君は完璧で究極の式神 作:水際
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アイと五条の戦いの裏側とその後。
「どうやら俺たちは、親友のようだな……」
上半身裸の大男――東堂葵が、熱い涙を流しながら天を仰ぐ。
――2018年9月。呪術高専東京校 演習場にて。
木々のざわめきに包まれた森の中で、東堂は感極まったように虎杖悠仁に近づくと、勝手に肩を組む。
突然始まった意味不明な友情劇に、虎杖は困惑していた。
「いや、突然何を――」
言い終わるより早く。
バンッ! バンッ! 乾いた銃声が森に響いた。
不意をついて放たれた弾丸が、一直線に虎杖へ迫る。それは京都校の禪院真依による奇襲だった。
虎杖は地面を蹴ると、俊敏な身のこなしで高く飛び上がり、危なげなく回避する。
弾丸は虎杖の足元を通り過ぎ、背後の木々へ深々とめり込んだ。
しかし息をつく暇もなく。左右の木陰から、加茂憲紀と西宮桃が姿を現す。
加茂はその場で弓を構え、西宮は箒に腰掛けたまま急上昇し、虎杖を見下ろす位置で停止した。
三方向から放たれる殺気。
「(……あれ、こいつら。俺の事、――殺す気じゃねえ?)」
あくまで交流が目的のはずだった。だが京都校の面々の目には、攻撃への躊躇が一切ない。
空気が張り詰めたその時。
ゴゴゴゴゴゴゴッ――!!
地鳴りのような轟音が接近し、一同が反射的にそちらに顔を向けた。
メキメキメキッ――!!
続けて、生徒たちの側面の森林が、ボウリングのピンのように吹き飛んだ。木々が粉砕され、土煙が爆発的に舞い上がる。
そして次の瞬間。
土の煙幕を突き破るようにして、黒い巨体が一直線に飛び出す。
それは十種影法術の式神――『
頭上に法陣を浮かべた巨大な牡牛が、桁違いの呪力を漲らせ、戦場を横断する。
「ちょっ――!?」
真依が口元を引きつらせる。
「アイのバカ! 少しは周りを気にしなさいよ!!」
そう毒づきながら、慌てて地面を転がるように回避する。
貫牛は真依の数メートル横を通過し、その余波だけで周囲の木々をまとめて吹き飛ばした。
西宮も慌ててさらに上空へ退避する。暴風がスカートと髪を激しく揺らした。
「……ほんと迷惑! かわいくない……!」
一方、東堂は迫り来る暴れ牛を前にしても、むしろ愉快そうに笑っていた。
「フッ……相変わらずのお転婆娘。――だが、ここはもう俺たちに相応しい戦場ではなかった。良しとしよう」
東堂は虎杖の肩を力強く抱き寄せる。
「行くぞ、ブラザー!」
「え、ちょ――」
パンッ!!
森の中に、乾いた拍手の音が響く。
東堂の術式『
刹那の間に、東堂と虎杖の姿が掻き消えた。
そしてその直後。貫牛が先程まで二人のいた地点を轟音と共に通過し、標的――五条悟を目掛けて爆走していった。
◇
試合開始から約8分後。高専演習場を監視する教職員による観覧席にて。
結界の外に設けられたそこには、複数の大型モニターが並び、それぞれが演習場の各所の映像を映し出していた。
時折、音声が割れるほどの轟音がスピーカー越しに響き、室内の空気を震わせる。
その中でも、つい先程まで最も激しい戦闘を映していたモニターは、今や静まり返っていた。
荒れ果てた地面に倒れ伏す、白いセーラー服の少女――星野アイは、完全に意識を失っている。
その映像を眺めながら、庵歌姫は深く息を吐いた。
「……状況を整理します」
疲労を押し隠した声で言う。
歌姫は手元の端末を操作し、モニターを切り替えていく。
「まず、五条悟は規定時間終了により戦場から退場」
別モニターでは、結界出口へ向かう五条の姿が映っていた。
その顔には、戦闘直後だというのに機嫌よさげな笑みが浮かんでいる。
歌姫の眉間に青筋が浮いた。
「……あとで絶対殴る」
「無理だろうね」
後方の席で脚を組んでいた1級呪術師の女性――冥冥が、くすりと笑う。その隣では、弟の
歌姫は咳払いして続ける。
「星野アイは無量空処の領域効果により、意識不明」
モニターには、倒れたアイの傍で玉犬たちが周囲を警戒する様子が映る。
楽巌寺嘉伸は、その映像を険しい顔で見つめる。
「……まさか五条悟と戦いが成立するほどの術師とはな」
低く呟かれた老人の声には、驚愕と警戒が混じっていた。
歌姫は次のモニターへ切り替える。
そこでは虎杖悠仁と東堂葵が激突していた。
地面を砕きながら拳を打ち合い、森の中を高速で移動している。
「虎杖は
映像の中で東堂が涙を流しながら虎杖に何か叫んでいる。歌姫は頭を抱えた。
「……なんであいつら、あんな青春してるのよ」
「ウマが合ったんだろうね。とても良いことじゃないか」
冥冥はティーカップの持ち手をつまんで紅茶を鼻先に寄せると、香りを楽しみながら言う。
さらに別モニター。
パンダが呪霊を殴り飛ばし、その横で狗巻棘が短く呪言を放つ。
