「15分の怪物」   作:熊々

3 / 9
前話、覇黒は覚醒モードで馬狼のチームXと2-2引き分けに持ち込みました。
だが本人は、何も覚えていません。
そして覇黒自身、それを「嫌だ」と思っていました——。


第三話 サボりか、化け物か

天井の蛍光灯がやけに白い。

 

俺の目に最初に戻ってきたのはその白さだった。

それから少し遅れて湿ったタオルの匂い。スポーツドリンクの匂い。汗と芝の匂い。

ベンチの硬さが背中に当たっている。

 

(——俺、何やったっけ)

 

頭の芯がまだ重い。

覚醒が切れたあとはいつもこうだ。スイッチが落ちたゲーム機みたいに画面に映っていたものがまるで残っていない。

ボールを蹴った感触は手の感覚として残っている。伸ばした足の角度も、キーパーの重心が前に出ていたことも、なぜか映像じゃなくて「数値」みたいに残っている。

それなのに——肝心の自分の意思がどこにもない。

 

(自分のプレーなのに、自分のものじゃない)

 

胸の奥でだけ呟く。

口に出すつもりはない。誰にも聞かせるつもりがない。

覚醒のあとはいつも頭の中でこの独り言を繰り返す。

 

(——頼りすぎたらいつか俺じゃなくなるな、これ)

 

俺は天井に向かって短く息を吐いた。

(——できれば、使いたくねぇんだよな)

 

控室の扉が乱暴に開いた。

 

「——覇黒!」

 

雷市陣吾が真っ先に入ってきた。

顔が赤い。汗で前髪が額に貼り付いている。

タオルを持った手で俺の肩を叩く。痛い。

 

「お前、起きたか! 大丈夫か! 動けるか!」

「動けない」

「……だよな!」

 

雷市が叫びながら膝を叩いた。

何を喜んでいるのか分からない。

 

「お前、もう一回やれ!」

「は?」

「もう一回、さっきのやつ!」

「無理」

「なんで」

「疲れた」

「疲れたって——お前、まだ次の試合あるんだぞ!」

 

雷市の後ろから國神が黙って入ってきた。

タオルをきっちり畳んで自分のロッカーにしまっている。背中越しに静かに口を開いた。

 

「雷市、やめとけ」

「あ?」

「あれは、事故だ」

「は?」

 

國神は振り向かない。

ロッカーの前でまっすぐ前を向いたまま続けた。

 

「俺は一試合の真ん中だけで人を判断したくない。前半二十分、こいつはピッチを歩いてた。それを忘れたくない」

「いや、でも後半の——」

「後半の十五分だけだろ」

 

國神は短く言い切った。

真面目な男だ。だからこそ俺の通常時の「サボり」が許せない。

俺はうっすら目を開けたまま天井を眺めた。

(——分かるよ、お前のは。真っ当だ)

 

久遠が壁にもたれて腕を組んでいた。

笑っているように見えるが目は笑っていない。

 

「俺もな、覇黒。あれは事故だと思う」

「ふぅん」

「再現性がないものは戦力に数えない」

「——お前らしいな」

「九十分のうち七十五分静止してる奴は、毎試合同じことができない限り足を引っ張る」

 

久遠の声は冷たい。冷たいが筋は通っている。

(——一番怖えのはこいつだな)

 

雷市が顔を真っ赤にして拳を握った。

 

「黙ってろ久遠! 後半のあれを見てなかったのか! チームで勝った試合だろうが!」

「事実は、本人が今ベンチで動けないことだ」

 

久遠はちらりと俺を見た。

俺は半目で見返した。

(言うじゃねぇか)

 

そのとき千切が控室の隅でペットボトルのキャップを開けながらぼそりと言った。

 

「……僕はもう一回見たい」

 

短く、本当にそれだけ。

千切は早口じゃない。サイドを駆け抜ける男のくせに口だけは遅い。

水を一口飲んでもう一回俺を見た。

 

「あのスルーパス。あれだけは僕、ピッチで一回も見たことない角度だった」

「……」

「だからもう一回、見たい」

 

雷市が「だろ!」と叫ぶ。

國神が「再現性がないと言ってる」と返す。

久遠が「再現性があるなら、自分から出すはずだ」と被せる。

我牙丸が「うるせぇ、勝ったんだからいいだろうがよ」と低くぼやく。

五十嵐は隅で「いやー覇黒すげぇわ、やっぱやってやれんじゃん俺らも! なぁ!」と一人で盛り上がっている。誰も乗ってこない。それでも口を閉じない。

 

