いつか途切れた、音の続きを   作:いつかの音色

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 たくさんの感想ありがとうございます。返信が追いついていませんが、全て楽しく読ませてもらっています。
 これからもよろしくお願いします。



対立

 

 

 オーディションの日から数日。結果発表の日がやってきた。

 緊張感漂う音楽室で、やってきたのは松本先生。

 

「それでは、合格者を読み上げる。呼ばれた者は返事をするように」

 

 発表するのは滝先生ではなく、松本先生だった。どういう意図があるかはともかく、問題はその内容。

 

「まずはパーカッション」

 

 パートごとにコンクールメンバーが発表されていく。

 

「続いてクラリネット。鳥塚ヒロネ」

「はい!」

 

 そして順番はクラリネットパートに。合格者は三年生から順番に読み上げられる。そのため、発表が二年生に移ったら呼ばれていない三年生は落選、発表が一年生に移ったら呼ばれていない二年生は落選となる。

 幸いにして、クラリネットパートでは三年生、二年生共に落選者はいなかった。

 

「倉崎ひさめ」

「はい」

 

 そして、当然と言うべきか、私もコンクールメンバーに選ばれた。

 それからもサックス、フルートと順番に発表は進んでいく。晴香さんや希美先輩、みぞれ先輩もメンバーに選ばれた。

 

「次にユーフォニアム。田中あすか」

「はい!」

 

 ユーフォニアム。夏紀さんはかなり上手くなった。最初の頃に比べたら雲泥の差だ。

 

「黄前久美子」

「はい……!」

「以上2名」

 

 けれど、ダメだった。

 同世代の経験者と比べても劣ってはいない。ただ、黄前さんがそれ以上に上手かった。せめてもの救いは、二年生だから来年のチャンスがある事ぐらい。ただ、何と声をかければ良いかは、分からない。

 

「最後にトランペット。中世古香織」

「はい!」

 

 トランペットパートを最後に、全てのコンクールメンバーが発表された。三年生は全員がコンクールメンバー入り。落ちたのは一年生の初心者組と数人の一、二年生。

 

「次にソロパートの担当を読み上げる」

 

 そして、運命のソロ担当。

 

「クラリネット。倉崎ひさめ」

「……はい」

 

 クラリネットのソロはもう仕方ない。問題は他のパートだ。

『ラプソディー・イン・ブルー』のソロパートはクラリネット以外ではアルトサックスやバリトンサックス、トロンボーンやチューバ、そしてトランペット。

 トランペットを残して、他のパートのソロは順当にその楽器の最高学年の実力者が選ばれていく。バリトンサックスはもちろん晴香さんだった。

 

「最後にトランペット。高坂麗奈」

 

 周囲のざわめきに隠れるように、私は深く息を吐いた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 コンクールメンバー発表後の練習は、思ったよりも穏便に進んでいた。少なくとも表面上は。

 ただ、特に優子先輩を中心として、不満があるのが私には見えていた。いつ爆発するか分からない爆弾のように。

 

 そして、練習終わり。片付けをしていると、ある会話が耳に入ってきた。

 

「高坂ってラッパの?」

「はい、ララ聞いちゃいました」

 

 ホルンパートのメンバーが集まって会話していた、その場所へ優子先輩が近付いていくのが見えた。

 嫌な予感がして、聞き耳を立てた。どうやら、滝先生が入学前から高坂さんと知り合いだったらしいという話だった。

 確かに、部活見学の時に高坂さんは滝先生の事を既に知っているような事を言っていた。その事を踏まえると元々知り合いだったという話に矛盾は感じない。

 

 ただ、とてつもなく嫌な予感がした。

 

「優子先輩……」

「同じ実力なら、三年生を選ぶ。そうよね」

「そう、ですね……」

 

 知り合いだったから高坂さんを選んだのだと、優子先輩は言っている。この状況では、そう考えても仕方ないし、そう思いたくはないけれど、滝先生がどうせ同じならと贔屓した可能性もゼロではない。

 もうこうなってしまったら、高坂さんと滝先生が知り合いだという話が広まるのは止められない。私が何かを言ったところで直接的な解決にはならない。当事者である滝先生が良い感じに説明しなければ収まらないだろう。

 

 高坂さんの実力がみんなに分かるぐらい香織さんよりも高いならまだしも、ほとんど拮抗している状況でみんなが納得出来る理由を考えられるかは知らないけれど。

 

