ここは王の間、本来は一部の人間しか入れない場所。
そんな所に、多数の騎士が整列している。
その中心にいるのは私と、騎士団長である父親。
「よく頑張ったな、レブレライム」
「これよりレブレライムは、副団長から騎士団長に昇格とする」
王の一言により、騎士達が一斉に拍手をする。
王や周りに一礼し、父と話す。
「ワッペンって、こんなに重いんだ」
いつも父親が付けていたが、これを持ったことも、触ったこともない。
ゼーレにおけるワッペンとは、騎士団長の証。
騎士を志したそのときから、ワッペンの重みを理解し、頑なに触ることを避けていた。
生まれて初めて実感したその重量は、感慨深くもあり、不安にも感じる。
「気圧されるな、お前は俺より強い。
部下達も認めていただろう?」
いつも父親を追っていた、男手一つで私を育てながら、騎士団長としてゼーレを支えていた。
憧れて騎士を目指すようになったのは、自然なことだったのかもしれない。
私が物心つく前に亡くなった母は、大層な美人だったと聞いている。
父も近所の人も、「レブレライムは母親に似ている」と口を揃えて言った。
母の顔も覚えていないが、自分の顔は母が残してくれた、忘れ形見だと思っている。
容姿を褒められるたび、母を褒められているようで、悪い気はしなかった。
「団長になったこと、お母さんに報告してやろう」
父の提案に二つ返事で了承し、王の間から出ようとした…その瞬間、慌ただしく一人の騎士がやってきて、叫んだ。
「まぞっ、魔族です!北門に魔族が現れましたッ!!!゛」
辺りが静寂に包まれる。
王が震える声で、騎士に問いかける。
「なっ、なんだと…?なんと言った?魔族と言ったのか?」
「そうです!魔族が現れました!
その場にいた騎士が対応していますが、太刀打ちできません!
国民にも死者多数─」
そこまで聞いて、私と父は駆け出した。
北門へ一目散に走る、次第に悲鳴が聞こえ始めた。
辺りに騎士の死体が転がり、血の臭いが立ち込めている。
眼前には、純白のドレスを着た、角の生えた女がいた。
髪も皮膚も白く透き通り、赤い瞳が私達を見つめる。
存在しているだけで周囲を威圧する、人外の美貌。
「アンタが騎士団長ってやつ?」
父が先に動いた。
剣を抜き、胴体ごと叩き斬らんと振り上げる。
寸分の狂いもない、完璧な抜刀だった。
その刃が魔族に届く、その寸前。
父の喉は斬られ、血飛沫が飛び散った。
「え?」
瞬きなどしていない、よそ見などしていない。
しかし…気付いたら、魔族のレイピアが抜かれていた。
いつレイピアに手をかけたかすら、視認できなかった。
倒れ伏す父を受け止めた、身体に生温かい血液が垂れる。
「…レブレライム」
掠れた声で、父は語りかける。
「まって、いやだ」
「………お前は、悪くない。
これから何があっても、自分を責めるな」
抱えた父親から体温がなくなっていく。
背後から笑い声が聞こえる、振り向くとドレスの振り袖で口を抑え、赤い瞳が見下ろしていた。
喉が枯れんばかりの金切り声を上げて、剣を振り上げた。
その剣は指で掴まれた…レイピアすら、抜かれることはなかった。
身体から力が抜け、口からゴポリと血を吐き出した。
地面に倒れ、剣がカランと転がった。
「貴女は顔がいいから、見逃してあげる」
ギメルはそう言い残し、城の方へ歩いていった。
その姿に手を伸ばしても、届くわけもなく、意識を失った。
起きると城は占領され、一夜にしてゼーレが陥落したことが知らされた。
騎士の大半は殺され、国民も病に伏していた。
私の身体から病は消えており、病に罹っていない国民もいたため、「なにか条件がある」と部下達は話していた。
それは違う、遊んでいるだけだろう。
家族が埋められた墓地に向かう、墓標に書かれた名前を見る直前まで、「もしかして生きてるのでは?」と考えていた自分を殴りたい。
地面を殴った、涙が止めどなく溢れる。
地面に爪を立てながら、額を打ちつける。
「顔がいいから…見逃すだと…?」
母親から貰った容姿によって、惨めにも生きながらえ、騎士として何一つ役目を果たせなかった。
騎士のプライドは砕け散り、自分の存在意義すらもなくなってしまった。
爪が剥がれて土に血が垂れる、額を打ちつける衝撃で、ワッペンが地面に落ちた。
震える手でワッペンを付け直し、立ち上がった。
「私は…何をしているんだ」
こんなことをやっている場合ではない、この国を守らなくてはならない。
できるできないではなく、やらなくてはならない。
父から譲り受け、民に選ばれ、王に認められた…その責務を果たせなくては騎士団長など名乗れない。
しかし私達の抵抗は、ギメルにとって舞台を彩る喜劇にしかならなかった。
憔悴する国民、王は心労により倒れた。
諦めかけていた、週に1回は涙が止まらない夜があった。
運命が遣わせた災害の化身であり、倒そうと考えることも間違いなのでは?と考えてしまったこともある。
そんなとき轟音と共に、
城から響く破壊音、城の上から落ちてきたのは…
しかしその姿は、災害とはほど遠い。
左腕はなく、顔は抉れ、首は半分まで斬られ、足取りも覚束ない…ギメルは生物だと、初めて実感できた。
こんな機会は二度とない、神がくださった導き。
「なんの用かしらァ?