控室がざわつく。

俺は喋らない。喋れない。喉の奥が乾いていて、声を出すと砂を吐く感じがする。

 

蜂楽はその輪に入らなかった。

壁際に座り込んでスケッチブックを開いている。色鉛筆を回しながら俺の足元あたりを描いている。

 

「……千歳」

「ん」

「絵で見た通りだったね」

「……は?」

「おいら、試合前から見てたよ。お前のとこに線が集まる絵」

「……」

「面白い」

 

蜂楽は描く手を止めない。

まるで控室のざわつきが聞こえていないみたいにゆっくり、ゆっくり芯を芝の緑に塗っている。

(——こいつは、こいつでヤバい)

 

潔だけが何も言わなかった。

ロッカーに肩を預けて腕を組んだまま俺をじっと見ている。

熱血のふりをして頭の冷えた男の目だ。化学反応の手応えを反芻しているような目。

 

潔と一瞬目が合った。

潔は唇を一度開きかけてそれから閉じた。

聞きたいことがある。だが今は聞かない。そういう目。

(——お前、後でちゃんと聞きに来るタイプだろ)

 

雷市が両手を頭の後ろで組んで、長く息を吐いた。

 

「——もういい、ほっとけ」

「はぁ?」

「久遠の言うことも國神の言うことも千切の言うことも全部わかる。だが今は本人がこれだ」

雷市は俺を顎で示した。

「動けねぇんだよ、見ろよ。今ここで詰めても答え出ねぇだろ」

 

久遠が目を細めた。

「……雷市、お前にしては冷静だな」

「俺は熱いだけのバカじゃねぇ」

「ふん」

 

雷市はもう一度俺の肩を叩いた。今度は力が抜けていた。

 

「次の試合まで、寝とけ」

「……うん」

「ただし——」

「ん?」

「次は、走れよ。チームで戦おうぜ」

「善処する」

 

雷市は鼻で笑って踵を返した。

 

◇ ◇ ◇

 

翌朝。

寮の食堂はだだっ広い。長机が縦に何本も並んでいて選手たちが朝食を取っている。卵焼き、ご飯、味噌汁。よくある寮飯。

俺は端の席に一人で座って、味噌汁をすすっていた。

 

周囲が遠巻きに俺を見ている。

 

通り過ぎる選手が一瞬だけ俺で目を止めて小声で何か言いながら離れていく。

別チームのモブが隣の席に座りかけてやっぱりやめて二つ離れた席に移動する。

噂は一晩で広がるらしい。

 

(——昨日の今日でもうこれか)

俺は卵焼きを口に運んだ。

(やっぱ目立つもんじゃねぇな、ああいうの)

 

そのとき食堂の入り口の空気がぴしりと張り詰めた。

 

足音。

ゆっくり。重い。獣の歩幅。

 

馬狼照英が食堂を横切って歩いていた。

トレーは持っていない。ただ通り過ぎるだけ。

食堂の選手たちが一斉に黙る。誰も視線を合わせない。

 

馬狼の視線が一度だけ俺で止まった。

ほんの一秒。

 

何も言わない。

口を開きもしない。

ただ、目だけがゆっくりと俺を撫でた。

 

——昨日「次は潰す」と言ったことを覚えている目だ。

——だが今日はわざわざ俺のところに寄ってこない。

 

執着の残り香だけ置いて馬狼は食堂を出ていった。

扉が閉まる。空気が戻る。

 

俺は味噌汁を一口すすった。

(……来なかったか)

(来なかったってことは向こうも次のチーム戦待ってるな、これ)

 

隣のテーブルの会話が耳に入ってきた。

 

「なぁあれ、昨日の」

「だよな、覇黒だろ」

「結局あれ本物なのか事故なのかどっちなんだよ」

「絵心も言ってたじゃん。本物か事故か、って」

「……どっちなんだろうな」

 

俺は箸を止めて隣のテーブルにちらっと目をやった。

モブ選手たちがびくっと肩を震わせて目を逸らした。

俺は半目で苦笑して味噌汁をもう一口すすった。

 

(——俺もそれが知りたいんだよね)

 

胸の奥でだけそう答えた。

答えはまだない。

覚醒中の俺が「俺」なのかどうかは、俺自身にも分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

第二試合は午後から始まった。

相手はチームY。

試合前のミーティングで雷市が相手チームの名前を呼んだ瞬間、控室がほんの少しだけ静かになった。

 

