃、あたしが持ち帰った苦情の処理で忙しいだろうよ。ククッ」

「ふふ、違いないですね。ですが、閣下がそれを引き受けているのは、あなたがこうして笑っている姿を守りたいからですよ。きっと」

 

 キャナリの静かな、しかし確かな諭しにイザベラは少しだけ気まずそうに残りの酒を一気に飲み干した。

 

「……ったく、どいつもこいつも心配性だな。あたしは誰よりも強いよ? 死ぬわけねぇだろ」

「死ななくても、傷つくのは嫌なんです。私たちはね」

 

 突然、背後からダミュロンが現れ、ひょいとイザベラの肉を奪い取った。

 

「あ! あたしの肉!」

「キャナリの言うことを聞かない姐さんへの手数料だよ! ほら、そんな顔すんなって。姐さんは笑ってるのが一番カッコいいんだからさ」

 

 ダミュロンは周囲にいた若い女性たちに「いやー、俺も千切っては投げ千切っては投げと凄かったんよ~?」と軽口を叩きながら奪った肉を口に放り込む。その賑やかな様子に広場には再び笑い声が弾けた。

 

 焚き火の光に照らされて仲間たちの顔が赤く染まる。

 この光景を守るためなら、身体中が傷跡だらけになったって構わない。

 イザベラはこの国が好きだった。この騒がしくて、温かくて、笑い合う民達が。

 

(……アレクセイ。お前にも、この肉を食わせてやりたいよ)

 

 城の奥で一人書類と戦っているであろう友人を思い出し、イザベラは少しだけ苦笑した。いつか、あいつもこの輪の中に引き摺り込んでやる。人の温もりのなかに。

 

「よーし! まだ肉はあるぞ! どんどん焼け! 今日は朝まで飲むぞー!!」

 

 イザベラの号令に、下町の夜がさらに熱く燃え上がった。

 自分が未来でどんな運命を辿るのか、あるいは変えてしまうのか。そんな不安を吹き飛ばすようにイザベラ・ストームハートは高らかに笑い、仲間の輪へと飛び込んでいった。

 

 その隣で、ユーリ少年が「いつか絶対、追い越してみせる」と、自分だけの正義をその瞳に灯らせていることにも気づかずに。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 慌ただしく足音が鳴り響く作戦会議室は、立ち込める重苦しい空気と身勝手な主張を繰り返す貴族たちの喧騒に支配されていた。

 

 円卓の中央には、魔導器(ブラスティア)によって投影された帝国全土の地図が浮かび上がっている。だが、その光はかつてないほどに赤く、各地で観測された魔物の急増そして異常なまでの凶暴化を告げる警告色が明滅していた。

 

「……信じがたい。魔物の移動速度がこれまでの三倍を超えている。まるで見えない指揮官に統率されているかのようだ」

 

 エアルの乱れ。魔物の活性化。アレクセイ・ディノイアは眉間に深い皺を刻みながら報告書を握りしめていた。

 

「閣下! このままでは我が領地の鉱山が魔物に呑まれますぞ! 直ちに精鋭騎士団を派遣していただきたい!」

「何を言うか! 帝都の防衛こそが最優先だ。下等な魔物如きにこれ以上の予算を割くなど、評議会が許さん!」

 

 円卓を囲む上位貴族達は、国家の危機よりも己の権益とメンツを守ることに躍起になっていた。アレクセイは冷徹なまでの冷静さを装い騒ぎ立てる彼らを一瞥する。

 

「静粛に。今は争い合う時ではない。魔物の侵攻ルートを予測し、効率的な防衛線を構築するのが先決だ……第十一師団は東部へ、第五師団は物資の補給路確保に回れ。異論は認めん!」

 

 アレクセイの鋭い声が響き、場は一瞬の静寂を取り戻した。彼は卓越した統率力で欲にまみれた貴族たちを、駒として盤面に配置していく。それは胃を焼くような不快感を伴うコントロールの作業だった。

 

 だが、一人の肥満体型の貴族がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「アレクセイ閣下、作戦は結構ですが……もっとも効率的な『兵器』を忘れておられませんか?」

「……何のことだ、侯爵」

 

