機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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初夏の回路、あるいは再会のプレリュード

「……あ、シーブック君。ちょうどいいところに。この配線、ちょっと見てくれない?」

 

Frontier Ⅰ(フロンティア1)の再建された居住区、その片隅にある小さな作業場。Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)が、油のついた手で前髪をかき上げながら僕を呼んだ。宇宙世紀0123年、初夏。後の歴史が「コスモ・バビロニア建国戦争」の序盤と記録する激動の時代だけど、今の僕たちの世界は、この4畳半ほどの空間に集約されている。

 

「……セシリー、だからそれはベーキングオーブンの配線じゃなくて、緊急用通信機の予備電源だって。何度言えばわかるんだよ」

「あら、似たようなものじゃない。どちらも熱や言葉を伝えるための回路でしょう?」

 

セシリーは茶目っ気たっぷりに笑って、テスターを僕に押し付けた。彼女は今、パン屋の再建準備のかたわら、ジャンク屋の手伝いをしている。かつての女王としての威厳はどこへやら、今の彼女は、僕が指摘するたびに「むっ」と頬を膨らませる、等身大の女の子だ。その無防備な仕草に、僕の脳細胞は戦場とは違う意味でオーバーヒートしそうになる。

 

「——おーい、二人とも! いちゃつくのはそこまでにして、私の話を聞いてよ!」

 

作業場のドアを蹴破るような勢いで入ってきたのは、Reece Arno(リズ・アノー)だ。彼女の手には、ボロボロになった一冊の雑誌。『週刊・月面通信』。その表紙には、Strategic Naval Research Institute(サナリィ)が発表した次世代MSのコンセプトアートが載っていた。

 

「見てよ、これ! 母さんが監修したんだって。……お兄ちゃんが乗ってたF91よりも、もっと細くて、もっと速そうなやつ!」

「……リズ、僕はもう機体の話はお腹いっぱいなんだ。今は、このオーブンの修理の方が大事なんだよ」

 

僕は苦笑いしながら、リズの頭を軽く小突いた。でも、リズの瞳は真剣だった。

 

「……違うよ。私が言いたいのは、母さんのこと。……母さん、近いうちにこっちに来るって。サナリィの出張所を作るための視察で」

 

リズの言葉に、作業場の空気が一瞬で張り詰めた。Monica Arno(モニカ・アノー)。僕たちを戦火の中に置き去りにし、ガンダムという名の運命を押し付けた母親。戦いの中で一度は和解したつもりだったけれど、いざ日常の中で再会するとなると、どう向き合えばいいのか僕にはまだ分からない。

 

「……シーブック君、行こう? 会わなきゃいけないわ。……モニカさんは、あなたにガンダムを渡したけれど、同時に、私をあなたの元へ導いてくれた人でもあるんだから」

 

セシリーが、僕の手をそっと握った。彼女の掌は、戦場での冷たいレバーの感触とは違う、柔らかくて、生きている人間の温かさだった。

 

宇宙世紀0123年6月。フロンティア・サイドには、再び不穏な風が吹き始めていた。ロナ家の残党や連邦軍の再編。歴史の歯車は、僕たちの都合なんてお構いなしに回り続けている。

 

Gundam F91(ガンダムF91)が証明したMSの小型化という解答は、今や時代のスタンダードになりつつある。全高15.2m、出力4890kWというスペックが、なぜこれほどまでに軍部の注目を集めたのか。それは軍縮が進む地球連邦政府にとって、1機あたりの維持コストを下げつつ、単機で戦局を覆し得る「効率的な兵器」こそが、唯一のロジカルな生存戦略だったからだ。この流れは、アナハイム・エレクトロニクスの独占を崩し、技術革新を加速させていく。

 

けれど、僕はもう、一人で戦うパイロットじゃない。

 

「……わかったよ。リズ、セシリー。……三人で、母さんを迎えに行こう。美味しいパンの匂いでもさせてさ」

 

僕がそう言うと、リズが「やったー!」と叫んで僕の背中に飛びついてきた。セシリーも、眩しそうに窓の外の人工太陽を見上げている。

 

宇宙世紀の長い夜は、まだ明けない。この先、また戦火が僕たちを襲うかもしれないし、僕が再びF91のシートに座る日が来るのかもしれない。でも、今の僕には、守るべき日常がある。家族がいる。それだけで、Bio-Computer(バイオ・コンピュータ)の導きよりもずっと正確に、僕は未来への道を歩んでいける。

 

「——さあ、お兄ちゃん! ぐずぐずしてると、母さんに『データの無駄遣い』って怒られちゃうよ!」

「……わかってるって。行こう、僕たちの明日に」

 

僕たちは、小さな作業場を後にした。人工の風が、セシリーの髪と、リズの笑い声を、新しい季節へと運んでいった。

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