「15分の怪物」   作:熊々

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前話、覇黒は測定で異常値を叩き出し、最下位濃厚チームZに配属されました。
吉良涼介を脱落させた獣・馬狼照英のチームXとの第1試合が始まります。
覇黒の覚醒条件は——まだ揃っていません。


第二話 面白い素材

——ホイッスル。

 

笛が人工芝の空気を切り裂いた。

両チームが一斉に動く。相手の中盤が前へ押し上がる。うちのチームも慌てて追いかける。

俺は動かなかった。

 

(だりぃ)

 

センターサークルのほんの外側で軽く首を回す。腰に手を当てる。膝を伸ばす。

ピッチの上で一人だけ準備運動をしているような格好になった。

 

「覇黒——! 走れよ!」

 

雷市の怒声が後ろから飛んできた。

俺は振り向かない。振り向く価値も——というより振り向くのがだるい。

 

(走れって言われてもな)

 

走る理由がない。今走ったところで相手のボール回しに振り回されるだけだ。前世で散々学んだ。雑魚戦で全力を出すとラスボス戦でガス欠になる。

俺はピッチをぶらぶらと散歩するみたいに歩いた。

 

前で國神が叫んでいる。千切がサイドを一直線に駆け抜けていく。潔が最前線で腕を広げてボールを呼んでいる。

みんな走ってる。

俺以外、全員。

 

ピッチの中央で足を止めたまま、俺は一瞬だけ相手ベンチの向こうの空を見上げた。

空は低い。雲が動いていない。

(……できれば使いたくねぇな、あれ)

胸の奥で短く呟く。

覚醒モードのことだ。記憶の曖昧な、あの別人じみた時間のことだ。

——使わずに済むなら、それに越したことはない。

 

そう思った次の瞬間。

中央、敵陣。

一人の男がゆっくりとボールを足元に収めた。

 

馬狼照英。

 

◇ ◇ ◇

 

試合が始まって二十秒。

馬狼はセンターサークル付近でボールを受けた瞬間、一度だけ周囲を見回した。

味方を見た、のではない。

視界に入った十九人をまとめて一度、舐めるように見た。

 

その目は——はっきり言ってピッチに立つ顔じゃなかった。

 

「おい、馬狼——」

 

相手チームの選手が声をかける。

パスを呼んでいる。右サイドが空いている。普通なら迷わず出す場面だ。

 

馬狼は答えない。

答えないどころか、一度も相手を見ない。

 

「——俺が、ストライカーだ」

 

低い、掠れた声。

ピッチの真ん中でそれだけ呟いて、馬狼はボールを前に押し出した。

 

そこから先は速かった。

 

一人目。國神がコースを切りに行く。

馬狼は減速しない。右足のインサイドで一瞬だけ重心を外にずらし、國神の伸ばした足を裏側から跨いだ。國神の体が泳ぐ。馬狼、通過。

 

二人目。久遠が読んで斜めに入る。

馬狼は体を当てた。正面からではない。肩を斜めに差し込んで久遠の重心ごと芝の外へ弾き飛ばした。久遠が一歩後ずさる。馬狼、通過。

 

三人目。千切が戻ってきてスライディング。

馬狼は飛ばなかった。足首の角度を変えて千切のスライディングの上をボールごと撫でて越えた。千切が芝に削られた顔で振り返る。馬狼、通過。

 

味方は——

馬狼の味方は最初からついてきていなかった。

後ろで突っ立って眺めていた。

「使ってもらえない」と諦めている目だった。

それは馬狼にとっては当たり前の景色らしかった。

 

(——なんだこいつ)

 

俺はピッチの中央で半分目を瞑ったままそれを見ていた。

 

(一人で十一人分、やる気か)

 

背筋の奥でちりっと何かが焦げるような感覚があった。

久しぶりの感覚だ。前世でボス部屋の扉を開けた瞬間に近い。

(——ヤバいレベルの獣だ)

 

ペナルティエリア、最後の壁は國神だった。

國神が必死に体を寄せる。真面目な男だ。全力で止めに行っている。

馬狼は——笑った。いや歪めた。口角の片側だけ。

 

「肉」

 

一言。

それからボールが蹴り出された。

 

