【包囲された絶望】
北側諸国の最深部、魔王城を目前に控えた「嘆きの平原」。そこは、かつて勇者一行が十日十晩戦い続けたと言われる、魔族の最大拠点の一つであった。
カイル、フリーレン、フェルンの三人は、そこで最悪の事態に直面していた。
「……計算が合わない。魔王は倒されたはずなのに、この組織的な軍勢は何?」
フリーレンの周囲には、すでに数千を越える魔族の死骸が積み上がっていた。しかし、平原の地平線を埋め尽くす銀色の鎧の波は、衰えるどころか、さらにその密度を増していく。
それは、魔王軍の遺産である「自動人形(オートマタ)」の軍団だった。感情を持たず、恐怖を知らず、ただ「マナを持つ者を抹殺する」という命令のみで動き続ける、数万の鋼鉄の嵐。
「フリーレン様、魔力が……もう、半分を切りました」
フェルンの声に、いつもの凛とした響きはない。彼女の指先は、絶え間ない『一般攻撃魔法』の行使によって、皮膚が裂け、血が滲んでいた。
カイルもまた、上位呪文を連発し続けていたが、どれほど『イオナズン』で地を焼き、『バギクロス』で空を裂こうとも、人形の軍勢は壊れた部品を即座に再構成し、波のように押し寄せてくる。
「……マナの反応を辿ったけど、制御中枢はこの平原の地下数キロにある。……私たちの今の余力じゃ、あそこに辿り着く前に、物量で押し潰されるね」
フリーレンの瞳が、わずかに揺れた。
彼女は知っている。魔法使いにとっての死は、たいていの場合、このように「リソースの枯渇」というあまりにも現実的な形で訪れることを。
その時、軍勢の最前列が真っ二つに割れた。
現れたのは、かつての全盛期の魔族さえ凌駕する巨大な魔力を持つ、守護者(ガーディアン)。その巨躯からは、触れるものすべてを分解する漆黒の霧が放たれていた。
「……下がれ、二人とも」
カイルが、重い足取りで前へ出た。彼の装備していた『不思議なボレロ』はボロボロに引き裂かれ、その瞳には、これまでの旅で見せたことのない、暗く、澄み渡った決意が宿っていた。
【禁忌中の禁忌】
「カイル、何を……? まだ『ルーラ』で脱出するチャンスはあるよ」
フリーレンが彼の袖を掴む。だが、カイルはその手を静かに、しかし力強くほどいた。
「ルーラじゃダメだ。この結界の中じゃ、跳べるのは俺一人だけだ。二人は連れていけない。……それに、あの巨大なやつを放置すれば、北側諸国は全滅する」
カイルは、自身のステータス画面を見つめていた。
そこには、Lv 50に達したことで解放された、血のように赤い文字で記された呪文の名があった。
「カイル様、行かないでください! 一緒に、一緒に考えるから……!」
フェルンが泣き叫ぶ。しかし、カイルは振り返らなかった。
「……フリーレン。あんたは言ったよな。俺の呪文は『ズル』だって。……なら、最後くらい、そのズルで最高の結果を叩き出してやるよ」
カイルは、守護者の懐へと全力で駆け出した。
軍勢が彼を飲み込もうと群がる。だが、カイルは呪文を唱えない。ただ、自身の生命力、精神力、そして魂の全質量を、心臓の一部に一点集中させていく。
「メガンテ……!!」
その瞬間。
平原から「光」が消え、世界が静止した。
白。
純白の輝きが、カイルの胸元から溢れ出した。
それは、ザラキのような虚無でも、ギガデインのような暴力でもない。
ただ、一人の人間が、その存在すべてを「無」に帰すことで生み出される、宇宙の開闢にも似た、圧倒的なエネルギーの解放だった。
――ドォォォォォォォォォォォォン!!
