「15分の怪物」   作:熊々

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前話、覇黒は"二割引"の身体で、足首の重心と視線だけで國神・千切・蜂楽・雷市・五十嵐を動かし、チームZに先制点をもたらしました。
だが、試合は残り七十分。
そして鰐間のブルドーザーは、ここから本当のエンジンを上げ始めます。

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※ブルーロックの二次創作です
※前話を未読の方は第1〜6話からどうぞ


今日は、走るか

 

俺の影は、右に三センチ、左に三センチ、前に一センチ、後ろに二センチ、と動き続けた。

 

影が動くたびに、國神が動いた。

千切が動いた。

蜂楽が動いた。

雷市が怒鳴った。

成早が走った。

五十嵐が空回りして、空回りのままボールに絡んだ。

我牙丸は動かなかった。我牙丸は最終ラインで、動かないのが仕事だった。

伊右衛門も動かなかった。伊右衛門の無言は、動かなくても効いていた。

 

前半、二十分。

スコアは、1-0のままだった。

 

チームWは、ボールを持っても持っても、最後の三十メートルで詰まった。

詰まった理由は、俺の影だった。

俺の影は、ピッチのどこに「空いて見える場所」を作るか、作って見せて、作って見せて閉じるか、を、全部制御していた。

 

たぶん、傍から見たら、誰も分からない制御だった。

分かっていたのは——

 

潔。

 

潔だけが、俺の影を視界の端で追い続けていた。

追いながら、自分の立ち位置を、俺の影にゼロコンマ一秒だけ遅れて合わせてきた。

 

(——潔、お前、何であんな拾えんだよ)

(——お前もうちょい鈍いやつだと思ってたんだけどな)

 

俺は、半目のまま、少しだけ感心した。

感心しつつ、声には出さなかった。

声を出すエネルギーは、今日、一回ぶんしか、残っていない気がしていた。

そしてその一回は、試合が終わるまで、出したくなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

前半三十分。

 

鰐間のエンジンが、変わった。

 

さっきまでは、自分の前にDFがいれば肩でぶつけて弾くだけだった。

今は、肩をぶつけずに、上半身でフェイントを入れ始めた。

フェイントを入れて、フェイントの後に肩で弾いた。

我牙丸が、その肩で弾かれた。

弾かれた我牙丸は、舌打ちしながら起き上がった。

一度目だった。

 

三十五分。

 

二度目。

今度は伊右衛門が弾かれた。

伊右衛門は無言のまま、しかし、一瞬だけ、自分の肩を抑えた。

 

俺は、影を、少しだけ前に出した。

四センチ。

 

(——雷市)

 

雷市は、俺の影の前進を拾って、最終ラインの前に下がった。

下がって、鰐間の進路をもう一度塞ぎ直した。

雷市は怒鳴らなかった。

怒鳴らずに下がったのは、雷市にとって珍しかった。

 

だが、鰐間のエンジンは、もう一段上がっていた。

 

鰐間は雷市の前で止まらなかった。

止まらずに、体ごとぶつかった。

雷市は、芝に転がった。

鰐間のボールは、その一瞬で、前に運ばれた。

 

伊右衛門が追った。

追ったが、伊右衛門は届かなかった。

届かなかった伊右衛門の足の横を、ボールが通り抜けた。

 

我牙丸が最後の壁に入った。

 

我牙丸も、弾かれた。

 

(——あ)

俺は、心の中で短く息を吐いた。

(——間に合わねぇ)

 

鰐間のシュートは、キーパーの左、上隅。

低すぎず、高すぎず、ちょうど届きそうで届かない、鰐間の体格からは想像しにくい、繊細な位置だった。

 

ネットが、揺れた。

 

1-1。

 

◇ ◇ ◇

 

前半、ロスタイム。

 

電光掲示板が、1-1に切り替わった音を、俺は耳で拾った。

音なんて鳴っていないはずなのに、拾った。

 

チームZのピッチが、一瞬だけ、静かになった。

静かになったのは、雷市が起き上がる音が、いつもよりゆっくりだったからだ。

我牙丸が口の端を拭った。

伊右衛門が肩を回した。

國神が、自分の胸を一度、拳で叩いた。

 

五十嵐が、大声を出した。

 

「まだ、前半終わってねぇぞォ!」

 

