魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第三十二話 最後の座

 箱の検証が一段落した頃には、王城の中もようやく朝の気配を帯び始めていた。

 

 とはいえ、別働隊の空気はまるで軽くならない。

 旧貯水路跡。西側監視線。旧搬送路。封印庫跡。第三祭祀路。旧神殿跡。東の祠跡。

 点は増えた。箱も押さえた。けれど、そのぶんだけ「次」がはっきりしてきたからだ。

 

 水湊は作戦室の長机に肘をつき、広げられた地図を見下ろしていた。

 

 王都外縁をぐるりと囲うように、いままで潰してきた地点が印されている。そこへ旧流路、祭祀路、工房区画、封印庫跡の記録を重ねると、さすがに偶然では済まない並び方になっていた。

 

「南と東は見えた」

 

 レオンが地図の端を押さえたまま言う。

 

「西も、もう向こうは使いにくい。なら、残るのは内側だ」

 

 アッシュが短く頷く。

 

「外縁で綻びを育て、祭祀路で通路を試し、旧神殿跡で座標を合わせる。箱はその先に置くための半製品。そこまではいい」

 

「問題は、その“先”よね」

 

 エリシアが言う。

 

 彼女も疲れているはずだが、こういう場ではむしろ目が冴えるらしい。

 

「どこに置けば、あの輪が完成するのか」

 

 セレニアは箱から写し取った術式図を机へ広げた。途切れた輪。内側へ伸びる爪。単体では閉じない半端な構造。だが、どこかへ噛ませる前提だと考えれば、逆に形の意味が見えてくる。

 

 水湊はその爪の向きをしばらく見つめていた。

 

「これ、外へ向いてないな」

 

 ぽつりと言うと、全員の視線が向く。

 

「どういう意味だ」

 

 アッシュが問う。

 

「箱の輪だよ。綻びを広げるなら、外へ噛む形の方が自然だろ。でもこれは逆だ。内側へ、何かを掴みにいく形に見える」

 

 ベルトラン教授がゆっくり顎に手を当てる。

 

「ほう」

 

「外から押し開けるんじゃなくて、中にある何かへ繋ぐための形ってこと?」

 

 エリシアが聞く。

 

「たぶん」

 

 水湊は頷いた。

 

「向こうは門そのものを作るんじゃない。もうある“何か”を使いたいんじゃないか」

 

 その一言で、部屋の空気が変わった。

 

 セレニアがすぐに地図へ向き直る。

 

「王都の内側に、境界へ関わる古い施設が残っている場所」

 

「封印庫跡は外したわ。旧神殿跡も違う」

 

 エリシアが指を滑らせる。

 

「残るとしたら、もっと中心寄り?」

 

「中心寄りでも、王城そのものは違う」

 

 レオンが言う。

 

「向こうがそこまで食い込めているなら、もっと早く別の形で出ている」

 

「だろうな」

 

 アッシュも同意した。

 

 王城直下まで既に手が届いているなら、綻びを外縁から育てる回りくどいやり方を取る意味が薄い。

 

 そこで、リシュアが地図の北東寄りを指差した。

 

「……ここは」

 

 全員がそちらを見る。

 

 古い地図には、かすれた文字で小さく印が残っていた。

 

 転位観測座跡

 

 水湊は思わず聞き返す。

 

「何だ、それ」

 

 答えたのは教授だった。

 

「かなり古い施設だよ。境界観測と、遠方位相の読み取りに使われていた座だ。いまは閉じられておる。記録だけ残って、場所自体はほとんど忘れられておるはずだ」

 

「忘れられてる場所、好きよねえ、ほんとに」

 

 エリシアがうんざりしたように言う。

 

 だが、嫌味より先に納得が来る。

 

 古い。

 境界観測に関わる。

 いまは閉じられ、普段は誰も見ない。

 向こうが狙う条件としては、たしかに揃いすぎていた。

 

 セレニアがすぐに記録板をめくる。

 

「北東寄りなら、東の祠跡と古い観測路が地下で繋がっていてもおかしくないわね」

 

「旧神殿跡からの座標合わせとも、位置関係が噛み合う」

 

 リシュアも術式線を重ねた。

 

 淡い光が地図の上を走る。

 外縁で育てた綻び。

 祭祀路で試した通路。

 旧神殿跡と東の祠跡で揃えかけた座標。

 それらが最後に寄っていく先として、その場所は妙にきれいだった。

 

「……ここだな」

 

