魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第三十一話 箱の中身

 回収した箱は、夜が明けきる前に王城へ運び込まれた。

 

 いつもの検証室ではなく、さらに奥の封術室だった。石壁も床も、見慣れている王城の部屋より一段厚く見える。中央の石台を囲むように、封印柱が六本。灯りは白いのに、部屋の空気はどこか青く冷えていた。

 

「大げさだな」

 

 水湊が思わず言うと、セレニアが平然と返した。

 

「大げさで済めば安いものよ」

 

 それもそうか、と思う。

 

 祠跡で見た箱は、見た目のわりに存在感が強かった。黒い布で巻かれ、その下の金具も古いのに、ただの保管具には見えない。ヴェネフィスもあれをかなりはっきり嫌っていた。

 

 部屋の中には、ベルトラン教授、セレニア、リシュア、アッシュ、レオン、エリシアがいる。別働隊はもう、こういう場所まで当然のように顔を出す立場になっていた。

 

「捕まえた方は?」

 

 水湊が聞くと、レオンが壁際にもたれたまま答えた。

 

「一人はまだ生きてる。もう一人は逃がした」

 

「口は割れそうか」

 

「知ってること自体が少ない」

 

 レオンの言い方は乾いていた。

 

「だが、“夜明け前に通す”って文言は、あいつらの側でも繰り返し使われてたらしい」

 

 そこはやはり引っかかる。

 

 夜明け前。

 ただ急いでいるだけなら、もっと雑な言い方でもいい。わざわざその時刻を切っているということは、向こうにとって意味のある時間なのだろう。

 

 ベルトラン教授が箱の前へ立った。

 

「では開くぞ」

 

 箱はすでに何重にも封じられていた。黒布の上から王城式の封印札が貼られ、その周囲を細い術式糸が巡っている。それだけでも相当慎重だ。教授は杖の先を箱へ向け、まず外側の布から順に見ていった。

 

「布自体は普通だな」

 

「普通なのか?」

 

 エリシアが聞くと、教授は頷いた。

 

「少なくとも、楔みたいな代物ではない。問題は中だ」

 

 黒布が一枚、また一枚と剥がされる。

 

 やがて、中の箱が姿を現した。

 

 細長い木箱だった。だが木目の見え方が妙だった。普通の材ではない。乾いているのに、表面だけわずかに光を吸う。留め具は金属ではなく、白っぽい骨に似た素材で作られていた。

 

「……趣味悪いな」

 

 水湊が漏らすと、エリシアが小さく頷く。

 

「すごく同感」

 

 リシュアが術式板を向ける。

 

「外装に強い反応はありません。でも、中央部だけ異様に静かです」

 

「静かすぎる、って意味だな」

 

 教授が言う。

 

 それはもう、最近何度も見た“嫌なもの”の顔だった。

 

 箱の留め具を外す前に、セレニアが水湊へ視線を向ける。

 

「どう?」

 

「嫌だな」

 

「雑ね」

 

「雑じゃなくて、ほんとにそれしか出ない」

 

 箱を見ていると、胸の奥が少しざらつく。楔のように露骨な刺々しさじゃない。もっと冷たくて、深いところへ沈んでいる感じだ。

 

『中、空っぽじゃない』

 

 ナインが言う。

 

「わかるのか」

 

『うん。でも、物っていうより……芯みたい』

 

 その言い方に、水湊は少しだけ目を細めた。

 

 芯。

 

 それは封印庫跡で教授が言っていた“核”に近い響きだった。

 

 アッシュが短く言う。

 

「開けるぞ」

 

 封印柱の光が一段強まる。教授が杖で合図を送り、セレニアとリシュアが同時に術式を走らせた。

 

 留め具が外れる。

 

 蓋が、ゆっくり持ち上がる。

 

 中に入っていたのは、金属とも石ともつかない細い輪だった。

 

 大きさは両手で抱えるほど。完全な円ではない。どこか一か所だけ途切れ、そこから枝のような細い爪が内側へ伸びている。色は鈍い灰。だが表面にだけ、ごく細かい青白い筋が流れていた。

 

 誰もすぐには喋らなかった。

 

 見た目の派手さはない。

 それなのに、目を逸らしにくい。

 

「……これが、箱の中身か」

 

 水湊が言うと、教授が静かに頷いた。

 

「らしいな」

 

 リシュアの術式板が、今度ははっきり強く光った。

 

「反応、上がっています」

 

「何に近い」

 

 セレニアが聞く。

 

 リシュアは少し迷ってから答えた。

 

「楔とは違います。むしろ、封印庫跡の中央台座に残っていた痕跡に近いです」

 

 そこで室内の空気が少し変わる。

 

 やはりそうなのだ。

 

 この輪は、ただの術具ではない。封印庫跡に昔あった“境界安定具”の類、その一部か、代用品か、少なくともかなり近い位置にある。

 

 ベルトラン教授が杖の先を輪の表面へ寄せる。

 

「完全な品ではないな」

 

「わかるんですか」

 

 水湊が聞くと、教授は目を細めた。

 

「継ぎ目が粗い。昔の術具なら、もっと静かに閉じておる。これは足りない部分を別の術で補っておる感じが強い」

 

「代用品か」

 

 アッシュの言葉に、教授は頷く。

 