「——二子一揮、いるってよ」

 

雷市が淡々と告げた。

潔が目を細めた。蜂楽が「ふぅん」と呟いた。國神が黙って頷いた。

我牙丸が「誰だそいつ」と興味なさげに首を鳴らし、成早は「俺のスピードについてこられっかな」と笑った。伊右衛門は無言で水を飲んでいた。

五十嵐が「二子さんって誰すか! 強ぇ感じすか! まあでも俺らもやってやればよくないすか!」と勢いだけで割り込んできて、雷市に「黙ってろ」と一言で蹴飛ばされた。それでも口角は下がらない。

俺は壁にもたれて目を瞑っていた。

 

(二子……知らねぇな)

当然だ。前世はサッカーゲーム未プレイ勢。原作キャラの名前なんて分かるわけがない。

ただ、雷市の声の調子で「ちょっとめんどくさい奴」というのだけは伝わってきた。

 

ピッチに出る。

正面、相手チームの整列。

中央に背の高くも低くもない、淡白な顔をした男がいる。表情がない。寡黙そう。視線が一度だけこちらを見てすっと外れた。

(——あれが、二子か)

 

整列の最中、二子が一度だけ口を開いた。

 

「——俺は、点を取りに来た。それだけだ」

 

低い、淡々とした声。

威圧でもない、宣言でもない。事務連絡みたいな言い方だった。

(……ふぅん。冷静系ね)

 

ホイッスル。

試合が始まった。

 

昨日の馬狼戦とはまるで違う流れだった。

チームYは誰か一人がボールを抱え込むタイプではない。回して振って二子で待つ。綺麗な組み立てだ。

覚醒条件は揃わない。

俺は——案の定、歩いていた。

 

(条件揃ってねぇしいいよな、これで)

(覚醒に頼らずできることを少しずつ)

 

ピッチの真ん中で半歩だけ位置を変える。動かない。ただ視界の端で全部の選手を捉えておく。

(——あれとあれとあれの動き、全部見えてるからな俺)

 

雷市の怒声は今日もよく飛んでくる。

 

「覇黒! 走れ!」

「ん」

「走れって!」

「歩いてる」

「歩くんじゃねぇ!」

 

俺は無視して半歩、また半歩立ち位置を変える。

ボールが回ってこなくていい。

「ここに立ってればチームの形が崩れない」場所に勝手に立つ。それだけで五割未満でも仕事になる。

 

前半、チームZが一点目を入れた。

潔のミドル。誰のアシストもないただの個人技。完全に潔のエゴ。それでも入った。1-0。

 

潔は走って戻りながら一度だけ俺の方を見た。

口が動く。「——お前、何やってんだ」と読めた。

俺は肩をすくめた。

 

◇ ◇ ◇

 

後半。

1-0のまま試合が動かない。チームYは焦らず回し続けている。

二子は中央で待っている。表情は変わらない。

 

その瞬間が来たのは後半二十分過ぎだった。

 

中盤、千切がボールを奪った。

千切が縦に持ち上がる。サイドを駆け上がる。

相手のサイドバックが二人寄ってくる。千切は一度切り返して止まる。

パスコースがない。

潔は最前線で囲まれている。蜂楽は逆サイドで止まっている。

詰んだ、という空気。

 

その瞬間、俺の視界の中で——空間が「開いた」。

 

開いた、としか言いようがなかった。

潔と相手のセンターバック二人の間にほんの一瞬、誰も埋められない斜めの隙間ができた。

普通のスルーパスじゃ通らない角度。出すなら——ボールに逆回転をかけて地面で一度跳ねさせて潔の足元に「落とす」しかない。

 

(——出るな、そこ)

 

俺は何も考えず右足を振った。

インステップの内側、やや下。

ボールに微妙な縦回転がかかる。芝の上で一度跳ねる。

跳ねたボールが相手センターバックの股の間を抜けて——

潔の右足の前に「落ちた」。

 

潔は止まらなかった。

そのままダイレクトでシュート。

ゴール左隅。

 

ネットが揺れた。

 

2-0。

 

ピッチが一瞬だけ無音になった。

 

潔が走って戻ってきた。真っ先に俺のところに来た。

俺は半目のまま立っていた。歩いていた俺が右足を一度振っただけだ。

 

「——覇黒」

「ん」

「あのパス、どうやって出した」

「……」

「あれ、見えてたのか」

「……ん」

「俺じゃなくて、ボールがあの場所に落ちるのが先に見えてたみたいな出し方だった」

 