シュートと呼ぶにはあまりにも乱暴な、叩きつけるような一発だった。

ゴールネットがばちんと音を立てて波打った。

 

0-1。

 

ゴールキーパーが尻餅をついて動けない。

國神が芝に膝をついたまま唇を噛んでいる。

千切はまだ立ち上がれていない。

久遠は遠目で馬狼を見ている。目が笑っていない。

 

ピッチの最前線。潔だけが違う顔をしていた。

馬狼をまっすぐ見ていた。

目が少し見開かれている。

 

(……これが、エゴか)

 

潔が小さく呟くのが見えた。声は届かない。

ただ口の動きを、俺はなぜか読み取った。

 

◇ ◇ ◇

 

再開。センターサークルから試合が始まる。

ピッチの空気はもう先ほどとは違う。

チームZ全員の顔に「このままじゃ無理だ」が滲んでいる。

 

「——走れ! 守備陣形戻せ! チームで戦おうぜ!」

 

雷市が叫ぶ。声がかすれている。

國神が立ち上がる。拳を握る。

千切がサイドに戻る。

潔が前でボールを呼ぶ。

蜂楽だけが空を見ながらゆっくり歩いている。おいらのペースで。

我牙丸が後方で「うっせぇな、聞こえてんだよ」と低く吐き捨てて、それでも一応ポジションは戻していた。

 

俺は——相変わらずだらだらと歩いていた。

 

(走んねぇよ、まだ)

 

ただ一点だけ意識していた。

位置取り。

馬狼がボールを持ったとき、次にボールが通る空間。その斜め後ろ。

動かない。歩くだけ。ただそこに立つ。

 

五分ほど経った頃、馬狼はまたボールを持った。

二点目を取りに来る気だ。全身から出ている匂いでわかる。前世のボスと同じだ。HPが減らないタイプは同じ動きを繰り返す。

 

馬狼が走る。

國神が出る。千切が戻る。潔が斜めに入る。

だが潔のチェックをすり抜けて——

馬狼は一瞬だけ加速を緩めた。

 

カウンター。

チームZの陣形が前のめりに崩れた。

その隙間に馬狼のドリブルが入ってくる。

 

ゴールは目の前。

味方のディフェンスは誰も間に合わない。

——来る。

 

馬狼が右足を振り上げた。

渾身の一発。叩きつけるような、肉を潰すような、あのシュート。

 

ボールが飛んだ。

速い。重い。鋭い。

 

俺は動かなかった。

 

ただ——立っていた場所から半歩だけ足を出した。

 

シュートコースに足の甲が入る。

 

ぱす、と。

軽い音がした。

 

ボールが——止まった。

 

馬狼のシュートが俺の足の甲の上でぴたりと死んでいた。

回転していない。弾んでもいない。

ただそこに置かれていた。

 

(……ちょっと重かったわ)

 

俺は半目のまま内心で呟いた。

手を抜いていた。五割も出ていない。

それでも止めてしまった。

止められてしまった、というべきか。

 

——時間が止まった。

 

チームZの全員が俺を見ていた。

相手チームの全員が俺を見ていた。

馬狼でさえ一瞬、シュートを打ったフォームのまま固まっていた。

 

「……あ?」

 

馬狼の口から掠れた音が漏れた。

 

俺はその目を初めてまっすぐ見返した。

(——あ、やっぱこっち見るよね)

気配を殺しきれなかった。

止め方が五割にしては派手すぎた。

 

◇ ◇ ◇

 

馬狼がゆっくりとこちらに歩いてくる。

ボールはまだ俺の足元にある。

誰も動かない。

審判も笛を吹くのを忘れているように見えた。

 

馬狼は俺の二歩手前で止まった。

見下ろすように目を細めた。

 

「……お前」

 

低い声。

獣が匂いを確かめる時のそれだった。

 

「肉か、それとも——獲物か」

 

(知らねぇよ)

 

俺は欠伸を噛み殺した。気だるげに、本当に気だるげに。

 

「おい、眠そうな顔の男」

「ん?」

「お前、ちゃんと立て」

 

