魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第二十四話 次の場所

 封印庫跡から持ち帰った記録は、思ったより少なかった。

 

 棚は荒らされ、箱は壊れ、肝心の中身は抜かれている。残っていたのは、湿気で端が波打った紙束と、割れた記録板の欠片、それに台座の下から見つかった古い管理票が数枚だけだった。

 

 それでも、何もないよりはずっとましだった。

 

 王城術官局の資料室は、夜になると妙に静かだ。人の気配が完全に消えるわけではないが、昼のような出入りはなくなる。灯りも抑え気味で、紙をめくる音だけがやけに響く。

 

 水湊は長机の端で、古い管理票を一枚ずつ見ていた。

 

 右端が焦げ、文字の半分は潰れている。読みやすい代物ではない。だが、そこに書かれている単語のいくつかは、さすがに見落とせなかった。

 

「……境界安定具」

 

 思わず口にすると、向かいで記録板を見ていたベルトラン教授が顔を上げた。

 

「読めたか」

 

「このへんだけですけど」

 

 紙を少しずらす。

 

「保管品目のところに、そう書いてある。たぶん」

 

 教授は席を立ち、こちらへ回ってきた。肩越しに管理票を見下ろし、小さく頷く。

 

「間違ってはおらんだろう」

 

「やっぱり、封印庫跡にあったのはそういう類なんですね」

 

「だろうな。門そのものではないが、境界を安定させるための補助具。昔の術官は、ずいぶん際どいものを扱っておったらしい」

 

 その言い方に、水湊は苦笑する。

 

「昔の術官って、だいたいそういうものじゃないですか」

 

「否定はせん」

 

 教授はあっさり言った。

 

 少し離れたところで、セレニアとリシュアが割れた記録板の欠片を並べている。光に透かし、欠けたところを合わせ、順に内容を拾っていく地味な作業だ。エリシアは最初の十分で飽きるかと思っていたが、意外にも大人しく壁際に立っている。もっとも、三回に一回くらいは欠伸を噛み殺していた。

 

「眠いなら戻っていいわよ」

 

 セレニアが言うと、エリシアは即座に返した。

 

「こういう時に何か出るのって、たいてい私がいなくなった直後なのよ」

 

「変な経験則ね」

 

「外れてないから困るの」

 

 そのやり取りに、資料室の空気が少しだけ和らぐ。

 

 アッシュとレオンは奥の地図台を占領していた。王都外縁の地図の上に、旧貯水路跡、西側監視線、旧搬送路、封印庫跡を結んだ線がいくつも引かれている。四点だけ見ればまだ偶然にも見える。だが、そこへ古い流路と祭祀路を重ねると、嫌なほど筋が通ってしまう。

 

 レオンが低く言った。

 

「この線、やっぱり南へ流れすぎだ」

 

 アッシュが地図の端を押さえる。

 

「北の方が薄いな」

 

「薄いというか、まだ手をつけてないだけかもしれん」

 

 水湊はその言葉を聞きながら、もう一枚の管理票を手に取った。

 

 今度の紙はさらに状態が悪い。だが、下段にだけ比較的はっきりした文字が残っている。

 

 搬出許可。

 記録移送。

 第三祭祀路――

 

「教授」

 

「ん?」

 

「これ、祭祀路って書いてますよね」

 

 教授がすぐにこちらを覗き込む。セレニアも手を止めた。

 

「どこだ」

 

「ここ」

 

 焦げた紙の下端を指で押さえる。

 

「第三祭祀路。たぶん、その前に“南外縁”って入ると思います」

 

 リシュアがすぐに反応した。

 

「南外縁第三祭祀路……旧工房区画からなら、封印庫跡のさらに南ですね」

 

「繋がるのか」

 

 アッシュが地図台の方から聞く。

 

 リシュアは記憶を辿るように目を細めた。

 

「古い礼式用の通路です。いまは半ば埋まって、地下側しか残っていないはずですが」

 

 その言葉に、水湊の胸の奥がわずかにざらついた。

 

 地下。

 祭祀路。

 埋まっている。

 

 嫌な条件が揃いすぎている。

 

 セレニアが管理票を受け取り、ざっと目を通した。

 

「搬出許可の欄もあるわね」

 

「昔、封印庫跡からそこへ何か動かしたってことか?」

 

 エリシアが聞くと、教授が首を横に振る。

 

「断定は早い。保管前かもしれんし、保管後の移送かもしれん。ただ、封印庫跡と祭祀路が文書の上で繋がっておるのは大きい」

 

 レオンが地図台からこちらへ来る。

 

「祭祀路ってのは、いま入れるのか」

 

「入口は封じられているはずよ」

 

 セレニアが答える。

 

「でも、完全閉鎖かどうかは別」

 

