お疲れ、穴突かれガール   作:虫野律

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プロローグ+①

【プロローグ】

 

 

 

〈主文〉

『原判決を破棄し、上告人を無罪とする。』

〈判決理由〉

『(前略)ホモ・サピエンスの雌に見られる、脳構造に起因する必至かつ強力な利己的習性及び他責性を斟酌せずに同雄と同等の手続法上の権利を認めることは、基本的人権の尊重、公共の福祉、平等原則及び適正手続きの保障を定めた日本国憲法に反することは明らかである。この法理はいわゆる性犯罪においても当然に適用されると解すべきであり、昨今の女性の虚偽証言による冤罪被害の著しい増加及びこれに対する国民の批判的な法感情を考慮すると、同犯罪類型において自らを被害者と主張する女性の供述には、その実行行為があったことを証明する他の証拠がない限り一切の証拠能力及び証明力を認めるべきではなく、したがってその場合の被害届及び告訴も受理要件を満たさないと言わざるを得ない。』

 

 

 

【①】

 

 

 

「ええ、今日の一時間目は、先日の高橋(たかはし)君の事件を受けて全校集会です」

 

 朝のSHR(ショートホームルーム)の時間になると担任の村田(むらた)(たける)が現れ、ネバついた耳障りな声でぼそぼそと話しはじめた。

 村田はこの声、話し方にふさわしい冴えない中年男だ。平均足らずの身長、小太り一歩出前の体型、禿げかけ──なだけでまだ禿げてはいないと本人は主張している──のみすぼらしい頭、小汚い肌、色褪せたネクタイ、皺の目立つワイシャツ──どこを取っても垢抜けていない。これで授業も下手くそなのだから救えない。絶対素人童貞だよね、と噂されているのも納得である。

 

「ええ、知らない人はいないと思いますが、ええ、一応簡単に説明しますと──」

 

 と、まぁ、村田の、ええ、ええ言うウザったい説明をそのまま伝えられてもストレスが溜まるだけだろうから、僕こと佐藤(さとう)樹生(たつき)が掻いつまんで説明しようと思う。

 ゴールデンウィーク明けに同級生の高橋優晴(ゆうせい)が自殺した。

 高橋は不登校だったんだけど、あるお喋り女から問わず語りに事細かに聞かされたところによると、彼はハイリー・センシティブ・パーソンいわゆるHSPで、生来の人格障害もあり、さらにそれらに由来する不安障害さえも患っていたらしい。それらが原因で親とも折り合いが悪く、この私立星影(ほしかげ)学園高校への入学を機に、実家から追い出されるようにして、令和に建てられたという築深のボロアパートで一人暮らしを始めた。

 高橋は一年生の夏休み前には休みがちになり、冬休みを待たずして不登校となった。

 ヒトの群れは、建前はともかく、利用価値のないお荷物あるいは気持ち悪い欠陥品に厳しい。高橋は両親のみならず、社会の(あるじ)にして奴隷である健常者をも恨むようになっていった。

 そして高橋は、二年生の春、その復讐を実行してしまった。

 僕らが暮らす人口減少が深刻なこの市には廃墟がまぁまぁたくさんあるんだけど、高橋は幼女を誘拐してそのうちの一つ、廃業したボーリング場に監禁した。

 スマートフォンで撮影しながら強姦し、足を根元から切断し、強姦し、腕を切断し、強姦し、鼻を削ぎ、強姦し、目を潰し、強姦し、胃を切除し、強姦し、乳首を切除し、強姦し、子宮を切除し、強姦し、尿道を焼き、強姦し、直腸を引きずり出し、強姦し、隠核を切除し、強姦し、膣を抉り取った。

 近年の医療技術の進歩はすさまじく、素人が入手できる知識と薬、器具だけでこれらの処置を死なせずに実行できたし、今なお肌色の芋虫は暗闇の底で(うごめ)いている。

 高橋は撮影した動画をダークウェブ上に公開した。

 すべては復讐のため。

 被害者の幼女に今後数十年にわたって生き地獄を味わわせ、彼女と社会の矛先を自分を捨てた両親に向けさせると同時に、精神障害者を冷遇するとどうなるかをすべての健常者にわからせようとしたのだ。

 高橋はその動画内でそのように語っていたという。補足すると、自分と無関係で健康体、容姿に恵まれ、そしてろくに抵抗できない幼女であることが重要だったらしく、声帯と舌を残したのは恨み言が吐けるようにするためで、聴覚を残したのはお荷物となった幼女への恨み言と他人の幸せが聞こえるようにするためだったそうだ。

 やることをやり切った高橋は幼女を廃ボーリング場に残してアパートに帰ると、くだんの動画を公開し、合成麻薬の過剰摂取でもって自殺した。

 そのすぐ後、高橋のアパートのチャイムを鳴らしたのが、遺伝的敗北者なる我らが担任教師、禿田もとい村田健その人である。

 村田は高橋のことをよく気に掛けていた。総じて殊更に教育熱心なほうではなさそう──根拠としては、台本を読み上げるだけの紋切り型の授業だったり、授業中にも何かと理由を付けて教室を離れたり、など──だけど、同じ無能同士、感じるものがあったのかもしれない。

