「15分の怪物」   作:熊々

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4/22内容を大幅に修正しました。
明らかに原作のメンバーの登場が少なかったためです。
改めてよろしくお願いします。


気だるげな転生者・覇黒千歳が、ブルーロックという名のクソゲー攻略を始めます。
本気を出すまでがハードル、出したら最強。
そんな主人公の、十五分限定の物語をどうぞ。



第一話 クソゲー、始まるか

封筒の中身は、たった一枚の紙切れだった。

『日本フットボール連盟主催・選抜プロジェクト「ブルーロック」招集状』

差出人は知らない。宛名は俺、覇黒千歳。

 

——なんで俺なんだ。

 

心当たりがないわけじゃない。県大会で適当にボールを蹴っていたら得点王になっていた。ベンチで欠伸してる間にスカウトが集まっていた。あれか。あれのせいか。

電車の窓に頭を預けて目を閉じる。

(だりぃ)

それが転生してから今日までの口癖だった。

 

前世のことははっきり覚えている。死にゲーばっかり遊んでいた、ろくでもない大学生。コントローラーを握ったまま心臓が止まった。死因はたぶん運動不足と睡眠不足の合わせ技。情けない最期だ。

気づいたらサッカーが好きでもないガキの体に入っていた。

最初は戸惑った。だがすぐに諦めた。前世で散々学んだことがある。

 

——理不尽な世界に放り込まれたら攻略するしかない。

 

それが死にゲーの基本ルールだ。

ただし俺の流儀はひとつ。雑魚戦では本気を出さない。HPもMPもラスボスのために温存する。途中の小ボスに本気を出すヤツはアホだ。

それで生き残ってきた。

 

招集状を指で弾く。施設名「ブルーロック」。住所、東京近郊。集合時刻、本日午後三時。

落ちたら永久に日本代表入り資格剥奪——らしい。

 

(——またデスゲームかよ)

口の端が勝手に上がる。

(でも、これは悪くねぇな)

 

電車を降りる。空が低い。風が冷たい。

施設は街の外れにあった。巨大な、要塞みたいな建物。窓のひとつもない、灰色のコンクリートの塊。ここに三百人を放り込んで最後の一人まで削り合わせるらしい。

(うん。完全に死にゲーのチュートリアル画面)

俺は欠伸を噛み殺しながら入口のゲートをくぐった。

 

◇ ◇ ◇

 

受付を抜けた先はだだっ広いホールだった。

天井が高い。照明が無駄に白い。壁際に長机が並んでいて、白衣の連中がノートパソコンと格闘している。

 

「未測定の選手はこちらへ」

 

スピーカーから機械的な声。

ぞろぞろと人の流れができる。俺もその尻にくっついて歩く。

並んでいるのはガラの悪そうな高校生ばっかりだった。目つきが違う。皆、何かに飢えた顔をしている。

(あー、ガチ勢の巣だ)

俺だけ明らかに浮いている。

 

「次の方」

 

呼ばれたのは俺だった。

通された先に並んでいたのは計測機器の山。反射神経測定器、垂直跳び板、キック力測定用のターゲット、五十メートル走のレーン。

 

「順番に行きます。まず反射神経」

 

白衣の男が面倒くさそうに言う。

ライトが点灯したらその下のボタンを叩く。シンプルな測定だ。

(だりぃな。適当でいいや)

俺は半分目を瞑ったままボードの前に立った。

 

ピッ、ピッ、ピッ。

 

ライトが左、右、上、下、ランダムに光る。手が勝手に動く。叩く。叩く。叩く。

(——あれ、思ったより早ぇな)

軽くやっているつもりがライトが追いつかなくなっている。仕方ない。これでも生前、コマンド入力ゲームばっかりやっていた癖が抜けない。

 

ピッ、ピッ、ピッピッ——

ピー、と終了音。

 

「……は?」

 

白衣の男が画面を二度見した。

 

「もう一回。機械、たぶん故障してる」

「えー、面倒くさい」

「いいから」

 

