機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「お兄ちゃん、離さないで! 絶対に離さないでよ!」
Reece Arno(リズ・アノー)の悲鳴が、焦げたタイヤの臭いと硝煙が立ち込める避難路に響く。僕の左手にはリズの細い手首。右手にはドレスの裾を翻して必死に走るCecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)の手。さっきまでのワルツの余韻なんて、頭の上をかすめていった対空砲火の衝撃波で、綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
連邦の公文書には「Frontier Ⅳ(フロンティア4)襲撃」と無機質に記されるその惨劇は、僕にとっては「リズの震え」と「セシリーの涙」という、二つの重すぎる現実として始まった。
「……あ、れ……?」
セシリーの声が漏れる。視線の先、崩落したビルの影から現れたのは、中世の騎士のような面を被った巨大な鋼鉄の塊だった。
XM-01(デナン・ゾン)。
Buch Junk Inc.(ブッホ・ジャンク社)が、平和を謳歌していた僕たちの日常を「掃除」するために送り込んだ、最新鋭の殺戮機械だ。そのモノアイが僕たちを捉える。逃げ場なんて、どこにもない。
でも、その時だ。
「こっちだ、若いの! ぐずぐずするな!」
瓦礫の山を割り、不格好な履帯の音を立てて現れたのは、骨董品のような旧式機だった。Roy Jung(ロイ・ユング)館長が駆る、Guntank R-44(ガンタンクR-44)。
全高10.3mという極小サイズのこの機体は、かつてサナリィがMS小型化の試作案として提示した歴史的遺産だ。僕たちは転がるように、その窮屈で鉄錆の匂いがする機内へと飛び込んだ。
「ひゃっ、狭いっ! お兄ちゃん、誰かが僕の足を……!」
「悪いリズ、それは僕の膝だ。我慢してくれ!」
狭いコクピット内での、意図せぬ密着。リズの柔らかな感触や、セシリーの香水の匂いが、この絶望的な状況下で場違いなほど鮮明に伝わってくる。
「シーブック君……見て。あのモビルスーツ……泣いているみたい」
セシリーの指先がモニターを指す。画面の中では、迎撃に出た連邦軍の主力機、RGM-89(ジェガン)が、紙細工のように無惨に切り刻まれていた。
ジェガンの出力1870kWに対し、デナン・ゾンは3020kW。この決定的な出力差に加え、デナン・ゾンには最新の360度全周囲モニターが標準装備されている。既存の大型機では捉えきれない高機動戦闘。なぜこの時期、これほど急激に小型化が進められたのか。それはAE(アナハイム・エレクトロニクス)の技術停滞を逆手に取り、既存のインフラに適合しつつ性能を極限まで高めるという、ロナ家による「軍事パラダイムの転換」が結実した結果だったんだ。
「……セシリー、目をつぶって。見ちゃダメだ」
僕は彼女の肩を抱き寄せた。その瞬間、ガンタンクの船体が大きく揺れ、火花が散った。ロイ館長が叫び、機体は無理やりFrontier Ⅰ(フロンティア1)方向へと舵を切る。そこにあるのは、サナリィの研究施設。そして、母のMonica Arno(モニカ・アノー)が遺した機体。
「お兄ちゃん、どこに行くの? 怖いよ……もう、帰りたいよぉ」
リズが僕の胸に顔を埋めて泣き出す。僕はリズの背中を撫でながら、自分の中にある「何か」が、カチリと音を立てて切り替わるのを感じた。母さんが、Bio-Computer(バイオ・コンピュータ)に込めた「人間を信じる」という言葉。それを証明するために。
「リズ、セシリー。……僕は、あそこにあるガンダムに乗る」
僕の言葉に、二人が同時に顔を上げた。セシリーの瞳に、深い絶望と、微かな期待が混ざり合う。ガンタンクがドックに滑り込む。目の前には、まだ一部の装甲が剥き出しになったままの、白いモビルスーツ。
Gundam F91(ガンダムF91)。
それは萌えや日常なんて言葉を完全に拒絶する、圧倒的な「戦う意志」の塊だった。僕はリズの手を離し、ハッチへと手をかけた。
「待ってて。必ず、二人を安全な場所に連れて行くから」
時計の針が、運命の11時05分を指した。
僕、Seabook Arno(シーブック・アノー)は、バイオ・コンピュータの導きに従い、ガンダムのシートに座った。システムが僕の感情を吸い込んでいく。世界が、一瞬で「色」を変えた。