魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第十九話 別働隊

 マサキたちとの顔合わせが終わったあと、水湊はそのまま解放されなかった。

 

 予想はしていた。

 あの場は、ただ挨拶を済ませて終わる空気ではなかったからだ。

 

 王城外縁の廊下を一つ曲がり、さらに奥へ通される。案内されたのは、何度か使っている作戦室だった。壁一面の地図、机の上の記録板、魔力灯の白い光。もう見慣れたはずなのに、ここへ来るたび少しだけ胃が重くなる。

 

 部屋の中には、すでに顔ぶれが揃っていた。

 

 アッシュ、セレニア、エリシア、リシュア、レオン。それに軍務局の文官が一人、王城側の術官が二人。数は多くないが、今日もまた、軽い話ではなさそうだった。

 

「座れ」

 

 アッシュに促され、水湊は長机の端へ腰を下ろす。

 

 椅子に背を預ける間もなく、セレニアが机上の地図を広げた。

 

「結論から言うわ」

 

 こういう時の彼女は、だいたい前置きがない。

 

「西側の件を受けて、王城は裂け目・位相異常案件の専任班を切ることにした」

 

 水湊は一瞬だけ言葉を待った。

 

 専任班。

 つまり、場当たり的に人を集めるのではなく、最初から役割を分けて動くということだ。

 

 レオンが地図の西側を指先で押さえる。

 

「表で大きな戦闘が起きた時、その余波に紛れて別の異常が差し込まれる可能性が出た。そうなると、主戦線を追っている側と、綻びを追う側を分けた方が早い」

 

「混ぜると遅れる、ってことか」

 

 水湊が聞くと、アッシュが短く頷いた。

 

「そうだ。片方が敵を抑え、片方が地形と異常を追う。両方を一つの現場でやらせるには、荷が重すぎる」

 

 それはわかる。

 

 サイバスターのような正面戦闘の切り札と、王都の下を這う裂け目を読む役目は、同じ場にあってもやることが違いすぎる。

 

 エリシアが腕を組んだまま言う。

 

「だから、あんたを軸にした別働隊を作るって話」

 

 言い方がずいぶんあっさりしていた。

 

 だが、内容は重い。

 

「俺を軸に?」

 

「嫌なの?」

 

「嫌っていうか……早いな」

 

「遅いよりはましでしょ」

 

 そう返しつつも、エリシアの目は少しだけ真面目だった。軽く言ってはいても、彼女自身、この話を軽くは見ていないのだろう。

 

 文官がそこで書類をめくった。

 

「正式な隊号を与える段階ではありません。現状は王城直轄の暫定編成です」

 

「呼び方はどうでもいい」

 

 アッシュが言う。

 

「重要なのは、誰が何をするかだ」

 

 その言葉で、部屋の空気が少し引き締まる。

 

 レオンが先に口を開いた。

 

「西側監視線の観測と、王都周辺の異常追跡は俺が持つ。外側の巡回線と古い連絡路にも人を回す」

 

 続いてリシュア。

 

「王城術官側は、観測記録と封鎖術式の維持。現場での結界補助もこちらで担当します」

 

「巡察隊は?」

 

 水湊が聞くと、エリシアが肩をすくめた。

 

「私が出るに決まってるでしょ。街道からずっと見てるの、こっちなんだから」

 

「自分で言うんだな」

 

「言うわよ。その方が早いもの」

 

 そこは、たしかにそうだった。

 

 誰が橋渡し役になるかで言えば、いまのところエリシア以上に都合のいい人間はいない。

 

 最後に、アッシュの視線が水湊へ向く。

 

「おまえの役目は三つだ」

 

 短いが、逃がさない言い方だった。

 

「一つ、異常の先読み。二つ、現場での局所対応。三つ、ヴェネフィルディアを使うかどうかの判断材料を出すこと」

 

「最後は俺が決めるのか」

 

「最終判断は現場指揮官だ」

 

 そこははっきりしている。

 

「だが、おまえの感応と機体の反応がなければ、こちらは何も決められん場面が出る」

 

 それはそうだろう。

 

 旧貯水路跡も、西側監視線も、王城側の観測だけでは見切れなかった。だから水湊がここにいる。

 

 セレニアが補足する。

 

「勘で全部を回すつもりはないわ。でも、勘にしか見えないものが、すでに二度当たっているのも事実よ」

 

「三度目からは勘じゃなくて能力扱いってやつか」

 

 水湊が言うと、アッシュがわずかに目を細めた。

 

「覚えていたか」

 

「言われたからな」

 

 そこで部屋の空気がほんの少しだけ緩む。

 

 文官が書類を閉じた。

 

「編成としては五名を基幹とします。現場ごとに兵と術官を追加。基幹は、アッシュ隊長、エリシア巡察官、術官リシュア、監視線担当レオン、そして久遠水湊」

 

 読み上げられると、さすがに実感が出る。

 

 別働隊。

 暫定編成。

 王城直轄。

 

 肩書きだけ見れば、またひどく面倒なところへ来た気がする。

 

『似合ってるんじゃない?』

 

 ナインが影の中で言った。

 

「何がだよ」

 

『表で派手に戦う隊よりは、こっちの方が』

 

 否定しきれないのが癪だった。

 

 レオンが腕を組んだまま言う。

 

「勘違いするなよ。これはおまえを信用したって話じゃない」

 

