機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……お兄ちゃん、これ。……母さんから届いた、新しい『おもちゃ』だって」
Reece Arno(リズ・アノー)が差し出してきたのは、1枚の薄いメモリーチップだった。Frontier Ⅰ(フロンティア1)の風は、戦後1ヶ月が過ぎて少しずつ硝煙の臭いが薄れてきたけれど、代わりに復興という名の、落ち着かない埃の匂いが漂い始めている。
僕はチップを指先で弄んだ。母、Monica Arno(モニカ・アノー)は今、Lunar Surface Base(月面基地)のサナリィへ戻っている。あのBUGB-01(バグ)を止めたGundam F91(ガンダムF91)が叩き出した驚異的な稼働データは、保守的な連邦軍上層部の連中を震え上がらせ、彼女を「救国の技術者」という名の象徴に仕立て上げた。けれど、息子である僕に届くのは、いつもこんな冷たい電子の欠片だけだ。
「……何が入ってるんだ? またBio-Computer(バイオ・コンピュータ)の最適化パッチか?」
「さあね。でも、母さん言ってたよ。『シーブックなら、この意味がわかるはずだ』って。……相変わらず、可愛げのない母親だよね」
リズがベッドの端に腰掛け、足をぶらぶらさせる。その仕草はあの戦火を潜り抜ける前と変わらないように見える。けれど、リズが時折遠い空を見上げて、聞こえるはずのないバグの回転音に耳を澄ませるようにして震えているのを、僕は知っている。
ポータブル端末にチップを差し込んだ。画面に浮かび上がったのは、複雑な数式やMCA(マルチ・カセット・アクチュエーター)の構造図ではない。1枚の、古いデジタル写真だった。そこには、まだ幼い僕とリズ、そして少しだけ若くて、今よりもずっと母親の顔をしていたモニカが、ひまわり畑の中で笑っていた。
「……これ、母さんの田舎の?」
「みたいだね。僕も、こんな顔して笑ってたんだな」
母は、この写真を送ることで伝えたかったんだろうか。ガンダムを作ったのも、バイオ・コンピュータを完成させたのも、すべてはこの日常を守りたかったからだ……なんて。あまりにも勝手な言い訳だ。でも、今の僕には、その「勝手さ」が少しだけ愛おしく感じてしまった。
「——シーブック君、入るよ?」
ノックの音とともに、Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)が入ってきた。今日の彼女は、リズが選んだ淡いブルーのワンピースを着ている。
「……素敵な写真。シーブック君、この頃から、困ったような顔をして笑うのね」
「うるさいな。……セシリー、君の方はどうなんだ? ロナ家との因縁の整理は、うまくいってるのか?」
セシリーは力強く頷いた。「ええ。Annamarie Bruge(アンナマリー・ブルージュ)さんが動いてくれてるわ。彼女、連邦軍との橋渡し役を買って出てくれたの。……彼女も、自分の居場所を探してるみたい」
あのプライドの塊のような女性兵士が、今やセシリーの最大の理解者になっている。バイオ・コンピュータが繋いだのは、戦うための意思だけではなく、こうして生き残った者たちの「明日への覚悟」だったのかもしれない。
「……ねえ、お兄ちゃん。私、決めたんだ」
リズが突然立ち上がって僕を指差した。「私、学校に戻ったら、エンジニアの勉強をする。母さんや、お兄ちゃんが守ろうとしたものを、今度は私が、自分の手で直せるようになりたいから」
妹が、自分と同じ「機械の道」を歩もうとしている。それが少しだけ誇らしく、そして少しだけ心配で、僕は思わず彼女の頭を乱暴に撫で回した。
「いい志だ。……でも、僕より先に天才エンジニアなんて呼ばれるなよ?」
笑い声が、狭い仮設住宅の部屋に満ちる。宇宙世紀0123年4月下旬。フロンティア・サイドの物語は、ここで一度幕を閉じる。
Gundam F91(ガンダムF91)は、全高15.2m、出力4890kWという異次元のスペックを誇り、AE(アナハイム・エレクトロニクス)の大型機が支配していた時代に「高機動化」というロジカルな終止符を打った。だが、バイオ・コンピュータが最後に弾き出した最適解は、敵を撃破することではなく、宇宙の闇に消えかけた大切な人の鼓動を見つけ出すための、極めて人間的な「感応」だった。
もう、白い翼は必要ない。僕の隣には、喧しい妹と、大切な少女がいる。それだけで、この不自由な宇宙を生きていく理由は十分すぎるほどにあるんだから。
「——さあ、お兄ちゃん。セシリーさんが作ってくれたサンドイッチ、全部食べないと承知しないんだからね!」
「わかった、わかったよ……。セシリー、君も食べるだろ?」
「もちろん。……一緒に食べよう、シーブック君」
繋いだ手の温もりが、どんなバイオ・センサーのデータよりも鮮明に、僕の「生」を肯定していた。