魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第二十六話 名前のない手

 第三祭祀路から持ち帰ったものは、三つあった。

 

 黒い楔が三本。

 身元不明の死体が一つ。

 そして、祭祀路の奥にまだ何かが続いているという、あまり嬉しくない確信。

 

 そのうち、いちばん先に片づけられたのは死体の方だった。

 

 片づけられた、という言い方が正しいのかは少し怪しい。だが少なくとも、楔や綻びと違って、人間の方は王城にも手順がある。衣服、持ち物、身体の傷、魔力痕。ひと通りの確認は、術官ではなく軍と文官が主になって進めていく。

 

 水湊たちは、その結果を待つ側だった。

 

 翌日の昼過ぎ、別働隊はまた王城外縁の作戦室へ呼ばれた。

 

 もう何度も入っている部屋だが、入るたび空気が違う。今日は机の上に、楔の封印箱が三つ並び、その脇に紙束が積まれていた。アッシュは壁際で腕を組み、レオンは窓もない石壁を見ながら何か考えている。エリシアは椅子に腰掛けているが、完全に休んでいる顔ではない。

 

「来たわね」

 

 セレニアが机上の紙を整えながら言う。

 

「結果、出たわよ」

 

「どっちが先だ」

 

 水湊が聞くと、セレニアは一枚目の紙を持ち上げた。

 

「死体の方から」

 

 その言い方で、少しだけ身構える。

 

「身元は?」

 

「王城の人間じゃない。軍籍もなし。ラングラン正規の術官でもない」

 

 そこまでは予想通りだった。

 

「ただ、まったくの流れ者というわけでもなさそう」

 

 セレニアは紙を机の中央へ置く。

 

「衣服の繊維、持ち物の加工、魔力の癖。どれも南外縁の工房筋に近い。今は潰れた小工房か、そこから流れた者の可能性が高い」

 

「雇われか」

 

 レオンが低く言う。

 

「おそらくね」

 

 セレニアは頷く。

 

「問題は、何に雇われていたか」

 

 そこへ、アッシュが別の紙を一枚差し出した。

 

「懐から出た札片だ」

 

 見ると、何かの印らしきものが途中まで削られている。完全には読めない。だが、消しきれてもいない。

 

「故意に削ってるな」

 

 水湊が言うと、アッシュは短く返す。

 

「そうだ。所属を隠したいが、急いでいて処理が甘い」

 

 エリシアが椅子にもたれたまま言う。

 

「雑なのか、焦ってたのか」

 

「両方かもしれん」

 

 レオンの声は乾いていた。

 

 死んだ男ひとりから、全部がわかるわけじゃない。だが少なくとも、ただ偶然巻き込まれた誰かではない。何かのために送り込まれ、途中で捨てられた駒だ。

 

 その事実だけで十分に嫌だった。

 

 セレニアは紙束を脇へ避け、今度は楔の箱を指先で叩いた。

 

「次。本題ね」

 

 箱はすでに一度開けられているらしかった。封印布の上から、新しい術式が重ねられている。扱いが変わったということだろう。

 

「三本とも、西側と旧搬送路で回収したものと同系統だった」

 

「やっぱりか」

 

 水湊が言うと、ベルトラン教授がそこで口を開いた。

 

「ただし、まったく同じではない」

 

 教授は箱の一つを開き、黒い楔を石台の上へ転がした。

 

 近くで見ると、表面の筋が前のものより細かい。刻印ではない。だが、粗い傷とも違う。

 

「西側のものは“押し込む”ための形だった。今回の三本は、そこに“揃える”ための癖が加わっておる」

 

「揃える?」

 

 水湊が聞き返す。

 

 教授は石台の上へ三本を並べた。

 

「輪を組むためだよ。一本だけでは綻びを保つ。三本揃うと、綻び同士の間に向きが生まれる」

 

 リシュアがすぐに術式板を重ねる。三本の楔の上に細い光が走り、淡い三角が浮かび上がった。

 

「祭祀路で見たのと同じ反応です」

 

「つまり」

 

 エリシアが眉を寄せる。

 

「向こう、最初から三本一組で使い分けてるってこと?」

 

「そう考えた方が自然ね」

 

 セレニアが答えた。

 

「楔はただ刺せばいいわけじゃない。場所を選び、向きを揃え、綻びの流れを一定方向へ寄せている」

 

 水湊はその三角を見ながら、小さく息を吐く。

 

 壊すためではない。

 散らすためでもない。

 寄せて、揃えて、通せる形に近づけている。

 

 そこまでくれば、もうだいぶはっきりしている。

 

「やっぱり、“道”を作ってるんだな」

 

 思わずそう口にすると、教授が静かに頷いた。

 

「おそらくな」

 

