機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
第12話で宇宙の闇からセシリーを救い出し、死闘を終えたシーブック。第13話では、戦火が収まった後の静かな、けれど確かな「日常」への帰還と、新たな一歩をメタ表現なしで描き出します。
第13話:再会のパン、あるいは未来へのパスワード
「……お兄ちゃん、いつまで寝てるの! ほら、セシリーさんがもう来ちゃってるんだからね!」
Reece Arno(リズ・アノー)の、遠慮のかけらもない叫び声が、僕の安眠を無残に引き裂いた。僕は重い瞼をこじ開け、Frontier Ⅰ(フロンティア1)の仮設住宅の天井を見上げた。
宇宙世紀0123年4月。
あの激戦から、1ヶ月近くが経とうとしている。
「……リズ、朝から声が大きすぎる。それと、部屋に入る時はノックしろって……」
「ノックなら3回したよ。返事がないから、お兄ちゃんがガンダムのBio-Computer(バイオ・コンピュータ)に脳みそ吸い取られて死んじゃったのかと思って、確認しに来てあげたの」
腰に手を当て、勝ち誇ったように笑うリズ。彼女の着ているショートパンツは、避難生活で少し汚れてしまったけれど、その生意気なまでの元気さは、あの殺人円盤BUGB-01(バグ)の恐怖を乗り越えた何よりの証拠だ。僕はふらふらと起き上がり、食卓へと向かった。
そこには、Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)がいた。
かつてのBerah Rona(ベラ・ロナ)としての凛々しい軍服ではなく、フロンティア・サイドの一般市民が着る、飾り気のないブラウスとスカート。でも、そのシンプルさが、彼女の透明感のある美しさをかえって際立たせている。いわゆる素材の良さによる「萌え」というやつだ。
「おはよう、シーブック君。……まだ、顔が赤いよ? 疲れが取れてないんじゃない?」
「おはよう、セシリー。……いや、昨日の夜まで、Strategic Naval Research Institute(サナリィ)の連中に機体の引き渡しデータの整理を手伝わされてたんだ」
僕はセシリーの隣に座り、リズが淹れてくれた、少し苦すぎる合成コーヒーを啜った。
Gundam F91(ガンダムF91)は、今、フロンティア1の奥深くで厳重に保管されている。
全高15.2m、出力4890kWという、それまでのMS開発における「大型化・高火力化」の限界を打ち破った機体。サナリィがAnaheim Electronics(アナハイム・エレクトロニクス)の技術独占を崩し、連邦軍の軍事予算削減に適合させたこの小さな巨人は、兵器としては完成形に近い。
母、Monica Arno(モニカ・アノー)は相変わらず研究に没頭していて、時折僕に「あの時の脳波パターンの再現をしてほしい」なんて無茶なメールを送ってくるけれど、僕はすべて無視している。
今の僕は、パイロットじゃない。セシリーの隣で不味いコーヒーに顔をしかめる、ただの学生に戻ったんだ。
「ねえ、二人とも。今日は、Frontier Ⅳ(フロンティア4)に戻るシャトルが出る日でしょ? ……セシリーさんの、お家……見に行かなくていいの?」
リズの言葉に、食卓が少しだけ静かになった。コスモ・バビロニアの軍勢は撤退し、ロナ家の人々も多くが姿を消した。でも、彼女が過ごした「パン屋の2階」や、あの「学園祭の思い出」は、戦火の中でどうなったのか。
「……行こう。僕も、自分の目で確かめておきたいんだ。僕たちが、何を守りたかったのかを」
僕たちは復興の進むコロニー内を抜け、シャトルへと乗り込んだ。窓の外に見える、かつての戦場。あんなに巨大に見えたXMA-01(ラフレシア)の残骸も、今は宇宙のゴミの一部として静かに沈んでいく。
フロンティア4に降り立つと、そこには驚くほど「普通」の光景が広がっていた。瓦礫の撤去が進み、人々は再び日々のパンを買い、明日への愚痴をこぼしている。僕たちが命を懸けて守った日常は、こんなにもしぶとく、そして逞しい。
「……あ、あった。お兄ちゃん、見て! パン屋さん、燃えてないよ!」
リズが指差す先。セシリーの父が経営していたパン屋。看板は少し欠けているけれど、そこには確かに、あの懐かしい匂いの記憶が残っていた。セシリーは、店の扉にそっと手を触れた。
「……私、ここでやり直すわ。ロナの名前じゃなく、セシリー・フェアチャイルドとして。いつか、シーブック君やリズに、本当に美味しいパンを食べてもらうために」
セシリーの瞳には、もう迷いはなかった。女王としての重荷を脱ぎ捨てた彼女は、今、一人の少女として根を張ろうとしている。
「……ああ。楽しみにしてるよ。その時は、僕が店のエレクトロニクスの修理を、タダで引き受けてやるから」
僕の言葉に、セシリーが花が綻ぶように笑った。リズが「私は試食係ね!」と割り込み、僕の腕にぎゅっとしがみついてくる。
宇宙世紀0123年4月。
戦火は去り、歴史は再び、小さな名もなき人々の歩みへと戻っていく。僕はまだ、バイオ・コンピュータが見せた「人の心の光」を忘れていないけれど。それ以上に、今、この腕に伝わるリズの体温と、セシリーの笑顔を、一生かけて守っていこうと思う。
「——お兄ちゃん、お腹空いた! 今日はパン屋さんの復活祝いで、豪勢にいこうよ!」
「わかったよ。……僕の財布がもてば、だけどな」
青い空が見える。人工の太陽が、新しく始まる僕たちの日常を、等しく照らしていた。