いつか途切れた、音の続きを   作:いつかの音色

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 話し合いの時間です。



協力者

 

 

 松本先生に呼び出され、職員室。

 そこには滝先生も待ち構えていた。当然だろうとは思う。現実的な事を考えてあのまま終わる訳もない。

 

「まぁ、座ってくれ」

 

 職員室の奥の方にあるテーブルを挟んだソファーに案内された。

 私と、テーブルを挟んで滝先生と松本先生が座る形。

 

「滝先生を追い出したというのは本当か?」

「はい」

「どうしてそんな事をした?」

「日に日に悪くなっていく空気。合奏練習もままならない。挙げ句の果てには練習前の毛布というどうでも良い事で怒鳴り散らす。いない方がマシだと判断したからです」

「そうか」

 

 私がした事は、前後関係を無視すれば生意気にも顧問に怒鳴り、邪魔だと暴言を吐き、締め出して追い払うというとんでもない行ないだ。呼び出されるのも当然の流れ。

 けれど、私は間違った事をしたつもりはない。実際、今日の合奏では音が良くなった。

 

「だが、部活動とは顧問がいて成り立つものだ。監督者のいない生徒だけの活動は部活動とは言えん」

「顧問を辞めろとは言っていません。常に顧問が監督している部活ばかりではありません。それらの部活と同じように、余計な口出しをしないようにして頂ければそれで構いません」

「余計な口出しとはなんだ。確かに、常に完璧に振る舞う事は教師といえども難しい。滝先生とて少し感情的になる事もある。だが、滝先生のおかげで良い演奏が出来るようになったのもまた事実だろう」

「それを否定するつもりはありません。ただ、滝先生がやったのはそれだけですし、私の方が上手く出来る」

 

 さっきから、滝先生は一言も喋らない。

 私と松本先生だけが口を動かしている。

 

「顧問がいるのは技術指導のためだけではないぞ。部活動の運営や生徒の生活指導……」

「滝先生がそれらをしてくれた記憶はありません」

 

 松本先生の目的は分かっている。こんな生徒がいたら説教しなければならないと思うだろうし、立場的に滝先生を追い出されたままにしておく事も出来ないだろう。

 

「遠回りな事はやめてください。私は滝先生を認めない。それだけです」

 

 立場としては、私の意見は真逆。

 みんながそれで良いと言うなら構わない。けれど、今の状況を見ればそうではないだろう。そして、滝先生が果たしていた役割は私が代われる。いなくなって困る事もない。

 

「分かった。では、滝先生のどこがそんなに気に入らない? 部内の空気の悪化は滝先生のせいとは言いづらいだろう。オーディションはオーディションだ。それが滝先生であろうとなかろうと、誰もが納得する結果を得る事は難しい。確かに必要のないところで加熱してしまったかもしれないが、普段から大声も出すのは私も同じだ」

 

 確かに、いつもの松本先生は発する言葉が全て大声なのではないかと思うぐらい声が大きい。

 今はいつもと全然違う。説教するというよりは、説得をしようとしているのかもしれない。私が滝先生を認めるように。

 

「最初から全部です。音楽の知識以外の全部」

 

 改めて今の状況を考えると、生徒一人で呼び出されて目の前には顧問と副顧問。しかもその副顧問は軍曹などと陰で恐れられている先生。普通なら萎縮してしまう。

 そうならないのは、南中時代の謝罪回りの経験があったからだ。あの時の事に比べれば、これぐらい屁でもない。自分に非しかない中で顧問、同級生、先輩の何人にも謝罪して回ったのだ。向こうの方が非があるこの状況で萎縮する事はない。

 

「晴香さんへの態度。全国大会を目指すのが規定路線の極端な多数決。合奏の丸投げ。それを聞いて聞くに堪えないなどの暴言。目についたパートに演奏させてそれが良かったか悪かったかを挙手させる。伝統のサンフェスに出さないと脅す。自分たちで決めたからと全国大会を目指すという言葉を盾にする。最初に自主性と言っておきながら勝手にコンクールメンバーをオーディション制にする。そこまでなりふり構わず全国大会と言っていたのにテクニックしか見ていない。受験勉強とか余計な事にまで口を出す。部員同士の喧嘩が起こりかけたのに放置する。空気が悪いのに放置する。合奏練習すら出来ていないのに放置する。いくらでもありますよ。そんなもの」

 

