魔装機神ヴェネフィルディア   作:深雪ソーマ

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第六話 王城行き

 その日のうちに、水湊の扱いは二転三転した。

 

 最初は巡察隊預かり。次に拠点内での保護下監視。そこへベルトラン教授の進言が入り、さらにヴェネフィルディアの反応が決定打になって、最終的には――王城での直接確認、という形に落ち着いた。

 

 言葉だけ聞けば格上げだが、実際はそう単純でもない。

 

 要するに、現場の手に余ったのだ。

 

「納得はしたくないけど、まあ、そうなるわよね」

 

 仮の待機室として宛がわれた石造りの小部屋で、エリシアが腕を組んだまま言った。

 

 部屋は質素だが清潔だった。窓は高い位置に小さく一つ。椅子が二つに机が一つ。壁沿いには簡易の結界杭が立っていて、露骨ではないが監視下であることはよくわかる。

 

 水湊は椅子に座ったまま、ようやく落ち着いて息を吐いていた。

 

 戦闘のあとすぐにここへ通され、最低限の確認だけ受けてから、いまは次の命令待ちだ。身体の芯に残っていた重さは少し引いたが、まだ完全には抜けていない。

 

 ナインは足元の影に潜ったり出たりを繰り返している。落ち着きがないようにも見えるが、気配を探っているだけだとわかるので、水湊はあえて何も言わなかった。

 

「王城って、そんなに大ごとなのか」

 

「あなた、自分が何を連れてるのかわかってる?」

 

 エリシアの返しは即答だった。

 

「所属不明の異邦人。見たこともない魔装機神級機。しかも高位精霊の器かもしれない。これで地方駐屯地だけで抱え込めると思う方がおかしいわ」

 

「だろうな……」

 

 そこは否定のしようがない。

 

 水湊自身、まだ全部を理解しているわけではない。だが、理解していないから軽い、という話でもないのだろう。この世界では、魔装機や精霊との関係それ自体が重い意味を持つ。そこへ“王国製ではない魔装機神級機”まで乗ってくれば、そりゃ中枢に話が飛ぶ。

 

 エリシアは壁に背を預けたまま、少しだけ表情を緩めた。

 

「ただ、最悪ではないわよ」

 

「最悪って?」

 

「牢に放り込まれて、機体を封印される方」

 

 さらりと言われて、水湊は嫌な顔をした。

 

「笑えないな」

 

「笑ってない」

 

 たしかにそうだった。エリシアは一切笑っていない。

 

「現時点でそうなっていないのは、あなたが街道と市場で実際に戦って、しかも裂け目の閉鎖までやったからよ。何も見せてなかったら、もっと強引に扱われてた」

 

 それもまた、もっともだった。

 

 戦果がある。目撃もある。助けられた住民もいる。だからこそ、完全な敵認定を避けられている。逆に言えば、それだけで信用に足るわけではない。

 

『まだ“使える危険物”扱いだね』

 

 ナインが頭の中でぼそりと言う。

 

「言い方」

 

『でも合ってるでしょ』

 

 合っているのが困る。

 

 水湊は椅子に深く座り直した。部屋の外には兵士の気配がある。監視は緩くない。とはいえ、いまのところ手荒なことをされる様子もない。たぶんアッシュとベルトラン教授の判断が効いているのだろう。

 

 そのアッシュは、いまは別室で報告の取りまとめをしているらしい。市場の被害確認もまだ終わっていないし、こちらに構いきりにもなれないのだろう。

 

「そういえば」

 

 エリシアがふと視線を上げた。

 

「ヴェネフィルディアは、あのまま格納区画でおとなしくしてるのね」

 

「たぶん」

 

「たぶん、ってあなたね……」

 

「いや、完全に別物ってわけじゃないけど、ずっと視界を共有してるわけじゃないんだよ。必要なら感応はできる。でも、常時べったり繋がってる感じでもない」

 

 言いながら、自分でもその感覚を探る。

 

 白銀機は近い。意識を向ければ、格納区画の中央に静かに立っている輪郭が、薄い存在感として胸の奥へ返ってくる。遠くはない。だが手を伸ばして触れるほど近くもない。

 

