SAOif 仮想剣豪譚(バスタード・サーガ)   作:ケモミミ推し

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第一話「第一印象の8割は顔らしい in迷宮区」

 

 

薄暗い遺跡風のダンジョンに、甲高い金属音が響く。

石造の壁を鉄剣で何度も叩くと、その音を聞きつけた何者かの地面を擦るような足音が鳴った。音が接近する方向に向き直った男は一人、至って冷静に手元のウィンドウに目を落とした。

__ポーションは残り二本、武器の耐久残り三割と少し。予備の剣も有り。

撤退まであと二回は戦えると踏んだ男はウィンドウを閉じ、これまで幾度となく敵を両断してきた愛剣「アニールブレード+8」を握り直す。

 

アインクラッド第一層迷宮区。その最奥部に続く通路にて、男はただ静かに敵を待つ。接近する足音はだんだんと鮮明になり、荒々しい獣の息遣いすら混じる。音の主は、迷宮区に出現するmobの中で最も強力な「ルインコボルト・トルーパー」、その数三つ。

古代エジプト風の装飾を身に着けたコボルド共が、こちらを視認するや否やギャアギャアと吠え声を上げた。嫌になる程聞いたそのノイズが喧しくて、軽く舌打ちを鳴らしてから無造作に歩み寄る。

 

「...ギャァァッ!」

 

最前列にいたコボルドは特に好戦的な個体だったらしく、ドリアンに棒を刺したような両手棍を振り上げたまま一直線に突進する。

彼我の距離が縮まり、今まさに獰猛な一撃が振り下ろされんとしたその刹那、所々に設置された松明でぼんやりと照らされる砂色の壁面に、一際強く赤い輝きが反射する。

男は既に、自らの得物を振り切っていた。

粗雑な棍棒を弾かれた犬頭のモンスターが大きく仰け反るように体制を崩し、致命的な隙を晒す。すかさず鈍色の長剣を腰溜めに構え、空色のライトエフェクトを纏わせる。

 

単発斜め斬り【スラント】。

 

吸い込まれるように命中した蒼刃は、無防備に晒された赤い肌に吸い込まれるように命中した蒼刃は、腰から反対側の肩までをバッサリと両断した。

明確な痛撃を食らったコボルドは、通常の被弾よりも長き硬直を強いられることになった。その致命的な隙を見逃さず、クリティカルヒット特有の大袈裟なライトエフェクトを振り払うように一歩前に出た男は、右上に振り切ったまま剣を返し、今度は大上段に構えた長剣を力任せに振り下ろす。

 

単発垂直斬り【バーチカル】。

 

「クオォォォン...」

 

二撃のソードスキルによってHPを完全に削られた一体目のコボルドは弱々しい断末魔を上げながら爆散する。果敢に続く二体目、三体目も、焼き直しのように二撃のソードスキルを叩き込んで危なげなく撃破。

計三体のコボルドを倒したと同時に、薄暗い迷宮区に似合わない明るい電子音が響き渡った。

剣を握った男の前に表示されたウィンドウには、レベルが上がったことを示す『Lv.12→Lv.13』という文字列が浮かんでいる。

 

「...フー...」

 

続いてウィンドウを操作して今日の目的を達成したことを確認した男は高い天井を仰ぎ、通路の真ん中で深く息を吐く。煙草の一つでも吸いたい気分だが、生憎とこのアインクラッドで煙草に類するアイテムはまだ発見されていない。仮想世界に閉じ込められるなんてことにも驚かされたが、まさかゲームの中で禁煙させられることになろうとは夢にも思わなんだ。

ともあれ本日のレベリングは終了した。後は撤退するのみとなったが、男の意識は未だ戦闘モードから降りていなかった。戦闘の途中から感じていたノイズの方向へ向き直り、短く誰何(すいか)する。

 

「誰だ?」

 

無警戒に近付いてきた足音の数は一つ、モンスターとは明らかに違う動きから、十中八九プレイヤーだろう。しかし声をかけても無反応、かといって逃げるでもないとなればいよいよ怪しい。もしやPKかと剣を握る右手に力を込め、ゆっくりと歩み寄ろうとして...