「つまり、調べろってことだな」

 

 アッシュの声は変わらず低かったが、迷いはない。

 

 そこへ、リシュアがもう一枚の欠片を持ってきた。

 

「こちらも繋がりました」

 

 並べてみると、欠片の端に短い文が浮かぶ。

 

 安定具一式、第三祭祀路仮置き。

 

 室内が静まった。

 

 水湊は小さく息を吐く。

 

「仮置き、か」

 

 教授が頷く。

 

「封印庫跡から何かを移した痕跡としては十分じゃな」

 

「じゃあ、昔そこにあったものが、祭祀路側へ移された可能性がある?」

 

 エリシアの問いに、セレニアが慎重に答える。

 

「可能性はある。でも、それが今もあるとは限らない」

 

「なくても困るし、あっても困るわね」

 

「だいたいそういうものよ」

 

 そう言いながら、セレニアはもうすでに次の段取りを考えている顔になっていた。

 

 水湊は管理票から目を上げ、地図台の方を見る。

 

 旧貯水路跡。西側監視線。旧搬送路。封印庫跡。

 そして南外縁第三祭祀路。

 

 点が増えるたびに、線の意味が強くなる。

 

 ただの荒らしではない。

 ただの封印破りでもない。

 何かを探し、何かを揃え、何かを通そうとしている。

 

『やっぱり次はそこだね』

 

 ナインが影の中で言った。

 

「そうだろうな」

 

『行きたくない顔してる』

 

「行きたい顔にはならないだろ」

 

『それもそう』

 

 そこで、壁際に置かれていた通信符が小さく光った。

 

 全員の視線がそちらへ向く。

 

 セレニアが受け取り、短くやり取りをしてから顔を上げた。

 

「南外縁の巡回班から」

 

「何だ」

 

 アッシュが聞く。

 

「第三祭祀路の封鎖石板の周辺で、地鳴りに似た振動を拾ったそうよ」

 

 その一言で、部屋の空気が一気に変わった。

 

 エリシアが顔をしかめる。

 

「出来すぎでしょ」

 

「出来すぎなくらいでちょうどいい」

 

 アッシュはもう椅子から立っていた。

 

 レオンも地図を巻き取る。

 

「向こうも、こっちが気づいた頃を見計らってるな」

 

「いや」

 

 水湊は、そこで自然に口を挟んでいた。

 

「見計らってるっていうより、向こうも急いでる気がする」

 

 全員の目が向く。

 

 言ってから、自分でも少しだけ考える。

 

「封印庫跡は、たぶん準備だった。黒い楔も、輪も。でも、肝心の“昔そこにあったもの”がないなら、向こうは別の場所を当たり始めるしかない」

 

「代わりを探してるってことか」

 

 レオンが低く言う。

 

「たぶん」

 

 水湊は頷く。

 

「こっちが追ってるからじゃなくて、向こうも向こうで止まれないんじゃないか」

 

 ベルトラン教授が、少しだけ目を細めた。

 

「急ぎの理由がある、と」

 

「そう見える」

 

 そこまで言ってから、水湊は胸の奥のざらつきに気づく。

 

 嫌な感じがする。

 だが、これまでと少し違う。

 綻びや楔に触れた時の感覚ではない。もっと遠く、もっと薄いところで、何かがこじ開けられかけているような不安定さだった。

 

 ヴェネフィスはまだ何も言わない。

 けれど、沈黙の質が変わっている。

 

「……あんまり時間がないかもしれない」

 

 思わず漏れたその言葉に、アッシュはすぐ頷いた。

 

「なら、なおさら待たん」

 

 指示は早かった。

 

「別働隊は即応。南外縁第三祭祀路へ入る。王城術官は封鎖石板の状態確認。教授、同行を頼めますか」

 

「もちろんだ」

 

 教授はもう杖を手にしている。

 

 エリシアは軽く首を回しながら言った。

 

「今日は夜更かしコースね」

 

「いまさらだろ」

 

 水湊が返すと、彼女は少しだけ笑った。

 

「まあね」

 

 資料室の空気が一気に動き始める。

 

 記録をまとめる者。

 地図を持ち出す者。

 出動許可を走らせる文官。

 その中心を、別働隊が自然に横切っていく。

 

 王城直轄の暫定編成。

 そう呼ばれていたものが、もうほとんど形だけではなくなっているのがわかった。

 

 水湊は最後にもう一度、机の上の管理票を見た。

 

 第三祭祀路。

 仮置き。

 境界安定具。

 

 古い記録の断片でしかない。

 だが、そこへ黒い楔と封印庫跡の輪が重なれば、もう偶然とは言えない。

 

 相手が狙っているのは、きっと“次の綻び”ではない。

 綻びを通した、その先だ。

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