機動戦士ガンダムF91 パン屋の俺が宇宙海賊になって、最推しのヒロインを処刑台から奪い去る話   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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逃亡者の刻印、あるいは牙の研磨

「……お兄ちゃん、もういいよ。そんなに自分を責めないで」

 

Space Ark(スペース・アーク)の、カビ臭い簡易ベッドの上。Reece Arno(リズ・アノー)が僕の膝を優しく叩きながら、そう言った。僕は、油の染みた軍手を握りしめたまま、ただ床の冷たいリベットを見つめていた。

 

宇宙世紀0123年3月17日。

Frontier Ⅳ(フロンティア4)から命からがら逃げ出した僕たちが収容されたのは、地球連邦軍の練習艦スペース・アークだった。艦内は避難民で溢れ返り、怒号と赤ん坊の泣き声、そして消毒液の匂いが混ざり合って、僕の感覚を麻痺させていく。Cecily Fairchild(セシリー・フェアチャイルド)を助けられなかった。あの白いガンダムに乗っていながら、僕は彼女が闇に消えていくのを、ただ見ていることしかできなかったんだ。

 

「……責めてないよ。ただ、この機械(ガンダム)の調整を完璧にしておかないと、次はないからな」

「嘘ばっかり。そうやって、また『男の子の顔』して、自分をいじめてる。……ねえ、お兄ちゃん。私のこと、見てよ」

 

リズが僕の顔を両手で挟み込み、無理やり自分の方を向かせる。涙を堪えた、真剣な瞳。その瞳の奥には、セシリーを失った僕への気遣いと、同時に、自分だけを見てほしいという妹特有の独占欲が透けて見えた。いつもなら茶化すはずのリズが、今は僕の「拠り所」になろうとしてくれている。その健気さが、今の僕には痛いくらいに萌えて、そして辛かった。

 

「——シーブック、いるか」

 

ハッチを開けて入ってきたのは、Birgit Pirjo(ビルギット・ピリヨ)だった。彼は僕の同級生でもなんでもない、正規になりたてのパイロット候補生だ。

 

「……ビルギットさん。何か?」

「サナリィの連中が、ガンダムのBio-Computer(バイオ・コンピュータ)のチェックをしたいってさ。……それと、艦長代理から呼び出しだ。お前を『正規の戦力』として登録するってよ」

 

戦力。僕は思わず、自分の手を見た。昨日の学園祭ではパンを焼くセシリーに何て声をかけようか悩んでいた、ただの学生の手。それが今は、連邦軍のIDカードを握らされようとしている。

 

「……僕は、兵隊になるつもりはありません。ただ、みんなを守るために乗るだけで……」

「甘いこと言うなよ。あんなバケモノみたいな機体を動かせるのは、この艦じゃお前だけなんだ。……セシリーって子を取り戻したいんだろ? だったら、四の五の言わずに『牙』を研げ」

 

ビルギットの言葉は、正論すぎて反論の余地もなかった。彼は、僕がセシリーに対して抱いている感情を「恋」なんて綺麗な言葉じゃなく、「奪われたものを取り返す執念」として定義したんだ。

 

僕は立ち上がり、リズの頭を一度だけ撫でてから、ハンガーへと向かった。そこには、戦闘で負った傷を隠すようにライトに照らされたGundam F91(ガンダムF91)が鎮座していた。

全高15.2m、出力4890kW。このF91が、なぜこの時期に急いで小型化を完了させる必要があったのか。それは地球連邦軍の財政事情と、AE(アナハイム・エレクトロニクス)によるMSの大型化・高価格化という歪な構造に対する、サナリィによる政治的な挑戦だった。Strategic Naval Research Institute(サナリィ)は、小型化することで母艦の積載効率を上げ、同時に18m級MSを凌駕する反応速度と出力をMCA(マルチ・カセット・アクチュエーター)によって実現した。この「小さな巨人」こそが、旧弊な連邦軍が生き残るための唯一のロジカルな解答だったんだ。

 

「……母さん。あんたは、僕がこうなることを望んでたのか?」

 

機体の装甲に手を触れる。バイオ・コンピュータが僕の体温に反応して、微かな電子音を鳴らした。昨日とは違う。今の僕には、この冷たい鋼鉄の感触が、唯一、セシリーと繋がっていられる「絆」のように思えた。

 

フロンティア1の研究所にいるはずの母、Monica Arno(モニカ・アノー)。そして、フロンティア4を制圧したロナ家の城へと連れ去られたセシリー。僕は今、その中間地点にある、逃亡者の船にいる。

 

宇宙世紀0123年3月17日。

スペース・アークは、フロンティア・サイドの暗い宙域へと滑り出した。僕の「日常」は、ここで完全に終わりを告げた。ここから先は一分一秒が、生き残るための計算と、奪い返すための闘争の記録になる。

 

「……待っててくれ、セシリー」

 

僕はF91のコクピットに潜り込み、ハッチを閉じた。バイオ・コンピュータが、僕の孤独を静かに戦闘データへと変換し始めた。

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