「あるいは、失われた核を模して作った半製品だな」

 

 エリシアが腕を組む。

 

「嫌な言い方しか出てこないわね」

 

「嫌なものだからな」

 

 アッシュの返しもだいぶ慣れてきた。

 

 水湊は輪を見つめたまま、小さく息を吐く。

 

 祠跡で向こうがあれを運ぼうとしていた理由は、もうかなりはっきりしている。

 綻びを作り、祭祀路を通し、旧神殿跡で座標を合わせ、その最後にこの輪を据える。

 そうすれば“道”が一段完成に近づく。

 

「これって、向こうはどこに置くつもりだったんだろうな」

 

 思わず口にすると、レオンが地図の方を見た。

 

「東外縁の祠跡そのものじゃないか?」

 

「いや」

 

 水湊は首を振った。

 

「たぶん、あそこは通すための途中だ。置く場所は、もっと別にある」

 

「どうしてそう思う」

 

 セレニアが聞く。

 

 水湊は輪の途切れた部分を見た。そこが妙に引っかかる。

 

「これ、閉じてないだろ」

 

「そうね」

 

「未完成ってだけじゃなくて、どこかへ噛ませる前提なんじゃないか」

 

 言葉にした瞬間、自分でもそれがかなり近い気がした。

 

 完全な輪ではない。

 単独で働く術具じゃない。

 どこか別の“土台”か“芯”へ繋ぐための途中形だ。

 

 リシュアがはっとした顔をする。

 

「台座……」

 

「封印庫跡の台座か」

 

 レオンが言う。

 

「いえ、もっと今使える場所です」

 

 リシュアは術式板を見ながら続けた。

 

「輪自体の反応が、地面に置く想定ではありません。固定点が足りない。何か別の座標軸か、既存の場に噛ませる必要があるように見えます」

 

 その言葉に、教授がゆっくり頷く。

 

「古い祭場、あるいは門の名残がある場所か」

 

「旧神殿跡だけじゃ足りないってことか」

 

 水湊が言うと、教授は「うむ」と短く答えた。

 

「だから向こうは、場所を渡り歩いていたのだろう。綻びを作る場所、通路を試す場所、座標を合わせる場所、そして最後に置く場所」

 

「面倒だな」

 

「実に面倒だ」

 

 妙なところで教授と意見が一致した。

 

 そこへ、セレニアがもう一枚の記録紙を机に広げた。

 

「“夜明け前”の件だけど、少し見えてきたわ」

 

 全員の視線が向く。

 

「東の祠跡で回収した術式粉と、祭祀路の床に残っていた線を照らし合わせた結果、向こうは位相の切り替わりを使おうとしていたみたい」

 

「位相の切り替わり?」

 

 水湊が聞き返す。

 

「ラ・ギアスでも、時間帯によって空間の張り方が微妙に変わるのよ」

 

 セレニアは簡潔だった。

 

「夜から朝へ移る境目は、とくに揺れる。大きな裂け目にはならなくても、薄い綻びを繋ぐには都合がいい」

 

 なるほど、とすぐに腑に落ちる。

 

 夜明け前に揃わなければならなかったのは、単に期限ではない。術式そのものが、その時間帯を前提に組まれていたのだ。

 

「つまり、時間切れで失敗したのか」

 

 エリシアが言うと、セレニアは頷いた。

 

「旧神殿跡を潰された時点で、かなり狂ったんでしょうね。だから東の祠で無理にでも続けようとした」

 

「焦るわけだ」

 

 レオンの言葉に、室内が少しだけ重くなる。

 

 向こうが急いでいた理由が、ようやく少し見えた。

 それでもまだ、肝心の“何を通そうとしていたか”までは見えていない。

 

 水湊は輪へ視線を戻す。

 

 輪そのものが嫌なのではない。

 それをどこかへ噛ませた先で起きることが、嫌なのだ。

 

 胸の奥へ意識を向ける。

 

 冷たい灯が、静かに近い。

 

 そして、短い意志が一つ落ちてきた。

 

 先がある。

 

 ヴェネフィスだった。

 

 水湊は思わず目を細める。

 

「……まだ先があるのか」

 

 ぽつりと漏らすと、エリシアが振り向く。

 

「何か来たの?」

 

「ああ。短いけど」

 

「何て?」

 

「まだ終わってない、って感じだ」

 

 それは、誰にとっても新しい話ではなかった。

 けれど、ヴェネフィスの口からそれに近い意志が落ちてきたことは、やはり重かった。

 

 アッシュが地図を見下ろす。

 

「東は潰した。旧神殿跡も壊した。箱も押さえた」

 

「でも、全部“途中”なのよね」

 

 エリシアが言う。

 

「そうだ」

 

 アッシュは頷く。

 

「なら次は、“最後に置く場所”を見つける」

 

 その一言で、この回の結論はほぼ決まった。

 

 綻びの点を潰す段階は、そろそろ終わりつつある。

 向こうの手順も見えてきた。

 次は、その終点――向こうが本当に道を通そうとしている場所を先に叩かなければならない。

 

 水湊はもう一度だけ、石台の上の輪を見た。

 

 あれは完成品じゃない。

 だからこそ、まだ間に合う。

 

 だが、間に合ううちに当たりを引けるかどうかは、また別の話だった。

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