裏返っていた。

だが裏返り方が、普段の「やってやるぜぇ」とは、少し違う裏返り方だった。

五十嵐の声は、自分を奮い立たせるための裏返りで、他人を励ますためじゃなかった。

 

潔が、ピッチの中央で、一度だけ、俺のほうを見た。

 

俺は、半目のまま、潔に向けて、ほんの少しだけ、首を横に振った。

(——ここで、無理はするな)

 

潔は、一秒、俺を見た。

それから、うなずいた。

うなずいて、前を向いた。

うなずき方が、なんか潔らしくなかった。

 

レフリーのホイッスルが、前半終了を告げた。

 

◇ ◇ ◇

 

ロッカールーム。

 

俺は椅子に、椅子というより、椅子のかたちをした土嚢に沈み込んだ。

背もたれに後頭部を預けた。

天井を見た。

天井は、朝見た天井と、だいたい同じ高さだった。

だが、朝より遠くなかった。

(——少しだけ、戻ったな、体)

(——いや、これは、気のせいだ)

(——二割は、二割のままだ)

 

雷市は、何も言わなかった。

ロッカーに入ってきて、タオルを頭に被って、そのままベンチに腰掛けた。

それだけだった。

我牙丸が、雷市の隣に座って、舌打ちした。

「あいつ、でけぇだけじゃねぇな」と低く言った。

雷市は、小さく、「うん」と返した。

雷市が「うん」と短く返すのは、珍しかった。

 

五十嵐が、タオルを両手で顔ごと覆って、何度か深呼吸した。

それから、タオルから顔を出して、俺のほうを見た。

 

「覇黒、まだ二割か」

 

五十嵐が、言った。

冗談にするにはちょっと笑いが足りなかった。

真剣にするには、いつもの五十嵐らしくなかった。

 

「……二割」

 

俺は、正直に答えた。

 

「マジか」

「マジだ」

「マジかー」

 

五十嵐は、天井を向いて短く笑って、もう一度タオルで顔を覆った。

覆いながら、小さく「あきらめねぇけどな、俺」と呟いた。

呟きは、他のやつに聞かせるための大きさじゃなかった。

自分の胸に落とすための大きさだった。

 

潔が、ロッカーの中央に立った。

立って、俺のほうを見た。

 

「覇黒」

「ん」

「後半、いけるか」

 

潔の声は、低かった。

 

俺は、半目のまま、潔を見た。

 

「……二割は、保たねぇ」

 

そう言った。

 

潔の眉が、一瞬だけ、寄った。

だが、潔は、それ以上何も言わなかった。

言わずに、うなずいた。

うなずいてから、ロッカーの真ん中で、声を張った。

 

「——後半は、覇黒を使わずに戦う」

 

潔が言った。

 

ロッカーの空気が、一瞬、止まった。

雷市が顔を上げた。

我牙丸が、「は?」と短く言った。

五十嵐がタオルから顔を出した。

成早は、自分の靴紐を結び直していた手が止まった。

千切は、ずっと千切のままだった。

國神は、無言で潔を見た。

伊右衛門は、無言で潔を見た。

久遠は——糸目のまま、潔を見ていた。糸目の奥が、少し動いていた。

蜂楽は、スケッチブックを閉じた。

 

「最後の十五分までは、俺たちだけで戦う」

 

潔は、俺を見ずに、続けた。

 

「最後の十五分は——」

 

潔は、そこで一拍だけ、言葉を切った。

 

「——覇黒がどうするか、決める」

 

潔は、そう言って、ロッカーのドアへ歩いた。

 

ドアの前で、一度だけ、振り返った。

 

「覇黒、二割、頼む」

 

潔は、それだけ言って、外に出ていった。

 

ロッカーの、誰も、何も言わなかった。

雷市が、タオルを顔から引き剥がして、立ち上がった。

我牙丸も立ち上がった。

五十嵐も、成早も、千切も、國神も、伊右衛門も、久遠も、蜂楽も、立ち上がった。

 

俺は、椅子の背もたれに後頭部を預けたまま、天井を見ていた。

 

(——お前ら)

(——ちょっと、兄貴ぶんなよ、潔)

(——お前、そういうの、俺より下手だろ)

 

俺は、胸の奥でだけ、短く呟いた。

 