二回目は少し力を抜く。抜きすぎると不自然か。一回目より気持ち遅くしてみる。

 

ピー。

 

「……」

 

白衣の男が無言になった。画面を覗き込む。電源を入れ直す。隣のオペレーターを呼ぶ。

 

「これ計測上限振り切ってるんだけど」

「マジで?」

「マジ」

 

(やべ、目立った)

俺は気だるげに首を回す。

 

「次、行ってくれない? 眠いんだけど」

「あ、ああ。次、キック力」

 

ボールが置かれる。網の張られた的。蹴った瞬間にシュート速度が表示される、よくあるやつ。

(うっす)

軽く助走。インステップ。当てる。

 

ガシャン。

 

的が揺れた。

——というかたわんだ。

 

「……」

「……」

 

白衣の男も隣のオペレーターも無言で網を見ている。網の真ん中が明らかに変形している。

 

「あの、これ新品ですよね?」

「先週入れたばっかりなんだけど」

 

(しまった。前世でコントローラーを叩く要領で蹴った)

俺は内心で舌打ちする。

 

「もう一発お願いできる?」

「やだ」

「お願い」

 

二発目は明らかに力を抜いた。一発目の半分以下のつもりで。

それでも表示された数字は——

 

「……一発目より下がってるけど、十分おかしいなこれ」

「だから言ったろ。機械、壊れてんだって」

「壊れてねぇよ。新品だ」

 

(すまん。壊れてんのは俺かもしれん)

 

最後、五十メートル走。

スタートラインに立ったとき、待機列のほうがざわついているのに気づいた。

 

「おい、見たか今の」

「キック、ふっとんでなかった?」

「あいつどこのチームのやつだ」

「知らねぇ。聞いたことねぇ顔だ」

 

——あ、これダメなやつだ。

 

入所一時間で三百人の中で噂になりかけている。完全に俺TUEEEテンプレ展開だ。

(こんなの、ストーリーが進む前にラスボスのフラグ立ててるようなもんだろ)

俺は心の中で頭を抱えた。

 

「位置について、よーい——ドン」

 

笛が鳴る。

走る。

(七割。いや六割。いや、もっと抑えろ俺)

頭の中でメーターを回しながら走る。時計の針みたいに出力を意識的に下げていく。

 

ゴール。

 

「……五秒切ってますね」

「いや待て、これ計測ミスってる可能性あるから」

「もう一回頼める?」

「断る」

 

俺はそのまま列を外れた。

 

◇ ◇ ◇

 

ホールの中央に三百人が集められた。

床に座り込んでいる選手、壁にもたれている選手、独り言で気合いを入れている選手。皆、目が血走っている。

俺は端っこに陣取って堂々と寝る体勢に入った。

 

そのとき館内放送が鳴った。

 

『——選手諸君、初めまして』

 

低く、よく通る声。

ホールの照明が一斉に落ちる。

正面の巨大スクリーンに強面の男が映し出された。坊主頭。眉が太い。目が笑っていない。

 

『俺の名は絵心甚八。この施設、ブルーロックの責任者だ』

 

(うわ、出た。ラスボスの面構え)

 

『日本サッカーは長らく弱かった。理由は明白だ。日本にはストライカーがいない。世界一のストライカーがいない』

『なぜか? 日本のサッカー教育が調和を重んじ、エゴを潰してきたからだ』

 

(あー、説教タイプか。これはこれで定番)

 

『だが世界で点を取る男は皆エゴイストだ。仲間を信じない。自分が一番うまいと信じている。自分のシュートが世界で一番美しいと信じている。それがストライカーだ』

『俺はこの施設で世界一のエゴイストを作る』

『同調する者を戦力外とする。和を尊ぶ者を戦力外とする。仲間のために動く者を——戦力外とする』

『お前たちが目指すのは世界一のストライカーだ。日本代表ではない。世界一だ』

 

スクリーンの中の男がゆっくり手を上げた。

 

『——青い監獄へようこそ』

 

ホール全体が息を呑む音で満たされた。

(うん。ラスボス感は本物だな)

