【頑固な戦士との再会】
北側諸国のとある静かな村。雪を頂いた連峰を望むその地で、カイル、フリーレン、フェルンの三人は、かつての勇者一行の戦士・アイゼンを訪ねていた。
カイルにとってアイゼンは、物語の中の伝説的存在。しかし目の前に立つ彼は、背こそ低いものの、その体躯は歳月を経てもなお鍛え上げられた鋼の塊のようだった。
「……ほう。フリーレンが、得体の知れない魔法使いを連れていると聞いていたが、お前のことか」
アイゼンの鋭い眼光がカイルを貫く。そこには老いなど微塵も感じさせない、歴戦の猛者特有の圧があった。
アイゼンの悩みは、村を脅かす『地殻の魔族』の存在だった。その魔族は、物理的な攻撃をほぼ無効化するほどの「超硬度」の外殻を持っており、アイゼンの斧を持ってしても、決定打を与える前に逃げられてしまうのだという。
「俺の斧も、寄る年波には勝てんということか」
自嘲気味に笑うアイゼン。しかし、その手はまだ斧を握ることを諦めていない。
フリーレンは冷静に分析する。「アイゼンの筋力は、人間の域を遥かに超えている。でも、あの魔族の皮膚は、この世界のあらゆる鉱物よりも硬い。純粋な魔法攻撃で貫くのが定石だけど……あいつはマナの感知も鋭いからね」
そこで、カイルが静かに口を開いた。
「なあ、アイゼン。あんたのその腕っぷし、二倍に跳ね上がったら……その殻をぶち抜けるか?」
「……二倍だと?」
アイゼンは鼻で笑った。「小僧、戦士の力を強化する魔法ならハイターも使っていたが、筋組織の限界というものがある。急激な強化は、逆に肉体を内側から壊すだけだ」
「俺のやり方は、肉体の強化じゃない。あんたが振るう『攻撃という事象』そのものを倍化させる。……試してみるか?」
【概念を断つ斧】
村の外れの荒野。突如として地面が盛り上がり、巨大な岩石の体を持つ『地殻の魔族』が姿を現した。その皮膚は鈍い鉄色に輝き、魔法の直撃すら弾き返すような威圧感を放っている。
「フェルン、援護を。フリーレンは周囲の警戒。……アイゼン、あんたはいつも通り突っ込め」
カイルの指示に、アイゼンは短く「フン」と鼻を鳴らして駆け出した。
魔族が巨大な岩の腕を振り下ろす。アイゼンはそれを紙一重で回避し、渾身の力で斧を振り下ろした。
――ガキィィィィン!
激しい火花。しかし、斧の刃は魔族の皮膚を数センチ削っただけで止まり、逆に反動でアイゼンの腕が痺れる。
「やはり、硬いな……!」
アイゼンが体勢を立て直そうとしたその時、背後からカイルの凛とした声が響いた。
「バイキルト!」
カイルの手から放たれた深紅の光が、風を切り裂き、アイゼンの背中に吸い込まれる。
その瞬間、アイゼンの全身から爆発的な熱気が立ち昇った。オーラのような紅い光が、彼の愛用の斧を包み込み、空間そのものを震わせる。
「……何だ、この感覚は。力が溢れるなんて生易しいものじゃない。世界が……脆く見える」
アイゼンは、自分の腕が膨れ上がったわけではないことに気づく。ただ、自分が「これから行う攻撃」の結果が、あらかじめ運命づけられたかのように強固なものへと変質していた。
魔族が再び岩の拳を突き出す。
アイゼンはそれを避けることさえしなかった。ただ静かに、斧を振り抜く。
――ズガァァァァァン!!