(——お前、ホント目ざといな)

 

「……見えたから」

「は?」

「あそこに、空間があったから」

「空間?」

「うん」

 

潔がほんの少し眉を寄せた。何かを言いかけてまた飲み込んだ。

ホイッスルが鳴って試合が再開する。

潔は走って戻りながらもう一度だけ俺を振り返った。

 

その後追加点が一つ入って3-0で終わった。

俺の貢献はパス一本だけだった。

 

◇ ◇ ◇

 

控室。

誰も大声で喜んでいない。昨日の引き分けのあとの空気のほうがよっぽど熱かった。

雷市は一応「やったな」と短く言って椅子に腰を落とした。

五十嵐だけが「勝ち勝ちぃー! あきらめなきゃ勝てるって言ったじゃん俺!」と一人ハイテンションで拳を突き上げて、誰にも応じてもらえず腕を下げた。それでも笑っていた。

 

俺は奥のベンチで膝を抱えて座っていた。

覚醒していないからそんなに疲れていない。ただ「動かないために体力を使っていた」感覚はある。

 

ガコン、と音がした。

俺の前のロッカーに誰かが拳を当てた音だった。

 

雷市が立っていた。

顔が赤くない。むしろ蒼い。

昨日のように怒鳴ってはいない。低い、押し殺した声で言った。

 

「覇黒」

「ん」

「お前、やっぱりサボってるよな」

「……」

「今日のお前、九十分中ほぼ全部歩いてた。スルーパス一本だけ。あれだけ。あとは何もしてない」

「うん」

「うん、じゃねぇんだよ」

 

雷市が一歩詰めてきた。

俺は座ったまま見上げる。

 

「昨日お前、ピッチで倒れただろ」

「うん」

「俺あの時、お前のことなんかすげぇと思ったんだよ」

「……」

「でも今日のお前、見てて——わかんなくなった」

 

雷市が拳を握って俺の胸ぐらをつかんだ。

シャツの襟が引っ張られて俺の上半身が少し浮いた。

 

雷市の目はまっすぐだった。怒ってるけど濁ってない。

(——ああこいつ、ちゃんと向き合ってきたな)

 

「ごめんって」

「あ?」

「本気出すと、疲れんだよ」

「——だから、それが——」

「ラスボス来たら、ちゃんとやる」

 

雷市の手が、ぴたりと止まった。

 

「ラスボス、って何だよ」

「俺の本気を出さなきゃ勝てない相手」

「……お前、何様だよ」

「途中の小ボスで全力出すと、ラスボスで死ぬから」

 

俺は半目のまま続けた。

 

「だから今日は温存。明日も多分、温存」

「……」

「お前のラスボス、いつ来るんだよ」

「さあ。来たらわかる」

 

雷市が長く息を吐いた。

吐いてから、ゆっくりと俺の胸ぐらから手を離した。

 

「……お前、本当になんなんだよ」

「ごめんって。本気で言ってる」

「本気でそれかよ」

「うん」

 

雷市は背を向けた。

背中越しに低くつぶやいた。

 

「——ラスボスが来た時、ちゃんと立てよ。チームで戦うんだ、お前一人の試合じゃねぇ」

「善処する」

「善処、じゃねぇ。立てよ」

 

雷市はそのまま控室の奥のシャワー室に消えた。

扉の音だけが残った。

 

俺は膝を抱えなおして天井を見上げた。

(——ちゃんとやるって言ったってな)

(あれを「ちゃんとやる」って呼んでいいのか俺はまだわかんねぇんだよ、雷市)

 

言わない。誰にも言わない。

 

◇ ◇ ◇

 

シャワーを浴びて廊下に出ると、潔が壁に肩を預けて立っていた。

 

「待ってた」

「……だろうな」

 

俺は隣の壁に肩を預けた。

潔は腕を組んだまままっすぐ前を見ている。聞きにくい話を聞くときの構えだ。

 

「あのスルーパス、どうやって出した」

「さっきも聞いたろ」

「もう一回聞いてる」

 

潔の声はさっきよりも一段、低い。

 

「見えたから、って言ったよな」

「うん」

「お前、フローに入ってたのか?」

 

聞いたことのない単語だった。

(フロー?)