 ▼△▼△▼△

 

 翌日。

 昨日の練習終わりに、滝先生は余っている毛布を持ってくるように言っていた。私の家にも捨てようとして置いてあったものがあったので、持ってきた。

 その毛布を、滝先生は床に敷き詰めるように言った。余ったものは壁に貼るようにと。毛布によって音が吸収され、響かなくなるような環境を作るためだ。コンクールの本番で演奏するホールは音楽室とは比べ物にならない大きさとなる。ホールでも音を響かせる事が出来るように、少しでもその環境を再現するのだ。

 

 という事を滝先生が説明し、練習を始めようというところで優子先輩が動いた。

 

「先生、一つ質問があるんですが、良いですか?」

「なんでしょう?」

 

 今日にでも滝先生に突撃すると思っていた。やっぱり優子先輩は動くのが早い。

 

「滝先生が高坂さんと以前から知り合いだったというのは本当ですか?」

 

 ここで、滝先生が上手く答えてくれれば。

 

「事実です。父親同士が知り合いだったので、その関係で中学時代から彼女の事は知っています」

「だから、オーディションの時に贔屓したんですか」

「誰かを贔屓した事や特別な計らいをした事はありません」

「だったらなんで……!」

 

 優子先輩が声を荒げようとした時。

 注目の外側からの第三の乱入者が現れた。

 

「だったら何だっていうの……先生を侮辱するのはやめてください」

 

 高坂さんだ。話題の渦中にいる高坂さんが、その場に踏み込んだ。

 

「なぜ私が選ばれたかなんて分かっているでしょう。香織先輩よりも、私の方が上手いからです!」

 

 これは、まずい。

 想定していたものと全然違う方向へ進んでしまっている。問題は滝先生がみんなを納得させられるかどうかだったはずなのに。

 

「アンタねぇ……! 自惚れるのも大概にしなさいよ!!」

 

 優子先輩が高坂さんに詰め寄っていく。香織さんが優子先輩のそばへ駆け寄るけれど、恐らく止まらない。

 私は、音楽室の端へ。パーカッションの楽器が置いてある場所へ急ぐ。

 

「香織先輩よりも上手いなんて、どの口が!!」

「事実でしょう!? だから私がソロに選ばれた!!」

 

 ヒートアップする二人。香織さんや夏紀先輩の静止でも止まらない。

 滝先生は一体何をしてる。とめろよ。教師のくせに、何を傍観してる。

 

「ごめん、ちょっと借りる」

 

 私はシンバルを両手に、最も大きい音が出るように叩き合わせた。

 

 音楽室中に響き渡るシンバルの音。いきなりの事で意識に空白を生み、二人の動きも止まる。

 

「二人とも、やめてください」

「だって、こいつが」

「香織さんの顔を見ても、まだ言えますか?」

「っ……香織、先輩……」

 

 たぶん、ギリギリだった。これ以上続けていたら、香織さんの一線を超えるところだった。

 

「高坂さんも」

「私は間違ってないでしょう!? 選ばれなかったら意味なんてない!」

「違うよ、高坂さん。それは違う」

 

 香織さんの顔を見て、優子先輩は止まってくれた。だから、あとは高坂さんを落ち着かせないといけない。

 

「オーディションで選ばれる事は確かに大事。そのために練習を頑張ってきたんだから。でも、選ばれなくてもそれまで頑張ってきた事がなくなる訳じゃない」

「それはあなたが常に選ばれる側だったから言えるの! 私みたいな凡人は、そんな事言ってられない!」

「高坂さんだって、頑張ってきたんだよね。音を聞いたら分かるよ。きっと音楽が大好きで、その上で……」

「あなたみたいな天才が、分かったような事言わないで! 何でも出来るくせに! 私が、どれだけ……どれだけ……!」

 

 どうやって落ち着かせたら良いのか。頭をフル回転させながら、言葉を紡ぐ。

 今回の問題では、高坂さんだって被害者だ。高坂さんが滝先生に贔屓をしてもらうように掛け合うみたいなアクションを起こしていたなら話は別だけれど、さすがにそうではないと思いたい。だから、優子先輩の気持ちは分かるし、高坂さんの気持ちも分かる。高坂さんにとっては難癖をつけられたようなもので、反発したくもなる。