呟いてから、ゆっくり、立ち上がった。

 

◇ ◇ ◇

 

後半、開始。

 

鰐間のエンジンは、前半の終わりより、さらに上がっていた。

上がっていたが、今度は鰐間だけではなかった。

鰐間の後ろから、中盤の選手が二人、鰐間と同じ速度で、一緒に上がってくるようになっていた。

ブルドーザーが、二台、三台、並んで来た。

 

(——おいおい)

俺は、ピッチの中央少し後ろで、半目のまま見ていた。

(——ブルドーザー、量産してんじゃねぇよ)

 

後半、十二分。

 

ブルドーザー三台目の足元から出されたクロスを、鰐間のヘッドが叩いた。

我牙丸は間に合わなかった。

伊右衛門も間に合わなかった。

雷市が頭で潰しに行って、鰐間の肩にはじかれた。

弾かれた雷市は、ピッチに倒れた。

 

ボールは、ネットを揺らした。

 

1-2。

 

逆転だった。

 

◇ ◇ ◇

 

(——借金、取り立て、来たな)

 

俺は、胸の奥でだけ、短く呟いた。

 

雷市が立ち上がった。

立ち上がるのに、前回より少しだけ長い時間がかかった。

 

五十嵐が、自分のスパイクの爪先で、芝を一度蹴った。

蹴った芝が、小さく跳ねた。

五十嵐が、ピッチの中央に向かって、裏返った声を上げた。

 

「まだ、終わらねぇぞォ!」

 

その声は、さっきのハーフタイムより、少し強かった。

少し強かったが、俺の耳には、少し痛かった。

 

潔が、中央でキックオフを待っていた。

潔は、俺のほうを見なかった。

見ずに、前を向いていた。

 

俺は、潔の背中を、半目のまま見ていた。

(——お前、ちゃんと俺のこと、見てないふりしてんな)

(——上手くなったな、そういうの)

 

◇ ◇ ◇

 

後半、二十三分。

 

三台目のブルドーザーが、また前に出てきた。

今度は國神が正面で止めた。

國神は、正面からの衝突で止めた。

止めたが、止める瞬間に、國神の膝が、変な方向にねじれた。

 

國神が、芝に膝をついた。

ついたまま、立ち上がろうとした。

立ち上がれなかった。

 

レフリーがホイッスルを吹いた。

治療のために、一度試合が止まった。

 

俺は、中央少し後ろで立ったまま、國神のほうを見ていた。

國神のほうを見ていたが、目を合わせなかった。

 

(——國神、無理すんなよ)

(——お前、朝、俺の肩、触っただけで、元気くれたつもりだろ)

(——こっちが、返すのが遅ぇんだよ)

 

國神は、両手を芝についた。

両手を芝につけたまま、ゆっくり顔を上げた。

顔を上げた國神の視線は、俺のほうには来なかった。

来たのは、雷市のほうだった。

國神は、雷市のほうに向けて、短く、何かを言った。

「任せた」と、言ったように、口の動きだけで見えた。

 

國神は、担架で運ばれていった。

 

◇ ◇ ◇

 

チームZは、十人になった。

 

十人になった最初のプレー。

鰐間が、またボールを持った。

今度は誰も、鰐間の正面に立たなかった。

立ったのは、伊右衛門一人だった。

伊右衛門は、無言のまま、鰐間の正面に立った。

伊右衛門は、無言のまま、鰐間に吹き飛ばされた。

 

ボールは、ペナルティエリアに運ばれた。

中盤のブルドーザー二台目が、シュートコースに入って、左足で振り抜いた。

 

キーパーが、飛んだ。

手が、届かなかった。

ボールは、ゴール右下に、吸い込まれた。

 

1-3。

 

◇ ◇ ◇

 

電光掲示板が、1-3に変わった。

 

残り時間が、画面の端でカウントされていた。

 

15:00。

 

(——ああ)

俺は、胸の奥でだけ、短く呟いた。

(——揃ったな)

 

二点ビハインド。

残り十五分。

条件、二重。

 

(——殺しに来る格上)も、たぶん、鰐間の目には、もうある。

さっきの整列のときの「興味」は、今のピッチで、「潰す」に変わっていた。

三重条件、揃った、と言っていい。

 

(——起きろ)

 

