光陰矢の如しということで、五月も残すところあと数日。
僕は学校の売店に昼食を買いに来ていた。友達なんてものはいないから一人だ。一人が好きだから不満はない。
惣菜パンの棚を見ていく。
定番&安価な焼きそばパンやカレーパン、ソーセージパンなどから有名店とのコラボ商品や高級志向のものまで取り揃えられている。
星影学園の
とはいえ、僕は、使えるお金はそれなりにはあるけれど、富豪というわけじゃないから安くて腹持ちの良さそうな一〇〇〇カロリーオーバーの新商品〈ビッグ! コロッケ&メンチカツパン!〉なる子供舌デブ大歓喜の栄養バランスの終わってるやつにした。あとはボトル缶の甘ったるいコーヒーを取り、レジに並ぶ──と、クラスメイトの
「あっ、佐藤君っ」
藤原がビクッとおびえるようにして上目遣いに僕の顔を見た。
「先いいよ」
という僕の声と、
「ご、ごめんなさい。
という、藤原のつっかえがちな声が重なった。
「あ、そ。どうも」
僕には不毛な譲り合いで時間を無駄にする趣味はないし、クラスメイトと仲良くするつもりもない。努めて表情を消してそっけなく答え、列に並んだ。
肩をすぼめつつも話しかけたそうにしている藤原が、しかし口をつぐんだままその後ろに着いた。
入り口の自動ドアが開いた。目の端で見るともなく見ると、赤色のスクールリボン──一年生女子の
きっと彼女たちは、今、こんなふうにささめき合っていることだろう。
「ビョーキなんだから笑っちゃ悪いけどさ」
「うん、ショージキ笑っちゃうよね」
「ちょっと、二人ともやめなよ」
「そういうあんただってニヤついてんじゃん」
「口ではそう言って、表情筋はショージキですなー」
「だってキモくてウケるんだもん、仕方ないでしょ」
「うわっ、こいつひで」
「サイテー」
「みんな同罪でしょうが!」
クスクスッ、クスクスッという忍び笑いが聞こえてくるようだった。
さて、もうお察しだと思うけど、藤原亮平は性同一性障害だ。診断書もあるらしく、体は男で心は女だそうだ。文科省のガイドラインによると、藤原のようなケースでは本人の希望があれば女子の制服の着用を認めることを推奨しているという。
そういうわけで、藤原は女子用のブレザーに青のスクールリボン、プリーツスカートを身にまとっている。一年生のころは男子の制服だったのだけど、今年度から制服のデザインが一新されるのに合わせて切り替えたようだった。どうせ新調するなら今度は自分の感覚に合ったものにしたいと思ったのだろう。
気持ちはわからないけど、想像はできる。
ただ、それを嗤うやつらの気持ちも理解できる。何なら、わかる。
藤原が僕みたいな中性的な美少年だったらメイク次第では様にもなったろうが、残念ながら神は性根の腐り切った
だけにとどまらず、藤原は二年生の女子の大半から嫌悪されてもいる。アンチルッキズムの狂信者並みにビジュアルが気持ち悪いのもさることながら、トイレや体育でも女子と同じように扱われているからだ。これもお上のガイドラインに準拠しているから表立って文句を言う者はいない。
ただまぁ、嫌だろうね。
なぜって、体は男なんだもの。星影の生徒専用のSNSがあるんだけど、そこでは不満たらたらの女子たちが、非公開のグループチャットでしばしば誹謗中傷めいたコメントをしているらしい。
が、おどおどした態度の割に案外根性があるのか、男扱いがよほど嫌なのか、藤原は女扱いを譲らない。噂では
通名とは、戸籍上の本名とは別の、一定の法的効力を認められた名前だ。昔は在日外国人用の制度だったんだけど、今では性自認を理由としても取得できる。藤原はそれをゲットして藤原亮平君から
支払を終え、ブスがブスを嗤う喜劇の舞台と化した売店を出た。ブスはいいよなぁ、鏡を見るだけで笑顔になれるんだから、と思いながら。