【残された者の慟哭】
北側諸国の深い渓谷の底。そこには、数日前の土砂崩れによって壊滅的な被害を受けた、名もなき開拓村があった。一行が通りがかったとき、村は深い絶望と、土砂を掘り返す人々のむせび泣きに包まれていた。
「……ひどい。魔族の襲撃でもないのに、自然の猛威だけでこれほどの命が……」
フェルンが杖を握り締め、目を伏せる。
フリーレンは静かに村を見渡した。彼女にとって「死」は見慣れたものだ。だが、その瞳には、かつてハイターやヒンメルを看取った時のような、静かな悲しみが宿っていた。
村の広場では、一人の女性が、冷たくなった青年の遺体に縋り付いて泣き叫んでいた。
「嫌……! お願い、目を開けてよ、テオ! 私たち、来月結婚するって、約束したじゃない……!」
それは、魔法でどうにかできる段階をとうに過ぎていた。この世界の回復魔法は、あくまで「生きている者」の治癒を早めるものでしかない。心臓が止まり、魂が肉体を離れてしまえば、それはただの「物」に帰す。それが、フリーレンたちが知る、揺るぎない世界の理(ことわり)だった。
「フリーレン様……どうにかならないのですか。僧侶の術式でも、女神様の魔法でも……」
「……無理だよ、フェルン。死者を蘇らせる魔法は、この世界には存在しない。それは、神話の時代から禁忌として語り継がれている、超えてはならない一線なんだ」
フリーレンは、かつてヒンメルを弔った時のことを思い出していた。
『フリーレン。死者が蘇らないのは、今を生きる僕たちが、その人の想いを背負って生きていくためなんだよ』
勇者の言葉が、胸の奥で反芻される。
だが、その時。背後で、カイルがかつてないほど重苦しい魔力を放ち始めた。
「……カイル? 何を……」
フリーレンが振り返る。カイルは、自身のアイテム袋の奥底、決して触れてはならないと自分に言い聞かせてきた「その場所」に手を伸ばしていた。
カイルの手の中に現れたのは、瑞々しい緑の光を放つ、一枚の広葉樹の葉だった。
その葉から溢れる生命力は、周囲の枯れた草木を一瞬で芽吹かせ、濁った空気さえも清流のような清涼感で満たしていく。
「……カイル。待って。それ、まさか……」
フリーレンの顔が、恐怖で強張る。
「**『世界樹の葉』**だ。……命を、買い戻すアイテムだよ」
【黄金の光と魂の回帰】
「カイル、ダメだよ! それは絶対にやっちゃいけない!」
フリーレンが珍しく声を荒らげ、カイルの腕を掴んだ。
「死は、この世界の物語の終わりなんだ。それを無理やり書き換えたら、その人の人生も、残された人の想いも、全部偽物になってしまう!」
「偽物でもいいだろ。目の前で泣いてる奴がいるんだ。救える手段があるのに、理屈を並べて見殺しにするのは、俺の性分じゃない」
カイルはフリーレンの腕を優しく、だが断固として振り払った。
彼は跪き、絶望の淵にいる女性の隣に立つ。そして、冷たくなった青年の胸元に、その輝く葉をそっと置いた。
「命の根源よ。因果の鎖を解き、失われた絆を繋ぎ止めろ」
カイルが呪文を唱えるまでもない。葉が肉体に触れた瞬間、まばゆいばかりの黄金の光が平原を包み込んだ。
それはパルプンテの混沌とは違う、純粋で、圧倒的な「生の肯定」の光。
ドクン。
静まり返った広場に、一つの鼓動が響いた。
女性の悲鳴が止まる。
心肺が停止し、瞳孔が開き、確実に死んでいたはずの青年の頬に、みるみるうちに血色が戻っていく。肺が酸素を求め、大きく胸が上下した。
「……あ……う、……エリ……ザ?」
青年が、ゆっくりと目を開けた。
女性は、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた後、狂ったように青年の体を抱きしめた。
「テオ……! テオぉ……!!」
周囲の村人たちから、地鳴りのような歓声が上がる。それは「奇跡」への賞賛であり、死という恐怖に対する、人間の根源的な勝利の叫びだった。
だが、その光景を見守るフェルンの表情は、凍りついたように冷たかった。
「……カイル様。……これは、残酷です」
「フェルン……?」
「その方は救われました。ですが、この村には他にも亡くなった方が大勢います。カイル様は、その全員を救うのですか? 救われない人は、『選ばれなかった』という絶望の中で、一生を過ごすことになります。……命に順番をつけてしまったあなたは、もう、神様にならざるを得ない」
フェルンの言葉は、カイルの胸にナイフのように突き刺さった。
【聖域の対価】
その夜。祝杯を挙げる村人たちから離れ、カイルは村の外れの崖に一人で座っていた。
手の中には、もう一枚の世界樹の葉がある。だが、それは先ほどのような輝きを失い、どこか物悲しく透き通っていた。
「……ねえ、カイル」