「わかってる」

 

「必要だから同じ枠に入れる。それだけだ」

 

「それでも十分だろ」

 

 そう返すと、レオンは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。

 

「……まあな」

 

 その返しで、少しだけ人となりが見えた気がした。

 

 不愛想だが、理屈で動く。

 アッシュとはまた少し違うが、現場寄りなのは同じだ。

 

 エリシアが水湊を見た。

 

「で、どうするの?」

 

「どうするって?」

 

「嫌なら嫌で、いま言いなさいってこと」

 

 からかいではなかった。

 

 本気で確認している声だった。

 

 水湊は少しだけ考える。

 

 王城に保護され、管理され、使われる。

 そこに抵抗がないわけではない。

 だが、旧貯水路跡と西側監視線を見た今、知らないふりをして離れられるほど器用でもない。

 

「……やるよ」

 

 そう答えると、エリシアは一度だけ頷いた。

 

「ならいい」

 

 それだけだった。

 

 けれど、それで十分だった。

 

 アッシュが地図の中央、王都周辺の印を順に示す。

 

「しばらくは三方面を並行して追う。旧貯水路跡、西側監視線、それから王城下水路網との照合だ」

 

「下もやるのか」

 

「むしろ下が本命かもしれん」

 

 アッシュは淡々と言う。

 

「旧貯水路跡の線がどこまで繋がっているか、まだ切れていない」

 

 リシュアが記録板を差し出した。

 

「術式図を重ねた限りでは、王都下層の古い流路と一部が近すぎます。偶然で済ませるには厳しいかと」

 

 ぞっとしない話だった。

 

 王都の下。

 人の暮らしの足元。

 そこを裂け目の線が這っているかもしれない。

 

 レオンが机上の西側地図を叩く。

 

「こっちは楔の回収方法を詰める。放っておくのは危険だが、無理に抜けば開く。王城術官だけじゃ足りん」

 

 自然と、全員の視線が水湊へ向く。

 

 水湊は息を吐いた。

 

「わかったよ。必要なら行く」

 

「必要だから言ってるのよ」

 

 セレニアの返しは容赦がない。

 

 だが、それくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 会議はそこから、現実的な話に移った。

 

 出動許可の系統。

 保護区画からの呼び出し手順。

 別働隊への連絡方法。

 局所接続を使う際の術官立ち会い。

 完全召喚に切り替える判断基準。

 

 派手さはない。

 だが、こういう地味な話があるからこそ、別働隊は“思いつきの寄せ集め”ではなくなるのだろう。

 

 ひと通り決まった頃には、魔力灯の色が少し変わっていた。時間が思った以上に流れている。

 

 最後に、アッシュが書類を一枚、水湊の前へ置いた。

 

「仮運用規定だ。今日から適用する」

 

 見ると、書いてあることは大きくは変わらない。単独行動禁止、現場判断の共有、無断召喚禁止。ただ、その末尾に一行だけ増えていた。

 

 王城直轄別働任務への参加を許可する。

 

 その一行を見た時、不思議と少しだけ現実味が増した。

 

 水湊は書類を置き、顔を上げる。

 

「これで、俺は正式に裏方ってことか」

 

「不満?」

 

 エリシアが聞く。

 

「いや」

 

 水湊は首を振った。

 

「たぶん、その方が向いてる」

 

 アッシュがわずかに口元を動かす。

 

「私もそう思う」

 

「おい」

 

「冗談ではない」

 

 冗談に聞こえにくいのが、この男の困るところだ。

 

 けれど、その評価を不思議と悪く思わない自分もいた。

 

 サイバスターが正面で風を切るなら、ヴェネフィルディアは綻びの裏へ手をかける。

 同じ世界にいて、役目は違う。

 それでいい。

 

 会議が終わり、立ち上がったところで、レオンがふと振り向いた。

 

「明日から忙しくなるぞ」

 

「今日までは違ったみたいな言い方だな」

 

「今日までは、まだ前座だ」

 

 その言い方は、少しだけ本気で嫌だった。

 

 だが、嘘でもないのだろう。

 

 西側の楔。

 王都地下の線。

 そして、まだ姿を見せない“向こう側”。

 

 どれも、これから先の火種だ。

 

 部屋を出ると、廊下の空気が少しひんやりしていた。王城の石壁は、時間を問わず体温を奪う。

 

『別働隊、だって』

 

 ナインが楽しそうに言う。

 

「他人事みたいだな」

 

『半分はそうだし。半分は水湊と一緒だけど』

 

「どっちだよ」

 

『両方』

 

 白銀の小狐らしい、曖昧な答えだった。

 

 けれど、水湊は少しだけ笑った。

 

 王城管理下の異邦人。

 裂け目案件の専門戦力。

 そして、王城直轄の別働隊。

 

 肩書きは増えた。

 面倒も増えた。

 それでも、いまの自分がどこに立っているのかは、前よりずっとはっきりしていた。

 

 胸の奥で、冷たい灯が静かに揺れる。

 

 ヴェネフィスは何も言わない。

 だが、その沈黙が拒絶ではないことくらいは、もうわかる。

 

 だから水湊は、王城の長い廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。

 

 ここから先は、きっともう少し忙しくなる。

 そしてたぶん、もう少し深いところまで、この世界の綻びに触れていくことになる。

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