 室内が少し静まる。

 

 言葉にすると、輪郭が濃くなる。濃くなるほど、現実味が増す。

 

 アッシュが机上の地図をこちらへ回した。

 

「旧貯水路跡、西側監視線、旧搬送路、封印庫跡、第三祭祀路。これらを結ぶと、王都外縁の南半分に偏る」

 

「最初から狙いを絞ってたのね」

 

 エリシアが言う。

 

「そうだろうな」

 

 アッシュの返しは短い。

 

「偶然にしては手が揃いすぎている」

 

 レオンが地図の南寄りを指先でなぞる。

 

「しかも、祭祀路のさらに先にも古い通路がある」

 

 そこで、水湊は顔を上げた。

 

「まだあるのか」

 

「ある」

 

 レオンは頷く。

 

「南外縁の古い祭祀路は、地下で二本に枝分かれしている。一つは昨日の第三祭祀路。もう一つは、もっと深いところで旧神殿跡へ繋がる」

 

 聞いた瞬間、胸の奥が少しざらついた。

 

 旧神殿跡。

 それだけで、碌でもない気配しかしない。

 

 ナインが影の中で呟く。

 

『やっぱり下に行くんだ』

 

「行きたくないな」

 

『でも行くんでしょ』

 

「だろうな」

 

 そこへ、リシュアが術式板から顔を上げた。

 

「もう一つ、気になることがあります」

 

 全員の視線が向く。

 

「楔そのものの術式です。王城式でも軍式でもないのは変わりません。ただ……」

 

「ただ?」

 

 セレニアが促す。

 

「基礎の組み方に、古い祭祀術の癖があります」

 

 その言葉は重かった。

 

 ベルトラン教授がすぐに食いつく。

 

「断言できるか」

 

「断言までは」

 

 リシュアは慎重だった。

 

「でも、王城の正規術式より、古い礼式術や奉納術に近いです。実用術というより、“場を整えて何かを通す”ための組み方に見える」

 

「祭祀路と噛み合うわね」

 

 セレニアが言う。

 

 アッシュは無言のまま、地図の南端を見つめている。考えている時の顔だ。だいたい、そういう時の結論は面倒な方へ寄る。

 

「つまり何だ」

 

 水湊は地図へ視線を落としたまま聞く。

 

「向こうは昔の場所と昔の術を拾って、そこへ今の綻びを重ねてるってことか」

 

「そう考えるのがいちばん筋が通る」

 

 教授が答えた。

 

 エリシアが嫌そうに顔をしかめる。

 

「ほんと、正面から来ないわね」

 

「正面から来るなら楽なんだがな」

 

 アッシュの返しは乾いていた。

 

 そこへ、作戦室の扉が二度叩かれた。

 

 文官が一人、急ぎ足で入ってくる。顔つきだけで、あまり嬉しくない報告だとわかった。

 

「失礼します。南外縁の見回り班より」

 

「言え」

 

 アッシュが促す。

 

「第三祭祀路のさらに南、旧神殿跡方面で、小規模な地揺れと光の乱れが確認されました」

 

 言い終わるより先に、レオンが舌打ちした。

 

「早いな」

 

「こちらの動きに気づいた、というより……」

 

 文官は少し迷ってから続けた。

 

「向こうも、何かを急いでいるように見えます」

 

 その言葉に、水湊はさっき自分が言ったことを思い出した。

 

 向こうも止まれない。

 こっちが追っているからだけじゃなく、向こうにも向こうの都合がある。

 

 その仮説は、どうやら外れていないらしい。

 

 セレニアが立ち上がる。

 

「場所は旧神殿跡寄りね」

 

「はい」

 

「距離は?」

 

「第三祭祀路から地下側を通れば、半刻ほどかと」

 

 レオンが地図を巻き取った。

 

「行くしかないな」

 

「行くしかないわね」

 

 エリシアも立ち上がる。ぼやく割には、動きは早い。

 

 アッシュは最後に一度だけ、石台の上の黒い楔を見た。

 

「これで敵のやり方は見えた。次は、何を通そうとしているかだ」

 

 その一言が、やけに重く響いた。

 

 道を作っている。

 場所を揃えている。

 昔の術と、今の綻びを繋いでいる。

 

 なら、その先は一つしかない。

 

 何かを通すためだ。

 

 人か。

 力か。

 もっと別の何かか。

 

 まだわからない。

 だが、旧神殿跡へ行けば、少なくともその輪郭はもう一歩はっきりするだろう。

 

 水湊は立ち上がり、無意識に胸の奥へ意識を向けた。

 

 冷たい灯は、静かに近い。

 ヴェネフィスは何も言わない。

 だが、その沈黙はもう、ただ遠いだけのものではなかった。

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