剣を構える、瞬きすら時間の無駄。
「お前を殺しに」
ここで死んでもいい、人生の全てを賭ける。
レイピアの剣先が、私を捉える。
放たれた神速の突きは─空を切った。
「あぇ?」
ギメルの呆けた声など気に留めず、切断されかかった首を斬りつける。
鉄同士がぶつかるかのような、異常な硬さ。
弱体化してなお、こいつは生物の枠組みを超えている。
だが…ここで殺せなければ、生き残った意味がないだろうッ!!?
「まっ、まって」
命乞いなど耳に入らない。
力を込めすぎて全身の血管が浮き出し、火花を散らしながら─首を切断した。
飛び散った血液は、ギメル自身のドレスを赤く染める。
赤い瞳が私を見上げ、睨みつけてきた。
「ふざけるなッ、ふざけるなァ゛!!?゛
こんなものじゃないッ、脳へのダメージで、手が上手く動かなかっただけよ゛
万全の状態なら、お前如きッ」
「疫病を撒き散らした魔族だろう…どの口が言ってるんだ」
「だまれッ゛私はァ゛300年君臨した魔族ッ。
お前らのジジババが腹の中にいた時代から、私は渓谷外の捕食者ァ。
「お前の300年より、私達の3ヶ月の方が長かったんだ」
ギメルは白い肌を真っ赤にしながら、発狂したかのように怒り狂った。
しばらく叫んだあと、その頭は動かなくなり、白い塵に変わり始めた。
お父さんはギメルと接敵したときに、ゼーレが滅ぼされることを確信していたんだと思う。
自責の念に駆られるであろう私に「お前は悪くない」と、最後の気遣いをしたんだろう。
あまり反論はできない、堰代さんがいなかったら、そうなっていただろう。
だが、とにもかくにも
ねぇお父さん、見てる?
「ゼーレは救われたよ」
────────
涙が止まらない、元騎士団長の威厳など欠片もない。
「いらない心配だったわね。
子供の成長というのは、いつも親を上回る」
深呼吸をして、息を整える。
この方に対して、不敬があってはいけない。
「
「別にいいわ、生涯をかけて働いてくれた礼よ」
俺はギメルに殺されたあと、迎えに来たラミール様に頼み込んで、魂の通り道に居座らせてもらった。
もうすぐに来るであろう娘を、慰めてやりたかった。
娘の前で死んだ親失格の男だが、ほんの少しでも娘の心を支えてやりたかった。
なんとも身勝手で、独りよがりな我儘。
それがどうだ。
娘はギメルを撃ち破り、ゼーレを救った。
『………お前は、悪くない。
これから何があっても、自分を責めるな』
何様なんだ、あの遺言は?
娘の前で死ぬには飽き足らず、国の存続すら疑い、娘の勝利も疑った。
親としても騎士としても、落第もいいところだ。
立ち上がり、魂の通り道を進む。
「新しい遺言があるなら伝えようか?」
「よいのですか?」
「堰代に頼んで伝えることはできる。
あの遺言は、本当に伝えたかったことじゃないんでしょ?」
なんと慈悲深い御方なのだろうか。
国教としているラミュール浄国は、慧眼と言わざるを得ない。
伝える言葉は一つだ、何も託さない、どんな人生を進むかも指図しない…でもこれだけは、守ってほしい。
「あと50年は来るな、と伝えてください」
「引き受けた。
このまま真っ直ぐ進めば天国がある。
娘に伝える言葉もいいけど、嫁にさっさと会いに行かなかった言い訳も考えときなさい」
────────
痛みがない、いや身体がない。
目も見えない、何も聞こえない、温度すらわからない、なのに恐怖や驚きはない…感じる器官がないだけか?
