機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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絶対領域の境界線、あるいはバーナムの影

「……ねえ、お兄ちゃん。さっきから何ジロジロ見てるわけ?」

 

放課後のショッピングモール。エスカレーターのステップ1段分、僕より高い位置に立つReece Arno(リズ・アノー)が、不機嫌そうにスカートの端をギュッと押さえた。白のニーハイソックスと短めのプリーツスカートの境界線。その黄金比とも言える視覚的完成度に、工業学生としての美的感応を禁じ得なかっただけなのだが。

 

「見てないよ。ただ、そのソックス、左右で数ミリ食い込み方が違うなと思って」

「……サイテー。キモい。死ねばいいのに」

 

リズは頬を真っ赤にして、僕の脛を思いっきり蹴飛ばした。この罵倒さえも生活のリズムの一部に感じられるのだから、僕も相当毒されているのかもしれない。

 

そんな兄妹のやり取りを遮るように、モールの巨大ビジョンが切り替わった。映し出されたのは、Buch Junk Inc.(ブッホ・ジャンク社)を中心とする巨大企業の若き指導者、Hauzerly Rona(ハウゼリー・ロナ)の演説だ。

 

「——連邦という巨大な慣性が、宇宙の民を窒息させようとしている。我々には、新たな秩序が必要なのだ」

 

彼の背後には、見たこともない意匠のMobile Suit(MS)が整然と並んでいた。後にCrossbone Vanguard(クロスボーン・バンガード)の主力となるDen'an Zon(デナン・ゾン)の前身、私兵集団Burnham(バーナム)が運用するXM-01(デナン・ゾン)プロトタイプだろう。

 

この機体は、連邦軍のRGM-89(ジェガン)が全高19.0m、出力1870kWであるのに対し、16.8mという小型化を先行して実現している。特筆すべきは、その頭部に備えられたハイブリッド・センサーだ。これは中世の騎士の兜を模した意匠だが、実際には格闘戦時の索敵精度を極限まで高めるための「プロの道具」だ。3200kWもの高出力を誇る熱核反応炉をこのサイズに収めた技術力こそが、後のコスモ・バビロニア建国を支える軍事基盤となる。連邦軍が平和の享受に呆け、AE(アナハイム・エレクトロニクス)との癒着により機体の大型化・高コスト化を許していた隙に、ブッホ・コンツェルンは「宇宙における白兵戦」に特化したこの合理的な怪物を完成させていたんだ。

 

「……なんか、この人、怖いね」

 

さっきまで怒っていたリズが、不安そうに僕の袖を掴んだ。僕はリズの手を握り返した。母さんはFrontier Ⅰ(フロンティア1)の研究室、父さんのLeslie Arno(レズリー・アノー)はドック。僕がこの手を離したら、リズを支える人間は誰もいなくなる。

 

「あ、シーブック君。リズちゃんも」

 

不意に、澄んだ声がした。Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)だ。今日の彼女は淡いブルーのワンピース姿で、その眩しさは安っぽいモールの背景から浮き上がって見えた。

 

「セシリー……。買い物?」

「ええ。父……パン屋の仕事で使う、特別なスパイスを探しにね」

 

セシリーは少しだけ目を伏せて笑った。僕は知っている。彼女の義父、Theo Fairchild(シオ・フェアチャイルド)がブッホ・コンツェルンと深く繋がり、彼女自身がその血脈の呪縛に苦しんでいることを。

 

「ねえ、シーブック君。あそこに映っている機械……どう思う?」

 

セシリーがモニターのXM-01を指差す。僕は整備士志望の視点で見つめた。

 

「……効率的すぎる。連邦の機体には汎用性を求めた『遊び』があるけど、あれにはそれがない。特定の目的のために、人間をただのパーツとして扱うような設計思想だ」

「……そう。あなたには、そう見えるのね」

 

セシリーの瞳が悲しげに揺れた。

 

「もし、あの機械が私の迎えに来たとしたら……シーブック君、あなたはそれを『修理』してくれる? それとも……」

 

そこから先の言葉を、彼女は飲み込んだ。僕には、宇宙を覆おうとする巨大な意思に抗うための剣も翼も、まだ持っていない。

 

「——お兄ちゃん、帰ろう。なんだか寒気がする」

 

リズが僕の腕に抱きついてきた。セシリーはいつもの「お嬢様」の微笑みに戻り、背を向けて歩き出す。その背中が、どこか遠い異国へ去っていく旅人のように見えて、僕は思わず手を伸ばしかけた。

 

宇宙世紀0122年。Strategic Naval Research Institute(サナリィ)が打ち上げた観測用の小さな光が空に冷たく輝く中、公式記録の裏側で、僕たちの日常と絶望が静かに混ざり合い始めていた。

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