空洞と火の粉 作:狐族だいすき坊や
今日はフォフォが冥差から判官へと昇進しためでたい日だ。
まだ見習いに過ぎないが、少なくとも僕の仕事の手伝いをする必要はなくなった。
38年間お目付け役兼指導教官を担当していた僕は、上官からの昇進許可を伝えた後に行きつけの居酒屋へ連れて行き祝いの席を設けた。
他の知り合いも誘ったのだが都合があるとか師弟水入らずで楽しんでとか遠慮がちに断られ、結局予約していた広い部屋を僕とフォフォとシッポの三人(?)だけで使うことになった。
僕もフォフォもあまり外向的な性格ではないので、散発的に発生する会話の合間に沈黙が生まれるたび、僕は酒を入れて部屋の寒々しさを紛らわせた。
「こんなデリカシーのない野郎に女が靡くわけねぇだろ」
「ちょっ、シッポ!」
どういう流れだったかは定かではないが、たぶんフォフォが僕の普段の生活を訊いてきたのが発端だったと思う。基本的にずっと一人でいると言った僕に対し女性との関りもないのかとフォフォが訊いてきたんだったか。
とにかくそのやり取りを聞いていたシッポが急に実体化して開口一番に放ったのがそれだった。
「教官はそんな人じゃない! 確かに教官が周りからうっすら爪弾きにされてるのは気付いてたけど、普段滅多に口を開かないんだからデリカシーも何もないでしょ!」
「庇うのか貶すのかどっちかにしろよ。だいたい業務日程の把握とかで同僚に生活習慣を仔細に訊いて回る不審者と結婚しようと思う女なんかいねぇよ」
「えっ!? そ、それ本当ですか教官……?」
僕はおもむろに頷いた。
シッポが知っててフォフォが知らない事なんてあるんだな、歳陽として封印される前に既に僕の存在を知っていたのかな、と心のなかで独り言つ。
確かにシッポの言う通りで、僕は業務量の偏りを調べるために同僚の生活を事細かに訊き回っていた。そのせいで女性陣はおろか男性陣からも警戒されているというか総スカンを喰らっていて、職場と自宅を行き来するだけの生活が常態化している。
「で、でも私といる時は全然そんなことなかったですよね……?」
おずおずと訊いてくるフォフォに、70年前くらいから気を付けるようにしてたからだと答えた。
だから少なくともフォフォと出会った38年前の時点でだいぶ矯正が進んでいたはずだ。お陰で最近は信頼も取り戻せてきたし、女性陣から向けられていた冷たい視線も和らいで話しかけられるようになったし、近々食事の約束もあると付け加えた。
「そう、ですか……」
フォフォは耳を絞って顔を俯かせ、何やらぶつぶつと独り言を言い始めた。
「そっか、アタシ……」それだけ聞き取れて、そこからフォフォは黙り込んだ。何かデリカシーのないことを言ってしまったのかなとシッポへ視線を向けると、彼は鋭い牙を覗かせながら僕を睨みつけていた。
「やってくれたな。コイツから離れられない俺様の身にもなってくれよ」
「黙って、シッポ」
冷たく告げるや否やフォフォはグラスを両手で持ち上げると、ちびりちびりと飲んでいた酒を一気に呷り顔を赤くして、ばたんと後ろに倒れた。しょうがないな。僕は会計を済ませて彼女を背負い自宅まで送り届けた。
その道中シッポが「まだまだだな」と言った。
まったくだ。僕がそう返すと、シッポが凄い目で僕を見てきた。
「おめぇマジか」
どういうことだと訊ねたが、シッポは「見てらんねぇよ」と吐き捨てて尻尾へ姿を変え、それきり話しかけてくることはなかった。