魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第十一話 王城のやり方

 ヴェネフィルディアの再召喚確認が終わったあと、水湊はそのまま別の部屋へ回された。

 

 今度は会議室というより、作戦室に近い空間だった。壁一面に地図が貼られ、机の上には魔力灯で照らされた模型と、いくつもの書類束が並んでいる。保護区画の一室であることに変わりはないのだろうが、ここは明らかに“使うための部屋”だった。

 

 アッシュ、セレニア、エリシア、ベルトラン教授。

 顔ぶれはさっきと大きく変わらない。だが、全員の空気が少しだけ違う。

 

 もう、水湊が何者かを探っているだけではない。

 どう扱うかを決める段階へ進んでいる。

 

「座れ」

 

 アッシュに促され、水湊は長机の一端へ腰を下ろした。ナインはその足元の影に沈み込み、白い耳だけを外へ出している。

 

 机の中央には、ラングラン周辺の地図が広げられていた。

 

 王都の位置、主要街道、地下水路、古い坑道、神殿跡らしき印。そこへ赤い印がいくつも打たれている。数は多くない。だが、少ないからこそ気になる打ち方だった。

 

「これが、最近確認された裂け目案件よ」

 

 セレニアが杖の先で地図を指した。

 

「街道脇。南市場区画。西の旧搬送路。北外郭の監視塔近辺。……そして今朝方、もう一件」

 

 杖先が、王都北側の少し外れた地点で止まる。

 

「旧貯水路跡」

 

 水湊は地図へ身を乗り出した。

 

「増えてるのか」

 

「件数だけなら、いま急増というほどではない」

 

 答えたのはアッシュだった。

 

「だが、質が変わり始めている。これまでは単発で終わっていた歪みが、最近は残留する。裂け目を閉じても、同じ周辺で再発する傾向が出ている」

 

 それは嫌な話だった。

 

 市場の件を思い出す。あのざらついた空気、空間の縫い目が雑になった感覚。あれが一過性ではなく、地形や流れとして残り始めているなら、ただ敵を倒せば済む話ではない。

 

 ベルトラン教授が低く言う。

 

「通常の魔装機でも、出てきた敵性存在を排除すること自体は可能だ。問題はその後だな」

 

「閉じる方か」

 

「うむ」

 

 教授は満足そうに頷いた。

 

「街道でも市場でも、おぬしはそこに関与した。ヴェネフィルディアの位相干渉が、裂け目そのものへ届いている」

 

 つまり、それが水湊の役目になる。

 

 王国が欲しがっているのは、単なる強い魔装機ではない。

 裂け目そのものへ触れられる手だ。

 

 セレニアが話を継いだ。

 

「王城側の結論はこう。あなたを通常戦力として扱うのではなく、位相異常対応の特務協力者として運用する」

 

 言い回しは固い。だが意味ははっきりしている。

 

「前線の主力として常時出すつもりはない。けれど、裂け目や位相異常が絡む案件には優先的に参加してもらう」

 

「便利屋だな」

 

 思わずそう返すと、エリシアが即座に口を挟んだ。

 

「自分で言うだけならまだしも、拗ねた言い方しないでくれる?」

 

「拗ねてるわけじゃない」

 

「ならいいけど」

 

 そう言いつつ、彼女は机の上の別の紙束を水湊の前へ滑らせた。

 

 見れば、王国側でまとめた仮の行動規定らしい。召喚申請、同行義務、王城許可なしの単独出動禁止、裂け目発生時の優先通達先。ずいぶん細かい。

 

「……思ったより本気だな」

 

「思ったより、じゃなくて、最初から本気よ」

 

 セレニアが言う。

 

「あなたとヴェネフィルディアは、いま王城にとって最優先の不確定要素の一つなの。だから雑に扱うわけにも、放っておくわけにもいかない」

 

 その言葉は、妙に腑に落ちた。

 

 歓迎されているわけではない。

 だが、軽んじられてもいない。

 