俺は、胸の奥でだけ、そう呟いた。

 

呟いて、目を閉じた。

目を閉じて、体の奥のどこかにあるはずの、あのスイッチを、探した。

 

覚醒モードの入口。

普段は勝手に入口が開く。

殺気、劣勢、時間切れ、それらの条件が揃うと、俺の意識は勝手に薄くなって、代わりに別の何かが俺の体を運転し始める。

 

(——起きろ、って)

 

もう一度、胸の奥で呟いた。

 

体の奥は——

 

何も、起きなかった。

 

スイッチは、入らなかった。

入口は、開かなかった。

別の何かは、俺の体の奥で、寝ていた。

いや、寝ているというより、今日は「いない」ような気がした。

昨日、使い切った。

そして今日、借金を、取り立てに来られた。

借金を取り立てられた体には、もう、貸すエネルギーが、残っていなかった。

 

(——来ない)

 

俺は、目を開けた。

 

開けた視界は、いつもの視界だった。

スローモーションにはならなかった。

輪郭が細くもならなかった。

雷市の口の動きも、普段の速さで動いていた。

五十嵐の鼻先も、普段の解像度だった。

 

(——来ない、今日は)

 

俺は、目を開けたまま、もう一度、胸の奥でだけ呟いた。

 

◇ ◇ ◇

 

(——じゃあ、どうするか)

 

俺は、半目のまま、ピッチを見回した。

 

國神は、ベンチ横で、立ち上がっていた。

立ち上がっていたが、ピッチに戻れる足じゃなかった。

雷市は、最終ラインで、両手を膝について、肩で息をしていた。

我牙丸は、自分の肩を回していた。その肩は、上がりきっていなかった。

伊右衛門は、無言のまま、ゴール前に立っていた。

五十嵐は、ペナルティエリアの手前で、足踏みをしていた。

成早は、右サイドで、走る準備をしていた。

千切は、左サイドで、スパイクの紐を確認していた。

蜂楽は——ピッチの中央近くで、空を一度見上げた。

久遠は、少し下がった位置で、糸目のまま、ゲームを見ていた。

潔は、中央で、ボールのほうを向いていた。

 

潔の背中が、俺にだけ、少しだけ、こちらを向いた気がした。

振り返ったわけじゃない。

ただ、背中の筋肉が、俺のほうを意識しているのが、分かった。

 

(——潔、お前、「覇黒がどうするか、決める」って、言ったよな)

 

俺は、胸の奥でだけ、呟いた。

 

(——俺は、今日、覚醒、出ないんだ)

(——覚醒、出ないんだから、残るのは——)

 

俺は、残っているものを、胸の奥で、勘定した。

 

(——二割)

(——今朝の二割)

(——朝、食堂で、潔が「食え」って言って、卵食った、あの二割)

(——凪に肩を叩かれて、ちょっと軽くなった、あの二割)

(——蜂楽に「見てるだけでいい」って言われた、あの二割)

 

勘定してみた。

 

(——意外と、重くねぇな、これ)

 

俺は、半目のまま、短く息を吐いた。

 

(——重くねぇけど、二割は、二割だ)

 

◇ ◇ ◇

 

俺は、ピッチの芝に、片方のスパイクを強く踏み込んだ。

 

踏み込んだ音が、自分の耳にだけ、少し大きく聞こえた。

 

踏み込んだら、膝が、少しだけ、起きた。

腰が、少しだけ、起きた。

背中が、少しだけ、前に出た。

 

(——今日は)

 

俺は、胸の奥でだけ、呟いた。

 

(——走るか)

 

◇ ◇ ◇

 

その呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

だが、俺の体は、その呟きを、自分の奥で聞いた。

 

普段、動かさない回路が、一つだけ、勝手に開いた。

覚醒中の「喋る」回路とは、違う回路だった。

もっと手前の、もっと浅い、もっと地味な回路だった。

 

それは——

 

「走る」回路だった。

 

普段、俺が勿体ないと思って、閉じていた回路。

走ることにエネルギーを使うのが面倒で、いつも、立ってるだけで済ませていた回路。

今日、二割しかないこの体で、あえて、一番エネルギーを食う回路。

 

その回路を、俺は、自分で開けた。

 

自分で、開けた。

勝手に開かない。

殺気にも劣勢にも時間切れにも頼らず、自分で開けた。

 

