【絶望の「影」】
北側諸国のさらに北、人類の足跡が途絶え、魔力密度の異常な上昇によって地図さえ書き換えられた「未踏の断崖」。一行は、かつて魔王の側近が遺したとされる、空間そのものを腐食させる「深淵の結界」に阻まれていた。
「……これは、まずいね。アウラやクヴァールの比じゃない」
フリーレンの顔はかつてなく険しい。彼女の目の前には、空が鏡のようにひび割れ、そこからどす黒いマナが絶え間なく溢れ出す「世界の傷跡」があった。
「解析を試みましたが、術式の構造自体が刻一刻と変質しています。まるで、意思を持っているかのように……」
フェルンもまた、額に汗を浮かべながら杖を構える。彼女の放つ『一般攻撃魔法』は、その漆黒の霧に触れた瞬間に光を失い、霧の一部へと取り込まれてしまう。
それは、魔族が編み出した魔法ですらなかった。太古の昔、この世界に魔法という体系が定着する以前の、根源的な「混迷」そのもの。物理法則も、マナの流動も、因果律さえもが捻じ曲げられた空間。
「……フリーレン、あんたの魔法でもダメか?」
カイルの問いに、フリーレンは唇を噛みながら首を振った。
「あと……数十年、いや、数百年かけてこの特異点を研究すれば、解明できるかもしれない。でも、今この瞬間に突破するのは……私の知るどの魔法でも不可能だよ。これは『答え』がない魔法なんだ」
背後からは、その異変に呼応して集まってきた、数千ものガーゴイルや上級魔族の軍勢が迫っていた。前方は解析不能の虚無、後方は圧倒的な戦力の壁。
アイゼンもハイターもいないこの状況で、一行は完全な詰み(チェックメイト)を迎えていた。
「……仕方ない。賭けに出るか」
カイルが、静かに一歩前へ出た。その手は微かに震えている。
「カイル様、何をするつもりですか? ルーラでも、この歪んだ空間の中ではどこへ飛ばされるか分かりません!」
「ああ、ルーラじゃない。……今の状況を、根底からひっくり返す可能性が『1%』でもあるなら、それに賭けるしかないだろ」
カイルは、自身の魔力回路を全開にした。ドラクエの呪文体系の中でも、神ですらその結果を予測できないとされる、最大にして最悪の禁忌。
「……おい、フリーレン。何が起きても、俺を恨むなよ」
【世界のひび割れ】
カイルが両手を天に掲げる。
彼の全身から、これまでのような蒼や紅の光ではない、「虹色の、しかしどす黒い」得体の知れない魔力が溢れ出した。大気が悲鳴を上げ、大地が波打つ。
「パルプンテ……!!」
その瞬間。
世界から「色」と「音」が消失した。
――1秒後。
強烈な閃光と共に、戦場を支配していた重力が消失した。
「……えっ!?」
フェルンの体がふわりと浮き上がる。驚愕に目を見開く彼女の視界の中で、迫りくる魔族の軍勢もまた、なす術もなく空へと放り出されていく。
――3秒後。
今度は、空から「巨大な鉄塊」が降り注いだ。それは魔法による召喚などではない。どこか別の次元から、物理的な実体を伴って転移してきた「隕石」の群れだ。
ドォォォォォン!! という衝撃音が遅れてやってくる。重力を失い空中に浮いていた魔族たちは、なす術もなく宇宙の塵へと押し潰されていく。
「何……これ……!? 術式がない! マナの変換もない! ただ、世界が『めちゃくちゃ』に書き換えられている……!」
フリーレンは、浮遊しながら狂ったように周囲を観察していた。彼女の持つ知性、経験、魔法哲学。そのすべてが、パルプンテが引き起こす「無秩序」の前で無力化されていた。
――5秒後。
カイルの叫びが響く。「まだだ! まだ終わってない!」
虹色の光がさらに激しさを増し、世界の傷跡――深淵の結界へと収束していく。
パルプンテが選んだ「次の結果」は、**【時間の凍結】**だった。
不気味なほどの静寂が訪れる。
カイル、フリーレン、フェルンの三人を除く、すべての存在が静止した。爆発の火炎も、降り注ぐ瓦礫も、逃げ惑う魔族の表情も、すべてが琥珀の中に閉じ込められたかのように固着した。
「……動けるのは、私たちだけ?」
フェルンが恐る恐る自分の手を見つめる。
「……違うよ、フェルン。時間が止まっているんじゃない。私たちが、『時の流れの外側』へ放り出されたんだ」
フリーレンの瞳には、驚愕を超えて、ある種の「恐怖」が宿っていた。
【神の悪戯】
「行こう。今のうちに、あの結界を突き抜ける」
カイルの声に、二人は我に返った。
静止した世界の中、三人は空を歩くようにして、ひび割れた空間の中へと飛び込んだ。
本来なら、触れた瞬間に魂を削り取られるはずの深淵。しかし、今の彼らはパルプンテの守護――あるいは気まぐれ――によって、この世界の物理法則から完全に切り離された「異物」となっていた。
結界の核。そこには、この世のものとは思えない巨大な魔力の結晶が鎮座していた。
カイルがそれに触れようとした瞬間、パルプンテの「最後の一撃」が発動した。
【やさしい光が、すべてを包み込む】
