お疲れ、穴突かれガール   作:虫野律

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 僕らの暮らす東北のこの中核市は、地方都市のご多分に洩れず、人口減少をその()(しの)ぎの合併を繰り返して誤魔化し誤魔化しやってきた結果、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)並みのスカスカ人口密度を実現していた。

 土曜日の、この県で最も栄えている駅ビルでも、人でごった返すということはなく、視界がごちゃごちゃしなくて大変よろしい。活発なのは高齢化率と自殺率しかない、とっくに終わりが始まっている町への皮肉ではなく、本音である。

 僕は駅ビル内の大手コーヒーショップに来ていた。クーポンがあるからと渡辺に誘われたのだ。

 

「昨日、まる一日掛けて頭と状況を整理してみたのだけれど、村田先生も違うとなると、本当に偶然に偶然が重なった挙げ句の、わたしにとってはとてもとても不運な事件だったって考えるしかないと思うの」

 

 そう新たな持論を展開して渡辺は、この六月の新作だという、ストロベリーソースとホイップクリームの掛かったアイスカプチーノをちゅうと吸った。

 少女の白く瑞々しい喉が蠕動(ぜんどう)する様に釣られたわけじゃないけど、僕も自分のアイスカフェモカで食道と胃を冷やしてから、答えた。

 

「つまり、たまたま乃愛がシャーペンを失くし、たまたま目出し帽の強姦魔が第二理科室に潜んでいて、たまたま乃愛がそこを訪れ、たまたま強姦されてしまったと、そう言いたいわけ?」

 

 渡辺はちょっとムッとしたような顔をした。

 

「わたしだってそんな数奇なこと、そうそうあるとは思ってないわよ。でも仕方ないじゃない。そうとでも考えないと辻褄が合わないのだもの」

 

 事実は小説より奇なりってやつよ、きっと──彼女はそんなふうに囁いた。

 

「君がそれでいいなら、いいけどさ」僕は話を転じる。「で、捜査はどうするの?」

 

「続けるわよ」渡辺はあっさりとした口調で答えた。「当たり前でしょ」

 

「とすると、聞き込み捜査を地道に続けてくってこと?」

 

「そうね、それくらいしかやれることがないもの。

 といっても、不幸中の幸いなことに、新制服と青ネクタイというヒントがあるおかげで容疑者は限定されているから、一般の通り魔的犯行よりはずっと捜査しやすいはずよ」

 

「ふうん」と僕は、気後れしたような渡辺をじっくりと見て、「それって僕も参加するんだよね?」

 

「そ、そうよ」渡辺の話ぶりは断定的ながら自信なげ。「樹生君はわたしの味方なんでしょ? せ、責任持って最後まで付き合ってもらうわ」

 

 女の口から聞く責任という言葉ほど癪に障るものはないと僕は考えているし、きっと大半の男もそうに違いない。

 

「……」僕はわざと答えず、口をへの字に結んで腕組みをしてみせる。

 

 渡辺が目に見えてうろたえ出した。見捨てられると思ったのだろう。しめしめ、である。彼女は、「あ、あの、都合が付かないときは無理にとは言わないわよ? 一人だと不安だからそのときは捜査をお休みすることになるけれど、それも仕方ないことだってちゃんとわかってるわ」などとまくし立てる。

 

 高慢な物言いのくせにひどく不安げ──まるで張子の虎みたいなその様子がおかしくて、

 

「ふふっ」

 

 僕は思わず微苦笑の息を零した。

 

「え?」渡辺は気分を害されたふうもなく、ただキョトンと目を点にした。「樹生君が笑った?」

 

 何だその反応は。人のことを見世物小屋の奇形珍獣みたいに──というふうに憤慨する気は起きない。なぜって、僕が無表情を崩すのが極めて珍しいことだという自覚があるから。

 

「嘘嘘」僕は早速ネタばらしをする。「乗り掛かった船だし、真相も知りたいし、ちゃんと手伝うさ。今のはちょっとからかっただけだよ」

 

「え?」と先ほどと同じ音を発した渡辺は、しかし今度は拗ねたように口を尖らせ、「趣味の悪い冗談はやめてよね」

 

 けれど同時に、肩の緊張が解けたのが見て取れた。唯一の目撃者であり立件のための命綱とも言え、あるいは依存しはじめている僕に見捨てられないとわかり、胸を撫で下ろしたのだろう。