 みんなが上手くなる事を楽しんでいた。サンフェスなんてまさにそれで、練習は厳しくても最高の演奏をやりきったとみんな満足していたのだ。

 だから、私個人の滝先生への思う事はあれど、みんなに合わせていた。

 

「概ね事実です」

 

 真偽を確かめるような松本先生への目線に、滝先生はただ一言そう言った。

 

「さっきから松本先生ばかり話してますけど。滝先生はどう思ってるんですか。全国に行きたい理由は、もうどうでもいいです。でも、本気で全国に行きたいなら私に任せた方が可能性は高いと思いませんか」

「部活動というものはコンクールで勝てればそれで良いという話ではない」

「私は滝先生に話してるんです。口を挟まないでくださいよ。そもそも、それは滝先生に言う言葉じゃないんですか」

「私は副顧問だ。部が間違った方向へ動こうとしているならそれを正す義務がある」

 

 部が間違った方向へ動こうとしているならそれを正す義務がある。

 部が間違った方向へ動こうとしているならそれを正す義務がある。

 部が間違った方向へ動こうとしているならそれを正す義務がある。

 

「……何もしなかったくせに」

「なに……?」

 

 考えないようにしていた。

 希美先輩が、乗り越えた過去にしたから。晴香さんたちが無力感を感じながらも、今を全力で生きているから。

 直接的に介入出来なかった私が蒸し返したところで何にもならないから。

 

「希美先輩たちにも、同じ事が言えますか。上級生の虐めを放置して集団退部を招いておいて。残った希美先輩をただ耐えるしかない状況に追い込んでおいて」

「虐め、だと……?」

「部を乱していたのは希美先輩たちだったからって、あの状況が正しい状況だったって言うんですか。おかしいですね。今部を乱してるのは滝先生の方なのに。そっちにつくんですね」

「倉崎……」

「言っておきますけど、私は滝先生よりもあなたの方が許せないんですよ、松本先生。希美先輩がどれだけ……分かりますか? 泣いてたんですよ……! 私の、私なんかの前で!」

 

 余計な感情を持ちたくなかったから、考えないようにしていた。

 今年に赴任してきた滝先生はともかく、松本は去年も副顧問だった。つまり、あの事件の時にも副顧問という力を持った地位にいたのだ。

 なのに、なんとか出来るだけの力を持っていたはずなのに、何もしなかった。

 

「偉そうにグチグチ言ってるくせに、虐めに対しては何もしなかった!」

 

 思い出すだけで、胸が痛くなる。

 あの時、力になれたらどれだけ良かったか。あの時ほど、無力感を味わった事はない。どうにか出来るだけの力があればと、何度も思った。

 何度も、何度も。何度も、そう思った。

 

 ▼△▼△▼△

 

「…………。もういいですか。帰ります」

 

 溢れ出したものが、なかなか止まらなかった。

 いくらかの言葉を吐き出した後、精神が落ち着いてきたところで席を立った。

 

「待ってくれ」

「なんですか」

「すまなかった」

「何がですか」

「今さら何をと思うかもしれないが、謝罪させてほしい」

「謝る相手は、私じゃないでしょ」

「分かっている。だが、大切な人を傷付けられ、心を痛めたのだろう。そうさせてしまった事には変わりない。申し訳なかった」

 

 歩み寄りの姿勢は見せているのだろう。

 このまま帰ってもいい。過去の出来事。それも部外者であった私に謝ったところでどうにかなる訳でもない。

 けれど、今の私があるのは晴香さんだけではなく、私の身勝手な謝罪を受け入れてくれた希美先輩たちがいたから。 

 

「……それで。なんで虐めを放置したんですか」

 

 ひとまずは再び座る事にした。

 

「こう言うと言い訳に聞こえるかもしれないが、そこまでの状況になっているとは知らなかったんだ。もちろん、傘木たちと上級生たちが衝突し、集団退部があったという事は把握していた。だが、意見が合わずに対立する事はよくある事だ。あの一件も、そうしたものだと認識していた」

「顧問の先生に言ったと聞きましたけど」

「前の顧問の先生とは折り合いが悪くてな。その先生は私が関わると萎縮してしまう性格だった。だから、私はほとんど吹奏楽部の活動には介入しなかった。もう少し、踏み込んでおくべきだったと後悔している」

「つまり、松本先生の耳に入ってなかったって事ですか」

「端的に言うと、そうだ。すまなかった」

 