馬狼が一歩詰めてきた。

俺は一歩下がる。

下がりながらボールをさりげなく味方の方向へ転がしておく。拾ったのは久遠だった。久遠が無言で遠目に俺を見た。

 

「ごめん。眠くて」

 

俺は肩をすくめた。

 

馬狼は答えない。

ただ低く喉の奥で唸った。

 

「次」

「ん?」

「次、ボールが来たら——」

 

馬狼の目がぎらりと光る。

 

「潰す」

 

それだけ言って馬狼は背を向けた。

ピッチの中央へ歩いて戻っていく。

——宣戦布告だった。

 

(おいおい、フラグ立てんのが早ぇんだよ)

俺は頭を掻いた。

(てか、さっきの一回で目ぇつけんの、やっぱお前そういうタイプか)

 

雷市が後ろから駆け寄ってきた。

 

「——覇黒」

「ん」

「お前、今の」

「止めただけ」

「止めただけ、って……お前……」

「大丈夫。たまたま」

 

雷市は言葉を続けなかった。

続けられなかった、というのが正確だ。

ただ俺の横顔を少しだけ長く見ていた。

 

◇ ◇ ◇

 

前半二十五分。

馬狼は有言実行した。

二点目はもっと静かだった。

 

中盤でボールを奪って、そのまま誰にも頼らずゴールまで運んだ。

今度は誰もつけなかった。國神は走り負けた。千切は先に削られていた。久遠は読んだ上で間に合わなかった。

ペナルティエリアの中で馬狼は一度だけ俺を見た。

見てから——反対側にシュートをねじ込んだ。

 

俺には打たせない。

そういう意思表示だった。

 

0-2。

 

笛が鳴る。前半終了。

チームZはピッチの外、ベンチの近くにぞろぞろと集まった。

誰も喋らない。喋れない。

 

雷市だけが両手を叩いた。

 

「——まだ終わってねぇ!」

 

声が裏返った。

それでも叫んだ。

 

「後半、四十五分ある! 二点なら追いつける! 諦めんな! チームでまとまるぞ!」

 

國神が拳を握って応える。潔は黙って頷く。千切は脛を押さえて短く「……僕も走る」と言った。蜂楽はピッチの端で芝に指を立てて何か描いていた。久遠は壁にもたれて目を閉じている。

我牙丸が「ふん、二点なんざ俺一人でも返せらぁ」と肩を回す。成早は「スピードなら俺が一番だかんな、後半見てろ」と笑い、伊右衛門は黙ったままうなずく。

五十嵐は「いや諦めるとかねぇだろ、まだ二点だぜ二点! なんとかなるって!」と妙に明るく場を引っ張ろうとしていた。誰にも応じてもらえなかったがそれでも口を閉じない。イガグリ頭が照明の下で揺れている。

 

潔が一歩前に出た。

 

「俺が止める」

 

短い言葉だった。

誰に向けたものでもない。自分に向けた言葉だった。

 

「あの馬狼ってヤツ、俺が止める。後半は俺が前に出ないでいい。守備に回る」

「お前、それでいいのか」

「——止められるかはわからん。でも止めたい」

 

潔の声は低く落ち着いていた。

(こいつ、熱血のふりして一番冷てぇ頭で考えてる)

俺は壁際で膝を抱えながらそう思った。

 

話の輪から少し外れた場所で、俺は空を見上げていた。

曇っている。風が少し冷たい。

(……できれば使いたくねぇんだけどな)

 

胸の奥で短く呟く。

条件はもうほとんど揃っている。

二点ビハインド。残り時間はだんだん短くなる。「本気で殺しに来る格上」もピッチの反対側でこちらを睨んでいる。

三重条件——達成間近。

 

(——くそ、結局これか)

 

俺は目を閉じた。

 

◇ ◇ ◇

 

後半開始、十分経過。

状況は変わらなかった。

 

潔が馬狼にマンマークについた。

体格は馬狼のほうが大きい。スピードはほぼ互角。

それでも潔は食らいつく。一度剥がされても二度三度食らいつく。

——だがそれだけだった。

ボールが奪えない。奪ってもすぐ取り返される。

点差は0-2のまま動かない。時間だけが削られていく。

 

残り十五分。

 