 

「ごめんごめん」

 

 と心にもない謝罪を口にして僕は、アイスカフェモカを飲む。とても甘い。

 

 

 

 

 

 

 翌週の月曜日から、僕は有言を実行し、寸暇をそれなりに惜しんだり大いに惜しまなかったりしつつ毎日のように聞き込み捜査に精を出した。

 結果は、空振りに次ぐ空振り、渡辺はちょっとした糸口さえ掴めなかった。情報と雰囲気に左右される馬鹿舌からしか評価されないちんけなカプチーノ以上に、彼女の見通しが甘かったということだ。

 けれど、渡辺はそれほど気落ちしているようには見えなかった。ある種の開き直りを持って長期戦の覚悟を決め泰然と構えているのだろう。ご立派なことだ。僕を当てにしてさえいなければ。

 新たな事件──と言うと大げさだけど──が起きたのは、カフェデート擬きから一箇月が過ぎ、本格化しはじめた夏がべっとりと肌にまつわりついてくるようになったころだった。

 朝、昇降口をくぐると、靴箱の前で立ち尽くしている渡辺を見つけた。登校時間が重なったみたいだった。

 

「何かおもしろいことでもあった?」

 

 僕がその背中に声を掛けると、彼女は振り返り、その眦は吊り上げられ険しい顔だったけれど、潤んでもいて泣き出しそうでもあった。

 渡辺は何も言わずに身を横にずらし、僕に靴箱を見せた。

 

「あー、なるほど」

 

 そこには剥き出しのチョコレートやら菓子パンやらが押し潰されるようにして詰め込まれており、夥しい蟻がもぞもぞと蠢いていた。さらに、靴箱の扉の裏には『強欲嘘つき女』と記されたルーズリーフが張り付けられていた。上履きは使い物にならないし、周りの靴箱の生徒もいい迷惑だろう。

 お手本のようないじめだった。渡辺を嫌っている誰かが事件のことを嗅ぎつけ、これ幸いとばかりに攻撃してきたのだろう。実に人間らしい。

 渡辺の心は今、いかりと不安にあふれていることだろう。この手のいじめは一回こっきりで終わるものではない。犯人と和解するか、屈服させるか、あるいはほかのターゲットすなわち生け贄を捧げないと、飽きてくれるまで半永久的に続く。

 

「とりあえず今日は来客用のスリッパを借りなよ」

 

 僕がそう促すと、渡辺はこくりとうなずき、

 

「悪いんだけれど」と、あるいは媚のニュアンスを含んだ上目遣いに顔色を窺うようにして言う。「職員室から借りてきてくれない?」

 

 潔癖な人間には、上履きもなしに廊下を歩くのはできればやりたくないことなのだろう。

 面倒と思う自分もいたけれど、

 

「いいよ」

 

 と答え、パシらされてあげた。

 

 

 

 

 

 

 教室でも異変はあった。

 渡辺の机に誹謗中傷の落書きがあったり、その机の中にゴミ──こっちは紙屑類で虫がいないことがせめてもの救いか──が詰め込まれていたり、クラスメイト全員から無視されたり、だ。まさに絵に描いたようないじめ。これを企てた人間は陳腐なテンプレ展開が好きなのかもしれない。世界公正仮説とかいう歪み切った危険思想──あるいは人権ナチスとでも称すべき──を根底に据えた勧善懲悪を良しとする独善的で排他的、つまりはこの世界を自分専用の箱庭だといい年して盲信している無知蒙昧で幼稚な人物像が容易に想像できた。

 渡辺は周りで嫌な含み笑いを漂わせるクラスメイトを睥睨(へいげい)した。けれど、糾弾の言葉を発することはなかった。無駄だと理解しているのだろう。ただ悔しそうに唇を噛んでいるだけだった。

 昼休みが始まるなり渡辺は逃げるように教室を後にした。その際、僕に目配せをしてきていた。きっと旧音楽室に来いということなのだろう。そう思って向かうと、ドアの前に渡辺がいた。

 

「元気?」

 

 と僕が尋ねたのに深い理由はない。何となく口から出ただけだ。

 

 渡辺はそのナンセンスな問いには答えなかった。「早く入りましょう」と余裕のない顔で催促してくるばかり。

 

 今の渡辺にとっては、このホコリっぽくてカビくさい秘密基地が学園内で唯一のセーフティーハウスなのかもしれない。

 