 そうなる前に滝先生が収めるべきだったのに。

 

 偶然ではあるけれど、高坂さんの矛先が私に向いた事で、ひとまずは優子先輩対高坂さんの構図は崩す事が出来た。

 ただ、どうすれば。

 

 その瞬間、乾いた音が響いた。

 その音の元は黄前さん。黄前さんが腕を振り抜いた形で、高坂さんの頬を叩いたのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

「あぁ〜……し、失礼しました〜……」

 

 そう言って、呆然とする高坂さんの腕を掴んで黄前さんは音楽室を出ていった。

 

「え……?」

 

 今、何が起こった? 黄前さんが高坂さんをビンタした? なんで? 

 いくつも疑問が浮かぶけれど、今はいい。

 

「皆さん、準備を続けてください。練習を始めましょう」

 

 なにを、何もなかったかのようにしているのか。

 

「……滝先生」

 

 今の件で、優子先輩も高坂さんも売り言葉に買い言葉みたいなところはあったし、仕方ない部分も悪い部分もあった。

 ただ、滝先生は違う。

 

「なんでさっき二人を止めなかったんですか」

 

 高坂さんとの知り合い云々の話は、滝先生からしても眉唾ものだったのかもしれない。あるいは、もしかしたら途中で遮られただけでみんなが納得する答えを言おうとしていたのかもしれない。

 けれど、そんな事は関係ない。

 

「すみません。突然の事で」

「ああいうのを止めるのは教師の仕事でしょ……」

 

 吹奏楽部とか、オーディションがどうとか関係なく、目の前で言い争いの喧嘩が始まったら止めるのが教師の仕事だろう。優子先輩に限ってそんな事はしないと思うけれど、何かの拍子に掴み合いや殴り合いに発展するかもしれないのに。

 何をボケっと突っ立っているのか。

 意識外からの突然の事だったとはいえ、黄前さんが明らかに暴力を働いたのに。

 

「……ちゃんとしてくださいよ。ほんとに」

 

 顧問以前に教師として。全国大会など言っていないでまずは最低限の事をしろよ。

 

「…………。あ、ごめんなさい! お騒がせしました! 準備しましょ、準備!」

 

 結局、そのまま高坂さんと黄前さんが不在のまま、不穏な空気を残して練習は進んでいった。

 

 ▼△▼△▼△

 

 あの日の一件以降、部内では滝先生への不信感がどんどんと大きくなっていくのを感じていた。

 トランペットの音はかなり目立つし、トランペットパート以外の人だって一度はその音は聞いている。だから、香織さんと高坂さんの間に差はないというのは部内での共通認識と言っても良い。

 だからこそ、余計に不満を招く。

 オーディションをするとなれば、同じぐらいの実力の人がいる事なんて日所茶飯事だろうし、それが仮に今回のようにソロであれば、どうにかしてどちらかを選ばなければならないというのは分かる。ただ、それなら香織さんで良いだろうというのがほとんどの意見。個人的な感情を無視するにしても、同じ実力の三年生と一年生なら普通は三年生を選ぶはずだ。その方がどう考えても収まりが良いのだから。

 

 全てを包み込むような優しい音の香織さんと、天まで突き抜けていくような力強い音の高坂さん。運指の滑らかさや音を当てる技術など基本的な技量はもとより、音量、キレ、抑揚と比べてもどちらが上というのはない。だから、二人に差をつけるとすれば、それは好みの差。二人の音の性質上、迫力という意味では高坂さんの方が感じやすい。それで選ばれた可能性もある。

 ただ、オクテットのメンバー全員に言える事だけれど、香織さんは本番に強い。一緒にアンコンに出たから分かるけれど、本番になったら香織さんが一歩リードする可能性が結構な確率であると私は思っている。高坂さんも本番に強い可能性はあるけれど、どの道差などないという結論に落ち着く。

 

 というか、そもそもの話。仮にほんの少し、私にも分からないぐらいの僅差で高坂さんの方が上だったとして。その少しの差を取って高坂さんをソロにするには他の部分での不利益が大きすぎる。

 部員たちの意見を無視してオーディションを強行するぐらい、なりふり構わず全国大会を目指すなどと言っているくせに、テクニック以外の事を見ていないからこんな事になる。

 そもそもソロが高坂さんでも香織さんでも金賞が銀賞になったり銀賞が金賞になったりはしない。部員全員に影響が出ている今の状況の方がコンクール目線でもよっぽど害がある。