 水湊がそう言うと、今度は誰もすぐには否定しなかった。

 

 アッシュが短く息を吐く。

 

「筋は通る」

 

「でも、“通る”で突っ込むには危ないわよ」

 

 エリシアが言う。

 

「危ないからこそ、先に押さえる」

 

 アッシュの返しは変わらず短い。

 

 部屋の空気がそこで決まる。

 推定でしかない。

 だが、いままでの相手は、こちらが一歩遅れるたびに次の手を打ってきた。なら、今は推定でも踏み込むしかない。

 

 水湊は地図の北東寄りを見ながら、胸の奥へ意識を向けた。

 

 冷たい灯は静かだ。

 けれど、その静けさが否定ではないことは、もうだいぶわかる。

 

『どう?』

 

 ナインが言う。

 

「たぶん当たりだ」

 

『うん。私もそんな感じ』

 

 それをそのまま口にすると、教授が面白そうに眉を上げた。

 

「ファミリアも同意見か」

 

「いや、そんな軽く言われても」

 

「軽くは言っておらんよ。おぬしとそやつの感覚がずれておらんのは重要だ」

 

 その言葉には、少しだけ重みがあった。

 

 最初の頃なら、“何となくそう思う”で終わっていた話が、いまはもう現場の判断材料として数えられている。

 

 それ自体は悪くない。

 悪くないが、気楽でもない。

 

 セレニアが箱の写し図を畳んだ。

 

「問題は、向こうもそこへ向かってる可能性が高いことね」

 

「先回りされるか」

 

 レオンが言う。

 

「あるいは、もう入ってる」

 

 アッシュの言葉はもっと嫌だった。

 

 けれど、十分あり得る。

 東の祠跡まで箱を運び込んでいたのだ。そこから先へ進む足がないとは思えない。

 

 エリシアが机に手をつく。

 

「つまり、急ぐのは確定ってことね」

 

「そうなるわね」

 

 セレニアが頷く。

 

「ただ、今回は今までより危ないわよ。観測座跡が本当に境界観測施設だったなら、向こうが箱を噛ませた時点で、綻びの話じゃ済まなくなる」

 

「門になるかもしれん」

 

 教授が静かに言った。

 

 誰もすぐには喋らなかった。

 

 門。

 

 その言葉を、冗談として流せる段階はもう過ぎている。

 

 水湊は無意識に、箱の写し図へ目を落とした。

 途切れた輪。

 どこかへ噛み合う爪。

 あれが完成した先にあるものを、想像したくはない。

 

 けれど、避けても通れない。

 

「行くか」

 

 ぽつりと漏れる。

 

 アッシュは短く頷いた。

 

「ああ」

 

 その返答に迷いはなかった。

 

 王城直轄の別働隊。

 綻びを追い、輪を断ち、道になる前に潰す役目。

 なら、最後の座に行かない理由はない。

 

 エリシアが水湊を見る。

 

「顔、また固くなってるわよ」

 

「毎回言うな」

 

「毎回そうなるからでしょ」

 

「否定しづらいな」

 

「でしょうね」

 

 いつものやり取りだった。

 けれど、少しだけ助かる。

 

 この先が軽くないことは、誰だってわかっている。だからこそ、いつも通りの一言があるだけでだいぶ違う。

 

 レオンが地図を巻き取る。

 

「北東外れなら、表通りは使わん方がいい。古い監視路から入る」

 

「王城側へは?」

 

 リシュアが聞く。

 

「封印班を待機させる」

 

 セレニアが答えた。

 

「でも、最初に入るのはこっち。向こうが何を組んでるか確認しないと、王城式も打ちようがない」

 

 そこまで決まれば早かった。

 

 指示が走る。

 地図が畳まれる。

 封印具と術式板が持ち出される。

 

 作戦室の空気が、一気に“次”へ向いていく。

 

 水湊は最後にもう一度だけ、北東寄りの印を見た。

 

 転位観測座跡。

 忘れられた古い境界観測施設。

 もしそこが本当に向こうの終点なら、次はもう“綻びを潰す”だけでは足りないかもしれない。

 

 その場その場の火消しではなく、向こうの狙いそのものへ手をかけることになる。

 

 胸の奥で、冷たい灯が静かに揺れた。

 

 ヴェネフィスは何も言わない。

 だが、水湊にはそれで十分だった。

 

 行けと言われているわけじゃない。

 それでも、いま向かうべき場所はそこなのだと、もうわかっている。

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