「どうして急に……」

 

 いつもの指定席──最近ではすっかり平文同に入り浸っていた──に着くと渡辺は、その差し向かいに座る僕に問うているのかそうでもないのか、当惑した声で小さくそう嘆いた。

 

「はっきりとはわからないけど、元々君を嫌っていた人物が、強姦事件のことを知って攻撃材料にしようと考えたんじゃないかな。つまり、偽証冤罪だ何だと責め立ててやろうってひらめいちゃったわけだ」

 

 渡辺の瞳に僕の無表情が映じた。

 

「何よそれ、最低じゃない」明確な敵意に満ちた非難だった。

 

「人間なんてそんなものだよ」

 

「何よそれ」渡辺はもう一度、今度は独りごちるように言うと、「ねぇ樹生君、どうしよう」と意見を求めてくる。

 

「強姦犯を捕まえられればいいんだろうけど、現状、捜査には何の進展もないし、どうすればいいんだろうね」

 

「そんなぁ……」

 

 と絶望に顔を歪めた渡辺に質問する。

 

「クラスメイトのあの感じからしていじめは全員の共犯みたいなものなんだろうけど、首謀者に心当たりはある?」

 

「……」渡辺はしかめ面で一瞬考え、「佐々木綾海とか」

 

「たしかに彼女は乃愛を目の敵にしてるし、いじめの指示を出すこともできるかもしれないね」

 

「佐々木さんをどうにかするしかないってこと?」

 

「いやいや、まだ彼女が首謀者かわからないでしょ。そうやって性急に結論を出すのはよくないよ。いったん落ち着こう」

 

「……そうね、もう何回も失敗したものね」

 

 藤原たちのことを思い出したのだろう、渡辺は素直に応じて深呼吸をし、

 

「とりあえずはごはんにしましょうか」

 

 そう言って手作り風弁当を渡してきた。水筒のお茶もある。

 そうして弁当箱を開けたところで、僕はスマホを取り出した。

 

「どうしたの? いつもは食べながらのスマホはしないのに」

 

「星影生専用SNSの匿名掲示板とかに手掛かりとなる情報があるかもって思ってさ」

 

 渡辺は合点がいった顔になり、「匿名だと本性を現す人がいるものね」

 

「うん。乃愛への本音とか、いじめや首謀者に対する本音とか、そういうのの中にあわよくば首謀者の特定に繋がる書き込みがあるかもしれない」

 

「わたしも手伝うわ」

 

 と渡辺は言うのだけど、手伝っているのは僕のほうである。この女、頭大丈夫か? 見た目にステ振りしすぎてオツムのほうがバグってる説ない?

 そうして、スマホ片手に無言を交わしながら昼食をつまむ、しっとり安定期の、若しくは破局寸前のカップルのような時間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 不意に、液晶画面に目を落としていた渡辺の眉が不快そうに中央に集まったのが視界の端に見えた。

 それっぽいレスがあったのかな。

 そう尋ねると、

 

「これを見て」

 

 とスマホの画面を僕のほうに差し向け、答えを見せた──星影生専用SNSの匿名掲示板、そこの雑談系スレだった。

 

 

 

 

 

 

【男子禁制】ガールズ雑談スレpart✕✕✕✕【話題不問】

 

233:名無しの星影生

乃愛がレイプされたってマジなん?

 

234:名無しの星影生

らしいよ

樹生君と一緒に一生懸命聞き込みしてるし

 

235:名無しの星影生

あの孤高の王子様と?

どうして乃愛なんかに協力してるのよ

 

236:名無しの星影生

顔か? 顔なのか?

 

237:名無しの星影生

体に釣られた説もあると思います!

 

238:名無しの星影生

いくらイケメンでもひと皮剥けば有象無象と同じ、所詮は盛りの付いた雄だったということか

 

239:名無しの星影生

やめろわたしの夢を壊すな

 

240:名無しの星影生

夢はいつか醒めるものさ

 

241:名無しの星影生

正論嫌い

 

242:名無しの星影生

将暉も疑われてたっぽいよ

 

243:名無しの星影生

疑いは晴れたんでしょ?

 

244:名無しの星影生

そりゃそうでしょ

将暉がそんなことするわけないし

 

245:名無しの星影生

何で将暉君が

 

246:名無しの星影生

知らね

被害妄想じゃないの

 

247:名無しの星影生

それか、都合が良かったのよ

 

248:名無しの星影生

???