 王城は王城なりに、本気で管理し、本気で見極めようとしているのだ。

 

「それで」

 

 水湊は紙束から顔を上げた。

 

「俺は何を覚えればいい」

 

 アッシュがわずかに目を細める。

 

「話が早くて助かる」

 

 そう言って、今度は彼が別の書類を開いた。

 

「当面の予定は三本立てだ。王国側の基礎知識。位相異常と裂け目の基礎講義。ヴェネフィルディアを用いた実地訓練」

 

「学校みたいだな」

 

「嫌か?」

 

「嫌っていうか、急だなと思っただけだ」

 

 それにはベルトラン教授が小さく笑った。

 

「急でなければ困るのだよ、水湊君。おぬしは異邦人で、王国の常識を持たず、その上で高位精霊の器へ応じられておる。ゆっくり学ばせてから運用、という順番が取りにくい」

 

 ごもっともだった。

 

 王城としては、一刻も早く把握したい。

 軍としては、一刻も早く使える形にしたい。

 その両方が透けて見える。

 

 エリシアが紙の束をめくった。

 

「王国側の基礎知識は私と術官側が分担。ラングランの地理、軍の系統、王城内の規則、出してはいけない失言集」

 

「最後のはいらないだろ」

 

「一番大事よ」

 

 きっぱり言われてしまった。

 

 セレニアも反論しないあたり、半分以上本気らしい。

 

 水湊は肩を落とし、それからもう一つ気になっていたことを聞いた。

 

「……俺が異邦人だってこと、どこまで知られてる」

 

 部屋の空気が少しだけ静まる。

 

 アッシュとセレニアが、短く視線を交わした。

 

 答えたのはセレニアだった。

 

「そこは切り分けるわ」

 

 彼女の声は、いつも通り事務的だった。

 

「王城中枢――陛下、術官上位、教授、隊長級の一部には、あなたがこの世界の外から来たことは共有されている」

 

「神のことも?」

 

「そこまで含めて」

 

 やはり、そこはもう隠れていない。

 

 だがセレニアはすぐに続ける。

 

「ただし、それを外へ広げるつもりはない。一般兵や一般術官には“異邦から来た協力者”“王城預かりの特殊案件”で通す」

 

 その方が自然だろう。

 

 神様転移です、といちいち説明して回るのは、水湊からしても気が進まない。

 

 アッシュが低く言う。

 

「おまえの出自は、使い方を間違えると余計な火種になる。奇異の目で見る者も出るし、逆に神託だの何だのと持ち上げる馬鹿も出る。そういうのは要らん」

 

「同感だ」

 

「だから、普段は異邦人でいい」

 

 その一言で、少しだけ肩の荷が下りた気がした。

 

 水湊にとって神の場は確かに始まりだ。

 だが、毎回そこから説明し直したいわけではない。

 

 ここではもう、そういう扱いではないのだろう。

 

 ベルトラン教授が、机上の地図へ視線を戻す。

 

「そして訓練と並行して、早々に一件、現場を見せるつもりだ」

 

「早いな」

 

「早いとも」

 

 教授はあっさり頷いた。

 

「知識は知識として必要だが、おぬしの場合、机上だけでは理解しきれぬ。何より、こちらもヴェネフィルディアが“落ち着いた状態の任務”でどう動くかを見たい」

 

 エリシアが指先で、さっきの赤印の一つを叩く。

 

「北の旧貯水路跡。今朝方、微弱な位相歪みが確認された。まだ裂け目は開いてない。でも、空間が薄くなり始めてる」

 

「予備兆候ってことか」

 

「そう」

 

 彼女の声は真面目だった。

 

「市場みたいに開いてから騒ぐんじゃ遅い。今回は、開く前に見に行く」

 

 それはかなり大きい。

 

 今までは、起きたことに対処していた。

 だが今度は違う。王城と軍は、位相異常を“予兆の段階で処理する”方向へ動き始めている。

 