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

男よりは小さく、しかしコボルドとは確実に違う人影___剣を背負った一人の少年が曲がり角から飛び出した。

男と同じ長剣「アニール・ブレード」を背中に吊り下げ、薄い皮鎧だけを装備した軽装のプレイヤー。防御力を度外視した攻撃偏重の装備構成もそうだが、男より一回り以上小さく細い身体、長い前髪から覗く幼なげな顔はどことなくナイーブで、全体的に頼りない印象を受ける。

 

「俺は敵じゃない、プレイヤーだ!」

「...いや_____すまん」

 

てっきり悪質な角待ちモンスターかと思っていたために、曲がり角から飛び出したのが年下の少年だと判明した結果、過負荷を訴えた男の脳内CPUが謝罪の言葉を絞り出すまで、たっぷり二秒はかかった。

 

「いや本当、驚かせちゃったな。申し訳ない」

「...いや、こっちこそすまない、後を尾けるような真似して...」

 

男は、そこまで会話が得意な方ではない。具体的には、緊張すると何を言えばいいのか分からなくなるタイプのコミュ障である。

しかしこちらは成人済みの大学生、眼下の青年が混乱してしまっていることにすら気付かない歳ではない。意識を接客バイトモードに切り替えて、なるべく明るい口調を心がけながら口を開く。

 

「隠れて見てたろ。何か、気になることでも?」

「あぁいや、単純に邪魔しちゃ悪いかな、と...」

「なんだそっか、なら良かった」

 

___何が良かっただよ意味わかんねーよ。あーほら「何言ってんだコイツ」って顔されてんじゃんマジでなんでこんな会話下手かな俺????

 

「...じゃあな、お互い死なないよう気をつけよう」

 

突然発生した『年下と仲良くお話ししよう』という高難度タスクは、今日一日の戦闘よりも神経を使って尚失敗に終わった。

なるべく自然に会話を切り、気まずさから逃げるようにその場を後にする。

 

「...待ってくれ!」

「ど、どした」

「最後、なんでソードスキルを使ったんだ?」

 

男を呼び止めた少年から、唐突な質問が飛び出した。

 

「最後にトルーパーの武器をパリィした時、既にレッドゲージだったじゃないか。...なんでわざわざ【バーチカル】を使ったんだ?」

 

トルーパー、パリィ、レッドゲージ。

一般的には普及していない横文字の羅列だったが、しかし男の頭にはストンと降りてきて、そこで漸く男は彼の意図を察した。それと同時に、少年に対して親近感すら湧いてきたほどだった。

 

「普通に斬るよりSSメインの方がスキル上がりやすいだろ? 別に君が知らない高効率レベリングとかじゃないから、安心しな」

「__! そうか、ありがとう」

 

男は出口に、少年は迷宮の奥へ、どちらともなく歩いていく。互いのぎこちなさは、とうに氷解していた。

なんのことはない。ゲーマー同士でしか分からない端折った会話によって、お互いが同類であるということを理解したというだけだ。

 

歩きながらマップに目を落とす男の足取りは、一転して軽い。そこ原因はレベルアップのためか、はたまたこんな場所で自分と同じようなゲーマーに会えたからなのかは分からない。なんとも言えない妙な高揚感を抱えながら、男は出口へと歩みを進めるのだった。

 

 

 


 

 

 

「___ってことがあってさ。まさか迷宮区のあんな深いとこに誰か来るとは思わなかったからさ、かなりビックリした訳ですよ」

「ビックリしたのはキー坊の方だろうナァ...」

 

迷宮区の程近く、『トールバーナ』の町の端に佇む、場末の酒場の如き古びたレストラン。その奥まった個室というクソほど分かりにくい場所が、とある情報屋と事前に取り決めた集合場所だった。

 

「キー坊?」

「その情報は500コルだナ」

「はいはい...」

 

インスタを手早く操作して、代金を送り付ける。

 

「迷宮区最奥部にソロで来る、黒髪のアニールブレード使いダロ? 」

「おん」

「そこまで分かれば間違いないナ。そのプレイヤーの名前はキリト。500コルならこの位だナ」

「で? そのキリトって奴がなんでビビるって?」

「そりゃナァ...」

 

鼻にかけるような独特な語尾で語る情報屋はそれ以上語らず、男の顔を指差した。鈍いその男はその指が何を示しているのか分からず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぬるいビールもどきを飲み干したところで、ようやく得心する。

...あっコレ(重金属装備)かぁ!

