現実世界に生きる人が、アルミンと少しだけ話す話。

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あるひとに会う話。

 乱れた黄色い髪は黒の世界の中で異様に浮いていた。荒い息を抑えたように低い呼吸をしながら、ただ立っている。

 自分はただ家から駅への道のりを歩いていただけなのに。急に右半身だけを吹き飛ばされるような風の塊に体を打たれよろけた。また歩き出そうとすると、数メートル先に彼がいたのだ。

 

 彼はなぜ自分がここにいるのかわからない、ひどく混乱した様子だった。その服、髪、顔つき、持ち物、どこをとっても周りのものとは違う。上下白のインナーに変態と見紛う全身ベルト、履き古されたブーツ、ジャケットの胸には剣が交差したマーク、そして金属製の重そうな直方体が両腰にぶら下がっている。極め付けは彼が両手に持っている長い刃物。ファンタジー漫画でしか見ないような長さの剣、刃の形はカッターナイフのようで、端に朝日を浴びて反射している。

 目が合った。どう見ても彼にしか見えない。彼そっくりの別人にしても、コスプレではない確信があった。目つきが違う。メイクをしていない。飾り気がない。容姿へのこだわりがない。何のおふざけでもない。

 

 イメージと大きく違うが、容姿はアルミンだ、漫画の、進撃の巨人の。

 

 通行人がざわつき始めた。アルミンと思しき人物は警戒している小動物のように頭を動かす。数人の通行人がスマホを向け始めた。自分は慌てて彼の手首を掴むと、そのまま、地下のカラオケに向かう階段に飛び降りた。細い腕に詰まった筋肉から緊張が伝わる。背後で金属が当たる音が聞こえる。少し転びかけたが、彼ごと倒れることはなかった。風が吹いてから彼に触るまで、たった数秒だったかもしれない。

 自分は彼の手を離した。肩で息をしながら咳き込んでいるが、決して膝をつかなかった。半地下の空間はひんやりとしている。

 

「大丈夫?」

 

 ヒュッと彼はこちらを向いた。殺気だった目は一瞬無になり、そこから安堵の表情をこぼした。

 

「大…丈夫」

 

 そう言いつつも精神の混乱は続いているようだった。できることを考えていると、彼は口を開いた。

 

「あぁ…すみません。あの巨人は僕達が対処するので、あなたは避難してください」

「え…いや…」

「ここにいると危険ですから」

 

 両肩を強く掴まれ、強い語気で押された。どうやら自分は民間人と勘違いされているようだ。確かに兵士には見えないだろう、生柔らかな肉体にリュックとスマホ以外丸腰の人物は。彼は続ける。

 

「あ、しかし今は危険です。僕が出た後に…安全な方から行ってください。別の兵士が…」

 

 彼は急に息を詰まらせて嗚咽を洩らした。彼にしてやれることを思いついた。背負っていたリュックを下ろすと、その黒いファスナーを開けてペットボトルを取り出す。水色のキャップを強く捻って開けて彼に差し出す。

 

「落ち着いて、これ飲んで」

「あ…いえ…」

「今は大丈夫。多分安全だから」

 

 地上から刺す光がボトルの水で屈折して彼の汚れた兵服に散っている。

 

「大丈夫だから。飲んで」

「すみません、いただきます」

 

 彼は手を伸ばすと、少し躊躇した後、輝くボトルを受け取った。手を引くとボトルは影の中に入って輝かなくなった。一口、二口と喉を湿らせるほどだけ水を含み、もう一口飲み込む。ふわりと力が抜けたのがわかった。

 彼は力強く立った。すぅと息を吸い込み、一瞬止めて吐き出す。改めて、自分と大差ない身長だ。

 

「行かないと」

 

 彼は小さく呟いた。その瞳の中には、遠く海が揺らいでいる。

 

「ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました。あなたは避難してください」

「…待って!」

 

 階段に片足を置いた彼が立ち止まる。

 

「あなたは…なんで、戦えるんですか?」

 

 くるりと回転すると自分の真正面を向く。固く握られた右手は胸に、直角に曲げられた左腕は背中に。

 

「私達兵士は人類のために…あなたのような優しい方を守るため…」

 

 すらすらと人類を語り、そこで彼は一瞬黙った。

 

「……いえ…まだ……よく、わかりません」

「そう、ありがとう」

「…こちらこそ、ありがとうございました」

 

 口角だけに軽やかな笑顔を滲ませた彼は、金色の髪を翻して背を向けると、そのまま階段を駆け上がって行った。すぐに追いかけた。

 

 しかし、階段を上がったとき、道にはスマホに目を落として歩くスーツ姿の人々が歩いているばかりだった。眩しさに目を細めながら見回しても、数分前のざわつきは跡形もなかった。空は依然として青く、風の痕跡はない。彼など最初からいなかったかのように。

 自分は駅に向けてゆっくりと歩き始める。

 自分が言えたことではないだろうけど、わかるつもりだ。そんな尊い理由で戦っているのではない。彼は知らないが、自分は原作でアルミンの心情は少しばかり知っている。彼がアルミンだったとすれば、彼は本当のことを言っていないような気がしてならない。

 水のボトルを持つ手の中に残る、彼の手首の硬さを見つめる。

 作中、特に初期、彼は体力がない弱い存在と書かれることがあった。しかし、先程の彼にそんなものは全く感じなかった。服を着ていても解る鍛えられた体は、厚い手の皮膚と荒れた皮膚は、自分の知る世界には存在しない。死にそうになりながらも生きている彼は強い。

 

 電車の時間に遅れる。足と鼓動は速かった。




この世界に来たアルミンは、ストヘス区の女型戦で地下道から駆け出ようとしているアルミンです。

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