機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「ねえ、お兄ちゃん……。そんなに食べたくないなら、私がもらってあげてもいいんだよ?」
Space Ark(スペース・アーク)の狭い食堂。Reece Arno(リズ・アノー)が、プラスチックのトレイに乗った味気ないレーションを突き回している僕を、横目でのぞき込んできた。避難民に配られる食事は、合成タンパク質の塊みたいな肉に、水分を吸いすぎたパスタ。でも、今の僕には、その味を感じる機能すら壊れてしまったみたいだ。
「……いや、食べるよ。体力がないと、ガンダムを動かせないからな」
「ふーん。やっぱりガンダム、ガンダム……。もう、あの白い機械とお見合いでもすればいいんじゃない?」
リズはぷいっと顔を背けて、自分の分のパスタを口に放り込んだ。頬を膨らませて咀嚼するその姿は相変わらず小動物みたいで萌えるはずなんだけど、今の僕には彼女の不機嫌の理由が、セシリーへの嫉妬だけじゃないことも分かっていた。リズも怖いんだ。僕がガンダムという非日常に飲み込まれて、どんどん遠いところへ行ってしまうのが。
宇宙世紀0123年3月19日。
全チャンネルの電波が塗り替えられ、Frontier Ⅳ(フロンティア4)は完全にCosmo Babylonia(コスモ・バビロニア)の支配下に入った。テレビのニュース映像には、見慣れた街並みを背景に、あの「鷲の紋章」を掲げた兵士たちが整列している姿が映し出されている。
そしてその中心には、真白な軍服に身を包んだ、Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)……いや、Berah Rona(ベラ・ロナ)がいた。
「——私は、祖父Meitzer Rona(マイッツァー・ロナ)の遺志を継ぎ、高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)を果たすことを誓います」
モニターの中の彼女は、僕とワルツを踊った時のあの弱々しい少女じゃなかった。凛として、冷徹で、手の届かない宇宙の果てに行ってしまったような、完璧な「女王様」の顔。
「……嘘だろ、セシリー」
僕は思わず立ち上がった。拳を握りしめすぎて、手のひらに爪が食い込む。Bio-Computer(バイオ・コンピュータ)のノイズが、脳裏に直接響くような錯覚。あんなのは、僕の知っている彼女じゃない。あんな綺麗な仮面を被らされて、彼女が笑えるはずがないんだ。
「シーブック、出撃だ! 哨戒中の敵機がこっちに向かってる!」
食堂に響き渡るBirgit Pirjo(ビルギット・ピリヨ)の怒声。僕はリズの制止を振り切るように、ハンガーへと走り出した。
Gundam F91(ガンダムF91)のコクピットに滑り込む。ハッチが閉じる瞬間の静寂。これまでは恐怖の象徴だったこの狭い空間が、今は唯一、僕がセシリーの隣に並ぶための資格をくれる場所に思えた。
「システム・オールグリーン。……Seabook Arno(シーブック・アノー)、F91、出ます!」
カタパルトから射出された瞬間、バイオ・コンピュータが僕の「怒り」を吸い上げて、機体全体へと循環させる。モニターに映る黒い宇宙を横切る、三筋の光。
「来たか……コスモ・バビロニア!」
敵機、XM-02(ベルガ・ダラス)。指揮官用の高機動型だ。
全高15.8mに対し、出力3290kW、推力合計52030kg。背部のシェルフ・ノズルは、独立した3基のスラスターが可動することで、従来のMSでは不可能だった急激な方向転換を可能にする。
なぜこの時期、サナリィだけでなくブッホ・コンツェルンまでもが小型化を急いだのか。それは、既存の連邦軍基地や輸送艦の設備をそのまま利用しつつ、積載効率を最大化させるという戦略的意図があったからだ。加えて、MCA(マルチ・カセット・アクチュエーター)技術による反応速度の向上。これこそが、物量で勝る連邦軍を少数精鋭で駆逐するための、ロナ家によるロジカルな解答だったんだ。
「——貴様のような子供が、なぜその機体を扱える!? その意志の強さは、どこから来るのだ!」
パイロット、Annamarie Bruge(アンナマリー・ブルージュ)の「意思」が、刺すような鋭さで僕の脳を突いた。彼女もまた、ベラ・ロナという存在に、複雑な憎悪と憧れを抱いている。バイオ・コンピュータが、言葉以前の感情の奔流を突きつけてくる。
「……僕は、ただの学生だ! でも、君たちがセシリーに嘘をつかせるなら、僕がその仮面をぶち壊してやる!」
F91が、僕の叫びに呼応するように、フィン・ノズルから高熱の排気を噴き出した。出力制限をバイオ・コンピュータが勝手に解除していく。機体の輪郭が、熱で、あるいは加速による「残像」で、陽炎のように揺らぎ始める。
アンナマリーの驚愕の思念。僕は敵機の懐に飛び込み、そのショット・ランサーを叩き折った。
「僕は……僕は、彼女を諦めない!」
爆発の光が、コクピットを白く染める。でも、その光の向こう側に、僕は見た気がした。豪華な宮殿のバルコニーで、一人、震えているセシリーの心の色を。
宇宙世紀0123年3月19日。
僕は初めて、自らの意志で「敵」を排除した。セシリーを取り戻す。その決意が、僕を学生から戦士へと、残酷に変貌させていく。
「……待ってろ、セシリー。今すぐ、君のところへ行くから」
F91のバイオ・コンピュータが、冷たく、けれど優しく、僕の戦意を肯定するように輝いていた。