 

 結局滝先生はこの問題に対して黙ったまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 このままでは、府大会銅賞で今年のコンクールは終わる。最悪な空気のままで。

 晴香さんたち三年生も、最悪な空気のままで引退してしまう。

 

 最後の手段が、脳裏を過ぎっては消え、過ぎっては消えていく。

 

 二者面談が始まり、やはり三者面談の時のようにスムーズに終わった。中間テストも別に悪くなかったし、進路だってとりあえずの音大というのは変わっていない。

 学校生活で悩んでいる事は、なくはないけれど。

 

 二者面談を終えて、音楽室へ。その扉のところに滝先生が立っているのが見えた。 

 

「私は、取っていいなんて一言も言ってませんよ! 戻してください!」

 

 滝先生が怒鳴っていた。

 

「戻しなさい! 今すぐに!」

 

 一体、何があったのか。

 滝先生の横を通り抜けて、音楽室の中に入る。中の空気は、いつにも増して暗かった。見渡しても、何か殊更に怒られるような事をしているようにも見えない。

 戻せという言葉が当てはまるものがあると言えば、毛布ぐらい。音を吸収する環境を再現するために敷き詰めていた毛布が畳んで片付けられていたという事ぐらい。

 

「何があったの?」

「暑いから、練習が始まるまで毛布除けてたんだけど……それを滝先生が」

 

 入口から近い場所にいた、同じクラリネットパート一年生の松崎さんに声をかけた。

 

「ハァ……もう……」

「倉崎さん……?」

 

 ここ数日は合奏練習もしていない。

 時間が解決するなんて思っているのかもしれないけれど、もう無理だ。指揮者として楽団をまとめなければならない滝先生がこれじゃ、もう無理。

 

「いいよ、みんな。そのままで。練習まだだから」

 

 ニ者面談の都合か、この場には一年生が多い。毛布を手に持っていたのもほとんどが一年生。

 私はもう、覚悟を決めた。

 

「倉崎さん。私は戻せと言ったのです」

「練習が始まるまでならいいじゃないですか」

「私は……!」

「戻せ、戻せって……そっちこそ戻してくださいよ! 合奏練習すらまともに出来ないこの状況! どうにかしてくださいよ!」

 

 滝先生に反逆する覚悟。

 そもそも最初からして好印象ではなかった。音楽の知識だけはあったのかもしれないけれど、それ以外はからっきし。この前の一件だって、始まりは貰い事故だったかもしれないけれど、そのあとの対応は全くなってない。

 

 今みたいに無駄にキレたりするのも。

 もう、いない方がいい。顧問があまり顔を出さない部活だって珍しくないのだから。

 

「全国? 笑わせないでくださいよ。こんな状況で。何もせずにそうやって無意味に怒鳴り散らすだけなら邪魔です。出ていってください。あとは私がやるので」

 

 それだけ言って、反論を待たずに私は扉を閉めた。向こう側に滝先生を残して。

 開けようと思えば開けられる扉。滝先生は、開けずに去っていった。

 

「く、倉崎……どうするのよ」

 

 さっきまで壁際にいた優子先輩が、駆け寄ってくる。

 

「すみません。つい勢いで言っちゃいました」

「それは……仕方ないと思うけど」

「でも、言ったからには責任は取ります」

 

 私が滝先生の代わりに指揮をする。

 

 さすがにここまでの事は予測していなかったけれど、何かあった時に動きやすくするために、先輩同級生問わず部のみんなからの印象が良いように立ち回ってきた。音楽的な技術があるところも見せてきた。アドバイスなどを通して指導力があるところも見せた。最初の方にやった一年生のトトロだってそう。

 合奏練習すら出来ない今のままではどうせ滝先生は役に立たない。だったらやるしかない。

 

「あぁ……晴香さんになんて説明したら良いですかね……」

「そのまま言うしかないでしょ」 

 

 ▼△▼△▼△

 

「このままではコンクールに間に合わなくなってしまうかもしれないので、ひとまずの間は私たちで自主的に合奏練習をする事にしました」

 

 みんなが集まり切る前に、晴香さんにあった事を伝えて、私の意思も伝えた。もうそれしかないと、晴香さんも納得してくれて、みんなを集めて部長として伝えてくれている。

 私は前で話す晴香さんの横に立って、その話を聞いている。

 