 副顧問にまで言わなかった希美先輩たちが悪かったのか、とか。浮かんだ言葉はあったけれど、飲み込んだ。

 

「…………。何の話でしたっけ」

 

 吐き出す言葉はもう吐き出した。

 私だって松本先生と言い争いがしたくてここに来ている訳じゃない。

 

「……今の部活動の状況の話だな」

「別に私は滝先生が指導してもしなくてもどっちでも良いんですよ。私個人が滝先生をどう思っていてもそんな事、みんなには関係ないですし。私はただ、みんなに嫌な思い出のまま終わってほしくないだけなんですよ」

「それは分かる。ただ、このままでどうするつもりなんだ。コンクールにも出られないだろう」

「指揮者は生徒でも出来るので問題ありません。申し込みの段階で顧問として出場させないなんて言うなら話は別ですけど、それならそれでこっちにも考えがあります」

 

 コンクールに出る事自体は何の問題もない。コンクールの規定でも生徒が指揮者をする事は認められている。

 サンフェスの時のように出場させないなどと言い出したなら、それこそ徹底抗戦になる。使えるコネは全て使って出場させるし、それでも駄目ならPTAでも教育委員会でも何でも巻き込んでやる。

 

「滝先生が認めれば良いですか?」

「認めると言ってもな……」

「そろそろ滝先生がどう思ってるのか聞かせてくださいよ」

 

 そもそもは私と滝先生の問題。滝先生の行ないは部活動全体への問題ではあっても、滝先生を追い出した事自体は私と滝先生の二人の間の問題だ。

 

「そうですね……正直に言うと、何時間も準備してきた自分の指導がほんの少しの時間で上回られてしまった時は自分の存在意義を考えさせられてしまいました。教師として不甲斐ないのは貴女もご存知の通りですが、合奏の指導者としても不要だと突き付けられた事はなかなかに堪えました。私よりも貴女の方がより良い音作りが出来るという事に異論はありません。部を纏める力も、恐らく貴女の方がよほど優れているのでしょう」

「滝先生……」

「認めてくれるんですか?」

「私は、全国大会に出場するために出来る事は全てやると約束しました。それが最善だとするならば、私が降りる事も仕方がないのかもしれません」

「なら、正式にそういう事で進めましょう」

 

 滝先生がちゃんとした顧問、ちゃんとした指揮者として戻ってくるならそれでも良い。ただ、本人が私の指揮で進める事を認めるならその方が話は早い。

 

「今日のところはもう良いですか? もう時間も時間ですし」

「そうだな……引き留めてすまなかった。明日、また話せるか?」

「練習後なら」

 

 そうして、私は職員室を後にした。

 晴香さんや希美先輩たちに先に帰っておいてもらって良かった。心配して待ってると言ってくれたけれど、どういう話の流れになるか分からなかったから、先に帰ってもらったのだ。

 途中、声を荒げてしまったから、本当に良かった。少し前の自分の判断を褒めたい。

 

 ▼△▼△▼△

 

 夜の学校を抜けて、校門を越えたところに二つの人影があった。

 もしかして晴香さんか誰かが待っていてくれたのかと一瞬期待したけれど、その正体は高坂さんと黄前さんだった。

 

「……滝先生を追い出したって本当なの」

 

 なぜか手を繋いでいるところには気になるものの、少し面倒な事になったと思った。

 私に対する敵意が見える。以前から知り合いだった滝先生を追い出したとなれば、私に対して反感を持ってもおかしくない。

 

「うん、本当だよ」

「なんで、そんな事……!」

「理不尽に怒鳴り散らしてたから、つい」

「理不尽は……そっちでしょ!」

 

 完全に、頭から抜けていた。

 高坂さんは私に対して思うところがあると、優子先輩とぶつかった時に言っていたはずだったのに。

 

「私にないもの、全部持ってるのに……滝先生まで取らないで!」

 

 高坂さんが滝先生をただの顧問ではなく、特別な人だと思っているのはもう明白。知り合いだったと言っても本当に顔を知っている程度なのか、あるいは一緒に食事をしたりする程には親しいのか、私には分からない。

 この取り乱し様では、高坂さんにとっての滝先生が私にとっての晴香さんのような存在である可能性すらある。

 

「麗奈、落ち着いて」

「……滝先生だけは……返して」

 