 その距離感が、逆に妙に生々しかった。

 

 機械を置いてきた、のではない。

 意志を持つ何かが、別室で静かに待っている。

 そういう感覚だ。

 

 そしてそのさらに奥に、冷たい灯が沈んでいる。

 

 ヴェネフィス。

 

 水湊が意識を向けると、深い水の底みたいな感触がわずかに揺れた。

 

 言葉はない。

 ただ、静かに見ている。

 

『機嫌は悪くなさそう』

 

 ナインが言う。

 

「わかるのか?」

 

『なんとなくね。怒ってたら、もっと重い』

 

 そういうものか、と水湊は納得しかけて、すぐにやめた。ナインとヴェネフィスの感覚差は、まだ自分にもはっきり掴めていない。

 

 エリシアが机の上の書類束を指先で叩く。

 

「ひとつ聞いていい?」

 

「どうぞ」

 

「あなた、王城で何を言うつもり?」

 

 その問いには、さすがにすぐ答えられなかった。

 

 王城。つまり王国中枢だ。拠点での事情聴取とは重みが違う。相手が誰になるのかもわからない。軍の上層か、王城付きの術者か、それとももっと別の立場の人間か。

 

「……変に誤魔化さない方がいいとは思ってる」

 

「へえ」

 

「ただ、全部そのまま言っても通るとは思ってない」

 

「そこはまともなのね」

 

「一応な」

 

 エリシアは少しだけ口元を緩めた。

 

「なら、あまり余計な脚色はしないことね。異邦人だとか、神だとか、高位精霊だとか、その時点で十分に重い。そこで下手に話を盛ったら、たぶん本当に終わるわよ」

 

「盛るつもりはないよ……」

 

『十分変な人生だからね』

 

 ナインのつぶやきは無視した。

 

 部屋の外で足音が止まる。扉が軽く叩かれ、ほどなくしてアッシュが入ってきた。相変わらず隙の少ない顔をしているが、さすがに少しだけ疲れているようにも見える。

 

「待たせた」

 

「そっちは片付いたのか」

 

「市場の方はな。裂け目の再発兆候は今のところない。住民の避難も済んだ。君の件だけが残っている」

 

 最後の一言だけ、少しだけ棘があった。

 

 アッシュは水湊の向かいに立ち、簡潔に告げる。

 

「移送が決まった。今夜のうちに王城外縁の軍用区画まで入る。君も同行だ」

 

「今夜?」

 

「明日に回せば余計な噂が広がる。市場であれだけやった以上、もう街の中では相当話題になっているはずだ。なら、動けるうちに動かした方が早い」

 

 合理的だ。情緒はないが、よくわかる。

 

「ヴェネフィルディアは?」

 

「そこが問題だった」

 

 アッシュはそこで少しだけ眉を寄せた。

 

「普通なら重警備の格納搬送だ。だが、あの機体に不用意に手を出すのは避けたい。ベルトラン教授の見立てでも、無理に王国式の封鎖をかけるより、操者側の処理に任せた方が安全らしい」

 

 水湊は少しだけ目を細める。

 

「つまり?」

 

「おとなしくできるなら、君に任せる」

 

 それはかなり大きな譲歩だった。

 

 水湊は短く息を吐き、胸の奥の冷たい灯へ意識を向ける。沈黙。静かな圧。だが拒否はない。

 

 むしろ――ひとつの感覚が返ってくる。

 

 還せ。

 

 短い。だが明確だった。

 

「……送還できる」

 

 水湊がそう言うと、エリシアがぴくりと眉を動かし、アッシュの目が細くなる。

 

「さっき街道で使った、あの送還か?」

 

「たぶん同じ理屈だ。次元の狭間へ戻す」

 

「たぶん、が多いな」

 

「仕方ないだろ。本当に今日が初日なんだよ」

 

 アッシュは数秒だけこちらを見ていたが、やがて小さく頷いた。

 

「いい。では、いまここで証明してもらおう」

 

 そう来ると思った。

 

 水湊は立ち上がる。ナインが影から這い出し、その足元へ寄った。

 