雷市が叫ぶ。「行け、千切!」

千切がサイドを走る。

クロスが上がる。潔がヘディング。

ゴール枠の外。

 

——届かない。

 

(……あーあ)

俺は膝に手をついてゆっくり立ち上がった。

(条件、揃っちまったな)

 

二点ビハインド。残り十五分。本気で殺しに来る格上。

三つ揃った。

揃ってしまえばもう俺の意思では止まらない。

 

胸の奥がしんと静まり返る。

音が遠くなる。

雷市の叫び声。千切の呼吸。相手の足音。

全部が薄い膜越しになる。

 

(——ごめんな、俺)

 

俺は自分に向かって短く詫びた。

覚醒モードに入る瞬間、いつも同じことを呟いている気がする。

(またお前に運転を任せる)

 

次の瞬間。

音が完全に消えた。

 

◇ ◇ ◇

 

ピッチの景色が明るくなったように見えた。

実際にはそんなことはない。曇ったままの空だ。

ただ俺の目には——選手の動きが全部スローモーションに見えた。

 

雷市の足の向き。

國神の重心。

蜂楽の視線。

我牙丸の踏み込みの深さ。

相手キーパーのわずかな前重心。

そして馬狼の息の吐き方。

 

全部、見える。

 

センターサークルにボールが戻ってきた。

蹴り出そうとしていた久遠が——ほんの一瞬、俺を見た。

目が合う。

久遠が何か言う前に、俺はすっと手を差し出した。

「こっち」

声は出ていたか出ていなかったか、自分でもわからない。

 

久遠が迷わずボールを俺に渡した。

一番警戒するタイプの男が、一番迷わなかった。

 

俺は歩きながら前を見た。

潔が前線でこちらを見ている。

目が合った。

潔の口が動く。

「——来い」

声は聞こえない。でもそう言った。

 

俺はボールを蹴った。

 

◇ ◇ ◇

 

一点目はワンツーだった。

 

俺が潔にパスを出す。潔がダイレクトで俺に戻す。

ただそれだけ。

ただそれだけなのに——

パスの角度がほんの少し斜めだった。

潔の足のどこに当たれば一番返しやすいか。

そこに置いた。

潔は迷わなかった。迷う時間すらなかったように見えた。

 

返ってきたボールを俺は止めなかった。

止めずにそのままゴール右下、ギリギリの角へ蹴り込んだ。

 

ネットが揺れた。

 

1-2。

 

歓声は——聞こえない。

俺の耳にはまだ何も戻っていない。

 

ピッチに潔が立っている。

呼吸が浅い。

目が見開かれている。

口がゆっくりと動く。

 

「——今の」

 

俺は潔を見ない。

見ずにすっとセンターサークルへ歩き戻った。

(——悪いな。今、喋れねぇんだわ)

覚醒中の俺は口数が極端に少ない。

 

潔が一歩追いかけてきた。

追いかけて止まった。

止まってゆっくり拳を握った。

(……化学反応、って、こういうことか)

その口の動きは誰にも聞こえなかった。

俺にだけ見えた。

 

◇ ◇ ◇

 

二点目は蜂楽からだった。

 

再開直後。相手がボールを回す。

蜂楽がのろのろと前に歩いてきた。

ピッチの外から見ればやる気のないドリブルにしか見えない。

 

でも俺には見えた。

蜂楽の視線が相手の右サイドバックの足の向きをなぞっている。

一回、二回、三回——四回目で逆を取る。

 

蜂楽がふっと笑った。

笑ってボールを奪った。

奪って振り返らず、前へスルーパス。

 

ボールが俺の前に転がってくる。

相手ディフェンダーが二人寄ってくる。

 

俺は止まらなかった。

トラップもしない。そのままボールの軌道の上を走って、右足のアウトサイドで軽く撫でる。

ボールが二人のディフェンダーの股の間を抜けた。

追いついた俺がキーパーの重心を見る。

前に出ている。

俺はループ。

ふわり、とキーパーの頭の上をボールが越えた。

 

ネットが揺れた。

 

2-2。

 

蜂楽が両手を広げてにやと笑っていた。

 

「——絵で見た、通りだ」

 

