Thought for 11s
もちろんです。
会話のために会話している感じを減らして、その場で自然に出る言葉に寄せて、第十七話を書き直します。
今回は特に、
水湊は最初からサイバスターとマサキを知っている
でも知っていることをむやみに振り回さない
会話を説明台詞にしない
「残る」「引っかかる」みたいな違和感の出やすい言い回しを整理する
このあたりを意識しています。
第十七話 裂け目の向こう側
昼を食べ終えたあと、水湊はアッシュに呼ばれて、王城外縁の小会議室へ向かった。
部屋に入ると、すでに面子は揃っていた。アッシュ、エリシア、リシュア、それに昼の食堂で顔を合わせたレオン。机の上には西側の地図と、観測記録らしい紙が何枚か広げられている。
「来たか」
アッシュが短く言う。
「急ぎだって聞いたけど」
「急ぎだ」
余計な前置きはなかった。
レオンが地図を指先で押さえる。
「西側の監視線だ。旧見張り塔の外れ。このあたりで妙な揺れが出た」
水湊は地図を覗き込んだ。
王都西側の外縁。尾根沿いの古い監視路の先に、小さな印がついている。
「サイバスターが出た場所か」
そのまま聞くと、レオンが少しだけ目を上げた。
「知ってるのか」
「知らない方が不自然だろ」
それだけ返すと、レオンは変に探ることもなく話を続けた。
「近いが、ぴったり同じ場所じゃない。だから最初は、戦闘の余波かと思った」
「違ったのね」
エリシアが腕を組んだまま言う。
「そう見て放っておくには、散り方が変だった」
レオンの声は低いが、妙に耳に残る響きがあった。現場でそういうものを何度も見てきた人間の言い方だ。
アッシュが一枚の記録紙を水湊へ寄越す。
「術式記録だ。見てわかるとは思っていない。だが、現場へ行く前に目を通しておけ」
受け取って見てみるが、やはり数字と波形だけではわからない。ただ、大きく乱れた線の横に、細くてしつこい揺れが一本だけ残っているのは見て取れた。
「……これか」
「そうだ」
レオンが頷く。
「大きい力が通ったあとなら、もっと雑に散る。こいつは妙に細い。それが気持ち悪い」
その言い方は、少しだけしっくりきた。
アッシュが水湊を見る。
「行くぞ」
「いまからか」
「様子見をしているうちに消える類なら、それに越したことはない。だが、そうでないなら早い方がいい」
もっともだった。
王都西側の外縁は、北の旧貯水路跡とは空気が違っていた。
湿り気は薄く、乾いた岩と風の匂いが強い。足場もよくない。古い監視路をしばらく進んだ先に、崩れかけた見張り塔が立っていた。石積みの半分が風に削られ、辛うじて形を保っている。
観測班は先に着いていた。簡易結界が張られ、塔の周囲に符と術式杭が置かれている。
「どうだ」
レオンが問うと、観測班の術官がすぐに答えた。
「大きな変化はありません。ただ、消えてもいません」
「消えてない、か」
水湊はその言葉に少しだけ引っかかったが、何も言わず前へ出た。
風が強い。
けれど、その風とは別に、景色の端が時々わずかにぶれる場所がある。
見張り塔の基部。岩の裂け目に近いあたりだ。
「……あそこだな」
水湊が言うと、レオンが横に並ぶ。
「わかるか」
「ある」
今度は迷わずそう言った。
「塔の根元。岩の割れ目の奥」
リシュアが術式板を向ける。淡い反応が返る。
「出ています」
そこで水湊は、さらに目を細めた。
歪みそのものは細い。だが、それだけじゃない。そこには別の流れが重なっていた。強い風が通った跡だ。けれど、二つはきれいに重なっていない。
むしろ、風が過ぎたあとに、別のものがそこへ触ったように見えた。
「これ……」
思わず口にすると、エリシアが振り向く。
「何」
「サイバスターの動きとは別だ」
場が静まる。
レオンもアッシュも、軽くは受け取らなかった。
「理由は」
アッシュの問いに、水湊は岩場を見たまま答えた。
「風の通り道はある。でも、こっちの歪みはそのあとだ。残り方が違う」
「残り方、ね」
エリシアが呟く。
水湊は少し考えて、言い直した。
「いや、違うな。馴染んでない。風の流れに対して、変に浮いてる」
今度は自分でもしっくりきた。
レオンが小さく息を吐く。
「戦闘のどさくさに紛れて、別のものを置いたってことか」
「その可能性はある」
アッシュが短く返す。
「観測班だけだと、余波だと思って流したかもしれん」
その時だった。
強い風が塔の脇を吹き抜け、次の瞬間、岩の割れ目の奥で空気がきしんだ。
目に見えるほどではない。
だが、その場にいる全員が気づくには十分だった。
エリシアの声が一段低くなる。
「来るわよ」
水湊の足元で、影が揺れた。
『奥に何かある』
ナインの声もいつもより低い。
『継ぎ目に、無理やり噛ませてる』