 どういう関係なのかは気になる。ただ、今のこの状況で踏み込む事は出来ない。

 高坂さんも大切な仲間の一人だ。傷付けたくはないし、遺恨を残すような事もしたくない。

 

 また、覚悟を決めなければならない。

 

「大丈夫。今、話し合ってるところだから。みんなが納得して滝先生が戻って来られるように、絶対するから」

 

 オーディションまではなんとか良い感じに回っていたのだ。顧問を追い出したというこの状況が不健全である事には変わりない。みんなが納得する形で滝先生が十全に指揮してくれるのが、一番収まりは良い。

 

 難しいけれど、やるしかない。

 

「不安にさせてごめん。でも、なんとかするから。ちょっとだけ待ってて」

 

 頭の中で計画を練り直す。

 この状況から、滝先生が戻って来られるような流れを。

 

「もう暗いから気を付けてね。また明日!」

 

 いずれちゃんと話をしなければならないと思いつつも、早々に会話を打ち切って、私は帰路についた。

 

 ▼△▼△▼△

 

 翌日、放課後の練習後。

 晴香さんには、滝先生に戻ってもらうプランでいくと伝えた。その方が良いだろうと晴香さんも納得してくれたから、あとはその方向へ上手く導ければ。

 

「すみません。昨日はあんな事を言ったんですが、やっぱりよく考えてみたら滝先生に戻ってきてもらう方が良いと思いました」

「そうか……」

 

 松本先生は賛成してくれるだろう。

 問題は滝先生だ。昨日の時点で指揮を降りる事を納得している様子だったから、今さら戻る気はないなんて言い出されても困る。それに、戻る気になっても、以前のままでは困る。

 

「ただ、あのままでは駄目だという考えは変わっていないので、滝先生には今の状況をなんとかしてもらう必要があります」

「それが必要だと言うならば、戻りましょう。ですが、昨日も言った通り、私には貴女以上の指揮は出来ません」

「でも、私が指揮をしていたら私が奏者として出られない。『ラプソディー・イン・ブルー』でいくなら、私は奏者で出る方が良いはずです」

 

 滝先生が戻った方が良い理由は考えてきた。

 全国大会出場を目指して勝ち進むという視点で考えれば、冒頭のクラリネットソロは私でいった方が確実だ。ヒロネさんでも問題はないだろうけれど、審査員への良い印象は私の方が与えられるだろうし、ヒロネさんも私の代わりにソロをする事にそこまで乗り気じゃないというのもある。

 このまま私の指揮でいくならヒロネさんも最後は派手に奏でてくれるとは思うけれど、私がやった方が安心してくれるとは思う。

 

「確かにそうですね。貴女ほどの奏者を温存出来るほどの余裕は北宇治にはありません」

「なので、滝先生には指導に戻って頂きたいです」

 

 私が滝先生を追い出したという事実はあっても、私が指揮をしているのはあくまで今の状況がなんとかなるまでという体になっている。滝先生が戻る土台はある。

 

「ただ、昨日みたいな相応しくない振る舞いはやめてください。私が戻ってきてもらう方が良いと言ったのは、戻ってきた上で諸々の問題を解決してほしいという意味です」

 

 これは絶対の条件。そうでなければ、認められない。たとえ高坂さんとぶつかる事になっても。

 

「一応、昨日の件がなかったとして、滝先生はどうするつもりだったのか聞いてもいいですか? 時間が解決してくれるという方向だったのか、あるいは何か行動を起こそうと思っていたのか」

「そうですね……私に対する不満の多くはオーディションの結果に起因するものだと考えています。なので、希望者に再オーディションを行うのはどうかと考えました」

「再オーディションをして結果が変わるんですか?」

「部員全員の前での公開オーディションを考えていました。部員全員の挙手などで決めれば文句も出ないと」

「香織さんと高坂さんの間に誰が聞いても分かるぐらいの実力差があるならまだしも、ほとんど差のない二人の音を聞いても決められないと思います。そうなった場合、票は香織さんに流れます」

 

 滝先生を戻すなら、敵対的な態度は邪魔になる。

 滝先生の事は、共に部を良くする協力者として扱う。私からだって歩み寄って、協力しなければならない。

 

「その形式で再オーディションをすると、たぶん香織さんが選ばれて、その場合せっかく一度は選ばれた高坂さんが可哀想です。しかも、高坂さんの視点で見ると滝先生には選ばれたのに部員たちに蹴落された形になります。良い結果にはならないと思います」

