機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……相変わらずだな、キンケドゥ。その、女子供を守るために全力を出す甘い戦い方は。だが、それこそが私の愛した『気高き戦士』の末路というわけか」
宇宙を切り裂くような通信。モニターに映し出されたのは、かつてFrontier Ⅳ(フロンティア4)の戦場を共にした男、Zabine Chareux(ザビーネ・シャル)の不敵な笑みだった。宇宙世紀0128年。木星の影が忍び寄るZebra Zone(ゼブラゾーン)の宙域で、僕——Kinkedo Now(キンケドゥ・ナウ)は、黒いベルガ・ギロスと対峙していた。
「……ザビーネ。あんたこそ、まだその貴族主義という名の幻想に縛られているのか。僕には、あんたが時代に取り残された幽霊に見えるよ」
僕は、Crossbone Gundam X1(クロスボーン・ガンダムX1)の操縦桿を強く握りしめた。公式設定、U.C.0128年。Cosmo Babylonia(コスモ・バビロニア)内での権力闘争が激化し、ザビーネ率いるBlack Vanguard(黒の戦隊)は、Berah Rona(ベラ・ロナ)の穏健派路線に異を唱え始めていた。彼にとってベラ様は導くべき象徴であり、僕はその象徴を「ただの女の子」に戻そうとする不純物でしかない。
「——問答無用! 貴殿がベラ様を惑わすというのなら、この私が引導を渡してやる!」
XM-05(ベルガ・ギロス)のショット・ランサーが、X1の胸元をかすめる。この機体は出力3660kW、推力合計84440kgを誇る指揮官用高機動MSであり、対MS戦闘に特化したショット・ランサーは、弾薬の誘爆によるコロニー内ダメージを避けつつ敵機を確実に「暗殺」するための武装だ。Bio-Computer(バイオ・コンピュータ)がかつてない速度で敵の殺気を演算し、僕の脳内に直接死のイメージを叩き込んできた。
でも、今の僕にはあのラフレシア戦のような迷いはない。僕の隣には、通信越しに聞こえるReece Arno(リズ・アノー)の懸命なナビゲートがある。
「キンケドゥ! 右からもう一機くるよ! 反動で姿勢を制御して、ビーム・ザンバーで斬り払って!」
「——わかってる! 頼むぜ、リズ!」
僕はスラスターを最大出力で噴射し、X1をABCマント(アンチ・ビーム・コーティング・マント)のように翻らせた。X1(型式番号:F97)は全高15.9m、出力5280kW。背部に配置された4基の大型可動スラスターは、木星圏の高重力を克服するために設計されたもので、従来のAMBAC(アンバック)作動を遥かに凌駕する超高機動を実現している。なぜこの時期、Strategic Naval Institute(サナリィ)が極秘裏に海賊へとこの機体を供与したのか。それは連邦軍が公式に動けない木星帝国の野心に対し、実戦を通じたF90シリーズの次世代データの収集というロジカルな利害が一致した結果だった。
「……何ッ!? この私と互角以上に渡り合うというのか。……その機体、サナリィの新型か!」
「新型だろうが旧式だろうが関係ない! 僕が守りたいのは、あんたが崇める象徴なんかじゃない。……一人の少女が、エプロンを付けてパンを焼けるような、そんな当たり前の日常なんだ!」
僕の叫びが、真空の宇宙に響く。ザビーネの瞳に激しい嫉妬と怒りが宿る。
「……パンを焼くだと? ベラ様にそのような卑俗な真似をさせるというのか! 貴様……万死に値するッ!」
激突する二つの光。ショット・ランサーとビーム・ザンバーが火花を散らし、僕たちの意思が物理的な衝撃となって互いのコクピットを揺らす。でも、僕には確信があった。自分のプライドのために戦うザビーネと、誰かの日常のために戦う僕。どちらの情熱が強いか、その答えはもう出ている。
「——これで、終わりだ!」
僕はX1のBrand Marker(ブランド・マーカー)を起動し、敵の懐へと飛び込んだ。腕部のビーム発生器を格闘用武器に転用したこの武装は、敵の装甲を内部から焼く。ザビーネの驚愕に満ちた顔がモニターに映る。僕が放った最後の一撃は、彼のMSを破壊するのではなく、その歪んだ貴族の仮面を叩き割るためのものだった。
爆光。ベルガ・ギロスは沈黙し、黒い機体は宇宙の彼方へと流されていく。僕は荒い息を吐きながら、操縦桿から手を離した。
「……キンケドゥ。勝ったんだね」
リズの声に、僕は小さく頷いた。
「ああ。……でも、これは始まりに過ぎない。セシリーの元へ行くための、長い航海のね」
僕は、ポケットの中に隠したバックアップ・チップを指先でなぞった。名前を捨て、海賊となった男の20番目の物語。それは、かつての自分を殺し、愛する人の未来を創り出すための、無慈悲な決着の記録。