俺は内心で軽く頷く。気に入った。前世だったら開幕ムービーで一気にやる気が出るタイプの演出だ。

 

ただし——

 

スクリーンの中で絵心の視線がふと止まった。

照明の落ちたホール。三百人の中のどこか一点。

俺のいる場所。

一瞬。たぶん俺以外は気づいていない。

(おいおい、初対面で目を合わせてくるなよ。フラグ立てんのが早ぇんだよ)

スクリーンが暗転した。

 

◇ ◇ ◇

 

『——続いて、チーム分けの抽選を行う』

 

機械音声が告げる。

スクリーンにぱらぱらと名前が並んでいく。

俺の番。

 

『覇黒千歳——チームZ』

 

ホール全体からなぜか「あー」という声が漏れた。

 

「チームZって……アルファベット順で一番下だろ?」

「下位予測組じゃん」

「なんで測定値おかしかったヤツが下位組なんだよ」

 

ざわざわ。

俺は無表情のまま内心で天井を仰いだ。

(——あー、これクソゲー難易度マックスだわ)

くじ運。前世から一切変わらない。

 

指定された待機エリアに移動する。

チームZのメンバーがぽつぽつ集まってきている。

見るからに寄せ集めだった。

 

「お前ら、まとまるぞ! 俺は雷市陣吾だ。よろしく頼むぜ!」

 

真っ先に声を張り上げたのは、ガタイのいい男だった。

声がデカい。胸を反らしている。腕の筋肉も明らかに鍛えてある。

(……熱血リーダー枠ね。はいはい)

俺は一歩下がった。絡まれる前に距離を取る。

 

「あ? 誰がまとまるって?」

 

低い声が割り込んできた。

振り返ると、雷市よりさらに頭ひとつデカい男が腕を組んで立っている。坊主に近いくらい刈り上げた頭。目つきが悪い。

「俺は我牙丸吟だ。先に言っとく。俺の足引っ張ったらぶっ潰す」

「おい、初対面でぶっ潰すはねぇだろ我牙丸」

「やんのか雷市」

(——出た、フィジカル枠の威圧)

俺は欠伸を噛み殺す。一秒で空気が悪くなった。

 

その横で、もう一人がスニーカーの紐を結び直しながら鼻で笑った。

「まあまあ落ち着けよ。デカブツ二人で吠えてもピッチ上で足遅けりゃ意味ねぇ」

細身。引き締まった脚。にやけた口元。

「俺、成早朝日。スピードなら誰にも負けねぇから、ボールは俺に出してくれりゃいい」

(——スピード自慢系。自信家)

我牙丸が鼻を鳴らした。雷市は「お前もな! チームの一員として頼りにしてるぜ!」と肩を叩いて、成早に「いてっ、力強ぇよ」と顔をしかめさせた。

 

その後ろ、壁際に黙って立っている男が一人。

背は雷市よりさらに高い。肩幅が広い。だが口を開かない。

「……伊右衛門送人」

ぼそ、と低く名乗っただけ。それきり、こちらと目も合わせない。

(こいつは寡黙系。だがガタイは一番デカい)

俺は内心でカテゴリ分けしておく。

 

それから、真面目にストレッチをしている男。太い腕、引き締まった体。黙々と足を伸ばしている。

「國神錬介だ。よろしく」

短く言って、また黙る。

(こいつは真面目系)

 

その隣で、ピッチの感触を確かめるように軽くリフティングしている小柄な選手がいた。

「僕は千切豹馬」

ぼそっと、それだけ。

膝をほぐすように何度も屈伸している。

(スピードタイプか。寡黙)

 

壁際に座り込んで、スケッチブックに何か描いているヤツもいた。

色鉛筆。明るい髪。こっちを見ない。

「……おいら、蜂楽廻」

描くのをやめずにそれだけ呟いた。

(……こいつ、試合前に絵描いてるのか?)

