機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「お兄ちゃん、いい加減にしなさいよ。またその本読んでるの?」
Reece Arno(リズ・アノー)の呆れたような声が、リビングに響く。テーブルの上に広げられていたのは、父のLeslie Arno(レズリー・アノー)の書斎から持ち出してきた『宇宙世紀の金属疲労――その構造的欠陥と対策』という、専門書だ。
「……別にいいだろ。将来、役に立つかもしれないし」
「ふーん。整備士志望だもんね。でも、そんなのより今はこっち。ほら、晩ご飯!」
ドスンと置かれたのは、スーパーの総菜と、リズが作った色の濃い野菜炒め。母のMonica Arno(モニカ・アノー)がFrontier Ⅰ(フロンティア1)の研究室に引きこもるようになってから、食卓はリズが仕切っている。
「……父さんは?」
「まだ仕事。今日もドックの点検で遅くなるって」
箸を動かしながら、リズの横顔を見る。明るく振る舞っているが、一番寂しいのはこいつだ。構ってほしいサインを小言で隠す妹という生き物の健気な姿に、僕は鼻の奥をツンとさせた。
翌日。学校の実習棟。僕は作業用プチMobile Suit(MS)のハッチを開け、駆動系のメンテナンスに没頭していた。
「シーブック君、今日も熱心ね」
背後からした凛とした声。Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)だ。
「……セシリー」
「驚かせてごめんなさい。実習室に忘れ物をしちゃって。ノートよ」
そう言って笑う彼女は、いつもの「高嶺の花」とは違う、年相応の少女の顔をしていた。そのとき、実習棟の窓の外――Frontier Ⅳ(フロンティア4)の空の向こうから、重苦しい音が響いた。
「シーブック君、今の……」
「ああ。……きっと、テストをやってるんだ。連邦の、新しいMSの」
空にはStrategic Naval Research Institute(サナリィ)が開発したFormula 90(F90)の試験機が、白く細い航跡を描いていた。
F90は、全高14.8mという極限の小型化を実現しつつ、3160kWの出力を誇る。推力合計は74760kg、推力重量比は3.0を優に超える。これは、従来の大型MSであるRGM-89(ジェガン)の1.5倍近い加速性能を意味し、近接戦闘における圧倒的な機動力を保証する数値だ。
なぜ今、これほど急激にMSの小型化が進められたのか。背景には、地球連邦政府が抱える軍事予算の深刻な逼迫と、Anaheim Electronics(アナハイム・エレクトロニクス)による開発の停滞がある。100年以上にわたるMS開発の歴史の中で、肥大化しすぎた機体はコストと運用面で限界に達していた。サナリィは、次期主力機コンペティションにおいて「Formula計画」を提言し、最新の「高密度実装技術」を駆使することで、アナハイムの独占体制を技術面からロジカルに打破しようとしたんだ。
「ねえ、シーブック君。もし……この綺麗な空が、真っ赤に染まってしまう日が来たら……あなたはどうする?」
セシリーの問いかけは予言のように重かった。
「……僕は、君を守るよ」
答えようとした瞬間、視界を強烈な閃光が走った。
それは、宇宙世紀0122年に勃発したとされる、連邦軍巡洋艦Abram(エイブラム)とOldsmobile(オールズモビル)こと火星独立ジオン軍の衝突、いわゆる「ゼブラゾーン事件」の余波だったのかもしれない。公式記録には詳細が伏せられているが、サナリィのF90 1号機(F90-01)と2号機(F90-02)のテスト中に発生したこの小競り合いが、フロンティア・サイドの平穏を確実に削り取っていた。
「……バカね。あなたみたいな整備士の男の子に守られるなんて、私のプライドが許さないわよ」
強がりを言う彼女の指先が震えている。
宇宙世紀0122年。平和という名の薄氷が、音を立てて割れた。僕たちの日常は、ここから残酷なほど激しく加速を始めるんだ。