フリーレンが、足音もなく隣に座った。
「あの青年ね、生き返った後、自分の死を知って震えていたよ。……自分が『理(ことわり)』の外にいることを、本能で察しているんだね」
「……俺は、間違ったことをしたのか」
「……魔法使いとして答えれば、大間違いだよ。死者を蘇らせる力は、世界を壊す力だ。もし魔族がその葉を手に入れれば、軍勢は無限に復活し、この世界は永遠の戦争に包まれるだろうね」
フリーレンは夜空を見上げた。
「でもね……一人の人間として答えれば、……私も、ヒンメルに会いたいと思った。一瞬でもいい、あの時その葉があれば、迷わず使っていたかもしれない」
彼女の瞳が、月光に濡れて光る。
「カイル。君は今日、その女性にとっての英雄になった。でも、同時にこの世界の『死』という絶対的な安らぎを、不安定なものに変えてしまったんだ」
カイルは、自分の掌を見つめた。
ドラクエの世界では、世界樹の葉は1000ゴールド程度、あるいは木を調べれば手に入る消耗品だ。しかし、この「一度きりの人生」を懸命に生きる人々にとって、それは宇宙の全質量よりも重い「禁断の果実」だった。
「……俺は、神様になんてなりたくない。ただ、あんたたちとの旅を、笑って続けたいだけなんだ」
「なら、その葉はもう二度と使わないで。……それは、私やフェルンのためにも」
フリーレンは、カイルの手をそっと握った。
「私たちが死ぬときは、ちゃんと死なせて。それが、君と一緒に歩いた『時間の証』になるんだから」
カイルは、その言葉の重みに押し潰されそうになりながらも、深く頷いた。
彼は残された世界樹の葉を、袋の最深部、今度は物理的にではなく、心の奥底にある「開けてはならない箱」へと封印した。
【刻まれる悔恨】
翌朝、一行は村を発った。
生き返った青年と、その許嫁は、涙ながらにカイルを見送った。
「ありがとうございます、聖者様! このご恩は一生、末代まで忘れません!」
カイルは、その感謝の言葉が、なぜか「ザラキ」を浴びたときよりも痛く感じられた。
馬車に揺られながら、フェルンが静かに口を開く。
「……カイル様。私は、昨夜のあなたのことを、一生許さないかもしれません。ですが……一生、忘れないとも思います」
「……ああ。それでいい」
カイルは、自分のステータス画面を呼び出した。
レベルは上がっている。新しい呪文も覚えている。だが、そこには表示されない「業(カルマ)」のようなものが、自分の背中に重くのしかかっているのを感じていた。
フリーレンは、旅のメモ帳に新しい項目を書き加えていた。
『世界樹の葉:死者を蘇らせるが、魂に消えない違和感を残す。使用は非推奨。……ただし、思い出の重さには勝てない場合がある』
一行の旅は続く。
「死」を克服してしまった男と、「死」を見届け続ける魔法使い。
二人の間に流れる空気は、これまでよりも少しだけ、静謐で、深みのあるものへと変わっていた。
【カイルの現在のステータス】
カイル:Lv 40
【じゅもん】
攻撃: メラゾーマ、ベギラゴン、マヒャド(NEW)、バギクロス、イオナズン(NEW)、
ギガデイン(NEW)
補助: フバーハ(NEW)、マジックバリア(NEW)、バイキルト、マホトーン
回復: ベホマラー、ザオリク(封印中)、キアリー、シャナク(NEW)
移動: ルーラ、リレミト
特殊: パルプンテ
【どうぐ】
世界樹の葉: 仲間一人を完璧な状態で蘇らせる。(使用封印を自らに課す)
祈りの指輪: 魔力を回復させるが、使いすぎると壊れる。
【今話の呪文・道具詳細】
世界樹の葉:
ドラクエシリーズにおける究極の蘇生アイテム。肉体の損傷を完全に修復し、離散した魂を強制的に現世へと呼び戻す。フリーレンの世界においては、女神様の奇跡ですら届かない「死」の壁を越える存在。その副作用として、蘇生された者は「本来あるべきはずの無」と「現在の生」の乖離に、精神的な違和感を抱き続けることになる。
ザオリク(封印中):
カイルがLv40に達したことで覚醒した、死者を100%の確率で蘇生させる呪文。今話の事件を受け、カイルは「これを使えば自分は人間でいられなくなる」と直感し、自らの精神に強力な鍵をかけ、使用を封じている。
イオナズン / マヒャド / ギガデイン:
上位攻撃呪文の習得。特にギガデインは、周囲のマナを極限まで圧縮し、神罰の雷として放つため、広範囲の魔族を一瞬で消滅させる威力を誇る。
嘘次回予告:第8話『フバーハ、猛火の中の安らぎ』
北の果て、古の炎龍(ファイヤードラゴン)が守る聖域。
フリーレンの防御魔法すら焼き切る極限の火炎の中で、カイルが編み出したのは「温度を無効化する」守護の風。
フリーレン「……カイル、私の魔力で、君の風を増幅させて。二人で、この熱を越えよう」