(——走るか、俺)

 

俺は、胸の奥でだけ、もう一度、呟いた。

 

呟いてから、一歩、前に出た。

 

一歩、前に出たら、潔が振り返った。

 

潔は、俺を見た。

俺は、潔を見なかった。

ただ、前だけを見た。

 

潔の目が、見開かれた。

半秒。

それから、細められた。

 

「……?」

 

潔の口が、動いた。

 

「お前——」

 

潔の口は、そこで止まった。

 

止まったのは、俺がもう一歩、前に出たからだった。

その一歩は、潔を追い越す一歩だった。

追い越した一歩のあと、俺は、もう一歩、前に出た。

その一歩は、雷市を追い越す一歩だった。

 

雷市が、俺の横顔を見て、「覇黒——?」と短く言った。

 

俺は、答えなかった。

答えるエネルギーが、いま、走るエネルギーに、全部、振り向けられていた。

 

◇ ◇ ◇

 

(——クソゲー)

 

俺は、走りながら、胸の奥でだけ、短く呟いた。

 

(——クソゲーのRPGは、たしか、ラスボス前に、レベル上げしねぇとダメなんだよな)

(——レベル上げ、サボってきたツケが、今、来てんのか)

 

俺は、ペナルティエリアの手前、中央で、止まった。

止まった瞬間、後ろから、潔が追いついた。

潔は、俺の横に並んだ。

並んだ潔の肩が、俺の肩より、少しだけ、前に出ていた。

 

蜂楽が、少し離れた位置で、足を止めた。

千切が、左サイドで、空を一度だけ見た。

成早が、右サイドで、スパイクを強く踏んだ。

五十嵐が、ペナルティエリアのすぐ外で、体を小さく揺らしていた。

我牙丸が、遠くから、俺の背中を見ていた。

伊右衛門が、ゴール前で、無言のまま、姿勢を低くした。

久遠が——糸目のまま、俺と潔の二人を、初めて、近い距離から、見ていた。

 

鰐間が、中央で、俺を見ていた。

 

さっきまで「潰す」の目だった鰐間の目が、一瞬、また、あの細い目に戻った。

「興味」の目。

走らないはずのやつが、走ってきた、その意味を、鰐間の目が、探していた。

 

俺は、鰐間の目を見なかった。

 

見ずに、潔を、一度だけ見た。

潔も、俺を見た。

 

二人とも、何も言わなかった。

言わずに、ほんの少しだけ、お互いの肩の角度を、お互いに合わせた。

俺の右肩と、潔の左肩が、ほんの五度、違う方向を向いた。

その五度の違いに、たぶん、意味があった。

 

意味を、拾ったやつが、一人いた。

 

五十嵐だった。

 

「……やってやろうぜ、覇黒」

 

五十嵐の声は、裏返っていなかった。

今日、初めて、裏返らない声だった。

小さくて、低くて、でも、まっすぐだった。

 

俺は、五十嵐を見なかった。

見なかったが、半目のまま、ほんの少しだけ、口の端を上げた。

 

◇ ◇ ◇

 

電光掲示板。

 

1-3。

 

残り、十四分。

 

覚醒モードは、今日、来ない。

覚醒モードの時間は、今日、ゼロだ。

 

俺の時計は、ゼロのまま、動かない。

 

(——じゃあ、今日は、俺の時計じゃねぇ時計で、動くか)

 

俺は、胸の奥でだけ、短く呟いた。

 

呟いてから、走り出した。

 




第7話、お読みいただきありがとうございました。

前半ロスタイムに同点弾、後半に逆転。
國神の離脱、十人になったチームZ、1-3。

二点ビハインド、残り十五分、殺しに来る格上——覚醒の三重条件、達成。
だが、覇黒の覚醒モードは、今日、起動しませんでした。

覇黒「(——来ない)」
「(——昨日、使い切った)」

覚醒の代償は、必ず翌日に請求書を送ってくる。
覚醒が来ないと知った覇黒は、自分の体の奥で、
普段は閉じている回路を、自分の意志で、開けます。

覇黒「(——今日は)」
「(——走るか)」

覚醒に頼らず、走る。
覇黒千歳が、初めて"自分で"動いた瞬間。

次話、一次選考・最終戦、決着。

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