音のない爆発。
白光に触れた自動人形たちは、蒸発することさえ許されず、原子レベルで分解され、消滅していく。巨大な守護者も、その圧倒的な質量を持ってしても抗えず、光の奔流の中で、ただの塵へと還った。
「カイル……カイルーーー!!」
フェルンの絶叫が、光の渦の中に吸い込まれていく。
フリーレンは、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼女の魔法理論では、今の事象を説明できない。
一人の人間の命が、なぜ、数万の軍勢を、そして世界を覆う結界を、一瞬で消し去るほどの熱量に変わったのか。
光が収まった後。
そこには、何も残っていなかった。
軍勢も、守護者も、そして――カイルも。
ただ、広大なクレーターの中心に、彼が着ていたボロボロの布切れが、一つだけ寂しく風に舞っていた。
【遺された者の選択】
「……嘘。……嘘ですよね、フリーレン様。カイル様は、いつもみたいに『ルーラ』でどこかへ飛んで……」
フェルンは崩れ落ち、灰の混じった土をかき集める。だが、そこにあるのは、呪文の余熱で熱せられた、生命の気配がまったくない大地だけだった。
フリーレンは、カイルが消えた場所へと歩み寄った。
彼女の足元には、彼が愛用していた『賢者の石』が転がっていた。
かつてはあんなにまばゆく輝いていた石が、今はただの、冷たい、黒ずんだ小石に変わっている。
「……カイル。君は、やっぱり……最低のズルをしたね」
フリーレンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、石を濡らした。
彼女は知っていた。メガンテという呪文が、単なる自爆ではないことを。
それは、魂の再構成さえも拒絶する、存在そのものの完全な消却。
だが、その時。
カイルのステータスが、まだフリーレンの魔力感知回路に微かに残響(ログ)として残っていることに、彼女は気づいた。
「……フェルン。泣くのは、まだ早いよ」
「……え?」
「彼、まだ『ズル』を隠し持っているかもしれない」
フリーレンは、カイルが以前言っていた言葉を思い出していた。
『世界樹の葉があれば、俺は死んでも、誰かが使ってくれれば戻ってこれる』
「フェルン、カイルのアイテム袋から、あの『葉っぱ』を探して! 彼の魔力残滓が消える前に!」
二人は狂ったように灰の中を掘り返した。
そして、ついに見つけたのだ。
カイルが「封印する」と誓い、大切にしまっていた、あの瑞々しい緑の光を放つ一枚の葉を。
【再誕の対価】
フェルンの震える手が、葉を灰の上に置いた。
「……カイル様……戻ってきてください……。意地悪を言ってもいい、ルーラで私たちを驚かせてもいい……。だから、お願い……!」
黄金の光が、再び大地を包み込んだ。
世界樹の葉が、カイルの魂の破片を、散らばった因果律を、無理やりこの現世へと引き戻していく。
「……げほっ……ごほっ!!」
灰の中から、一人の男が這い出した。
カイルだ。
その体は、メガンテの衝撃で一度は完全に消滅したはずだった。だが、世界樹の葉という、この世界の神すら超えた奇跡が、彼を「再構成」してしまったのだ。
「……あー。……最悪だ。……死ぬほど、痛かった……」
カイルが、弱々しく笑う。
その瞬間、フェルンの全力の平手打ちがカイルの頬に飛んだ。
「……バカ! 大バカです! カイル様なんて、もう大嫌いです!!」
彼女はそのまま、カイルの胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣き続けた。
フリーレンは、少し離れた場所で、杖を構え直した。
「カイル。……今の、最低だよ」
「……わかってる」
「でも、……生きててくれて、ありがとう」
フリーレンの言葉は、風にかき消されそうなほど小さかった。だが、その瞳には、カイルという異分子がこの世界に与えた、言葉にできないほど大きな愛が宿っていた。
三人の旅は、まだ終わらない。
しかし、カイルの体には、メガンテの代償として、拭いきれない「死の影」が刻まれていた。
レベルが下がり、呪文の記憶も一部が混濁している。
それでも、彼は再び歩き出す。この、美しくも残酷な、フリーレンたちの世界を。
【カイルの現在のステータス】
カイル:Lv 50 → Lv 30(メガンテと蘇生によるレベルドレイン)
【じゅもん】
攻撃: メラミ(退化)、ベギラマ(退化)、ヒャダルコ、バギマ(退化)、ライデイン、ザラキ
補助: バイキルト、ルカナン、スクルト
回復: ベホイミ(退化)、キアリー、ザメハ
移動: ルーラ(不安定)、リレミト
特殊: メガンテ(使用済み・記憶から消失)、パルプンテ
【どうぐ】
賢者の石: (現在、機能停止中。再チャージが必要)
世界樹の葉: (使い果たした。残り0枚)
【今話の呪文・道具詳細】
メガンテ:
ドラクエシリーズにおける究極の自己犠牲呪文。自身の生命力を爆発的なエネルギーへと変換し、周囲の敵を全滅させる。フリーレンの世界においては、物質とエネルギーの変換効率を無視した「魂の燃焼」による物理破壊。その威力は、一個の軍団を地図から消し去るほどだが、代償として使用者は確実に死に至り、蘇生しても莫大な経験値(レベル)と、その呪文自体の記憶を失う。
レベルドレイン:
メガンテの発動と、世界樹の葉による不自然な蘇生により、カイルの肉体と魔力回路が一時的に弱体化した状態。全盛期の力を失ったカイルは、これから先のクライマックスに向けて、再び「自らの手で」力を勝ち取らなければならない。
賢者の石(機能停止):
メガンテの余波を受け、石に蓄えられていた無限の癒やしが一時的に枯渇した状態。この石を再び輝かせるためには、カイル自身の魔力ではなく、もっと根源的な「生のエネルギー」が必要となる。
嘘次回予告:第10話『ミナデイン、繋がる心』
力を失ったカイル。迫りくる魔王軍の残党。
絶体絶命の危機に、フリーレンとフェルンがカイルの手に重ねたのは……。
フリーレン「カイル、一人で戦わなくていい。私たちのマナを、君の呪文に変えて」
カイル「……ああ。最高の『雷(いかずち)』を見せてやるよ」