明らかに異質だ。

 

真ん中には、胸を張って立っている一人。

黒髪。まっすぐな目。緊張している気配はない。

「潔世一」

短く名乗る。

視線が強い。何というか——まっすぐすぎて、逆に怖いタイプ。

(こいつ、目が獲物を探してる目だ)

 

他のメンバーも順番に挨拶を交わしている。

打算的にチーム全員を観察している目つきの男——久遠渉。

「俺、久遠。よろしく」

言いながら、全員のスペックを値踏みしている。

(——こいつは一番警戒するタイプだ。笑顔の中身が冷たい)

 

「うっす! 俺は五十嵐栗夢! イガグリって呼んでくれよな!」

 

弾けるような声で割り込んできたのは、髪の毛があちこち跳ねた小柄な男だった。

ぴょんぴょん跳ねながら全員に手を振っている。

「見ての通りチビだけどよ、しぶとさだけは誰にも負けねぇから! 最後まであきらめねぇ!」

(——お調子者枠か。元気だけはあるな)

俺は口の端を緩めた。同じ「最弱候補」枠でも、湿っぽくないのは助かる。

 

自信満々に腕を組んでいるヤツもいた。

「吉良涼介。お前ら運いいぞ。俺がいれば勝てる」

(出た、俺様系。テンプレ)

俺は欠伸で返した。

 

今村というヤツが「よ、よろしく」とだけ呟いて通り過ぎていく。モブ感。

 

そして、雷市が全員を見回してから声を張った。

 

「よし、みんな集まったな! チームZは寄せ集めかもしれねぇ。けど、俺たちでまとまれば勝てる。一人じゃ無理でもチームで戦おうぜ!」

 

「あ? チームで?」

我牙丸が即座に絡む。

「お前の指図受ける気はねぇ。俺は俺のやり方でやる」

「いやだから、それじゃ点取れねぇだろうが我牙丸!」

「うるせぇな声デケぇんだよ」

成早が「そうそう、声は小さくしようぜリーダー」とにやにやしながら割って入る。

伊右衛門は、無言。

五十嵐が「まあまあ二人とも、まず勝とうぜ勝とう!」と背伸びして間に入る。

 

(——出た。熱血リーダー演説、即破綻)

俺は壁にもたれてじっと聞き流す。

雷市の視線が俺に止まった。

 

「おい、そこのお前。覇黒って言ったか」

「うん」

「なに壁に寄りかかってんだよ。俺たち今、結束を固めてんだろうが」

「ごめんって。本気出すと疲れんだよ」

「は?」

 

雷市の眉間に皺が寄る。

——出た。テンプレ百選一位。

 

「お前、さっきの測定で異常値出してただろ。あれは何なんだよ」

「あー、あれね」

 

俺は欠伸混じりに答えた。

 

「事故。事故」

「は?」

「機械が壊れてただけ。マジで」

 

雷市が一歩近づいてきた。

 

「やる気のないやつは要らねぇ。チームとして戦う気がないなら出てってくれ」

「本気は試合で出すから。今は休ませて」

「口だけなら何とでも言えるんだよ」

 

——いいぞ。それでいい。

俺は内心ほっとしていた。「機械の故障」で押し通せれば当面は警戒されずに済む。本気を見せるのはラスボスのときだけでいい。

 

「ま、本気出せねぇなら俺がぶっ潰してやってもいいけどな」

横から我牙丸がぼそりと言う。

(——お前も絡んでくんなよ)

俺は軽く手のひらを見せて、無言で受け流す。

 

そのとき、潔が静かに口を開いた。

 

「——雷市、今は気にしてる暇ないだろ」

「あ?」

「試合まで、もうすぐだ。化学反応、起こすしかねぇ」

 

潔の声は低く、落ち着いていた。

(こいつ、熱血なのにどこか冷静だ)

俺は少しだけ興味を持った。

 

蜂楽がスケッチブックから顔を上げて、俺を見る。

 

「千歳、遊ぼ」

「は?」

「おいら、絵で見たよ。お前、面白そう」

「……絵で見た?」

 

何の話だ。よく分からない。

マイペースにも程がある。

(——こいつ、タイプ分からねぇ)

 

◇ ◇ ◇

 