『やるの?』

 

「やるしかないだろ」

 

『失敗したら面倒だね』

 

「縁起でもないな」

 

 部屋を出ると、兵士たちが自然と道を開けた。再び格納区画へ戻る。さっきより人が増えている。王城行きが決まったことで、最終確認に来た者たちもいるのだろう。整備兵、術者、記録係。皆が皆、好奇と警戒を隠そうともしていない。

 

 その中央に、ヴェネフィルディアは静かに立っていた。

 

 灯りの下で見る白銀装甲は、街道や市場で見た時よりもさらに異質だった。格納区画という“管理される空間”に置かれることで、逆に管理の外にある機体だと際立って見える。

 

 水湊が一歩近づくと、胸の奥の灯がわずかに鳴った。

 

 短い圧。

 

 示せ。

 

 ヴェネフィスだ。

 

 水湊はヴェネフィルディアの正面に立ち、ゆっくりと息を整える。

 

 周囲の視線が集まる。

 息を呑む気配。

 結界杭の微かな振動。

 

 失敗はしたくない。だが、ここでためらえばもっとまずい。

 

 水湊は右手を開いた。

 

「送還《リコール》」

 

 言葉は短い。

 

 けれど、その瞬間、ヴェネフィルディアの周囲の空間が薄く揺らいだ。装甲の輪郭がわずかにぶれ、背部フレームの周囲に淡い円環がいくつも浮かぶ。それは魔法陣というより、開きかけた門の断片だった。

 

 次の瞬間、白銀の機体が少しだけ“沈む”。

 

 地面へではない。

 その場の位相から、半歩下のどこかへ。

 

 ざわめきが上がる。

 

 だが誰も止められない。ヴェネフィルディアの輪郭は光に溶けるのではなく、水面へ沈む月の影みたいに、静かに薄れていった。最後に双眸の燐光だけが一度揺れ、ふっと消える。

 

 跡には、何も残らなかった。

 

 格納区画が水を打ったように静まり返る。

 

 数秒遅れて、誰かが息を吐く音がした。

 

「……消えた」

 

 若い技師のつぶやきだった。

 

 ベルトラン教授が、珍しく少しだけ声を低くする。

 

「消えたのではない。戻ったのだろう」

 

 彼の目は、水湊から逸れなかった。

 

「そうだね、久遠水湊君」

 

 水湊は頷いた。

 

「次元の狭間に待機する。必要なら、また呼べる」

 

 それだけで、周囲の反応がもう一段重くなる。

 

 未確認機体が消えたことへの安堵と、好きな時に再び現せるという事実への警戒。その両方だ。

 

 アッシュが短く息を吐く。

 

「……想像以上だったな」

 

「信じたくはなかったが、これで疑いようもない」

 

 エリシアは呆れたように言いながらも、どこか納得した顔をしていた。

 

 水湊は胸の奥に残る微かな接続感を確かめる。遠くなった。だが切れてはいない。静かな海の底に沈む灯が、変わらずそこにある。

 

『ちゃんと戻ったね』

 

 ナインが言う。

 

「戻らないと困る」

 

『さすがにそこは心配した』

 

「おまえな……」

 

 そこへ、兵士の一人が慌ただしく駆け込んできた。

 

「アッシュ隊長! 王城側から使者が到着しました!」

 

 早い。

 

 さっき決まったばかりの話なのに、もう動いている。王城中枢がこの件をどれだけ重く見ているのか、それだけで十分伝わった。

 

 アッシュがすぐに向き直る。

 

「通せ」

 

 入ってきたのは、軍の伝令ではなかった。

 

 濃紺の礼装に近い服を着た若い士官が二名。さらに、その後ろに灰銀の外套を羽織った女が一人。年の頃は三十前後だろうか。長い黒髪を後ろでまとめ、細身の杖を携えている。軍人というより、宮廷魔術師かそれに近い空気を持っていた。

 

 女は格納区画へ入るなり、まず空いた中央を見て、次に水湊を見た。

 

「……機体は?」

 

 アッシュが答える。

 

「操者判断で送還済みです」

 