 アレクセイの瞳が僅かに細められる。嫌な予感が心臓を冷たく叩いた。

 

「ストームハート家のじゃじゃ馬……イザベラ・ストームハートですよ。あの女、先日も巨大なワイルドボアを単身で屠り、担いで帰ってきたというではないですか。一騎当千とはまさにあのことだ」

 

 その言葉が引き金となった。周囲の貴族たちが我が意を得たりとばかりに一斉に声を上げる。

 

「左様! あの規格外の力、遊ばせておく手はない!」

「独立部隊などという特例を認めているのです。戦争となれば真っ先に最前線へ立たせるのが当然の義務というもの!」

「そうだ、そうだ! あの女を中央の激戦区へ放り込めば、我々の兵の損害も最小限で済む!」

 

 アレクセイの手が机の下で白くなるほどに握りしめられた。

 彼の中に渦巻く感情は、明確な拒絶だった。

 イザベラを激戦区の中心に置く。それは戦術的には正解だ。彼女ならば、どれほどの大軍を相手にしても、あるいはどれほど強力な魔物を前にしても笑ってなぎ倒して見せるだろう。

 

 だが、アレクセイは知っている。彼女がどれほど無鉄砲で、自分の命を投げ出すことに躊躇がないかを。

 最前線の中心に置けば、彼女は必ず自分を盾にして兵を守ろうとする。味方の犠牲をゼロにするために自らの肌に新しい傷を……今度は擦り傷では済まない致命的な傷を刻むだろう。

 

「……認められない。彼女は特務を帯びた独立部隊だ。戦線の穴を埋めるための駒ではない」

 

 アレクセイは声を絞り出した。だが、貴族たちの嘲笑混じりの追及は止まらない。

 

「おやおや、閣下。もしや、あのご令嬢を個人的に案じておいでですか? 公私混同はいけませんなぁ」

「帝国騎士団の理想を語る閣下が最強の戦力を温存して若手兵士を死なせるというのですか? それこそ不実というものでしょう」

 

 正論を装った刃がアレクセイの胸を突き刺す。

 彼が信じる正義、彼が掲げる理想。それを盾に貴族たちはイザベラを死地へと追いやろうとしている。アレクセイにとってイザベラはもはや単なる友人ではなかった。腐りきったこの帝国の中で、唯一信じられる光であり、守るべき尊厳そのものだった。

 

 彼女を失うと考えるだけで身体が震える。それだけは、何としても避けたかった。

 

「……閣下。決断を」

 

 冷徹な作戦参謀たちの視線もアレクセイに集まる。

 会議室の重圧が彼の肺を押し潰さんばかりにのしかかる。もしここで拒絶し続ければアレクセイだけでなくイザベラの立場も危うくなる。軍令違反の汚名を着せられストームハート家ごと取り潰される可能性すらある。

 

 アレクセイは、深く、深く、祈るように目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは肉を頬張りながら「死ななきゃ安上がりだろ」と笑う、あの赤髪の女の顔だった。

 

「…………わかった。イザベラ・ストームハートを、中央戦線の先遣隊長として配属する」

 

 絞り出すような承諾の声は、アレクセイ自身には敗北の宣言のように聞こえた。

 歓喜に沸く貴族たちの声が遠のいていく。

 

「閣下、賢明なご判断です!」

「これで我々の勝利は揺るぎませんな!」

 

 アレクセイは、何も聞こえないふりをして立ち上がった。

 執務室に戻れば、また新しい胃薬を飲まねばならないだろう。だが、薬などではこの痛みは消えない。

 

 彼は知っていた。イザベラにこの命令を伝えれば、彼女はきっと不敵な笑みを浮かべて「おっしゃ、任せとけ!」と言うに違いない。

 その笑顔が、どれほど自分を追い詰めることになるのか彼女は生涯気づかないのだろう。

 

「……すまない、イザベラ」

 

 誰もいなくなった会議室で、アレクセイは震える手で地図上のテムザ山を指でなぞった。

 そこは、これからの地獄で最も多くの血が流れる場所だ。

 

「君を……失いたくない。考えなくては」

 

 アレクセイの目は死んではいなかった。彼はまだ諦めてはいない。

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