蜂楽の声がやけにはっきり俺の耳に戻ってきた。

ああ、音が戻ってきた。

覚醒がもう切れる。

 

◇ ◇ ◇

 

馬狼が俺の前に立っていた。

いつの間にそこにいたのかわからない。

 

「……舐めてんのか、お前」

 

低い、掠れた声。

息が荒い。

試合中、初めて馬狼の呼吸が乱れているのがわかった。

 

俺は答えない。

答える体力がもう残っていない。

ただ——一度だけ馬狼の目を見た。

 

見られた馬狼のほうが先に目を細めた。

細めて、それから口を小さく開いた。

 

「……こいつ」

 

一度、言葉を切った。

 

「——何者だ」

 

それが馬狼の顔の、初めての「わからない」だった。

 

笛が鳴った。

試合終了。

2-2。

引き分け。

 

◇ ◇ ◇

 

笛と同時に膝が折れた。

 

視界が傾く。

体が勝手に芝の上に落ちていく。

空が近くなる。曇ったままの低い空。

 

(——きったねぇ空だな)

 

俺はぼんやりと思った。

 

走ってくる足音。

複数。

一番先に雷市が来た。

「覇黒——!」

叫びながら膝をついて俺の顔を覗き込む。

顔が赤い。目も赤い。

 

「……お前、お前、お前——」

 

言葉になっていない。

「お前、今の、なんだよ、さっきまで歩いてたろ、お前、歩いてたろ」

唾が飛んでくる。ちょっとやめてくれ。

 

その後ろから五十嵐が「うっわ生きてる生きてる! よかった、おい覇黒生きてんなお前!」と妙にハイテンションで覗き込んできた。場の空気を上げにかかる癖が抜けないらしい。

 

二番目に潔が来た。

黙って俺の隣に膝をついた。

何も言わない。ただ俺の顔をまっすぐ見ている。

 

「……お前、一体」

 

短い、かすれた声。

続きは言わなかった。言えなかったのかもしれない。

 

三番目、蜂楽。

スケッチブックを持ったまま俺の足元に来た。

「千歳、遊ぼって言ったろ」

にこにこしている。

「おいら、絵で見た通りだった。お前、面白い」

(……そっか)

俺は半目のまま蜂楽を見た。

(お前、絵で見てたのか)

返事はできなかった。

 

四番目、國神。

國神は口を引き結んだまま、何も言わずに俺の肩に手を置いた。

それだけ。

でもその手がすごく熱かった。

 

◇ ◇ ◇

 

そのとき館内放送が鳴った。

 

『——面白い素材が一人、混じったな』

 

低い。よく通る声。

絵心甚八。

 

ピッチの空気がぴしりと凍った。

両チームの選手全員が天井のスピーカーを見上げた。

 

『チームZ、覇黒千歳』

 

名前を呼ばれた。

俺は芝の上に寝転がったまま、半目をスピーカーの方に向けた。

(……呼ばれた。やっぱ目ぇつけられてた)

 

『お前、本物か——』

 

絵心が一度、言葉を切った。

 

『それとも、事故か』

 

ピッチに沈黙。

チームZの誰も動けない。

相手チームの選手が遠目で俺を見ている。

馬狼がペナルティエリアの縁に立っている。

その目は——

俺を完全に獲物として見直していた。

 

放送はそれきり切れた。

ピッチに乾いた風が吹く。

 

俺は空を見上げた。

 

(——本物か、事故か、って)

 

視界がぼやけていく。

耳も遠くなる。

腕が動かない。足が動かない。

覚醒切れの、いつものダウン状態。

 

最後の思考は短かった。

 

(——だりぃな)

 

意識が遠のいた。

 




第2話、お読みいただきありがとうございました。

馬狼の圧倒的なワンマンで0-2。
残り十五分・二点ビハインド・本気で殺しに来る格上——三重条件達成。
覇黒の覚醒モード、初発動。3分で2点を取り戻し、2-2引き分け。

馬狼「……こいつ、何者だ」
絵心「面白い素材が、一人、混じったな」
覇黒「(だりぃ)」

次話、控室で覇黒の評価が完全に二極化します。
そして第2試合、新たな対戦相手——チームY、二子一揮。

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