 その中に、水湊とヴェネフィルディアが組み込まれる。

 

「今日の午後は資料と講義。明日の朝、旧貯水路跡へ出る」

 

 アッシュが言う。

 

「規模としては小さい。だからこそ、おまえを出せる。大規模戦闘ではなく、観測と封鎖の予行だと思え」

 

「随伴は?」

 

「私の隊から二名。エリシア隊から二名。術官一名。おまえ」

 

 少数だ。

 

 だが、それで十分だという判断なのだろう。

 

「ヴェネフィルディアは必要なら召喚。現地の状況次第で決める」

 

 セレニアのその言葉に、水湊はうなずいた。

 

 無理に最初から出さない。

 けれど必要なら出す。

 運用としてはかなり慎重だ。

 

 しばらく沈黙が落ちる。

 

 その沈黙の中で、水湊は地図の上の赤印を見つめた。街道、市場、西の旧搬送路、北の貯水路。ばらばらに見える。だが空間感応を通すと、何となく嫌な連なりが見えそうな気もする。

 

 流れ。

 あるいは、綻び方の癖。

 

 胸の奥へ意識を沈めると、冷たい灯が静かに揺れた。

 

 言葉ではない。

 だが、地図の北側にある印へ、感覚がわずかに引かれる。

 

「……そこ、気になるな」

 

 水湊がぽつりと漏らすと、アッシュが目を上げた。

 

「旧貯水路跡か」

 

「理由は、まだうまく言えない」

 

「それでいい。理由づけは後でやる」

 

 軍人らしい返しだった。

 

 エリシアも地図を見ながら眉を寄せる。

 

「前から思ってたけど、あなたの“嫌な感じがする”って、わりと当たるのよね」

 

「嬉しくない精度だな」

 

「私もそう思う」

 

 やり取りのあと、セレニアが杖を机へ軽く当てた。

 

「では決まり。午前中は講義室へ移るわ。まずは裂け目と位相異常に関する王城側の整理から。そこで共通認識を作る」

 

「つまり、座学か」

 

「そう。嫌そうな顔をしない」

 

「してない」

 

「してるわよ」

 

 それを横で聞いていたベルトラン教授が、少しだけ楽しそうに笑った。

 

「安心したまえ。最初から難解な理論を叩き込むつもりはない。今日は“何が起きていて、王国が何を掴めていないのか”を知ってもらうところからだ」

 

 その言い方は、妙に印象に残った。

 

 王国はまだ、全部を掴めていない。

 

 だからこそ、水湊もヴェネフィルディアも必要とされている。

 そして同時に、警戒もされている。

 

 王城のやり方は、やはり容赦がなかった。

 保護する。監視する。使えるなら使う。

 その順番を崩さずに、きっちり全部やるつもりらしい。

 

 だが、それを露骨に嫌だとも思わなかった。

 

 少なくとも、見えないところで勝手に決められるよりは、目の前で方針を示される方がよほどましだ。

 

 水湊は椅子から立ち上がった。

 

「わかった。付き合う」

 

「付き合う、ではなく参加する、ね」

 

 セレニアがすぐに訂正する。

 

「もうお客ではないのだから」

 

 その一言で、部屋の空気がほんの少しだけ変わった気がした。

 

 歓迎されたわけではない。

 けれど、外から来たままの客でもなくなった。

 

 水湊は小さく息を吐く。

 

「……了解。参加するよ」

 

 足元でナインが尾を揺らした。

 

『やっとそういう感じになってきたね』

 

 胸の奥の灯もまた、静かに沈んでいる。

 ヴェネフィスは何も言わない。

 だが、その沈黙はもう、遠いだけのものではなかった。

 

 明日は旧貯水路跡。

 裂け目の予兆。

 初めての、戦闘ではない任務。

 

 それがうまくいく保証はない。

 だが、ようやく水湊は、この世界の中で自分が何をするのか、その輪郭を少しだけ掴み始めていた。

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