 

「迷宮区でいきなり頭だけ重装備の不審者に遭遇したら、オレだってビックリするサ。アンタ、ちょっとした有名人になってるゾ」

 

男の装備構成は、言ってしまえばかなり"変"だった。

片手剣使いだが盾は持たず、革製の胸当てやガントレットのみを装備したペラペラの紙装甲。

何より異彩を放っているのは、人前では決して脱がないそのヘルム。鎧は軽めなのに頭だけ重量級であるから、取って付けた感が否めない。しかもヘルム系装備は聴覚どころか視覚すら阻害してしまうため、本職のタンクですら使用者は多くないという始末。そんな防具を愛用しているとなれば、変態プレイヤー呼ばわりを受けても仕方ないのかもしれない。

 

「そのヘルムの中にどんな顔が隠されてるのカ......かなーり高く売れる情報だと思うんだけどナァ」

「残念、非売品だ。___でもまぁ、アルゴにゃ世話になってるし...」

「おっ、何ダ?」

 

にわかに期待の眼差しを向ける情報屋__通称"鼠のアルゴ"を前に、とりあえず追加の飲み物を注文する。すぐに無愛想なNPC店員が駆けつけて、新しい木製ジョッキをテーブルにゴトリと置いた。『私こそが企業だ』とか言ってメガネクイクイしてそうな外見のわりに妙に対応が早いのが無性に面白くて、大して美味くもないビールもどきを既に三杯も頼んでしまっていた。

 

「そうだなぁ......『見え過ぎると落ち着かないから』とでも言っておこうかな」

「ンー...まぁ、プレゼン次第で売れなくもない情報だナ」

「もういいだろ?ほらコレ、約束のマップデータ」

 

右手を動かしてインストを開き、トレードの宛先にアルゴを指定。隅から隅まで探索した迷宮区のマップデータをトレード欄に叩き込むと、すぐに承諾の旨が届き、情報料として送られてきたコルを確認する。

 

「いつも毎度、お得意サン♩ ついでに何か買ってくカイ?顔の情報の分だけ安くしとくヨ」

「なら、トールバーナで氷、もしくは氷入りの飲み物売ってる店ってある?」

「その情報は...マケて1000コルってとこカナ」

「へぇ、そりゃお買い得」

 

放置していたトレード欄から1000コルを残して回収し、再度トレード。

 

「ン、確かニ。...トールバーナの広場近くにある一番高い宿屋なら、風呂と氷水のルームサービスがあるヨ。第一層で唯一氷を保存できる地下室がある、って設定らしいからナ」

「氷単体の販売は無しか」

「あア。この層で氷が欲しけりゃ、クソ高い宿泊料払って泊まるしかないナ」

「あー...まあ、考えとくよ。また頼む」

 

ぬるくてあまり美味くないビールを一息で飲み干し、二人きりでは広過ぎた個室を後にする。特に取り決めた訳ではないが、アルゴと"商談"をする時は決まってこちらが先に店を出る。情報屋という職業柄、尾行や追跡に敏感になりがちなアルゴを気遣って勝手に始めたことだ。その甲斐あってか、出会った当初よりフランクに話せるようになったような気がしなくもない。このまま気に入られてお得意様になれば、情報料を多少マケてくれるかもしれない。...いや、アイツに限ってそりゃ無いか。

 

こちらはビールを頼みまくってお得意様になれたのか、一瞬口角を上げた例の店員さんに別れを告げて店を出てしばらく歩くと、まっすぐトールバーナの中心に_____ではなく、逆方向の草原へ足を運ぶ。

経験値効率の悪さからあまり人気のない過疎フィールドへ続く道の途中、森のほど近くにポツンと建っているこの層にしては比較的大きな一軒家が目的地。特段何かのクエストが発生するわけでもないNPC農家の家だが、実は2階部分を宿として利用できる。多少割高だが、いい眺めとベッドと牛乳飲み放題、オマケに風呂まで完備の上宿である。

ゲームの中とはいえそろそろ風呂が恋しくなってきたところだから、早めのタイミングで確保しておこうと思ったのだが。

 

「ごめんなさいねぇ、もう他の剣士様が借りちゃってるのよぉ」

「あれまぁ...」

 

寄り道を嫌って__目標達成間近だったスキル上げを優先したからだ__後回しにしたが故に、どうやら誰かに先を越されてしまったらしい。かなりのハイペースで迷宮区に到着したから、まだ誰もあの家を知らないだろうと決めてかかればこのザマである。

しかし、これだけ早いタイミングで先手を取られるとは。そもそここを通るプレイヤーも大して多くは......

そこまで考えて、やっと一つの可能性に思い当たる。

 

「俺が一番乗りだと思ったんだがなぁ...」

 

予めこの家について知っているβテスターなら、俺と同じようにトールバーナへの道を急ぎ、加えてこの宿を抑えることも可能だろう。

仕方がないから、今日はアルゴに教えてもらった宿に泊まることにしよう。正直なところ出費は痛いが背に腹だ。ついでに風呂上がりに氷水で整ってしまおうか。

 

予想外のトラブルを多少厳しい言い訳で飲み込みながら、少しだけ重くなった足取りで街の方角へと歩き出すのだった。

 

 

 

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