 

249:名無しの星影生

どゆこっちゃねん

 

250:名無しの星影生

将暉ってちょくちょくどっか行くじゃない?

アリバイがなさそうだから犯人にしやすいって乃愛は考えたのよ

 

251:名無しの星影生

犯人にしやすくても犯人じゃなきゃ意味ないじゃん

 

252:名無しの星影生

そうだそうだ(半畳フリスビーアタック)

 

253:名無しの星影生

>>250

その言い方だと、誰が犯人でもいいみたいに聞こえるんだけど

 

254:名無しの星影生

おいおい、それって

 

255:名無しの星影生

本当にそういうことなの?

 

256:名無しの星影生

お前ら日本語で喋れや

 

257:名無しの星影生

私文志望には難しかったかな?

ごめんね、宮廷医学部A判で

 

258:名無しの星影生

たかたが模試の結果でマウントかい

 

259:名無しの星影生

てか、そのA判定が事実なら>>257の中身はかなり限定されるね

 

260:名無しの星影生

特定班は刑事事件の犯人だけ特定してろよ

 

261:名無しの星影生

一理ある

 

262:名無しの星影生

>>250

そんで、結局、乃愛のレイプは狂言なわけ?

 

263:名無しの星影生

あっ、そーゆーこと

 

264:名無しの星影生

>>262

わたしはそう思ってる

 

265:名無しの星影生

根拠は?

 

266:名無しの星影生

あの子、小学生のころにも似たようなことしてたじゃない?

その時みんなから注目されて同情された快感が忘れられなかったのよ

でも、まっとうなやり方でちゃんとした人気者になる能力は彼女にはなかった

それで溜まっていってたフラストレーションがついに爆発しちゃったってわけ

あとはお金ね

乃愛のうちって母子家庭なうえに連帯保証債務があるとかで貧乏だから、また慰謝料で楽してひと稼ぎしようと考えたんでしょうね

 

267:名無しの星影生

要するに、承認欲求と金銭欲(借金)って動機、そして前科がありそうだからってことね

 

268:名無しの星影生

おー、何か説得力あるような気がする

 

269:名無しの星影生

>>266

小学生のころ?

何かあったっけ?

 

270:名無しの星影生

ほら、廃ホテルに監禁されてヤられまくってたっていう事件よ

乃愛の証言に矛盾があったみたいなんだけど、当時はまだ女の子の証言ですべてが決まる風潮だったから検察側が完全勝訴したの

からの、悲劇の美少女ヒロインのポジションと多額の慰謝料ゲット

>>266はそのことを指して言ってるのよ

 

271:名無しの星影生

あの事件の犯人って拘置所で自殺してなかったっけ?

偽証冤罪だったとしたらとんでもない胸糞じゃん

 

272:名無しの星影生

しかも、加害者家族の常で、犯人(とされた男)の家族も世間から叩かれまくってたからね

家にまで行って嫌がらせする人も少なくなかったらしいよ

 

273:名無しの星影生

濡れ衣着せられて旦那を自殺に追い込まれるわ多額の慰謝料も取られるわ、そのうえ私刑の嵐って、地獄みたいな状況だね

 

274:名無しの星影生

たしか奥さんも自殺だか失踪だかしてたはず

ネットで見たわたしは人の不幸に詳しいんだ

 

275:名無しの星影生

そういうのを全部わかったうえで乃愛はまた繰り返してるのか……

 

276:名無しの星影生

毒婦ってレベルじゃないわね

 

277:名無しの星影生

判例が変更される前まではよくある話だったみたいだけどね

女は金に困っても夜職(よるしょく)か偽証冤罪で何とでもなるから楽でいいよなっていうのが長らく無能男どもの常套句だったくらいだし

 

278:名無しの星影生

そりゃ最高裁も重い腰を上げるわ

 

279:名無しの星影生

女はまったく信用ならんからほかの証拠がないと相手にしませんってのはやりすぎだと思うけど、やむなしって意見も理解できなくはない

納得はしてないけど

 

280:名無しの星影生

もしかしてそれで樹生君なんじゃない?

 

281:名無しの星影生

うん?

 

282:名無しの星影生

>>280

目撃証言とかを偽証してもらうために樹生君を仲間に引き込んだってこと?

