魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第五話 白銀機の値踏み

 ラングランの拠点は、街の外縁部に築かれた半地下式の駐屯施設だった。

 

 石造りの外壁は街並みに溶け込むように低く抑えられているが、中へ入ると印象が変わる。広い搬入口、魔装機の整備用と思しき大型昇降台、魔力灯に照らされた格納区画。地上の軍港ではなく、地下世界の軍施設らしい重さがあった。

 

 水湊がヴェネフィルディアを伴って中へ入った瞬間、その空気が目に見えて変わった。

 

 整備兵が止まる。書類を抱えた士官が足を止める。通路を横切っていた兵士が振り返り、そのまま二度見する。

 

 それも当然だった。

 

 見慣れない白銀機が、巡察隊とアッシュの部隊に囲まれながら悠然と入ってきたのだ。しかも魔装機神級。それだけで騒ぎにならない方がおかしい。

 

「……本当に、そのまま入れるんだな」

 

 水湊が小さく呟くと、影の中でナインが尾を揺らした。

 

『外で問答するよりはましって判断だろうね。中なら囲みやすいし』

 

「夢のないこと言うなあ」

 

『現実的って言って』

 

 やり取りしている間にも、ヴェネフィルディアへ向けられる視線は増えていく。

 

 興味。警戒。困惑。

 その全部が混ざっていた。

 

 アッシュの緑機が先導し、広めの格納区画へ進む。そこにはすでに結界らしき光が張られ、周囲を兵士が固めていた。準備が早い。いや、異常事態だからこそ、なのだろう。

 

「ここで一旦止まれ」

 

 通信越しにアッシュが告げる。

 

 水湊はヴェネフィルディアをゆっくりと中央へ進め、指定された位置で停止させた。白銀の機体が静かに立つだけで、格納区画の空気が張り詰める。

 

 胸の奥には、冷たい灯が沈んでいた。

 

 ヴェネフィスの意志だ。

 

 沈黙したまま、ただ周囲を見ている。拒絶も了承もない。ただし、ヴェネフィルディアがこの場を嫌っていないことだけは、水湊にもわかった。

 

『怒ってはないみたいだね』

 

 ナインが言う。

 

「わかるのか」

 

『なんとなく。水湊よりは』

 

 そこへ格納区画の奥から、何人かの人影が足早に現れた。整備主任らしい壮年の男、文官風の痩せた女、そして白衣に近い服を着た若い技師たち。彼らは最初こそ足早だったが、ヴェネフィルディアの前まで来ると揃って速度を落とした。

 

 そして、止まる。

 

 水湊には、その反応が少しだけわかった。

 

 近くで見ると、ヴェネフィルディアはやはり異質なのだ。

 王国工廠製の軍用機とも、普通の精霊機とも違う。装甲の継ぎ目が薄く、構造が機械でありながら機械だけでは閉じていない。門の骨格みたいな背部フレームも、見れば見るほど“武装”より“機能”に近い。

 

 壮年の整備主任が、低い声で言った。

 

「……知らん型だ」

 

「型番も工廠紋も見当たりません」

 

 文官風の女が目を細める。

 

「本当にラングラン製ではないのね」

 

 その言葉に、エリシアが肩をすくめた。

 

「街道で見た時点で、だいたいそういう結論だったわ」

 

 アッシュはそこでようやく機体から降りてきた。二十代後半から三十代前半ほどの男だった。黒髪を後ろで束ね、軍服の着崩し方は最小限。整った顔立ちだが、優しげではない。目つきが静かすぎて、逆に油断ならない。

 

 その男が、真っ直ぐヴェネフィルディアを見上げる。

 

「改めて聞こう、久遠水湊。降りられるか?」

 

 水湊は一瞬だけ迷う。

 

 外へ出れば、今度は生身で囲まれることになる。機体の中にいた方が心理的には楽だ。だが、ここで拒めば、それこそ監禁扱いに近づくだけだろう。

 

「……降りる」

 

 言って、同調を少し緩める。

 

 ヴェネフィルディアの胸元に薄い門が開いた。装甲が展開したのではなく、そこだけ空間がめくれて通路になる。水湊がそこから降り立つと、周囲の視線がさらに強く集まった。

 

 異邦人。

 未知の魔装機神の操者。

 しかも見た目は、拍子抜けするほど普通の若い男。

 

 その落差もまた、彼らの警戒を煽るのだろう。

 

 水湊の足元から、白銀の小狐が音もなく現れた。

 

 数人が息を呑む。

 

「ファミリア……?」

 

 若い技師の一人が思わず漏らすと、ナインはその場にちょこんと座り、青白い目で周囲を見回した。

 

