機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「ねえ、お兄ちゃん。……その、どうかな? 変じゃない?」
鏡の前で、Reece Arno(リズ・アノー)がそわそわしながら自分のスカートを直している。今日の彼女はいつものショートパンツ姿じゃない。Frontier Ⅳ(フロンティア4)のハイスクールで開催される学園祭のための、パーティドレス姿だ。淡いピンクの生地が、リズの子供っぽさと、ほんの少しの女性らしさを引き立てている。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
「……ああ、似合ってるよ。リズにしては、100点満点中、120点くらいだ」
「なにそれ、意味わかんない。……でも、ありがと」
宇宙世紀0123年3月。後の歴史書が「平穏の終焉」と記すその時まで、あと数日にも満たない。でも、この時の僕たちは、そんな絶望のカウントダウンなんて微塵も感じていなかった。
学園祭の喧騒。模擬店のソースが焦げる匂いと、ブラスバンドの演奏。僕は人混みの中で、無意識に彼女の姿を探していた。
「シーブック君、見つけた」
そこにいたのは、Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)だった。ダンスパーティのために真白なドレスに身を包んだ彼女は、神々しいほどに美しく、どこか遠い場所の王女様のようだ。
「……セシリー。すごく、綺麗だ」
「ありがとう。……でも、なんだか少し、怖いの。この服を着ると、自分じゃない誰かになってしまいそうで」
セシリーの背後には、今日もあの黒い車と、鋭い目つきの男たちが控えている。彼女の養父、Theo Fairchild(シオ・フェアチャイルド)が、Buch Junk Inc.(ブッホ・ジャンク社)との取引を成立させるための準備を終えようとしていることを、僕はまだ知らない。
「1曲、踊ってくれる?」
差し出された手を取り、ダンスホールに流れるワルツに乗る。指先から伝わってくる彼女の体温と震え。それは切実なSOSのように感じられた。
「シーブック君。……もし、私が明日から別の名前で呼ばれることになっても、あなたは私のことを,セシリーって呼んでくれる?」
「……当たり前だろ。セシリーは、セシリーだ。君が誰になっても、僕は君を……」
その時、ダンスホールの天井の向こうから、空気を切り裂くような高周波の音が響いた。
キィィィィン……。
僕のバイオ・コンピュータに対する知覚が、異常な警告を発する。それは、Crossbone Vanguard(クロスボーン・バンガード)が誇る最新鋭機、XM-01(デナン・ゾン)の駆動音だ。
デナン・ゾンは、全高14.0mという超小型サイズながら、出力3020kW、推力合計49460kgを叩き出す。この機体の最大の特徴は、対MS戦に特化したショット・ランサーの装備だ。これは弾薬の誘爆によるコロニーへのダメージを最小限に抑えつつ、敵機を確実に沈めるための「暗殺者」の武装だ。
なぜブッホ・コンツェルンは、これほど急激にMSのダウンサイジングを完成させたのか。それはロナ家が提唱する「コスモ・貴族主義」の実現に向け、既存の地球連邦軍主力機であるRGM-89(ジェガン)を骨董品に変えるための、ロジカルな技術革命だった。19m級の大型機に対し、14m級の小型機が圧倒的な機動力で懐に飛び込む戦闘。この「質的転換」こそが、サナリィのFシリーズすら凌駕せんとするロナ家の野望の証明だったんだ。
「シーブック君……?」
「……セシリー、下がって!」
反射的に彼女を抱き寄せた直後、港湾部から巨大な爆発音が響き渡る。
「お兄ちゃん!」
人混みの向こうからリズが必死に呼ぶ声。右手にセシリー、左手でリズを抱きしめた。この二つの温もりを守るために、僕は間もなく、母のMonica Arno(モニカ・アノー)が作ったF91(ガンダムF91)に乗ることになる。
宇宙世紀0123年3月16日。あの日から始まった惨劇。日常が真っ赤な戦火に飲み込まれるまで、あと数分。セシリーのドレスの白さが、目に焼き付くほど眩しかった。
「行こう。……生き残るんだ」