 

283:名無しの星影生

そう

 

284:名無しの星影生

しかも体を差し出して?

 

285:名無しの星影生

たぶん

 

286:名無しの星影生

本末転倒チックじゃない?

それをするなら初めから売春でもすればいいのに

 

287:名無しの星影生

同じ娼婦でも花魁(おいらん)みたいに相手は選びたいんでしょ

あの子プライド高そうじゃん

あたしらブスのこといつも見下してくるし

 

288:名無しの星影生

ブスちゃうわ

お前と一緒にすな

 

289:名無しの星影生

はいはいよかったね

 

290:名無しの星影生

うざ

 

291:名無しの星影生

こらこら喧嘩すんな

 

292:名無しの星影生

マジでウザいな

 

293:名無しの星影生

キレてるやん

 

294:名無しの星影生

そんなにか?w

 

295:名無しの星影生

乃愛のことよ

 

296:名無しの星影生

あー

 

297:名無しの星影生

あたしの樹生君を誑かしやがって

 

298:名無しの星影生

あ、そっち?w

 

299:名無しの星影生

まぁ気持ちはわかるけども

 

 

 

 

 

 

 その後は別の話題に移っていて首謀者の手掛かりらしき書き込みはなかった。

 スマホを渡辺に返しつつ、

 

「このスレを読む限り、全体の流れとか空気感とか、総意的に乃愛へのヘイトが高まっていってるように見える。この害意の高まりが発端だとしたら、特定の首謀者がいるかどうかは判断できないね」

 

 というか、民主主義の崇高なる理念に則れば、コミュニティーの多数派意見がそうであるならば、渡辺へのいじめは公的な正当性を帯び、彼女こそが排除すべき悪ということになるのだけど、哀れを誘うように眉を曇らせて僕に視線をまとわりつかせる少女からは、自分こそが被害者であり周りが間違っている、というような自己中心的な考えしか読み取れない。

 

「首謀者がそうなるように誘導した可能性はないかしら?」渡辺は言う。「複数人で協力すれば、スレの流れをコントロールすることもできなくはないでしょ?」

 

「可能性はある。けど、証拠はない。この程度では開示請求も通らないだろうし」

 

「そう……」渡辺は肩で小さく溜め息をついた。

 

 ぬるいほうじ茶を啜ると僕は、

 

「解決法としては、やっぱり強姦の犯人を挙げるしかないかな。偽証冤罪っていう誤解を解くにはそれしかないよ」

 

「でも……」

 

 と渡辺は口にしたけれど、その先──「それが難しいんじゃない」だろうか──は濁した。ネガティブなことを言葉にしてしまうと、もっと気が滅入りそうだからだろう。

 

「ま、やれることをやっていくしかないさ」僕は殊更に事もなげな口調で言った。「人間、なるようにしかならないからね」

 

「達観してるね。わたしはそんなふうに考えられない」

 

 いやがうえに渡辺の顔を覆う影が濃くなってしまった。

 と、

 

「ねぇ、樹生君」

 

 と出し抜けに声を強くした。「樹生君はあの子たちとは違うわよね?」

 

「誤解する余地がないという意味ではそうだね」

 

 しかしその受け答えは渡辺の望むものじゃなかったみたいで、見つめる瞳に不満の色を浮かべた。そうじゃなくてもっと言うべきことがあるでしょ、と言わんばかりだ。

 怠。

 けど、

 

「大丈夫、僕は味方だよ。くだらない同調圧力に屈したりもしない。君の敵にはならないから安心して」

 

 嘘でしかない。僕は僕の味方でしかないのだから。それは誰だって同じで、渡辺だってそうであるはずなのに、彼女は安堵したように体の強張りを解き、

 

「ごめんなさい。信じてはいるんだけど、どうしても不安で」

 

 なんて言って儚げに、自嘲的にほほえんだ。

 馬鹿じゃん。理解に苦しむ。マジでバグってるのかも。

 けれど、深窓にして薄幸の令嬢めいていて絵になるな、とは思った。そして、今なら僕の命令なら何でも聞くかも、とも。

 例えば、僕を繋ぎ止めておきたいなら肉便器になれ、とかね。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、そんなことを口にするつもりなんてなかったのだけれど、そして実際要求してもいないのだけれど、僕は今、渡辺の膣口に剛直を宛てがって彼女の中に侵入しようとしていた。

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