低級呪霊がまとめて弾け飛び、霧散した。
「――あぶない、音声切っとかないと。パンダと狗巻は現在も呪霊を優先して祓っています。ただ――」
歌姫は顔をしかめる。
「他の生徒たちは、ほとんど呪霊を無視して交戦中。……まぁ、ある意味いつもの交流戦ですね」
演習場各地で爆発する呪力反応。木々の間を高速で飛び交う術師たち。
もう呪霊を狙って動いている者の方が少ない。
するとその時。歌姫が端末を見て、眉を寄せた。
「……メカ丸と三輪の反応が消えてる……?」
観覧席に緊張が走り、静寂が訪れる。
楽巌寺がゆっくりと顔を上げた。
「消えている? 行方不明ということかの?」
老いた声に鋭さが混じる。歌姫は端末を操作しながら答えた。
「結界の範囲内に呪力反応がありません。通信も――繋がりませんね……」
「結界の外に出たということかの? いったい何のためにじゃ」
「そこまではまだ……」
沈黙が落ちる。
その空気を崩したのは、冥冥だった。
彼女は頬杖をつきながら、どこか愉快そうに微笑む。
「潜伏してジャイアントキリングを狙っているのか。はたまた他に狙いがあるのか」
冥冥の目が、静かに細められる。
「フフッ――面白いじゃないか。そう目くじらをたてることもないのでは?」
それでも楽巌寺は険しい表情を崩さない。
一方、憂憂だけは静かにモニターを見つめ続けていた。
その視線の先。森の奥の暗闇で、誰にも観測されないまま、何かが密かに蠢いていた。
◇
崩れた森の一角で。
白いセーラー服の少女が、静かに瞼を開いた。
無量空処によって焼き切られかけた脳は、まだ鈍い痛みを残している。
視界はぼやけ、耳鳴りも酷い。アイは横たわったまま、ぼんやりと手影絵を結ぶ。
「――『
すると四ツ目の大きな鹿が影より現れて、アイの頬へと顔を寄せた。暖かな呪力の力場がアイの全身を包み込む。
アイは、大きく深呼吸し、スカートのポケットから携帯電話を取り出すと、パカッと開いて時刻を見る。
「……えっ。寝すぎちゃった……?」
残り時間――四十秒。一分もない。
「暴れるって言ったのに、このままじゃかっこ悪すぎるよ……」
気怠げに呟きながらも、アイは慌てて術式に呪力を回す。
次の瞬間。彼女の黒い影が生き物の鼓動のように大きく波打ち、円形に広がっていく。
ズズズズズ……。
そして、そこから無数の白い兎――式神『脱兎』が飛び出した。
それも一羽、二羽ではなく、数百。羽を生やした兎たちが、演習場全域へ一斉に放たれていく。
森の木々の隙間を抜け、上空へと舞い上がると、戦場の空を埋め尽くすように散開した。
観覧席に映像を送っていた冥冥のカラスの視界を、羽兎が埋め尽くす。歌姫が目を見開いた。
「なっ……空の監視網ってこと!?」
羽兎たちは、それぞれがアイの“目”だった。
視覚を共有し、空から戦場全域を俯瞰すると、生徒たちの位置を瞬時に把握する。
――そして、最初に標的となったのは上空の魔女っ子。
「やば――?」
箒に乗って空から索敵していた西宮桃が、背後の気配に振り返る。
まさにその瞬間。
バァンッ!!
雷光を纏った巨大な黒い影が、西宮に体当たりを叩き込んだ。
それはアイの式神『鵺』。
「きゃあぁっ!? か、かわいくない!!」
西宮は電撃をもろに浴びて、箒ごと森へ墜落する。枝葉を何本もへし折りながら地面へ不時着し、土煙が上がった。
◇
一方その頃。別地点では、禪院真希が左腕を押さえて歯を食いしばっていた。
「チッ!……毒かよ。いい術式もってんじゃねーか……」
その腕には紫色の痣が、まだら模様に浮かびあがり、徐々に広がっていた。真希の肘から先の感覚は既にない。
彼女と対峙しているのは吉野順平。その傍らにはクラゲのような式神がふわふわと浮かんでいる。
その式神――《
それは麻痺と運動阻害を引き起こし、相手の身体能力を奪う。――まさに近接戦主体の真希の天敵だった。
「――よく耐えますね……。もう降参して下さい。澱月は触手を二、三本切られたくらいなら再生します。あなたに打つ手はない」
順平には真希を苦しめる理由は何もない。呪霊を追っていたらたまたま出会ってしまっただけだ。
しかし、その弱腰の姿勢がどうにも真希には気になった。呪いの世界に身を置くには感性がまとも過ぎる。
「……お優しいのは結構だけどよ。お前、そんなんじゃ長生きできないぜ?」
その言葉に合わせるように、付近の大木の上から声がする。
「それに関しては同意ね。順平、そこの原始人は意識があるうちは噛みついて来るわ。さっさと寝かせてやりましょう」
禪院真依は樹上で真希へと銃口を向けていた。
真希はフッと勝気な笑みを浮かべると、痺れた腕をだらんとぶら下げたまま、片手で槍を構えて前傾姿勢を取る。毒で身体が鈍ろうと、骨が軋もうと、禪院真希という女は、“止まる”ことを知らない。
――真希が駆け出そうとしたその時。
ゴォォォォォッ!!