そのとき、控室の扉が乱暴に開いた。

吉良涼介が、入ってきた。

——いや、「入ってきた」と言うには、その顔が真っ白すぎた。

 

「……吉良?」

 

雷市が声をかける。

吉良は答えない。歯を食いしばっている。胸が大きく上下している。

さっきの自信満々の表情はどこにも無い。

 

「おい、どうした」

「……俺は」

「あ?」

「俺は、ブルーロックを、辞退する」

 

空気が凍った。

 

「——は?」

 

雷市が目を見開く。

國神が立ち上がる。

潔が、眉を寄せる。

我牙丸が「はぁ?」と低く凄む。

成早が「マジかよ、試合前だぞ?」と眉をひそめる。

伊右衛門は、何も言わずに吉良をじっと見ている。

五十嵐だけが「ちょっ、ちょっと待てよ吉良! まだ何も始まってねぇだろ!」とおろおろしている。

久遠だけが、目を細めて状況を観察している。

 

「お前、何言ってんだ吉良」

「試合始まる前にか?」

「ふざけんな」

 

吉良は答えない。廊下のほうを振り返る。何かを見るように。あるいは——何かから逃げるように。

(——おっと)

俺は壁から体を起こした。

(デスゲーム始まる前にキャラ脱落イベントか)

(こういうの、序盤ボスが一人狩りに来るパターンだ)

 

吉良は小さく呟いた。

「……あいつには、勝てねぇ」

「あいつ?」

「……馬狼、照英」

 

名前が出た瞬間、廊下の奥からゆっくりと足音が聞こえた。

 

誰も、口を開けなかった。

現れたのは、一人の男だった。

長身。ボサついた髪。鋭い目。獣のような気配。

——目が、違う。

人を値踏みする目じゃない。人を「獲物」として見ている目だ。

 

「あ?」

 

男が吉良を見てから、控室の中を見回した。

視線が一人ずつ、順番に撫でるように流れる。

 

「——こいつらが、俺の最初のエサか」

「……」

「雑魚の匂いしかしねぇな」

 

低い、掠れた声。

雷市が反射的に拳を握るのが見えた。我牙丸が「あぁ? 誰が雑魚だコラ」と一歩前に出かけて、伊右衛門が無言でその肩を掴んで止めた。國神も一歩前に出る。潔は動かない。ただ、目だけが鋭くなった。

五十嵐は「うっ……」と小さく呻いて、それでも逃げずに踏みとどまっていた。

 

(——あいつ、獣の目だ)

 

俺は本能で一歩、壁の影に下がった。

前世で散々見たタイプだ。ボスキャラ。それも、最初のステージに「ランダムで湧く格上」として配置される系の、厄介なやつ。

 

男の視線が、ぐるりと室内を一周して——

俺のところで、ふと止まった。

 

一瞬。

たった一瞬、男の眉が、ぴくりと動いた。

(——気づくタイプか、お前)

俺は無表情で視線を外す。

目を合わせない。気配を消す。前世のボス戦で散々やった立ち回りだ。

 

男は、鼻を鳴らした。

 

「チームZか。ま、雑魚から喰っていくのも悪くねぇ。俺がストライカーだ。お前らは、肉だ」

 

そう言って、馬狼照英はゆっくりと背を向けた。

足音が遠ざかる。

扉が閉まる。

空気が、戻ってくる。

 

「……吉良、お前」

 

雷市が言いかけた。

だが吉良はもう、こちらを見ていなかった。肩を落として、絵心に辞退の意思を告げに行く。それだけの背中だった。

 

控室に、重い沈黙が落ちた。

國神が拳を握り締めている。潔は何かを考え込むように俯いている。蜂楽だけが、何事もなかったように、スケッチブックに色を加えている。

我牙丸が「チッ」と短く舌打ちした。成早が「マジかよ……一人減って試合とか、笑えねぇ」と髪をかき上げる。伊右衛門は腕を組んだまま、扉のほうを睨んでいる。

五十嵐が「……でもよ、おれたちはまだいるじゃんか。なあ?」と、震えた声で、しかし真っ直ぐに言った。

久遠が小さく呟いた。

「……一人、減ったな」

冷たい声。

 