「それって、部長が指揮するってこと?」

「私じゃ大した事は出来ないので、ひさめちゃんに任せようと思います。知っての通り音楽の知識も豊富で、楽器への理解も深いので、良い方向へ導いてくれるはずです」

「ご紹介に預かりました、倉崎ひさめです。微力ではありますが、コンクールに向けて全力でみなさんの力になれるように尽くしますので、よろしくお願いします」

 

 紹介されたので、前に出る。

 

「この先どうなるかは分かりませんが、少なくとも今のままよりも良い方向に進めるように、ご協力をお願いします」

 

 パートリーダーや何人かの先輩は一年生のトトロの時に見に来てくれていた。だから、指導の実績みたいなものは知ってくれている。

 それに、滝先生よりはマシという考えもあっただろう。部長である晴香さんが任せるという形にしたのも良かったのかもしれない。パートリーダーが文句を言わなかった事もあってか、思ったよりもすんなりと受け入れられた。

 

「それでは、さっそくですが課題曲の頭からいってみましょう」

 

 指揮棒を持って、指揮台に立つ。

 ある程度は滝先生が指導して形にしていたから、私が滝先生と違う事を言ってしまえばどちらを信じれば良いのかという風になってしまう。だから、滝先生が指導した部分はいじらないようにしつつ、その上で完成へと近付ける必要がある。

 

「トロンボーン、最初の1から2小節、2から3小節のグリッサンドはターアー、じゃなくてタァァアッ!! って感じでお願いします。フォルテからのアクセントなので、気持ちやり過ぎぐらいでいってください。飛んじゃってもいいので、一回やってみましょう」

 

 課題曲である『プロヴァンスの風』を頭から修整していく。

 

「めっちゃいい感じです! その感覚を忘れないようにお願いします。

 ティンパニは4小節目は良い感じですが、3小節目までは少し埋もれてしまっているので、もっと自信を持っていってください。少し叩く位置がズレるだけでも響きは変わるので、もう少し手元を見るタイミングを増やしても良いかもしれません。アクセントは強く叩くというよりもマレットを速く振る事をイメージするともっといい感じになると思います。

 スネアはリムショットを意識しすぎて若干前に走っちゃってる事があるので、リムショットだけを意識しすぎないようにお願いします。リムショットはかなりいい感じなので、心配せずに堂々といってください。

 それとチューバですが……」

 

 一日で完璧にする事は出来ないけれど、とりあえず頭の方は結構良い感じに出来たのではないだろうか。

 

「かなりいい感じです! その調子でいきましょう! 本当はもうちょっとやりたいんですが、もう時間なので今日はここまでにしますね。ありがとうございました!」

 

 ひとまずは何事もなく、みんな私の指揮についてきてくれた。

 一緒に片付けをしつつ、明日からの事を考える。指導者が滝先生から私に変わる事で解消出来る不満もあるけれど、それだけでは解消出来ない不満もある。トランペットのソロ問題だ。

 このままいけば、結局当初のソロに対する不満はそのままになってしまう。そのため、テコ入れが必要だ。

 

 片付けを終えて、部員のみんながまだらに帰り始めた頃。

 

「倉崎、今時間はあるか?」

「はい」

 

 松本先生が、私を職員室へと呼び出した。

 





 ○倉崎ひさめ
 なまじ音楽関係は何でも出来るせいで、最終自分が本気で動けばどうにでも出来ると心のどこかで考えている。
 最悪、コンクールも自分が指揮者として出れば良いと思っている。

 ○高坂麗奈
 トラウマを刺激されてしまった。
 トランペットで特別にならなければならない。トランペットで負ける事は許されない。たとえほとんど差がないと分かっていても、滝先生が選んだのだから、自分の方が上手かったはずだから。
 幸運にも(?)優子との言い争い以降孤立気味だったために主人公が滝先生を追い出したという話は耳に入ってこなかった。

 ○黄前久美子
 このまま放置していたらその場に座り込んで大泣きし始めるかもしれない、なんて考えて思考リセットビンタを敢行した。

 ○滝昇
 一度退散したら、自分が指導した時よりもどんどんと良くなっていく音が聞こえてきて、戻るに戻れなくなった。
 

 次回、腹を割っての話し合いです。
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