森林を押し潰すほどの大量の水が、突如として横薙ぎに流れ込んできた。
「な――!?」
それは十種影法術――式神『満象』の能力。
巨大な象の鼻から放たれた激流が、周辺の木々をへし折りながら順平と真依――それに真希を、まとめて飲み込んだ。三人の身体が押し流されていく。
「ぶっ……!?」
「ちょ、待っ、味方だ――!」
さらにそこへ追撃が行われる。水中から、巨大な舌が飛び出した。
式神『蝦蟇』。
ヌメる舌が順平と真依の身体へ絡みつき、一瞬で拘束する。
「しまっ――」
真依は蝦蟇へと銃を向けようとするも、拘束が強まり、影の中へ引きずり込まれる。
順平は澱月に拘束を解かせようと指示を出すも、澱月は無数の羽ウサギに取り囲まれ、電撃を浴びせられていた。
「そんな! 式神にここまでの差があるなんて――」
そう言って順平もまた、影の中へと引きずり込まれた。
しばしの間を置いて、激流が治まると、その場には全身を打ち付けて、ずぶ濡れの真希だけがポツンと取り残されていた。
「……いや、これで助けたつもりなのかよ。あいつは……」
真希は常識外れの従姉妹を思い浮かべて苦笑いした。
◇
付近一帯を覆うような呪力の起こりを感じ、森を駆けていた加茂憲紀は、警戒して足を止める。
「……っ!?」
すると足元の影が、突如として膨れ上がった。
次の瞬間。
ドバァッ!!巨大な蛇が地中から飛び出す。
十種影法術――式神『大蛇』。
加茂は咄嗟に後退しようとするがすでに遅い。
大蛇の顎が加茂を頭から丸呑みにして、そのまま口内で全身を締め上げた。
「ぐっ……!なんだこれは……ふざけている!」
骨が軋む。呪力で身体強化してなお、逃れられない拘束力。単体の式神に付与された呪力が、彼の全力を上回っている。――そして加茂はあっさりと行動不能に陥った。
◇
観覧席では、歌姫が思わず立ち上がっていた。
「ちょっと待って、何なのこれ……!」
モニターの各所で、京都校の生徒たちが次々と制圧されていく。それもほぼ同時にだ。
まるで盤面を俯瞰する指揮官のように、アイは戦場を完全に掌握していた。
冥冥が楽しげに笑う。
「フフッ。視界共有による同時制圧か。思った以上に器用じゃないか。一人で多数を相手取るのは、お手の物という訳だ」
楽巌寺は険しい顔をしている。
「……一分足らずででここまでやるか。やはり特級、侮れんな」
その時。演習場全域へブザーが鳴り響いた。
『――特級呪術師、星野アイの制限時間終了を確認。演習場から退去してください』
機械音声が、淡々と告げる。
森の中で。アイは影から上半身だけを出し、眠たそうに欠伸をした。
「……ふぅ。ここまでかー。真希ちゃんごめんねー」
その言葉と同時に、全ての式神が、糸の切れた操り人形のように停止し、一斉に影へ沈み始めた。
鵺の雷光が消える。満象の水流が止まる。大蛇の拘束がほどけ、蝦蟇の舌が霧散する。
影の中に拘束されていた生徒は地面に放り出された。
アイの護衛をしていた玉犬たちも、アイに寄り添った後、静かに影へ沈んだ。
そして最後に白いセーラー服の少女が、黒い影へゆっくりと沈んでいった。
しかし、交流戦そのものは、標的の2級呪霊が祓われるまで終わらない。
拘束から解放された京都校の生徒たちが、荒い息を吐いてどうにか立ち上がり、森の各地で戦闘が再開される。
そして観覧席のモニターには、依然として虎杖と東堂の激突が映し出され続けていた。
◇
交流戦のため、演習場に張られた人払いの結界。その外縁に異様な風体の男がだらしなく立っていた。
「……さて、十二分経った」
ニタァ、と男の口元が歪む。
「星野アイはえらく面がいい若い女だっていうからなぁ。楽しみだぁ」
上半身裸の上にエプロンを着用した体格のいい男――
その呪詛師は全身から不快な呪力を撒き散らしている。
獲物を品定めする邪悪な肉屋のような濁った視線が、生理的嫌悪感を催させる。
「五条悟とやりあって死にかけてるらしいしなぁ、そそるよなぁ。ボロボロの美人ってのは」
――ああ、最高の作品が出来そうだぁ。
そう言って組屋は倒木に足をかけながら、不気味に笑った。
面白かったら評価を頂けると大変励みになります!