轟音と共に、魔族の巨大な腕が根元から消し飛んだ。
「……なっ!?」
魔族が驚愕の声を上げる。自慢の超硬度外殻が、まるで腐ったバターのように易々と切り裂かれたのだ。
「これだ……この感覚だ……!」
アイゼンの目に、かつて魔王軍を震撼させた戦士の狂気が戻る。
彼は跳躍した。紅い閃光を纏った斧が、魔族の頭上から一閃される。
「ハァァァァッ!」
本来、物理法則に従えば「跳ね返される」はずの衝撃が、バイキルトの呪文によって「破壊」へと強制的に変換される。魔族の巨躯は真っ二つに叩き割られ、その背後の地面までが巨大なクレーターとなって陥没した。
【戦士の涙と魔法使いの困惑】
沈黙が荒野を支配する。
消滅していく魔族の残骸を背に、アイゼンは自分の掌をじっと見つめていた。
「……カイル。お前、今のは何をした」
「ドラクエの呪文の一つさ。攻撃力を二倍にする。ただ、それだけだ」
「ただの二倍で、あんなことが起きるはずがない……。俺の斧は、マナの結界さえも概念ごと断ち切っていたぞ」
フリーレンが横から駆け寄ってくる。彼女の目は、ルーラの時以上に興奮で血走っていた。
「カイル! 今の、マナの流動が全く見えなかった! アイゼンの斧が対象に触れる直前、世界の因果律が書き換わったような……そんな異様な気配がしたんだけど!」
「フリーレン様、落ち着いてください。鼻息が荒いです」
フェルンがいつものように嗜めるが、彼女自身もその威力には戦慄していた。彼女が放つ『一般攻撃魔法』を何百発叩き込んでも届かない領域を、カイルの補助一つでアイゼンが軽々と踏み越えたからだ。
「おい、カイル」
アイゼンが、珍しく真剣な、どこか子供のような期待を込めた目でカイルを見た。
「今の魔法……いや、『呪文』と言ったか。それは、重ねがけはできるのか?」
「いや、バイキルトは一つまでだ。……だが、そうだな。**『スカラ』で守備力を上げたり、『ピオリム』**で速度を上げることはできる」
「ピオリム……速度か」
アイゼンは想像した。今の破壊力を備えたまま、自分の動きがさらに加速した時のことを。
「……ハイターが聞いたら、腰を抜かして『女神様、転職します』とか言い出しそうだな」
不愛想な戦士の口元に、微かな笑みが浮かんだ。それは強者だけが理解できる、純粋な武への高揚だった。
【勇者一行の「if」】
その夜、カイルたちはアイゼンの家で食事を囲んでいた。
アイゼンは上機嫌で、滅多に口にしない酒をあおっている。
「フリーレン。お前、いい仲間を見つけたな」
「……うん。でも、カイルのせいで私の魔法使いとしての常識が、毎日ボロボロになっていくんだけど」
フリーレンは不満そうに頬を膨らませるが、その手はちゃっかりカイルに「今のバイキルトの原理を1から100まで説明して」と迫るメモ帳を握っている。
カイルは苦笑しながら、肉を頬張った。
(ドラクエの呪文は、ゲームバランスという『神の調整』の上にある力だ。この世界の複雑な理屈を飛び越えて、結果だけを叩き出す……。そりゃあ、この世界の住人からすれば反則に見えるだろうな)
ふと、アイゼンが窓の外、星空を見上げて呟いた。
「……もし、ヒンメルが生きていた頃に、お前のような男が仲間にいたらな」
その言葉に、フリーレンの手が止まる。
「ヒンメルなら……きっとこう言うよ。『カイル、かっこいい魔法だね! ぜひ僕にもかけてよ。最高のポーズで魔王を切り刻むから』って」
「ハハハ、違いない」
アイゼンが笑い、フェルンが困ったように微笑む。
カイルは、この世界の英雄たちがかつて歩んだ道の重みを感じながらも、自分の持つ「異質な力」が、この優しい旅路に新しい彩りを与えていることを確信していた。
「カイル、次は……**『スクルト』**ってやつを詳しく教えて。さっきフェルンにかけた時、彼女の服の防御力が上がったのかどうか、解析したいから」
「フリーレン様。後でしっかりお話ししましょうね(暗黒微笑)」
賑やかな夜の声が、静かな村に響き渡る。
カイルの呪文リストには、また新しい「驚愕」の記録が刻まれていく。
【設定補足:今話の呪文詳細】
バイキルト:
フリーレンの世界では「筋力強化」や「魔力付与」にあたるが、呪文版は「与えるダメージを2倍として確定させる」という因果律干渉に近い。そのため、本来なら跳ね返されるはずの硬度であっても「2倍の威力なら貫通できる」という条件を満たせば、物理法則を無視して断ち切ることができる。
アイゼンの反応:
戦士としての本能で「これがあれば、自分はもっと高みにいける」と直感。同時に、カイルという存在の危うさ(世界のバランスを壊しかねない力)を、誰よりも理解している。
嘘次回予告:第4話『ザラキの恐怖、死を運ぶ言葉』
魔族の軍勢を前に、カイルが静かに呟いたその一言。
術式も、物理衝撃もない。ただ「死」という結果だけが、戦場を支配する。
フリーレン「……待って。今の、魔法ですらない。ただの……冒涜だよ」