『見世物じゃないんだけど』

 

 頭の中に落ちてきた声に、水湊は咳払いでごまかす。

 

 アッシュが視線を少しだけ細めた。

 

「それも、ずいぶん珍しい型だな」

 

「こいつはナイン。……俺のファミリアだ」

 

「見ればわかる。問題は、どういう経緯でそれが君にいるかだ」

 

 もっともだった。

 

 アッシュは一歩だけ近づき、今度は水湊を値踏みするように見る。

 

「質問は多いが、優先順位は決める。まず一つ目――君はどこから来た?」

 

 水湊は少しだけ息を整えた。

 

 どこまで言うか。

 どこまでなら、言ってもまだ現実的に聞こえるか。

 

「……遠い場所からだ」

 

 アッシュの眉が、ごくわずかに上がる。

 

「曖昧だな」

 

「正確に言っても、たぶん信じない」

 

「試してみろ」

 

 逃がしてはくれないらしい。

 

 水湊は観念して口を開いた。

 

「この世界の外から来た」

 

 格納区画の空気が、しんと静まった。

 

 整備主任が顔をしかめ、文官風の女が露骨に不審そうな目をする。技師たちは半信半疑だ。エリシアでさえ、やっぱりそれか、という顔をしている。

 

 ただ一人、アッシュだけは表情を変えなかった。

 

「続けろ」

 

「詳しい理屈までは俺にもわからない。ただ、そうとしか言えない。気づいたらここにいたんじゃない。意志を持って来た」

 

「誰の意志で?」

 

「俺と……」

 

 そこで一瞬だけ言葉に詰まる。

 

 神、と言って通じるか。通じても、まともに扱われるか。

 迷った水湊の胸の奥へ、冷たい意志がひとつ落ちる。

 

 隠すな。

 

 ヴェネフィスだ。

 

 強くはない。けれど、妙に揺るぎがなかった。

 

「……神の導きで」

 

 口に出した瞬間、あちこちで空気が固まるのがわかった。

 

 当然だろう。自分でも胡散臭いと思う。

 

 だがアッシュは短く息を吐いただけだった。

 

「なるほど。あり得ない話だが、君とその機体を見たあとでは、完全に切り捨てるのも難しい」

 

 そこで彼は視線をヴェネフィルディアへ移す。

 

「二つ目。その機体は何だ?」

 

「ヴェネフィルディア」

 

「名前ではなく、立場を聞いている」

 

 鋭い。

 

 水湊は少し考えてから答えた。

 

「……空間の精霊機。魔装機神級の特殊機だ」

 

「誰の所有物だ」

 

 その問いには、すぐに答えられなかった。

 

 所有物、という言い方がまず違うのだ。ヴェネフィルディアは物ではある。兵器でもある。けれど、それだけではない。

 

 胸の奥へ落ちる感覚。

 

 言葉ではない。だが意味は十分に伝わる。

 

 器だ。

 

 ヴェネフィスのそれを、水湊はそのまま口にした。

 

「ヴェネフィスっていう高位精霊の器だ」

 

 今度は、誰かがはっきりと息を呑んだ。

 

 整備主任が思わず一歩前へ出る。

 

「高位精霊だと?」

 

「……少なくとも、俺はそう受け取ってる」

 

 そこで技師の一人が堪えきれずに口を挟んだ。

 

「器、ということは……精霊が宿っているだけじゃなく、もっと深い依り代という意味ですか?」

 

「たぶん」

 

「たぶん、ばかりね」

 

 エリシアが呆れたように言う。

 

 だが水湊としても仕方がない。来たばかりで、戦ったばかりなのだ。理屈だけきれいに説明できるほど整理されているわけではない。

 

「わからないことまで知ってるふりはしたくない」

 

 そう返すと、アッシュはほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「それは評価できる」

 

 褒められているのか、試されているのかは相変わらず曖昧だ。

 

「三つ目」

 

 アッシュはそこで声を低くした。

 

「なぜ、その機体が君を選んだ?」

 

 それが本題だった。

 

 事情聴取でも、出自の確認でもない。

 この世界にとって、本当に重要なのはそこなのだ。

 

 魔装機が誰を選ぶか。

 精霊機が誰に応じるか。

 それは兵器の所有権より、ずっと重い。

 

 水湊はしばらく黙った。

 

 答えはある。けれど、綺麗ではない。

 

「……まだ、選ばれたとは言い切れない」

 

 エリシアが眉をひそめる。だがアッシュは遮らない。

 

「ただ、辿り着いた。向こうが道を開いた。乗れって言われた。だから乗った」

 

「誰に?」

 

 問いは短い。

 

 水湊は胸の奥の灯を意識した。

 