俺は半目で潔を見た。

 

「フロー、ってなんだ」

「……知らねぇのか」

「うん」

 

潔が一瞬、目を見開いた。

 

「集中が極まって視界が変わって全部スローに見えるあれだ」

「あー」

「あれだろ、お前入ってたんだろ」

「……いや」

「いや?」

「いつもああいう感じ」

 

潔がもう一度、目を見開いた。今度は隠さなかった。

 

「……いつも?」

「うん」

「あれが?」

「うん」

「常時あの視界で歩いてんのか、お前は」

「歩いてるとき限定でな。走るとぼやける」

 

潔は何も言わなかった。

口を一度開いてまた閉じて、それから壁から肩を離した。

廊下の先を見ている横顔。眉間に皺が寄っていて何か納得していない男の顔だった。

 

「……あいつ、本気でそう思ってるのか?」

 

呟きは俺に向けたものじゃなかった。潔の独り言だった。

俺は聞かなかったふりをして欠伸を一つした。

 

潔がゆっくり廊下を歩き出す。

俺は壁に肩を預けたままその背中を見送った。

(——お前は勘がいい奴だ)

(「いつもの感じ」と「フロー」が同じものか違うものか、それを多分お前一人で考え続けるんだろうな)

 

廊下の蛍光灯が一瞬だけ点滅した。

 

◇ ◇ ◇

 

館内放送が鳴ったのはその日の夜だった。

 

『——選手諸君。次戦の組み合わせを発表する』

 

低く、よく通る声。絵心甚八。

俺は自室のベッドに寝そべって天井を見ていた。蛍光灯の光が眩しい。

 

『明日、チームZ対チームV』

 

身体がぴくりと動いた。

 

『チームVは——現時点での総合一位だ』

 

壁の時計は夜の九時を回っていた。明日の朝には試合だろう。

廊下の向こうで誰かが息を呑む音がした。多分雷市だ。自室の扉開けっぱなしで聞いてやがる。

 

『チームVのストライカーは、二人』

 

絵心の声は低いがよく通る。

 

『凪誠士郎。玲王ノエル。お前らの中でも上位の天才と言われている連中だ』

 

(——……出たな)

 

俺は天井に向かって短く息を吐いた。

ナギ。レオ。聞いたことのない名前。

絵心の声の調子で分かる。こいつら、前世の言い方なら「中ボスを越えた何か」だ。

 

『そして——』

 

絵心が一度、言葉を切った。

 

『チームZ。覇黒千歳』

 

廊下の向こうでチームメイトたちの気配が固まったのが分かった。

昨日の試合終わりに続いて二度目だ。

 

『お前は、本物か——事故か』

『明日、答えを見せてもらう』

 

放送はそれきり切れた。

寮全体がしんとした。

廊下の向こうで潔の部屋の扉が静かに閉まる音が聞こえた。

蜂楽の鉛筆の音が聞こえた気がしたが気のせいかもしれない。

 

俺はベッドの上で目を閉じた。

 

(——ラスボス、来たな)

 

胸の奥で短く呟く。

ラスボスじゃない。まだ第一部の中ボスだ。ステージ三のフィールドボス程度。

それでも今の俺にとっては覚醒条件をフルに揃えてくる類の相手だ。

 

凪誠士郎。玲王ノエル。

名前は知らないが絵心が「上位の天才」と呼ぶ二人。

そして馬狼に「次は潰す」と宣言されたままその約束は果たされていない。

 

(——できれば、使わずに済ませたいんだけどな)

 

胸の奥でだけもう一度呟いた。

覚醒モード。別人じみた、自分のものじゃない時間。

頼れば勝てる。だが頼れば頼るほど俺が俺じゃなくなる気がする。

 

明日、条件は確実に揃う。

揃ってしまえば俺の意思では止められない。

 

俺は寝返りを打って壁の方を向いた。

蛍光灯の光が顔に当たらなくなる。

 

(——だりぃな)

 

それが今日最後の思考だった。

 




第3話、お読みいただきありがとうございました。

覚醒嫌悪の本格開示。
チームY(二子一揮)戦ではスルーパス一本だけで勝利を手繰り寄せ、潔と廊下で初の対話。
「あのスルーパス、どうやって出した」「見えたから」

そして次戦は——総合ランキング1位、チームV。
凪誠士郎・御影玲王・剣城斬鉄が待ち構える、ブルーロック最強のチーム。

覇黒「(——ラスボス、来たな)」
「(——できれば、使わずに済ませたいんだけどな)」

ブクマ・評価・感想いただけると、更新の励みになります。
気が向いたら、また覗きに来てください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。