 女の眉がわずかに上がる。

 

「本当に?」

 

「この場の全員が見ています」

 

 女は数秒だけ沈黙し、それから小さく息を吐いた。

 

「話が早いのは助かるけれど、厄介さまで早くなるのは困るわね」

 

 どこかエリシアに似た物言いだった。

 

 彼女は水湊へ向き直り、淡々と名乗る。

 

「私はセレニア。王城付の術官です。あなた――久遠水湊を、これより王城外縁の保護区画へ移送します」

 

 柔らかい声なのに、有無を言わせない響きがあった。

 

「質問と確認は、道中ではなく到着後にまとめて行います。逃走、抵抗、無断召喚は禁じます。違反した場合は敵対行為と見なします」

 

 丁寧だが、かなりきつい。

 

 水湊は観念して頷いた。

 

「了解した」

 

 セレニアは一度だけ水湊を見て、次に足元のナインへ視線を落とす。

 

 白銀の小狐はじっと見返した。

 

「……ファミリアも同行?」

 

「離すと面倒だと思う」

 

『正解』

 

 ナインの返事は、もちろんセレニアには聞こえていない。

 

 だが彼女は何かを感じたのか、少しだけ目を細めた。

 

「わかった。問題は増えるけど、今さら一つ二つ変わらないわね」

 

 そこでベルトラン教授が、杖代わりの細い棒を鳴らすように床へ当てた。

 

「セレニア殿、王城には一つだけ先に伝えておいてもらいたい」

 

「何をです?」

 

「この件は、単なる所属不明機の発見ではない」

 

 教授の視線が、水湊へ、そしてヴェネフィルディアが消えた空間へ向けられる。

 

「高位精霊の器が、応じたのです」

 

 その一言で、セレニアの表情が変わった。

 

 冷静さは崩れない。だが、目の奥にだけはっきりと緊張が走る。

 

「……本気で言っているのね」

 

「軽々しく口にできる話でもありません」

 

 沈黙が落ちる。

 

 その短い沈黙のあいだに、水湊はようやく理解する。王城に呼ばれたから重要なのではない。これから行く先では、もっと大きな判断が待っているのだ。

 

 異邦人として受け入れられるか。

 危険物として隔離されるか。

 あるいは――利用価値のある操者として扱われるか。

 

 そのどれに転ぶかは、まだわからない。

 

 セレニアが静かに言った。

 

「移送を急ぎます。夜明け前には到着したい」

 

 アッシュが頷く。

 

「私の隊から護衛を出します」

 

「お願いします」

 

 エリシアがそこで一歩前へ出た。

 

「私も同行します」

 

 アッシュが横目で見る。

 

「巡察の後だぞ」

 

「最初の接触から関わっています。途中で別の顔に変えるより、そのまま連れて行った方が話が早い」

 

 筋は通っていた。

 

 アッシュは短く考え、それから頷く。

 

「許可する」

 

 エリシアは小さく息を吐いた。安堵半分、覚悟半分という顔だった。

 

 こうして、王城行きは決まった。

 

 ラ・ギアスに来て、まだ一日も経っていない。

 なのに水湊は、白銀の小狐を連れ、空間の魔装機神を送還し、そのまま王城の保護区画へ移されようとしている。

 

 普通ではない。

 だが、最初から普通の話ではなかった。

 

 水湊はナインを見下ろし、小さく息を吐く。

 

「……忙しすぎないか」

 

 ナインは尾を揺らした。

 

『退屈しないって言われてたし』

 

 神の言葉を思い出して、水湊は苦い顔をする。

 

 たしかに退屈はしない。

 しないが、もう少し段階を踏んでほしかった。

 

 胸の奥では、ヴェネフィスの冷たい灯が遠く沈んでいる。

 静かだ。

 だが、切れてはいない。

 

 その感覚を確かめるように、水湊は握っていた手を開いた。

 

 王城へ行く。

 

 そこで何を問われるのか。誰と会うのか。どこまでを語るのか。まだ何一つ見えていない。

 

 それでも、もう門は開いてしまった。

 

 なら、進むしかない。

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