 冷たい。静かだ。機械の沈黙とは違う、深い海の底みたいな感覚。

 

「ヴェネフィスに」

 

 その答えに、格納区画の空気がまた少し変わる。

 

 今度は単なる疑いではなかった。

 警戒と、畏れと、強い関心。

 高位精霊の名が持つ重さを、ここにいる者たちは知っているのだろう。

 

 ナインが足元で小さく座り直した。

 

『やっと本題まで来た感じだね』

 

「長かったな」

 

『まだ入口だけど』

 

 それも間違っていない。

 

 アッシュは数秒だけ黙って考え込み、やがて周囲を見回した。

 

「検分は最低限に留める。無理に触るな」

 

 整備主任が不満げに眉を寄せる。

 

「しかし隊長、機体構造の確認くらいは――」

 

「いま刺激して拒絶されたら面倒だ。まずは操者の証言を固める」

 

 その判断は、水湊にとってありがたかった。ヴェネフィルディアが検査されるのは避けられないにせよ、いまこの場で解体対象みたいに扱われるのはさすがに困る。

 

 そのときだった。

 

 格納区画の奥から、また別の足音が近づいてくる。

 

 今度は急いでいない。だが、周囲の兵士たちが自然と道を開けた。

 

 現れたのは、灰色の法衣をまとった老齢の男だった。軍人ではない。だが背筋は伸び、歩き方に迷いがない。胸元には、ラングランの紋章と、もう一つ見慣れない精霊紋のような印が下がっていた。

 

 その男は水湊ではなく、まずヴェネフィルディアを見上げた。

 

 長い沈黙。

 

 やがて、ほとんど呟くような声が落ちる。

 

「……これはまた、とんでもないものを拾ったものだ」

 

 アッシュが軽く会釈する。

 

「教授。呼ばれるのが早かったですね」

 

「警戒鐘の後で“所属不明の魔装機神級機”と聞けば、老骨でも歩く」

 

 教授と呼ばれた男はそこでようやく水湊へ視線を向けた。

 

 その目は鋭かった。

 だがアッシュのように値踏みするのではなく、もっと別のものを見る目だった。

 観察。確認。あるいは――感応。

 

「君が操者か」

 

 水湊は小さく頷く。

 

「久遠水湊です」

 

「そうか。私はベルトラン。精霊学と魔装機理論を預かっている」

 

 名前だけ告げて、老教授は一歩近づいた。

 

「ひとつだけ聞こう、水湊君」

 

 その声は静かだった。

 

「君は、あの機体の中に“誰”を感じている?」

 

 単に何を見たか、ではない。

 “誰”を感じているか。

 

 その問いに、水湊は胸の奥の冷たい灯を見つめる。

 

 静かな海。

 試すような意志。

 言葉にならない圧。

 けれど、確かにそこにいる存在。

 

「……ヴェネフィス」

 

 そう答えた瞬間だった。

 

 白銀のヴェネフィルディアが、何の前触れもなくわずかに鳴動した。

 

 装甲が震えたわけではない。

 音が鳴ったわけでもない。

 それでも、その場にいた全員が感じたはずだ。

 

 応じた。

 

 と。

 

 格納区画が、水を打ったように静まる。

 

 ベルトラン教授の目が、静かに見開かれた。

 

「……なるほど」

 

 その一言だけで、何かが決定的に変わったと、水湊にもわかった。

 

 もう、ただの所属不明機では済まない。

 ただの危険人物でも済まない。

 この白銀機が今の反応を見せた以上、話はもっと大きいところへ転がっていく。

 

 教授がアッシュへ向き直る。

 

「隊長。この件は巡察隊だけでは抱えきれん。上へ上げる」

 

「でしょうね」

 

「王城だ」

 

 その言葉に、エリシアでさえ無言になった。

 

 水湊は一拍遅れて、その重みを理解する。

 

 王城。

 つまり、もうただの事情聴取では済まない。

 

 ラ・ギアスに来てから、まだ一日も経っていない。

 なのに自分はもう、王城へ呼ばれるところまで話が膨らんでいる。

 

『順調に面倒が大きくなってるね』

 

 ナインの声は、妙に楽しそうだった。

 

「他人事だと思ってるだろ」

 

『半分くらいは』

 

 その軽さが、いまは少しだけ救いだった。

 

 胸の奥では、ヴェネフィスの灯が静かに沈んでいる。

 何も言わない。

 だが、もう切り離されてはいない。

 

 その事実だけを確かめるように、水湊はヴェネフィルディアを振り返った。

 

 白銀の魔装機神は、格納区画の中央に静かに立っている。

 まるで最初から、ここへ来ることまで見越していたみたいに。

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