「貴女は死んだのです、ギメル」
聞こえないはずの音が聞こえる、魂に直接響いているようだ。
目の前に強い気配を…否、強いなどではない、存在としての格が違う。
直感的に正体を感じ取った…神の誰かだな?
「その通り、私はファナラビと申します」
私の最後に会う存在が、疾病の女神になるとは…なんとも皮肉な結末ね。
なにをしに来たの?私に罰でも与えるつもり?
「いいえ、ただ黄泉の世界に案内するだけです。
世界と言っても、何もありませんけど」
人を殺しまくった私に対して、随分と丁寧なやつだ。
それとも無限に続く退屈で、発狂でもさせる罰か?
「そんな悪趣味なことはしません。
貴女は今、ほぼ寝ているようなもの、絶望や恐怖など感じないでしょう?
ただ準備ができるまで、そこで待ってもらうだけです」
準備?地獄で苦しみでも与えるんじゃないのか?
お前達は人間の味方だろう?なんで、私にそんな丁寧な対応をする?
「そんな単純な話でもないのです。
魔族は人類の敵であり、排除しなくてはならない存在ですが、善悪となると一概に言えない。
生まれつき手がない人は、物を掴むことはできません。
それを「自分で物も取れないのか?」と罰することは、なにか意味があると思いますか?」
………意味?そういう風に生まれた、そいつが悪いだけでしょ?
説教なんて他者より上に立って、悦に浸るときにしかやらないじゃない。
「………そうでした、貴女は魔族でしたね。
でもわかりやすい事例でした、貴女のような思考しかできないよう"生まれたときから決められている"場合、罰を与えて何になるのか?という話です。
最初から"真っ当に生きる"という選択肢を、与えられることがなかったのです」
随分と、小難しく物事を考えているのね。
それで、その準備というのはなに?
「貴女達を、人間に生まれ変わらせます。
ただ魔族を転生させて何が起こるか不明なので、まだ準備中というわけです」
なんのためにそんなことをするのやら…神の思考とは理解できないものね。
でも、それは罰なのかもしれない。
あんな雑魚共になって、魔物達にビクビク怯えて生きなくてはならないのだから。
「人間になること自体は、罰ではありません。
功罪を判断できる存在になってもらうことが、目的なだけです。
きちんと善悪を理解して、その上で悪事を働いたら裁きます」
感覚的にはピンと来ないが、理屈は理解できた。
人間がよく喋る、「倫理」とか言う分類の話だろう。
意味がわからなかったので、マトモに聞いていなかったが…私と同じく疾病の名を冠している存在が、そんなものに二の足踏んでいるのは、なんとも違和感がある。
「よく勘違いされますが、私は病のことが好きなわけではありません。
それを乗り越えた…または、抗おうとする精神が美しいと感じるだけです。
苦しんでいる姿や、病そのものはむしろ嫌いです」
意味がわからない、病に罹った人間の精神が好きで…病と苦しむ姿が嫌い?
前後の流れが結びつかない。
「人間は数え切れない苦難や後悔から、人格や倫理観を作り上げます。
大きすぎる苦難や後悔は、更なる後悔を生み出すこともあります。
ときには誤魔化すために、醜い行いをするときもあります。
でもそれに向き合ったとき、得られる物は輝く、何物にも変えられない」
「病は人から、あらゆる物を奪います。
尊厳も、肉体も、愛する人も想いも…それに勝てなくてもいいのです。
抗った小さな一歩の積み重ねで、人間は手を洗い、病人を看病することが当たり前になった。
それって、とっても素敵なことではないですか?
苦難に立ち向かった、数億人の英雄達がいたから勝ち取った未来です」
聞けば聞くほど疑問が増える。
これは魔族が理解できる物ではないと、本能的に理解した。
そんな他愛もない雑談をしていると、大きな扉の前についた。
中からいくつもの強いエネルギーを感じる、私より前に殺されてきた魔族達だろう。
扉が開かれ、中に吸い込まれた。
「魔族としての貴女は、絶対に許しません。
でも…また、会いましょう。
そのときは疫災ではなく、一人の人間として」
ファナラビ教は、病を治さないことを信条としているが、それは信徒が独自に掲げているだけ。
聖書に"病は人を成長させる"などの聖句があるため、その風習ができた。
今さら修正もできないので、あとは時が解決するのを待つのみ。
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第1章を読んでいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は、長くても50話ほどで完結予定です。
プロット自体はラストまで考えているので、これからもお付き合いいただける方は、よろしくお願いします。