爆発的な、しかし温かな光が溢れ出した。
その光に触れた瞬間、腐食していた空間の傷跡が、まるで時間が巻き戻るかのように再生していく。漆黒の霧は晴れ、割れた空は繋がり、死に絶えていた大地に、一瞬にして青々とした草花が芽吹いた。
三人が再び地面に足をついた時。
そこには、先ほどまでの絶望的な戦場も、迫りくる軍勢も、解析不能の結界も存在しなかった。
ただ、美しい夕焼けと、どこまでも続く平穏な草原が広がっているだけだった。
「……終わった……のか?」
カイルが膝をつき、激しい呼吸を繰り返す。精神力の消耗は凄まじく、視界がチカチカと明滅している。
「……カイル。君、自分が何をしたか、わかっているの?」
フリーレンが、震える足取りでカイルに歩み寄った。彼女の顔は、これまでのどの話よりも蒼白だった。
「……ああ。パルプンテを唱えた。何かが起きる、賭けだったんだ」
「パルプンテ……。君はそれを『呪文』と呼ぶけど、それはもう、魔法の範疇を越えている。……君は今、この世界の『システムそのもの』をサイコロの目一つで書き換えたんだよ」
フリーレンは、芽吹いたばかりの花を一輪手に取った。
「この花は、本来ならここで咲くはずのない種類だ。……君の呪文は、救いももたらすけど、それ以上に世界の『一貫性』を壊してしまう。……もし、あそこで『世界が滅びる』という目が出ていたら、どうするつもりだったの?」
「……その時は、俺も一緒に滅びるだけだ」
カイルの自暴自棄とも取れる言葉に、フリーレンは何も言えなくなった。
彼女にとって魔法は「理解」であり「愛」だ。しかしカイルのパルプンテは、理解を拒絶する「混沌」だった。
「……でも、助かったのは事実です。ありがとうございます、カイル様」
フェルンが静かに、カイルの背中に手を置いた。その手の温もりだけが、混沌に揺らいだカイルの精神を、この世界に繋ぎ止めていた。
【因果の残り香】
その夜。一行はパルプンテが作り出した、奇妙なほど穏やかな森でキャンプを張っていた。
焚き火の音だけが響く中、フリーレンは一晩中、空の星を眺めていた。
「……カイル。星の位置が、少しだけずれているよ」
「え……?」
「ほんの数秒分だけどね。君の呪文が、この星の自転さえも狂わせたみたいだ」
フリーレンは、怖がっているというよりは、もはや呆れているようだった。
「ねえ、カイル。これから先、私たちがどんな困難にぶつかっても……その呪文だけは、本当の、本当の最後のリミッターにしておいて。……私、魔法使いとして、君が何を引き起こすか予測できないのが、一番怖いんだ」
「……ああ。約束するよ。俺だって、あんな心臓に悪いもんは二度と使いたくない」
カイルは、自分の掌を見つめた。
ドラクエの世界では「お遊び」で済むパルプンテも、現実の肉体と歴史が流れるこの世界では、文字通り神の権能に等しい暴力だった。
「……ところでカイル。さっきのパルプンテの副産物で、私の髪の毛が少しだけ金色になったんだけど、これどうしてくれるの?」
「えっ、あ、本当だ。……似合ってるんじゃないか?」
「そういう問題じゃない。解析して戻すのに、また十年はかかりそうだよ」
フェルンが「フリーレン様、金色も素敵ですよ」と笑う。
混沌の代償として残された、フリーレンの金色のメッシュ。それは、カイルがこの世界に刻んだ、消えない「爪痕」の一つとなった。
【カイルの現在のステータス】
カイル:Lv 35
【じゅもん】
攻撃: メラゾーマ(NEW)、ベギラゴン(NEW)、ヒャダルコ、バギクロス(NEW)、
ライデイン、ザラキ
補助: スクルト(NEW)、ルカナン、バイキルト、マホトーン、ピオリム
回復: ベホマ(NEW)、キアリー、ザメハ
移動: ルーラ、リレミト
特殊: パルプンテ(NEW)
【今話の呪文詳細】
パルプンテ:
ドラクエシリーズにおける、最も謎に満ちた呪文。発動すると「何が起こるか分からない」という性質を持ち、その効果は味方の強化から敵の全滅、世界の停止、果ては何も起きない、といった極端な振れ幅を持つ。
フリーレンの世界における魔法が「原因(魔力構成)→過程(現象化)→結果(効果)」という一貫した論理を持つスペル(綴り)であるのに対し、パルプンテは「結果」だけをランダムに世界へ叩き込む。そのため、フリーレンからは「因果律の破壊」「魔法使いへの冒涜」として、極めて恐れられている。
メラゾーマ / ベギラゴン / バギクロス:
カイルのレベル上昇に伴い、各系統の攻撃呪文が上位版へと進化した。これらは単純な火力の向上だけでなく、マナの密度そのものが従来の魔法とは一線を画している。
嘘次回予告:第7話『世界樹の葉、死者の未練』
旅の途中で出会った、愛する人を亡くした女性。
カイルの手には、死者をも蘇らせるという、禁忌の葉が握られていた。
フリーレン「カイル、……それは、やってはいけないことだよ」