 

 滝先生が言った部員が選ぶ形式だと十中八九香織さんが選ばれる。その時の高坂さんの心情を考えると、あまりに可哀想だ。個人的には香織さんの方が良いと思ってはいるけれど、だからといって高坂さんにそんな思いをしてほしい訳ではない。

 

「香織さんじゃなくて高坂さんをソロに選んだ理由を聞いてもいいですか?」

「技量では甲乙をつけられませんでしたが、この曲には高坂さんの力強い音が合っていると考えました」

 

 まぁ、そんなところだろうと思う。

 その曲にどんな音が合っているかというのも、ある程度の方向性はあっても突き詰めていけば好みのようなものだ。合奏は指揮者が作っていくのだから、指揮者の好みを反映するのはある意味当然ではあるとはいえ。

 

「倉崎は何か良い考えがあるのか?」

「元々トランペットソロ問題は私が指揮をしたところでぶつかる問題でしたから。考えてはいます」

 

 そう。結局私が指揮をしたところでトランペットの編成は変わらないのだから、ソロの問題は未解決のままなのだ。だから、その問題をどうにかする方法は考えなければならなかった。

 

「これを」

 

 バッグから紙束を取り出してテーブルに置いた。

 五線譜が並び、トップには『ラプソディー・イン・ブルー』の文字。全てのパートの楽譜が書かれているフルスコアだ。

 

「これは……」

 

 そのほとんどは滝先生が用意したものと変わりはない。私が変えたのは、ほんの一部だけ。

 

「高坂さんと、中世古さんのソロ……」

 

 主にトランペットソロの部分を変えた。

 

「どこまでも届きそうな力強い高坂さんの音も、全てを包み込むような優しい香織さんの音も、両方生かさなければ勿体ないと思ったので。二人それぞれの音に合ったソロパートを作ってきました」

 

 楽譜の表示もただのsoloではなく、高坂solo、中世古soloに。

 

「幸い自由曲ですから、編曲の自由度はありますし。どちらか一人で香織さんではなく高坂さんを選んだから不満があっただけで、みんな高坂さんが上手い事自体は認めています。元のものに比べてソロのパートが減った訳でもありませんし、これならみんな納得してくれるはずです」

 

 どちらか一人を選ぶのではなく、両方選ぶ。

 私に出来る中で一番の解決策は、これぐらいしかなかった。

 

「どうですか」

「……驚かされてばかりですね。編曲も、貴女に任せておけば余計な混乱は避けられたかもしれません」

「次からは、言ってくれたらやりますよ」

「そうですか……冗談のつもりだったのですが」

 

 ひとまず、解決策は提示した。

 あとはこれを持って滝先生が良い感じに振る舞ってくれるのを期待するしかない。

 

「それ、滝先生が編曲した事にしていいので、それで空気も評価も取り返してください」

「そんな。これを自分の手柄にする事は出来ません」

「私がやったと言ったら、じゃあ私で良いじゃないかという声が出るかもしれません。滝先生が反省して案を持ってきたという形にする方が丸く収まります」

「倉崎、献身は美徳だが、何事も行き過ぎは良くないぞ」

「この程度は献身でも何でもないですよ。趣味の一環みたいなものです」

 

 この程度の事は苦労でも何でもない。

 そんな事よりも部の平穏の方がよっぽど大丈夫だから。

 

「今まで生意気な事を言ってすみませんでした。これからは一緒に部を良くしていきたいです」

 

 だから、こうして歩み寄る事だって。

 

 晴香さんたちを傷付けたりしない限りは。

 

 





 ○倉崎ひさめ
 滝先生の代わりに指揮をするつもりだったが、麗奈の様子を見て方針を転換した。
 オクテットのメンバーの方が付き合いは長いため、香織と麗奈のどちらかを選ばなければならないなら香織を選ぶが、それはそれとして麗奈も大切な仲間である事には変わりない。
 滝先生がした事(晴香への態度、部の空気悪化)も松本先生がした事(去年何もしなかった事)も別に許してはいないが、部を良くするためには余計な感情なので忘れるように努めている。

 ○滝昇
 今のところあらゆる分野で主人公に上を行かれている。かなりの時間をかけて準備したものをアドリブで追い越されるという理不尽を味わった。
 恐らく原作よりも麗奈と分かり合える。

 ○黄前久美子
 麗奈の手を握って付き添い。
 
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