機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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バイオ・コンピュータの胎動、あるいは虹色の地獄

「お兄ちゃん、またお母さんの部屋の掃除? 物好きだよね、帰っても来ない人の部屋なんて、放っておけばいいのに」

 

背後から飛んできたReece Arno(リズ・アノー)の言葉は、相変わらず遠慮を知らない。僕はハンディ掃除機を止めて振り返った。リズはドアフレームにもたれかかり、ショートパンツから伸びる足を交差させて僕を見ている。母が不在となってから、この部屋の空気は止まったままだ。

 

「……別に物好きじゃないよ。埃が積もれば機械の調子が悪くなる。それと同じだ」

「はいはい、出た。エンジニア様のありがたいお言葉。……でもさ、その『機械』は、もうここにはないんだよ?」

 

リズの視線の先には、母のMonica Arno(モニカ・アノー)が自宅作業に使っていた旧式端末の跡がある。宇宙世紀0121年、Frontier-Side(フロンティア・サイド)の空気は日に日に重苦しさを増していた。母はStrategic Naval Research Institute(サナリィ)のFrontier Ⅰ(フロンティア1)研究所に詰め切りで、父のLeslie Arno(レズリー・アノー)もドックの管理で帰宅が稀だ。僕とリズの二人きりの日常は、何かが決壊する直前の静水面のようだった。

 

「ねえ、お兄ちゃん。……これ、落ちてたよ」

 

リズが差し出してきたのは1枚の記憶チップだった。母のデスクの脚の下に隠されていたものだ。僕が自分の端末に繋ぐと、画面には膨大な計算式と回路図が浮かび上がった。

『Bio-Computer(バイオ・コンピュータ)――感情フィードバックによる最大稼働の抑制と解放』

 

「……これ、母さんの……」

 

目を通すうちに嫌な汗が流れた。従来のMobile Suit(MS)のコンピュータは人間を「命令を出す部品」として扱ってきたが、母が作ろうとしているのは違う。機械が人間の感情を読み取り、状況を「色」や「感覚」として人間にフィードバックする。それはサイコフレームのような人を飲み込む魔力ではなく、徹底的に人間が主導権を握るための「対話」の記録だった。

 

なぜサナリィは、これほどまでに高度な、そして危ういシステムをこの時期に求めたのか。背景には、地球連邦軍が直面していた「パイロットの質的低下」という深刻な問題がある。小型・高出力化したFormula(F)シリーズの機体性能は、もはや並のパイロットが扱える限界を超えていた。そこで、複雑な機体制御を人間の直感で補完するバイオ・コンピュータの完成が急務となったんだ。これは連邦軍内でのサナリィの地位を、技術的優位によって盤石にするための政治的軍事的な「心臓部」でもあった。

 

チップの隅には『U.C.0097:不死鳥捕獲作戦の記録より――魂の同調は物理的限界を超越する。これを論理の籠に閉じ込めることは可能か?』というメモがあった。

 

「……何これ、数字ばっかり。見てるだけで頭痛くなっちゃう」

 

リズが僕の肩に顎を乗せて覗き込んできた。シャンプーの甘い香りがしたが、今の僕にその萌えを享受する余裕はない。その瞬間、コロニー壁面を震わせる鋭い衝撃波が走った。

 

「ひゃっ……!」

 

リズが悲鳴を上げて僕の腰にしがみついてくる。宇宙世紀0122年初頭、Oldsmobile(オールズモビル)こと火星独立ジオン軍と連邦軍第13実験戦術部隊の戦いは、ついにこのコロニーの近海まで迫っていた。

 

「大丈夫だよ、リズ。ただの演習かデブリの衝突さ」

 

嘘だ。宇宙では新しい力が産声を上げようとしている。母さんが作るF91、そしてCecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)を連れ去ろうとする「鷲の紋章」の影。

 

「お兄ちゃん……どこにも行かないでね」

 

涙を浮かべるリズ。普段は生意気な妹が見せる剥き出しの脆弱さは、どんなMSの装甲よりも脆く、守るべきものだった。

 

「ああ、約束するよ。ずっとリズのそばにいる」

 

窓の外では、F91(ガンダムF91)の先行試作機、あるいはF90V(F90ヴェスバータイプ)のものと思われる虹色の残光が尾を引いていた。それは美しすぎる地獄への招待状に見えた。

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