 ま、とにかく最低な現場の第一発見者となった村田は、警察に通報し、それほど間を置かずしてもっと最低な現場──めでたくも不具者(ふぐしゃ)デビューさせられたくだんの幼女を知ることとなった。

 だからなのか、今朝の村田の話しぶりには常にはない熱というか、重さというか、感情が乗った言葉特有の鬱陶しさがあった──とはいえ、ええ、ええ言うのは変わらないんだけど。

 

「──ええ、ほんとよくないと思うんですよね、ああいう犯罪の温床になりうる廃墟をそのままにしておくというのは。ええ、教唆なり幇助なりと同じですよ。ええ、ですから高橋君は、見方を変えれば巻き込まれただけなんです。ええ、あの女の子と同じ被害者ということです。ええ、皆さんもそう思うでしょう?」

 

 熱が入りすぎて論が飛躍しているように思えるけど、因果関係をどこまで遡るか、どこから見るか、あるいはどこを重視するか次第では牽強付会(けんきょうふかい)ならずとも誰しもが被害者にも加害者にもなりうるから、理屈のうえではあながち間違いとも言えない──だからといってそんな意見に公然とうなずく馬鹿はいないのだけど。

 それがわからないから村田は村田なんだよ、と僕はあきれているし、二年A組の面々も苦笑いを噛み殺しているようなさわさわした気配を漂わせている。

 しかし村田は何とか賛同を得たいのか、

 

「他人事じゃないんですよ」

 

 と語気を強めてズレたことを言い、視線を教室の左後ろのほう、つまり窓際最後尾の大当たり席のほうへやった。

 

「ええ、渡辺(わたなべ)さんだって似たような被害に遭ったことがあるじゃないですか。ええ、あなたなら真っ先にうなずいてくれると思っていたのですが……ええ、忘れたわけじゃあないでしょう? ええ、ここは一つ、ええ、それがどれほどつらいことか語っていただきたいのですが……」

 

 ここで言う〈似たような被害〉とは、不幸にも環境のせいで加害者になってしまったということじゃなく、一般的な意味だ。つまり、窓際最後尾の席に座るハイスペ美少女、渡辺乃愛(のあ)は、小学校低学年のころに廃墟のラブホテルに連れ去られ、およそ一箇月もの間、監禁され、暴行を加えられたのだ──これは裁判で認められた事実である。

 二年A組の愉快な仲間たちに、あきれを通り越して軽蔑が満ちるのがわかった。あまりにもデリカシーがなさすぎる、と言いたいのだろう。

 みんなの気持ちを代弁するように一人の少女、佐々木(ささき)綾海(あやみ)が口を開いた。

 

「それってセカンドレイプってやつなんじゃないですかぁ~? 乃愛さんがカワイソーですよぉ」

 

 佐々木は育ち良し、容色良し、成績良し、声デカしのクラスの中心的存在だが、美貌も頭脳もプロポーションも、したがって男子人気も渡辺には劣り、彼女のことを憎々しく思っていると僕は見ていた。実際、佐々木は渡辺を避けている向きがあるし、彼女を見る目もいやに冷たい──のだけれど、今回ばかりは渡辺の味方になるみたいだった。とはいえ、単に、気に食わない二人──つまり村田と渡辺──をまとめて攻撃しつつ自分の株を上げるダシに使っただけという可能性も、嗤うような、あるいは嗜虐的な声を聞くに、否めない。というか、高そう。

 

「あ、いや、そんなつもりでは」

 

 村田は狼狽を露わにした。お得意のええ、ええ話法を発動する余裕さえ失っているところを見るに、悪気がなかったことをアピールするための演技ではないのだろう。

 村田は弱り切ったように眉尻を下げて、

 

「ええ、渡辺さん、ごめんね。ええ、高橋君や君のような子が一人でも減ってほしくて、ええ、視野が狭くなってしまっていたんです」

 

 と謝罪に見せかけた言い訳を口にした。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 冬空のように高く透き通る声でそう答えた渡辺の口ぶりには、あなたたちのような低レベルな雑輩(ざっぱい)には興味がありませんので、とでもいうような鼻であしらう冷淡な響きがあった。

 頭を傾けて渡辺を振り返ると、彼女は頬杖を突いて窓の外を眺めていた。どうでもいいから話しかけないで、と言わんばかりだ。そんな態度でも絵になるのだから、あるいはそんな態度だからこそ、佐々木のみならず多くの女子が嫉妬する気持ちもわからないでもない。

 

 ──ちっ。

 

 ほら、誰かの舌打ちが聞こえた。……まぁ人のことは言えないんだけど。

 そんなことよりそろそろ切り上げないと全校集会に遅れるよ?

 というように僕は村田に見せつけるように壁掛け時計に視線をやる。けど、伝わる確率は低いはずだ。

 なぜって、たぶん村田は、学園一の美少年と謳われる僕のことが嫌いだから。僕の目なんか──てか、顔なんかなかなか直視してくれないのだ。

 高橋との扱いの差がひどすぎて笑える。

 それでも忠告しようとする僕は聖人ではなかろうか──いや、ないか、とその考えを冷めた心がすぐに打ち消した。

 そんなやつはこの世界のどこにも存在しないのだから。

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