雷市が両手で顔をこすって、それから大きく息を吐いた。

 

「——くそっ」

 

吐き捨てるように一言。

それから顔を上げて、メンバーを見回した。

 

「……俺たちは、出る。一人減ったけど、出る。ここで終わるわけにはいかねぇ」

 

目が、赤い。

でも、折れてはいなかった。

(——こいつ、熱血だけどタフだ)

俺は少しだけ評価を上げた。

 

◇ ◇ ◇

 

ピッチに立つ。

人工芝の感触がシューズの裏に伝わる。

 

チームZは、明らかに重かった。

初戦の前に、一人脱落。

雷市が声を張り上げる。「潔、前線に上がれ。國神、お前は守備の中心だ。千切、サイド頼む。我牙丸、お前は中盤で潰せ。成早、裏抜け一本でいい。伊右衛門は——」「分かってる」伊右衛門が短く返した。雷市が「蜂楽は——蜂楽、聞いてるか?」「おいら、遊ぶー」「遊ぶな、ちゃんとやれ」

潔は無言で拳を握っている。静かに闘志を燃やしている男の顔だ。

千切は淡々と靴紐を結んでいる。

久遠は、全員の配置を観察しながら、何も言わない。

我牙丸はガムを噛みながら相手陣を睨んでいる。

成早は軽く飛び跳ねて脚をほぐしている。「足だけは負けねぇから」

伊右衛門は黙って首を回している。

五十嵐は両頬を自分でパンッと叩いて、「よっしゃあ、やってやるぜ! 最後まであきらめねぇからな、おれは!」と一人で気合いを入れていた。

俺は——相変わらず、だるかった。

 

「覇黒」

 

雷市が俺を睨んだ。

 

「頼むから、走れよ」

「うん」

「本気出せとは言わねぇ。せめて走れ」

「……善処する」

 

正面に相手チーム。

整列したメンバーをぱっと眺める。動きの癖、視線の配り方、呼吸の深さ。前世で散々ボスのモーションを観察してきた経験で、なんとなくわかる。

 

——強い。

 

そして、その中央に、さっきの男が立っていた。

馬狼照英。

一人だけ、空気が違う。一人だけ、他の十人のチームメイトを「味方」と認識していない気配。

完全なワンマン。完全な獣。

 

馬狼の目が、ぐるりとチームZを舐めるように流れた。

そして、俺のところで、また、止まった。

前より長い。

 

——気付かれた。

 

さっきの測定の噂か。それとも気配そのものか。あるいはその両方か。

俺は無表情のまま視線を外す。

(——あ。やっぱり、気づくタイプだな、お前)

 

馬狼の口元が、うっすら歪んだ。

笑ったのか、威嚇したのか。

分からない。ただ、その目は、明らかに、こちらを「獲物」として見直していた。

 

ピリ、と空気が変わる。

審判が笛を構える。

両チーム、所定の位置へ。

 

雷市が腹の底から声を張る。「行くぞ、チームZ! 最初の一点、絶対獲るぞ!」

潔が短く「おう」と返す。

我牙丸が「黙ってろ。獲るのは俺だ」と低く吐き捨てる。

成早が「いや俺だっつの」とにやりと笑う。

伊右衛門は、無言でうなずいた。

五十嵐が「うおおっ、やるぞやるぞ!」とぴょんと跳ねる。

蜂楽が「遊ぶー」と呟く。

國神が拳を握る。

 

俺は——ただ一人、あくびを噛み殺していた。

 

——ホイッスル。

 

その瞬間、俺は心の中で軽く呟いた。

 

(さて——)

 

(クソゲー、始めるか)

 




ブルーロック入所、フィジカル測定での異常値、絵心の演説、
チームZ配属——。
そして第1試合の前に、吉良涼介が一人脱落。
獣・馬狼照英のチームXとの試合が、いよいよ始まります。
覇黒「(さて——クソゲー、始めるか)」
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