その表現で十分だった。
自然にできた歪みではない。誰かが手を入れている。
アッシュが一歩前へ出る。
「水湊、見られるか」
「やる」
水湊は岩場の手前にしゃがみ込み、意識だけを割れ目の奥へ沈めた。
冷たい。
薄い。
その奥に、硬いものがある。
術具というには歪で、石や鉄とも違う。境界の継ぎ目に、無理やり差し込まれた楔みたいな感触だった。
「……あるな」
水湊が低く言う。
「何か入ってる。自然じゃない」
リシュアが術式板を見ながら顔を上げる。
「反応が上がっています」
「抜けるか」
レオンの問いに、水湊はすぐには頷けなかった。
その奥にあるものへ、もう少し意識を伸ばした、その瞬間だった。
黒い靄が、割れ目の縁からにじんだ。
数は多くない。形も定まらない。煙のようでいて、獣の影みたいにも見える。
「っ、出る!」
エリシアが短く叫び、光の術を放つ。兵たちも前へ出て、レオンが横から一体を叩き落とした。
アッシュの声が飛ぶ。
「本体は出すな。押さえだけでいい」
「わかった」
水湊は頷き、胸の奥へ意識を沈める。
「同調《シンク》――局所接続」
白銀の光輪が開き、ヴェネフィルディアの右腕部だけが現れる。
水湊はその指先を割れ目の縁へ向けた。押し潰すのではない。ずれた噛み合わせを、ひとまず元の位置へ戻す。
黒い靄が、ぶつりと散る。
だが、それで終わりではなかった。
割れ目の向こう側に、妙な遠さがある。
旧貯水路跡の時は、地の下へ広がる感じだった。今回は違う。深いというより、遠い。ラ・ギアスの内側へ沈むのではなく、もっと外へ引かれるような距離感。
水湊は思わず息を止めた。
そこで、胸の奥へ強い意志が落ちてきた。
触れるな。
ヴェネフィスだった。
今までより、はっきりした警告だった。
水湊は反射的に手を止める。
「どうした!」
アッシュの声が飛ぶ。
「この先は駄目だ」
水湊は額ににじんだ汗を拭いもせず言った。
「楔だけ外そうとしたら、そのまま開く」
レオンが短く息を吸う。
「封鎖優先だな」
判断は早かった。
リシュアが術式糸を追加で走らせ、水湊も局所接続のまま割れ目の縁を押さえる。黒い靄は二度ほど揺れたが、それ以上は出てこなかった。
やがて、風が少し落ち着く。
割れ目のきしみも、さっきよりは静かになった。
「一時封鎖できました」
リシュアが告げる。
アッシュは頷いた。
「今日はここまでだ。楔は抜かん。観測班を増やして監視を続ける」
水湊は局所接続を解いた。白銀の腕が薄れて消えると、ようやく肩の力が抜ける。
エリシアが小さく息をついた。
「嫌な予感って、大体当たるのよね」
「嬉しくないな」
「私だって嬉しくないわよ」
レオンはまだ、割れ目のあった岩場を見ている。
「戦闘のあとに紛れ込ませる、か。趣味が悪い」
「最初からそれ狙いだろうな」
アッシュの声は低かった。
「強い力が動いた直後なら、周囲の乱れは余波に見える。そこへ別の傷を重ねれば、見落としやすい」
水湊は、まだ胸の奥に残っている“遠さ”を引きずっていた。
旧貯水路跡とは違う。
あれはラ・ギアスの内側で広がる綻びだった。
でも、こっちは違う。
『見たんでしょ』
ナインが言う。
「……少しだけな」
『向こう側』
「ああ」
完全に見たわけではない。
けれど、気づくには十分だった。
レオンが振り向く。
「何かわかったのか」
水湊は少し迷ったが、隠しても仕方がなかった。
「貯水路跡の時とは違う」
「どう違う」
「向きが違う」
自分でも、口にしてからその言葉がいちばん近い気がした。
「向こう側が、ラ・ギアスの中じゃない感じがする」
場の空気が変わる。
アッシュも、エリシアも、リシュアも、誰もすぐには口を開かなかった。
やがてレオンが静かに言う。
「外へ向いてる、ってことか」
「断定はできない」
水湊は首を振る。
「でも、少なくとも、ただの局所異常じゃない。そんな感じがする」
それが今言える限界だった。
ヴェネフィスはもう何も言わない。
けれど、さっきの警告だけで十分だった。
――まだ触れるな。
それはつまり、その先に本当に何かがあるということでもある。
王都へ戻る道すがら、誰も大きな声では話さなかった。
自然発生ではないかもしれない綻び。
意図的に差し込まれた楔。
そして、その向こう側がラ・ギアスの内側だけではないかもしれないという感触。
どれも重い。
どれも、王城で穏やかに片づく類の報告ではなかった。
風はもう落ち着いていた。
けれど水湊には、その静けさがかえって不気味に思えた。
ラ・ギアスの地の下を広がる綻び。
そのさらに向こうへ口を開こうとしている何か。
自分が相手にしているものは、思っていたよりずっと大きいのかもしれない。
今日は花見のため、これだけ!